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しっぽで恋して!  作者: 笛吹葉月
本編

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10/31

振り回されまくってるが、嫌じゃない

 厨房のさらに奥、ちょっとした事務作業用のスペースで、ノートを捲りながら新作のアイディアを練る。早朝のこの時間を使うのは、多少、頭が冴えているような気がするから。

 新作の『材料』は他の店のケーキだけじゃない。町に出かけて景色を見たり、誰かと話をしたり、ひたすら散歩をしてみたり。経験上、そういう中から案は不意に生まれてくるものだ。


「どうすっかな」


 だというのに、気づけばあの女のことばかりを思い浮かべていた。最近ずっと横にいたせいだろう。

 ……認めよう。あいつと一緒にいると楽しい。

 アホみたいにしっぽが動くのにももう慣れた。というか、なるべく意識しないようにすることに慣れた。惚れた弱みと言うべきか、笑った顔を見たくて、いくらでも甘やかしてやりたくなる。

 このまえ食べたブルーベリーのタルトやラズベリーのケーキに殊更よろこんでいたし、ベリー系の果実が好きらしい。ソースはあらごしのほうが気に入りそうだな……


「……や、あいつのために作るんじゃねえだろ」


 軽く頬を叩き、自然とあがりそうになった口角を引き締める。はあ、まじで調子が狂う。

 新作は別に急ぎはしないが、同じものばかりじゃ客だって飽きる。次のコンクールも控えてることだし。


 書いては消し、書いては消し、まさしく煮詰まった色のページを睨んで唸っていると、店の入り口のドアベルが鳴った。ラフィンだろうな。玄関前の掃除が終わったのか。


「せんぱーい。カノジョさんがいらしてますけどー」

「あ?」


 かのじょ、とラフィンがふざけて呼ぶのはあいつのことだ。「付き合ってないんですか?!」「そんなに俺を傷つけたいか?」というやり取りの数は、十を超えたあたりで数えるのをやめた。

 で、あいつが来たって? 嘘だろ、こんな朝早くに?

 しかしながら顔を覗かせてみると、確かに、箒を持ったラフィンの後ろに小さな女が突っ立っていた。


「あっ、おはようございます!」

「おはよ。ランチの誘いには早すぎねーか?」

「今日はお仕事があるので残念ながら、ほんっとに残念ながら、お昼はご一緒できないんですけど! ノエルさんに用事がありまして」

「ふうん?」


 ま、いいか。せっかくだ。心なしか緊張しているのを、ちょいちょいと手招きする。


「お、お邪魔しまーす……?」


 おどおどしてるのが妙に可笑しかった。いつもうちでケーキを一口食べる毎に、あんだけ大はしゃぎしてるくせに。


「ちょっとそこで待ってろな」


 手を洗って、調理台へ。ジャムにしてしまう予定だった小さめのイチゴを拝借し、溶かしてあったチョコレートを掬う。おっと、早くしないと垂れちまう。


「くんくんくん……チョコのにおい!」

「正解。ほら、口開けろ。早起きのご褒美だ」


 ショーケース越しにこちらを見上げる顔。摘まんだイチゴで唇をつついてやれば、おとなしくかぶりついてくる。ふはっ、雛鳥みてえだな。


「んぐ、もぐ、おいひぃ」

「そりゃよかった」

「んっ……これなら、毎日でも早起きしたいです」


 口の端についたチョコレートを指で拭ってやる。

 にへへと笑う表情は、寝起きだからかどことなく普段以上に腑抜けている。くそ可愛いな。もう一粒くれてやろうか。


「うっわぁ、僕もう砂糖吐きそ……」

「おまえにもやってやるか?」

「全力で遠慮しまーす」


 呆れ顔のラフィンはそそくさと掃除へ戻っていった。どうせマダムにも告げ口されるだろう。


「で、俺に用事って?」

「あう、えとぉ」


 タオルで軽く手を拭って、近くに寄ってみる。何やら紙袋をひとつ、勢いよく両手で差し出された。


「ど、どうぞっ」

「なんだ、これ?」

「プレゼントです!」


 プレゼント? 急になぜ?

 首を傾げつつ紙袋から小箱を取り出し、蓋を開けてみる。

 ショッキングピンク、ドぎつい緑、油絵具みたいな黄色。色とりどりでぐにゃぐにゃの……辛うじて円形っぽい食い物だ、たぶん。いや待て。形は不恰好だが、強いて言えばマカロン……に見えないこともない、か……?


「作りました!」

「は……?」


 手作り? こいつの??

 いや、まあ確かに、市販品ではなさそうだが。


「気を悪くされたらごめんなさい。絶対に、ノエルさんが作ったほうが、きれいだしおいしいのはわかってるんですけど」


 固まる俺の目の前で、てれてれ、もじもじしている女。


「わたし、ノエルさんが作ったケーキを食べると幸せな気持ちになります。だから、おんなじ気持ちになってくれたら嬉しいなって」

「……」

「しょ、正直なことを言うとですね! ナナちゃんとモモちゃんに手伝ってもらった手前、途中でやめるって言い出せなくなっちゃったんですよね! あは、あはは……」


 ……なんなんだよ、こいつ。


「こういうの、普段から作るのか?」

「いやーお恥ずかしながら初めてです! お菓子作りってやっぱり難しいんですねえ。いちおう最後まで頑張ったんですけど、全然うまくいきませんでした」


 あっけらかんと笑う。が、白い尾はずーっと下を向いているし、さっき受け取る時だって……手が震えてた。

 初めてでこんな難題に挑戦しなくたっていいのに、と思う。もっと他にもあっただろ。きっと何度も失敗しただろうし、大変だったはずだ。


 こいつが知ってるかはわからないが、花言葉みたいなものが菓子にもある。俺も、売るための文句として使わせてもらってたが……


「おかげで、ノエルさんがどれだけすごいかがわかりました!」


 マカロンに込められる想いは――『あなたは特別なひと』だ。


「ででではっ、お仕事の邪魔になるといけないのでわたしはこれで――」

「いま、食っていい?」

「ぃ……!」


 しっぽがようやくピンと立つ。真っ直ぐガチガチに固まって動かない。

 止められる前に箱からひとつ取って、半分くらい噛る。

 ……めっちゃ甘ぇ。

 完全に砂糖味。しなっとしてるし、クリームの舌触りもよくない。というかまず、着色料を入れすぎだ。でも。


「ありがと」


 残りのもう半分もしっかりと味わう。


「すっげー、うまいよ」


 今までもらったプレゼントのなかで、断トツに、いちばん嬉しい。恐らく普通の奴は、料理人に手料理を振る舞うなんて発想がそもそもないだろうが。


「ほ」

「あ?」

「ほんとですかぁああ?!」

「うるさ……」


 ブォンブォンと凄まじい勢いで振れる尾を見たら、笑わずにはいられないだろう。泣きそうな顔がいじらしくて、ミルクティー色の頭を撫でてやる。

 常識をひっくり返して、俺の心をめちゃくちゃにして、だけどそれが心地いい。しっぽが疼いて堪らない。

 自覚したらすぐだった。ああ、恋に『落ちる』ってのは、なるほどこういうことだったんだな。


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