ノエルさんちで宅飲み
「ノ、エ、ル、さーーん!」
持ってきた荷物を即、床に置いて、出迎えてくれた長身に思いっきり抱きつく。家主さまは部屋着でも色っぽくて見目麗しい。細マッチョ長身男子はいいゾ。
「おう、仕事お疲れさん」
「えへへへ、お邪魔します!」
「浮かれてんなぁ」
ぶんぶんしっぽを振る。ノエルさんのしっぽも遠慮なくゆさゆさと揺れていて、外では見られないその様子が嬉しい。
「いい匂いがするのでっ」
「はは、くっついてたら飯までたどり着かねーぞ?」
「ノエルさんが離してくれないんですよ」
「うーん、エマが離したら離す」
「も~」
両手と尾を使って、玄関口でぎゅうぎゅうと抱きしめ合う。ずっと好き!
こんな調子ではとても出勤できると思えないので、しばらくは一緒に暮らすことなく、たまの逢瀬を満喫しているというわけだ。
名残惜しみながら離れると、先ほど置いた手提げの中を覗き込まれる。オオオ、軽率に鎖骨を見せるのはお止めになって?!
「なに持ってきたんだ?」
「じゃがいもです! ナナちゃんとモモちゃんの実家から届いたらしくって。大量にあるのでもらってきました」
「重かっただろ、ありがとな。ついでだし、そいつでなんか作るか」
「やった!」
いそいそとわたしも部屋着に着替えている間に、早速ノエルさんはじゃがいもを茹で始めていた。キッチンに立つ姿はいつ見てもカッコよくて、思わずにやけちゃう。
テーブルには既に、でかいタルトのようなものと、空のワイングラスが二つ並んでいる。
「タルトがある!」
「キッシュな」
「キッシュがある! 作ったんですか?」
「そう難しくはねえよ。具材も余り物だし」
「ヒョワー!」
一人暮らし期間がそこそこあるからか、お坊ちゃんなのに家事はなんでもできるし、もちろん料理に関しては一生勝てる気がしない。
でも、たまーにわたしがヘンテコな手料理を振る舞っても、おいしいって残さず食べてくれるんだよね。優しい。好き。
「わたし、何にもお役に立てないですねえ」
しょも、と毛先が床に着いた。かなしいね、しっぽちゃん……。
「変なこと気にしてんじゃねーよ。傍にいてくれりゃそれでいいんだから」
さらっと投げられた言葉が男前すぎる。
ずるずると尾を引き摺ってキッチンへ向かう。フライパンでキノコを炒めていたノエルさんが、こちらを見下ろしフッと笑った。嗚呼、まぶしい。
「エマはかわいいのが仕事な」
「わ、がっ、がんばります……!」
どうすればいいかはわかんないけど!
「じゃあ、働きたいエマさん? これをあっちに運んでくれ」
「アイアイサー!」
名前のわからないオシャレな葉っぱにキノコのソテーをのせた、これはサラダかな? つまみ食いの誘惑に耐えながら食卓に運ぶ。うむ、働かざるもの食うべからず!
「ノエルさんノエルさん」
「んー?」
「くっついてもいいですか」
「あー、ちょっと待てよ……はい、どーぞ」
「失礼しまーす」
腰に腕をわしっと回す。チョコレート色のしっぽがぱふぱふと悪戯してくるのがくすぐったい。
前、包丁を使ってる時にくっついたら普通に怒られたので、以降はちゃんと許可をとるようにしています。
「いい塩漬け肉をマダムからもらってさ。まずはシンプルに焼いて食ってみよう」
「素敵ですね!」
香ばしい匂いに胃液も唾液もじゅるるるる。
「で、この芋は……」
いつの間にか半分に切ったお芋の、中身をどんどんくり抜いていく。皮部分をボート型に。
「余った中身はポテトサラダにしてパンに挟んでもいいし、塩味のクッキーを焼いてもいい」
「どっちもおいしそう!」
「そしたら、この皮の器に、昨日のミートソースの残り、キッシュ作った時に余ったチーズ、適当にバジルをちぎって……焼く!」
アッアッ、これはピザ味だ! 絶対においしいやつー!
***
「じゃ、乾杯」
「かんぱーい!」
エマは始終ニコニコしながら料理を頬張っている。はー、かわいい。何でも食わせてやりたい。むくむくに太らせて傍に転がしておきたい。
……んん、想像したらちょっと面白いな。
開栓したワインは、このまえ一緒に市場で買ったもの。「オシャレなお酒が飲みたい!」とか言うもんだから、なるべくこいつの口に合うよう、甘口の飲みやすいものを選んだつもりだが。
「味見からにしろって」
「甘いれすねぇへへ」
はあ、言わんこっちゃねえ。
くぴくぴと飲み進めるにつれ、顔は赤くなるし、普段にも増してぽやぽやし始めるしで、そりゃもうわかりやすく酔っている。
「甘い酒ってのは危ないんだよ。ほら、水飲め」
大して強い酒ではないから、酔い潰れはしないだろうけど。ふわふわした様子でくっつかれるのは、正直、だいぶ心臓に悪い。
「あまーいのえるさんがあぶないのとおんなじだぁ」
「エマにとって俺は甘いの?」
「あまいれすよぉ!」
首筋に顔を押し付け、くんくんと嗅いでくる。あーやばい、抱きてえ。
「甘い匂いか、なんだろうな。香水?」
「からめり? からめらら?」
「カラメリゼ?」
「……にいるときもあまいれす!」
「そりゃ菓子の匂いだろ」
「んう」
俺にとってもエマのにおいは『甘い』。料理中にトタトタと駆けてきたかと思うと「じゅうでん」とか言って、抱きついてはまたトタトタ去っていく度、しっぽが疼いて堪らない。
当然、店で香水なんかつけちゃいない。たぶん番だからだろうとは思うが、面白いのでからかってるだけだ。
「のえるさんのおかしたべたから、わたしもあまくなってるかも」
「そんなかわいいこと言ってると食っちまうぞ?」
「へへ、めしあがれー?」
――こいつの煽り癖、なんとかなんねえかな?
いやまあ、すぐ乗せられる俺も俺なんだけど。世界でいちばん可愛い番が無防備にしっぽを絡めてきたら、当然オスとして止まれないわけで。
「ん、ふっ……ちゅ、んん」
堪えきれずに唇に噛みつく。甘ぇ。
小さな体を膝に抱き上げて、鼻先やまぶたにも優しく口づけを落とす。エマも、じゃれつくみたいに俺の頬や首筋に熱い唇を押しつけてきて、
「……すぴーーーー」
寝た。
「………………まじかよ」
とりあえず一度、天井を仰ぐ。大してありもしないシミの数をかぞえた。
「……ふう」
首にもたれかかったままの位置を少しずらして、膝枕の格好にさせる。こうすればしっぽで包めるから、毛布がなくても冷えないだろう。
ミルクティー色の髪に指を通してみたり、頬をつついてみたりするが、まったく起きる気配がない。
気持ち良さそうに寝息をたてる顔を見たら、文句なんか何も言えなくなる。安心しきった顔しやがって。時々モニョモニョと口が動くのは、夢の中でも何か食ってんのか?
「可愛いな、ほんと」
脚が痺れるまでしばらくこうしてるか。
まるまった背中を撫でながら思わず笑みがこぼれた。このまま飲む酒も、悪くねえかな。




