たまには体を動かそう
ぴかぴかに晴れたお昼休み、外のベンチでサンドイッチを思いきり頬張る。
今日のごはんは公園前のキッチンカーで買ったランチボックス。サンドイッチと、チキンやフライドポテトも入っていたんだけど、もうほとんどがお腹の中だ。ごちそうさまでした!
ああ、日差しが気持ちいいなぁ。
ペットのお散歩をするご婦人、駆けていくキッズ達、キャンバスに筆を走らせるおじいさん……たくさんのひとが暮らしてるんだ、なんて当たり前のことを実感する。地元じゃ景色といえば畑と牧場ばかりだったから。
向こうにはバスケのコートがあって、なかなか賑わってるみたい。ストリートバスケってやつ? 亜人も人間も、色んな人種のお兄さん達が集まっている。
「……ん?」
長身に長い手足、茶色の髪に茶色のしっぽ、遠目でもわかる美人ぶり――
「にょ?!」
にょえりゅしゃん?!
華麗にシュートを決めたノエルさんは、仲間と軽やかにハイタッチ。無防備にもシャツで汗を拭うものだから、引き締まった腹筋が見えて……ぶばぁっ!
ちょいちょいとお友達のひとりが肩を叩き、こちらを指差す。ばちりと目が合ったところで、いつも通りにわたしのしっぽがヒョン!と立った。やっぱりノエルさんだぁ!
「エマ? 何し――っておい、鼻血?!」
駆け寄ってくれるの嬉しい! でもイケメンに無様な顔面をさらすのつらい! とま、止まれェ!
「んああ、えほっけほっ」
ごぽぽぽぽ溺れるるる。
「あー馬鹿っ、上向くんじゃねえ。鼻のここ押さえてろ」
「ひゃ、ひゃい」
「そのうち止まるから泣くなよ。服についてないか? ほら、タオル使え」
「でぼ、血が」
「んなもん洗えばいいって」
「じゅびばしぇん」
優しすぎて泣ける。けど今日は黒い服を着てきてよかった、我ながら先見の明があるなワハハ!
……。
……ウワーン恥ずかしい!
「ほんと、すみません……」
「いーよ別に。大丈夫か?」
優しさを裏切るようでとても心苦しいんだけど……わたしはいつもと違う姿を目に焼き付けようと必死だ。髪をちょこんと結ってるし、ゆるっとしたティーシャツにジャージパンツのスポーティーな服装だし、どんだけ引き出しがあるんだこのイケメン?
「暑くてのぼせたかな。日陰にいくか?」
「あの、これはその……ノエルさんの腹チラに興奮しまして」
「はらちら?」
「えと……お、お腹がッ、見えたので」
正直に告白すると怪訝そうな顔をされる。
「はあ? 裸なら何回も見てんだろ」
「ぶばああっ」
「ちょ、何もっと興奮してんだよ?!」
「だっでええごぽぽぽぽ」
「だから上向くなっつっただろうが! あーもう!」
今のはどう考えてもノエルさんが悪くないですか?!
しばらくして落ち着いてきたところで、今日は洋菓子屋カラメリゼのお仕事が休みであること、たまにランニングやらバスケやらで体を動かしていることを教えてくれた。
「だからそのスタイルを維持できているわけですね……!」
「……もう興奮すんなよ」
「はひ」
あぶないあぶない。
すると、一緒にバスケをしていた獣人さんがボールを手に寄ってきた。
「その子、ノエルのカノジョ?」
「そ」
「へえーカワイイじゃん」
「だろ?」
肩を抱きながら言われて落ちない女いる? ぽーっとして、うずうずして、思わずまたしっぽがゆさゆさと動いた。
番になってしばらくしてわかったことだけど、同じしっぽ族でなければノエルさんはあんまり妬かないらしい。そりゃそうだよね、亜人も獣人も、同族しか恋愛対象じゃないんだから。
まあわたしの心は四畳半なので、必要以上に近づく女はすべて警戒するけどな! ガルルル~。
「ね、君もやってみる?」
「えっ、いいんですか?」
「別に試合とかしてるわけじゃないしね。みんな好きに体を動かしてるだけだからさ」
わーい、やってみたい!
パッと隣を見ると、例によってため息で返される。
「激しく動かねえなら、まあ」
「キュロットなので大丈夫です!」
パンツが見える心配はナッシンッ。休憩時間もまだあるし。
「違ぇよ、いや違くもねえけど……。さっき鼻血出したばっかなんだから、無理すんなっつってんの」
「あぅち」
立ち上がりついでに軽くデコピンされる。美形だからこそゆるされる俺サマ仕草、しゅき。
「てか、やったことあるのか?」
「ないです! でもイメージトレーニングは完璧なので! こう、ダーって走って、シュババッと避けて、ひょひょいのシュッ!ってやればいけ」
「おし、とりあえずここからシュートだけやってみようなー」
完全に無視された。ぐぬぬぬ……。
言われた通り、ゴール近くのコート端に立つ。確かにみんな好き放題にボールを投げているから、バッティングして邪魔しちゃわないように気をつけようっと。
「いきますよ!」
「おー」
「そおおぉいっ!」
ぶつかるとか、そんな心配は不要だった。わたしが力いっぱい投げたボールはへろへろとゴールへ届きもしない。えー?!
「練習すりゃいけそうじゃん。もっかいやってみるか?」
「や、やりますっ!」
「ん。いいか、ぶん投げるんじゃなくて、軽く押し出してやる感じだ。こうやっ、て」
そう言って放たれたボールはきれいな弧を描き、どこに当たることもなくパシュッとネットを通った。
「なんでですか?!」
「ラフィンと似たようなこと言うなよ……」
「ラフィン君?」
あの後輩パティシエさんもスポーツをやるのかな?
「年季が違うんだっての。ほら」
「っとと!」
再びボールを受け取り、構える。負けず嫌いに火がついちゃったぞ!
何回か繰り返すうちに、へなちょこショットも多少はましになってくる。転がるボールをよたよたと追いかけまわす度に、周りのお兄さん達が拾い上げてふんわりとパスしてくれた。
「がんばれー!」
「いけるぞー!」
これ、楽しい!
「見ててください、コーチ!」
「誰がコーチだ」
どれだけ外そうがへろへろボールだろうが、ノエルさんは全然苛立ったりしなかった。ずっと優しげに見守ってくれている。
「とおっ!」
「お、良くなったな」
「ふんぬっ!」
「もうちょいだ」
「どりゃっ!」
「あと少し、がんばれがんばれ」
今までも。ノエルさんはわたしの言動に笑うことはあるけど、失敗を馬鹿にして嘲笑うようなことは絶対になかったな。
「へへ」
「どうした?」
「ノエルさんのこと、好きだなあと思って!」
「あ? なんだよ急に……」
チョコレート色のしっぽがちょっとだけ浮き上がりかけたのを、わたしは見逃さなかった。えへへへ。
「ぼんやりしてると怪我すんぞ」
「はーい!」
よーし、次こそ!
「ふんぐっ!」
可愛くない声と共に放った全力投球はなんとかゴールに届いたが、ボードに当たって弾かれてしまった。ああっ、惜しい!
「――よっ」
ふあっと甘い風が通りすぎたかと思えば。
「へ?」
ジャンプしてボールに触れたノエルさんが、空中からそのままひょいっとシュートを決めた。漫画? なに? カッコよすぎないですか??
「いいぞ、かなり上手くなったな。……おい、エマ? おーい?」
上を向いちゃいけない上を向いちゃいけない……!




