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好きなひとの様子がおかしい

「――絶対に連絡してよね? また来るから!」

「はい、お待ちしていますね」


 カラメリゼを訪ねると、ちょうど人間の女性がノエルさんに手を振りながら出ていくところだった。体の奥がキュッとなる。なんか、すごく、無性に嫌だ。眉間に力を込める。


「いらっしゃいませ……って、あんたか」


 でも心地よいテノールのおかげで、一瞬で眉間は平らになった。我ながら単純!

 営業用のキラキラスマイルから切り替え、リラックスした声音で話しかけてくれる。ラフィン君やカラメリゼさんは見当たらないみたいだ。


「こんにちは。今日はひとりですか?」

「店番。ラフィンは買い出し」


 言いながら厨房へ引っ込むと、クッキーらしきものがのったバットを手に戻ってくる。ノエルさんのお菓子ー!


「ちょうどよかった。試作品の味見をして欲しいんだけど」

「喜んで!」

「ん。じゃあ、はい」

「あ、待っ――むぐっ」


 喋っている途中で口に突っ込まれる。ザクザクと香ばしい塊を噛み砕くと、じゅわっとバターがしみだしてくる。はああ、お口の中がしあわせ……!


「なんだ、変な顔して。不味い?」

「おいひいれすけど」


 不満を訴えるため、めいっぱいに眉を寄せようと頑張ってみる。


「ノエルさんの作るお菓子は見た目も素敵なので、ちゃんと見てから食べたかったです」


 そんな、見る前に突っ込まなくたっていいじゃんか、ねえ?


「……。もう一つ、食うか?」

「食べます」


 むむ、抗えない。

 思った通り、長い指が摘まむ小さなクッキーは、試作といいつつ丁寧に成形されている。目の前のイケメンが一つ一つ作っているんだなあ。あーん。


「感想は?」

「最高です」

「パティシエ冥利につきる」


 語彙力ゼロのフィードバックにも満足そうに笑ってくれる。きゅん!


「何か、お店のことお手伝いしましょうか? テーブルを拭くとか、物を運ぶくらいならできますよ!」

「客にそんなことさせるわけねえだろ」

「でもほら、たくさん味見させてもらってますし」

「俺が勝手に頼んでるんだっての」


 そうは言っても、散々お世話になりっぱなしだからなぁ。

 しっぽを振りつつ、期待を込めた眼差しで見つめていると、ノエルさんはついに根負けしたように頭を掻いた。


「あー、っと……」

「はいっ」

「そうだな。じゃ、お言葉に甘えて」

「ありがとうございます!」

「なんで礼?」


 手招きされ、スタッフオンリーの扉の向こうへ。店内とうってかわって無機質な空間に、山積みにされた大量の箱が目に飛び込んでくる。倉庫かな。


「明日でかい注文の受取りがあってさ、ラッピング用品を移動させときたい。あの辺の青いシールの箱を全部だ」

「了解です!」


 箱の中にはクッキングシートのような薄紙、もしゃもしゃの緩衝材、リボンや紙袋が詰まっている。持ってみると、ふむふむ、全然重たくない。


「あ、そっちのやつは触るなよ。口に入れるもんを素人に触らせるわけにはいかねえから」

「はーい」


 あちらからこちらへ、ちまちまと箱を抱え往復する。そんなに時間はかからないかな。その間にノエルさんは別の一画で、帳簿を見ながら確認作業をしていた。


「たっくさんありますね」

「マダムが次々に仕入れをするもんでな。まあ必要な量ではあるんだが、いかんせん、整理の手が足りねえ」


 このくらい、良かったらまた手伝わせて欲しい。え、ご褒美目当て? まままっさかぁ~。


「ええと、残りは……っと」


 青いシールの箱が、高く積まれた山のてっぺんにある。うーん、ギリギリ届くかどうか。

 つま先立ちで、震える両腕をどうにか伸ばす。やっと指先が目当ての箱に触れた時、ぐらりと、山のバランスが崩れた。


「おい! あぶな――」

「わっ――!」


 箱が床に落ちる音。強く香った甘い匂い。

 とっさに頭を覆っていた腕の間から、恐る恐る目を開ける。棚を背にしたわたしを庇うように、ノエルさんが壁ドンスタイルで両手をついていた。


「ノエルさんッ?! だいじょ」

「怪我は」

「な、ない、ないです!」

「なら、いい」


 どうやら無事みたいだけど、なんだか目元が赤らんでいて、鋭いはずの瞳も潤んでいて……?


