娘さんと幸せになります
どんな田舎から出てきたのかと思ってたが、こいつの実家は意外と、馬車で半日もかからない辺りにあるらしい。
持っている中で最も仕立ての良いジャケットを身につけ、手土産を携えて。しっぽだけはどうしようもないが、今さら隠したところでな。
「緊張、してますよね? やっぱり」
隣で揺られるエマは俺よりもそわそわしている。
「そりゃあな。大事なお嬢さんを誑かした悪い男なんだから」
ぽんぽんと膝を叩けば、黙って乗っかってきてくっついてくれる。はー可愛い。なんで乗合馬車にしなかったかって、このために決まってる。
「すんすんすん」
「なに嗅いでんの?」
「悪い男を補給してます」
ぱふんぱふんと揺れているしっぽ。キスしたらさすがに怒られるか。
「なあエマ。番ってのは互いに認めたならそれでいいんだ。家族がゆるすゆるさないの話じゃねえんだけど」
極論、周りが反対しようが替えがきくものでもない。かといって駆け落ちのような真似をするのは、きっと大事にこいつを育てただろうご両親に申し訳ないと思う。
恐らく歓迎はされないだろうが……まあ、俺が我慢すればいいだけの話だ。
「つまんねえプライドに付き合わせて悪いな」
「そうなんですか? ええと」
「エマが俺でいいなら問題ないってこと」
「ノエルさんが、いいです」
腕としっぽと、全身で抱きついてくる。
「他の人じゃ絶対、ぜーったいに。やです」
「ん。ありがとな」
シワになっちゃいますね、と名残惜しそうに離れる。別にそのままでも良かったんだけど。
「最近はお仕事忙しそうでしたね」
「ああ、新しいケーキを考えてて」
「えっ! 食べたい……」
「言うと思った。つまりこの手土産は?」
「ほんとですか?! やったー!」
やっと完成した、あのチョコレートケーキ以上の自信作。
けど、慣れないことをしたせいで今回ばかりは少し不安だ。果たして喜んでもらえるだろうか?
のどかな田園風景の中を進んでいくと、赤い屋根の家が見えてきた。見事な花壇は家族の誰かの趣味だろう。
「お父さん、お母さん、ただいまっ!」
出迎えてくれたご両親はどちらも背が低く、父親の大きな尾は薄いグレー、母親の側はほんのりピンクがかっている。俺もそうだが、この二人からあの純白が生まれるってのは、なかなか不思議なもんだよな。
「はじめまして。ノエル・ガルニールです。本日はお時間をいただきありがとうございます」
信じがたいものを見る眼差しで俺の尾を凝視していた二人は、やっと視線を上に動かした。目が合い、あからさまに狼狽える。エマの演技下手は血筋か。
「あー、エマ? おまえの、あー、えー、お相手の方というのは」
「この人だよ! すっごく素敵でしょ?」
「……」
うん、気持ちはわかる。かわいい一人娘、しかも奇跡みたいに綺麗な尾を持つ美人が、こんなに濃い色をした尾の雄を連れてきちゃあな。
母親はまだしも、父親のほうは今にも卒倒しかねない青ざめっぷりだ。
「と――とりあえず。せっかく来てくれたんだ、中へ入りなさい」
「はい、お邪魔します」
にっこり。ま、この程度は慣れている。
リビングに通され、向かい合ってソファーに座る。幼い頃のエマが作ったものか、幼児が工作したような木工品が棚に飾られていた。
番を連れてくると聞いて、彼らだってものすごく楽しみにしていたはずだ。期待を裏切ったことは申し訳ないとは思うが、あいにくと俺も、落ち込むような可愛らしい精神性は持ち合わせていない。
未だに父親は俺の尾が気になるらしく固まったまま。そちらは見ないフリをして、せっかく紅茶を出していただいたのでありがたく口をつける。ん、うまいな。
「エマちゃん。この人が、手紙の?」
「そうなのお母さん!」
「手紙?」
母親がおもむろにバインダーを持ってくる。エマはご機嫌にしっぽを振り散らかしながら、「じゃじゃーん!」と中身を広げた。
「この子ったら、とても素敵なひとと恋人になれたーって。お手紙と一緒に、あなたが載った雑誌の切り抜きを送ってくれてたのよ」
うっわぁ、これは……結構ハズい。
