なんか急に強いんですけど?!
夕方。アンティークショップを訪れた姿に、わたしはしっぽだけでなく全身で飛び上がった。
「ノエルさん?!」
「よ」
はあ、今日も麗しい! 股下が十メートル。シンプルなカットソーの上にジャケットまで着ていて、ほんのりフォーマルめな装いも非常にエクセレント、いやパーフェクト。
すっかり普段の様子なことには安心したけど、さすがにちょっとだけ気まずい、かも?
「昨日はその、悪かったな」
「いえ、こちらこそ……じゃなくて! 大丈夫でしたか? 本当はどこか痛めてたりとか!」
あたふたするわたしを見下ろし、ふっと笑う超絶イケメン。
「……とっくに、やられちまってたんだもんな」
「へ?」
「こっちの話。俺はもう開き直ったんだ、覚悟しろよ?」
「かくご? ――ひゃっ」
長身が屈められる。ひときわ強い甘い匂いがしたかと思うと、ぐいっと体を引き寄せられた。でもノエルさんの両手は空いてるね……?
「はわ?!」
昨日とは逆に、チョコレート色の尾が腰に巻きついているじゃないか! わたしのしっぽはといえば、ピン!と緊張で直立不動になってしまっている。
「エマ」
艶かしいテノールが耳もとで囁いた。なまっ、なままま、名前?!
形の良い唇が弧を描く。
「なんだ。照れてんのか?」
「ヒュ、ひ、はひ」
「はは、かわいーな」
はくはくと酸素を取り込もうとするわたしの髪を掬い、軽くキスまでする始末。たたた、助けてー?! このままじゃ茹でダコになっちゃう!
「腰抜かす前にやめとくか」
「ぜひそうしてくださひ……えと、それで……今日はお買い物ですか?」
「デートの誘いにきたんだ。今度の休み、時間をく」
「ハイ!!」
パブロフの犬もびっくりな条件反射である。ノエルさんも呆れ顔だ。
「まだ何するかも言ってねえのに」
「いつでもどこでも歓迎です。なんなら、今からでもいいです!」
「おい仕事中だろ」
するとわたし達の後ろから、「モモたちは構わないけど」とのんびりした声が聞こえてきた。
「ねー、ナナちゃん?」
「ねー、モモちゃん?」
「あんたらまで……」
双子は揃ってカウンターに頬杖をつき、互いのしっぽを絡め合いながら微笑んでいる。
「ノエルくんといるときのエマちゃん、とォってもかわいいもの」
「うん、すっごくキラキラよねェ」
「というわけでェ」
「いってらっしゃァい?」
また長身を見上げると、諦めたような苦笑いで肩をすくめられた。
「ならまあ……今から出かけるか」
「やったぁ! というかノエルさんこそお仕事は?」
「早めに切り上げてきた」
ふへへ、もう一緒にお出かけできるだけでニコニコしちゃう! しっぽもルンルン揺れるのを止められない。
「どこかのカフェです?」
「いいや、今日は買い物デートといこう。石を買いにいく」
「石?」
てっきり――タルトを焼く時の重石のことかと思ってたのに。
「は? へ?」
連行されたのはなんと、ジュエリーショップだった。石って、宝石のことですか?!
「こここんな、あのっ、わたしなんかが場違いですよ……!」
「エマも魅力的だから大丈夫。ま、自覚がないとこがまたいいんだが」
体がくっつきそうな距離で囁いてくる。なんか急に積極的では?!
「どうした?」
「わかってて聞いてますよねぇ?!」
悪い顔を精一杯に睨もうと頑張ったけど、無理だ。ううっ、何度見ても顔がいい! 思わずふにゃってなる。
「ノエルさんのいじわる……」
「俺のこと散々振り回しといて、今さらだろ」
キラキラした店内には何組かのカップル。ショーケースの傍に、佇まいだけで一流とわかる店員さんが控えている。ひょわわ……!
「どれがいい? 好きなもん買ってやる」
「エッ! なんっ、なんでですか?」
「好きな女への贈り物に理由が要るかよ」
「ホヒュゥ」
「安心しろ、金はあるんだ。うちの店って結構儲かってるんだぜ?」
「にゃ、な、なんか悪者っぽいです……」
わーん、まともに顔も見られないよう……!