「ああああのっ、ちちち近くないですか?」


 深紅の中に映るわたしが慌てる。ぎゅっと眉が寄り、顔の脇、手をついてる辺りからメギィッてすごい音がした。


「あんたが離してくれないんだけど……?!」

「ゥエッ?!」


 え、はな、離す? ――あ?!


「わあああごめんなさいー?!」


 がっしりと体をホールドした白いしっぽ。め、珍しく大人しくしてると思ったら!


「待ってください今剥がしますから! はがっ、剥がれろ! このっ、剥がれてェー?!」


 力をこめているのに、まるで言うことを聞かない?!

 こんなの初めてだ。そりゃ確かに、ノエルさんのことをしっぽでまきまきしたいとは漠然と思ってたけど!

 わたしの意に反してしっぽはノエルさんをずっと抱きよせようとして、踏ん張ってくれていなかったら今にも体が密着してしまいそうだ。そんな場合じゃないのに、甘いにおいにくらくらする。

 パニック状態で見上げたノエルさんは、何かを堪えるみたいに、食い縛った歯の隙間から荒い息を漏らしている。


「だいじょ、大丈夫ですか?!」

「も……喋んな……ッ」


 苛立ったような、凄絶な色気。またピリッと電流みたいな感覚が腰から伝わって、思わずびくりと震える。


「ん……っ」


 鼻にかかった甘い声はノエルさんのもの。

 ふぁさ、とくすぐったい感触があって、え?と思ったら……焦茶色のしっぽが立ち上がってる?!

 尾が立つのを見たのは初めてだった。驚いたせいか不意に力がゆるんだ自分の尾を、猛スピードで両手で握って引き剥がす。


「とれ、ましたっ!」

「……ああ」


 ふらふらと後ずさり、その辺の棚にもたれかかるノエルさん。


「くっそ……最悪だ」


 顔を覆って溢す。これまた初めて聞くような、今にも泣き出しそうな声に、寄ろうとした足を思わずとめた。


「あの……せ、背中とか! 痛めてない、ですか? それにさっき、しっぽが」

「うるせえ」


 力なく呟いた彼の尾は、今はへたりと床に貼りついている。見間違い……?


「――ノエルちゃんどうしたの?! すごい音だったけれど!」


 その時、カラメリゼさんが倉庫に飛び込んできた。散乱する箱にはもちろん驚いていたけど、立ち尽くすわたしと様子のおかしなノエルさんとを見て、何やら察したらしかった。


「マダム、すみません。ちょっと、頭冷やしてきたくて」

「いいわ。今日はもう帰って休みなさい」

「……すみません」


 弱々しくそれだけを言って、ふらふらと出ていってしまう。

 気になるけど……それより!!


「もっ申し訳ありませんでした! 弁償します!」


 全力で頭を下げる。

 するとカラメリゼさんは予想外にも、優しくわたしの肩を叩いてくれた。


「ああ気にしないで、エマちゃんが無事ならそれでいいの! 落ちたのは全部紙モノだし、片付けなかったこちらが悪いわ。こちらこそ、ごめんなさいね?」

「でででも、ノエルさん帰っちゃいましたし……!」

「あんな顔のままで、店番なんてさせられないわよ」


 醸し出される余裕とのんびりとしたオーラは、本当に心から何も気にしていなさそうだ。

 だけど、どうしよう。ノエルさん……


「エマちゃん。嫌われたなんて考えたら、めっ、よ?」

「あぅ」


 ちょんと額を優しくつつかれる。涙目のわたしに、カラメリゼさんは優美に微笑んだ。


「これでも付き合いは長いの。あの子はエマちゃんには何にも怒ってないわ」

「でも」

「じゃあね。弁償はしなくていいから、ひとつお願い」

「はいっ」

「次にノエルちゃんに会ったら、いつも通りに接してあげて? きっと気に病んでいるから」

「いつも通りに……」


 顔を合わせるのが怖いけど……お喋りできなくなるほうがつらい。うん、きちんと謝ろう。もしも許してもらえたら、またいっぱい気持ちを伝えよう。

 わたしだって、大好きな人には笑ってて欲しい。が、がんばる!

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