店の宣伝になればと何度か取材を受けたことはあるが、こう、目の前で見られると余計にめちゃくちゃ恥ずかしい。
けど……しっぽが写ってる記事もあるのに。ちゃんと取っておいてもらえたんだな。
「どんだけ集めたんだよ……」
「カラメリゼさんにお願いして、バックナンバーも取り寄せました。あっ、手紙のほうは見せませんよ? 照れくさいので!」
「へえ?」
もじもじしつつも、ぴとりと体をくっつけてくる。撫でたいが我慢だぞ俺。
「…………エマ」
ようやく重苦しい口を開く、エマの父親。グレーの立派な尾も、さっきから微動だにしていなかった。
「お父さんもお母さんも、何があってもおまえの味方だからな。正直に言いなさい」
「うん! ……うん?」
「脅されているんだろう?」
「ちっ、ちがうよ?!」
「やっぱり騙されたのか?」
「ちがうって!」
「胃袋をつかまれた?」
「ちが……ちょっとあるけど!」
あるのかよ。
「ほ、ほんとにちょっとだけね! 素敵なところは他にもたっくさんあるもん。……あ、そうだノエルさん、せっかく持ってきたアレは?!」
そうだよな、覚悟なんかとっくにできてるんだ。目線だけで頷くと、エマの表情がもっと明るくなった。
立ち上がって手土産の袋から真っ白な箱を取り出し、ローテーブルの横へと跪く。
「最初にお渡しすべきでしたが……どうしてもこの手でお出ししたく、失礼をお許しください」
「あ、ああ。わざわざ気を遣ってもらって」
「エマさんからお話しされていたようですが、私はパティシエをしております。よろしければ」
三者三様の視線を感じながら――濃いピンク色の、まるいムースケーキを取り出す。よかった、崩れてない。
艶のあるグラサージュをかけた上には、クリームと食用花、それからイチゴを。タルト生地の土台にはホワイトチョコのガナッシュを敷いて、ラズベリームースの中にも酸味をきかせたジャムが入ってる。
「まあ! きれいねえ」
「う、うむ。確かに」
「へへん、ノエルさんがつくったんだからね!」
甘酸っぱくてキラキラしてて、どこから見ても愛らしく、あるだけで楽しい気持ちになるような、そんなケーキ。
「このケーキの名前は『エマ』といいます」
勢いよく振り返ったのは本人だ。碧眼をこぼれそうなほど見開いてる。ま、言ってなかったからな。
「私がこれまでの全てをかけて、彼女のために作ったケーキです。エマさんと、ご家族の皆さんにいちばんに食べていただきたくて」
誰も、何も言わなかった。ただフォークでムースを掬って口に運ぶ。
「のえっ、う、さん」
エマは……ぽろぽろと泣いていた。泣きながら、幸せそうに笑ってくれていた。
「おいひい……」
「よかった」
「せ、世界でいちばんっ、おいしい!」
「うん。ありがとう」
ご両親も黙々と一口、二口。が、やがて手を止め、カチャリとフォークを置く音。
「ねえ、あなた。とても丁寧なお仕事ね」
「……そうだな」
「こんなにこの子の尾が動いてるのを見るのは初めてだわ」
「……」
エマのお父さんは静かに息を吐いた。俺も、膝をついたまま向き直る。
「ノエルさん。先ほどは失礼な態度をとってしまい、すまなかった」
「いえ、不安に思われることは承知しています」
「はは、別に胃袋をつかまれたからというわけではないさ。我々の尾は嘘をつけないんだよ。君もわかっているだろう?」
初めて笑顔を向けられて、実のところ、心底ほっとした。いいご両親だな。エマがまっすぐ育ったのも頷ける。
「苦労をかけると思うが、娘のことをどうかよろしく頼む」
「はい。一生、大切にします」
途端に小さな体が飛びついてきて、思わず苦笑が漏れる。しっぽ以外なら人前で触ってもいいってことじゃ、ねえんだけどな。
「こらっ、あまりご迷惑をおかけするんじゃない――」
「だって嬉しいんだもん!」
「あらあら。エマちゃんは本当にノエルさんのことが好きなのね」
世界一かわいい女は、俺に抱きついたまま満面の笑みを見せる。
「うん! お父さんとお母さんと同じくらい大好きで、とーっても大事なひとだよ!」