本気を出したイケメンは無敵だった。一体わたしをどうしたいんだノエルさん!!
「うぅっ」
ちょっと尾が掠めただけでピャッてなる。尾をあの艶やかなしっぽに絡めたらどんなに気持ちいいんだろうかと思うけど、こわくてできない。
その間にも、ネックレス、イヤリング、ブローチ……慣れた様子で次から次へと試着をさせてくる。店員さんが顔を赤らめるのが妙に気になって、なるべくノエルさんとの距離をあけないように近寄る。腕、かたい。いい匂い。好き。
「ん、これも似合いそうだな。……着けてやろうか? ほら」
首の後ろでネックレスの留め金をいじられる。んんううう刺激が強いィィ!
「のッ、ノエルさんこそ、こういうアクセサリー似合いそうですけどっ。何か買わないんですか?」
「俺はいいって」
「むむ」
「じゃ、揃いの指輪でも買うか?」
ゆ…………ゆびわ?!
「いや! あーっと……今のは忘れてくれ」
「忘れないです」
ぶあっと頬を赤くしたノエルさんの手をとる。カワイイとカッコいいと好きがぐちゃぐちゃ。やだ、やです、忘れない。耳がキーンってなってる。
「ま……またいつか、改めて言ってくれませんか? そのっ、もうちょっとかわいい反応……したかったというか……」
「っ、充分かわいいって。勘弁してくれよ……」
結局は小さな赤い石のネックレスを買ってもらった。ノエルさんに選んでもらったんだけど、小粒ながら本物のルビーだと聞いてひっくり返った。しゅごい。
ひとまず宝石店を後にする。今日のところは……ね!
このまま帰るのも惜しいと、少しだけお酒を飲むことに。いつもランチで行くカフェは、夜はバー営業もしているらしい。
昼間に比べてしっとりと落ち着いた雰囲気。コーヒーを飲みながら読書するひとや、友人同士で酒を酌み交わすテーブルも。
カウンターに並んで座り、マスターが出してくれたカクテルを舐める。ノエルさんはお酒に強いらしくて、カラコロとロックグラスを傾けていた。
「あの、ノエルさん?」
「うんー?」
横並びなのをいいことに、しっぽでさわさわと悪戯してくるウルトラセクシー美青年。体に触れるか触れないかのところを掠めるのが、ぞくぞくとくすぐったくて痺れそう。
おまけにトロトロにあまい笑顔まで向けてくれる。どうしよう、ノエルさんがチョコレートになっちゃった。
アルコールを飲みながら他愛もないお喋りをする。深紅の眼差しがずうっと優しくて、好きだなあって、体の芯からそう思う。
「あら、ノエルくぅん」
――不意に、高い声がノエルさんを呼んだ、ような?
「……最近はこういうのが多いな」
ため息をついた彼の傍に、派手な格好の派手な女が歩み寄る。人間。
「久しぶり~。しばらくお店に行けてなくてごめんね?」
「ああ、いえ別に」
「ノエルくんたら、ぜんっぜん連絡くれないからぁ」
「そういうのは業務外ですから」
「そちらは妹さん? ウフフ、かわいいわね」
女が彼の肩にしなだれかかった。
カッと頭に血がのぼる。ドクドクざわざわと体のなかから潮の音が聞こえた。
恋するトキメキとはまるで違う、目の前の相手をとにかく排除しなければという危機感。頭皮の毛穴がぜんぶ開いたような感じ。フシュ、と口から息が漏れる。熱い。
――この雌を近づけてはいけない!
いやだ、いやだ。ぎゅうと、目の前の腕にしがみつく。
「エマ?!」
あ……おいしそうなフサフサだ。
「のえるさん、しっぽ」
腕を離してそっちを両手で握った。おっきい、モフモフ。すき。
抱きしめて頬擦りしながら、すんすんと匂いをかぐ。いいにおい、食べたい食べたい。
これはわたしのなんだ。絶対、おまえなんかに渡さないぞ!




