しっぽをッ! 触るな!
ネックレスの会計を待つ間に、次回の来店予約を取りつける。次はもちろん、二人分の買い物をしにくるつもりだ。
「あのカフェ、夜はバーとして営業してるんだ。酒は?」
「好きです! 強くはないですけど」
「上等」
下戸でも構いやしないが、二人で楽しめる物事は多いに越したことはない。はしゃぐこいつが飲み過ぎないようにだけ、ちょっと注意しておくか。
ちょうどよくカウンターが空いていて、いつかのように並んで座る。ついこの間なのに懐かしい。エマは雰囲気に慣れないのか、物珍しそうに視線をあちこちへとやっていた。
「マスター、いつものやつをロックで頼みたい。エマは何飲む?」
名前を呼ぶだけでモニョモニョと顔を赤らめる。おまけに買ったばかりのネックレスを嬉しそうにいじるものだから、ああちくしょう、ぜんぶ可愛い。
「同じのって言ったら何が出てきます?」
「強いの」
「やめましょう!」
賢明な判断だな。とはいえ、残念ながらメニュー表はないけど。
「ええと、ええっと……」
「どんなのが飲みたいか言ってみたらどうだ? この人はプロだからな」
「じゃ、じゃあ。あんまりお酒お酒してなくて、できれば甘めで、オシャレっぽいのがいいです!」
注文を受けてにこりと微笑みうなずくマスター。ぱあとエマの顔が輝く。
「くくっ、なんだよそれ。オシャレっぽいの、って」
「オシャレな場でオシャレなお酒を飲むのって、大人な感じがしません?!」
「まあ、わからなくもないけどな」
「ノエルさんは何を頼んでたんですか?」
「ウイスキー」
「おとなだー!」
「ふはっ」
ああ、楽しいなぁ、楽しい。ずっとこうしていたい。こいつと一緒にいると笑ってばっかりだ。
ただ、まあ。
尾の先でちょっかいを出しながら反応を伺う。もじもじと身動ぎするばかりで、白い尾はすっかり硬直している。出会った頃の元気はどこいった――
「あら、ノエルくぅん」
「……最近はこういうのが多いな」
ほんと、ツイてねえ。
エマがいるのと反対側、人間の女が近寄ってくる。香水の匂いで思い出した、カラメリゼの常連だ。あんまりしつこかったから断りきれずに、何度か雑談に付き合ったんだったか。
「久しぶり~。しばらくお店に行けてなくてごめんね?」
「ああ、いえ別に」
気付きもしなかった、とは声に出さないが。
「ノエルくんたら、ぜんっぜん連絡くれないからぁ」
「そういうのは業務外ですから」
当たり前だろ。強引に押し付けられた連絡先はとっくにどこかへやっちまった。
目も向けずに応じてるってのに、女は一向にめげる様子を見せない。ひとりの時ならまだしも、弱ったな……
「そちらは妹さん? ウフフ、かわいいわね」
似ても似つかないエマのことをそう評して、とうとう彼女は俺の体に触れた。その時だ。
「……?!」
ゾッとする気配を感じ、思わずふるりと尾が震える。女とは逆隣の……エマのほうから。
腕にしがみつかれる。強く強く、遠慮も照れもあったもんじゃない。
「エマ?!」
「のえるさん、しっぽ」
くるる、と喉を鳴らす。ぼーっと焦点の合わない目で俺の尾を見ていたかと思えば、次の瞬間には両手でがしっと掴まれた。
そのまま、うあ、しっぽ、俺のしっぽ、を……?!
「おっ、おい?! ちょっと待てって!」
ただの嫉妬ならカワイイで済ませたが、人前でこれはさすがにまずい!
つけ根を揉み、顔を埋め、頬擦りする。引き剥がそうとしてるのに、まじで全然離さない。どこからくるんだよその力は?!
「馬鹿っ、やめろって!」
「やです」
こいつ、ほんとに! ほんとに!
しっぽ族にとってのしっぽが何なのか、本気で知らねえんだな?!
「あ、ああー、ったく!」
人間の女を無視してコインをカウンターに置く。グラスの中身はまだ残っていたが如何せん緊急事態だ、主に俺の精神衛生的な意味で。
「マスター、会計を頼む。ってか迷惑料ってことにしてくれ、残しちまって悪い」
構わないと言うように、マスターは穏やかに微笑んだまま頷いた。
「おいエマ、歩けるか?」
「しっぽ……」
「わかったわかった。それ握ってていいから、大人しく背負われてくれ」
「へへ、やったぁ」
がんばれ堪えろ俺の理性……!
背とエマの間に自分のしっぽを挟む形で、小さな体を背負い上げる。恐らく無意識だろう、白い尾が太ももに巻きついてきた。ずっとご機嫌な様子で俺のしっぽをすりすりと愛でているし。うっ、キッツイ……
あの双子の店より俺の家のほうが断然近い。迷う余裕もなくそのまま足を進め……とうとうアパートメントの自分の部屋まで連れてきちまった。せめて掃除したばかりでよかったと思うしかない。
そっとソファーにおろしてやると、ようやく尾を掴む力がゆるむ。とろんと頬を染めてるが、まだ瞳孔は開いたままか。
飲み物をとりにいこうとしたら、服の裾をつかまれてしまう。
「まだだめなのかよ……」
「むふん」
仕方なく隣に腰をおろすと、またしっぽに頬擦りを。エマ自身の真っ白な尾はずっと天を向いて、嬉しそうに揺れている。
「しっぽたべる」
「食うな」
「もってかえる」
「駄目だ」
「む」
そんな愛らしく口尖らせたって無駄だぞ。
いや、というか。
勢いで連れてきたが、やばいだろこの状況。天使みたいな可愛い女と二人きり。しかもずっと、うう、俺の尾を、
「あのー、エマさん?」
「ん……」
「これ、何本に見える?」
「んー?」
指を立てて示せば。
「のえるさん」
にへらと笑う。
だめだ、これは。天を仰ぎ、されるがままに任せるしかない。
俺のしっぽからなんかヤバい物質でも出てんのかってくらい、すーはーすーはーと顔を埋めて吸ってる。
「――んぁっ」
ちゅう、と。芯に思い切り吸い付かれ、自分でも驚くような甘い声が出た。あああくっそ恥ずかしい……!
「おいしぃ」
「エマ、頼むから一回止めてくれ」
「や!」
尾を絡めて欲しいとは思ったが、ここまで段階すっ飛ばせとは言ってねえよ! これ以上は心身共に限界だ。
どうにかギリギリ身をよじり、ほんの少しだけ距離をとる。すごく不満そうな顔の、やわらかな頬をむにゅっとつねる。ちょっと強めに。
「おいコラ、いい加減にしろ」
「んぅ………………ほへふ、ひゃん……?」
ぱちぱちと、徐々に焦点を結ぶ瞳。
はっとしたように身を離し、キョロキョロと、ものすごい勢いであたりを見回す。俺を見、部屋を見、また俺を見る。
「あのっ、なんっ、え……?!」
「こっち見ろ。これ、何本に見える?」
「え、えと、さんぼん……?」
「よし、正気だな」
「あの、こ、ここ、ここって?!」




