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天使(たぶん嘘)な女、非モテ(大嘘)男と出会う

「はぁー、いやされるー……」


 もふもふもふもふ。

 明日のための荷造りはばっちり。部屋で寝転がりながら、わたしは自分の白い『しっぽ』を抱きしめる。


 あ、これ異世界転生ってやつだ! と気付いたのは物心がつくのと同時期だった。人間、獣人、亜人が共に暮らす世界はとても平和で、剣と魔法の争いに巻き込まれる気配などまったくないけど。

 亜人と呼ばれる人種には額から角が生えた有角族、四本腕の複腕族など様々な種族がいて、わたしはその中でも有尾族――俗称『しっぽ族』と呼ばれる種族に転生した。その名の通り、腰あたりからフサフサの長い尾が生えている。他の亜人同様、そこ以外は人間そのものの見た目だ。


 尾は、ある程度は意のままに操れるけど手足というほどじゃない。動かすにはそれなりに力まないといけないから、物を絡めとるみたいな細かい芸当は難しい。

 ただ、体に巻き付けても余裕があるので、ぬいぐるみみたいに抱けるのはまじでいい。モフモフ自給自足、最高!


「エマ? まだ起きてるかい?」


 ノックの音に跳ね起きる。

 有尾族のエマとして生を受け、優しい両親のもと、田舎町でのびのび健やかに育ったわたしは。明日、上京のためにこの家を出ていく。

 と言っても、馬車で半日くらいの距離だけどね!


「おとーさん。うん、起きてるよ」

「入るぞ」


 親も当然しっぽ族。亜人や獣人は同族としか『番』にならないから。

 お父さんのしっぽは薄いグレーでボリュームがあって、お母さんのはかわいい桜色。単に絵の具みたいに混ざった色の子が生まれるわけではないらしい。

 自分の尾を愛でているわたしを見て、お父さんはちょっとだけ苦笑した。


「くれぐれも外でそんなことしちゃだめだぞ?」

「しないしない、気を付けるって」

「おまえは本当に美人なんだから」


 こんなに触り心地いいのに、ざんねん。

 なんで外で尾を触っちゃいけないのか、両親は互いに顔を見合わせ苦笑するばかりで、とうとう理由を教えてくれなかった。

 でも、わたしが美人だなんて言われるのは、まさしくこの尾が原因であるということなら知っている。

 しっぽ族の外見の評価基準は、尾だ。毛艶がよく、モッフモフで、色が薄いほど美男美女とされる。そう……顔やその他の外見など一切関係ないのだ!

 そして、わたしのしっぽは雪のように見事な白。

 好きなものを食べて好きに暮らしているだけなのに、ご近所ではやたらとチヤホヤされまくり、天使だと両親や友人に評されている。太古の昔にそういう伝説?があっただかなんだかで、種族的に白というのは特別な色らしい。

 ま、田舎町だし大袈裟な社交辞令に決まってる。きっとこんなの、都会にはうじゃうじゃいるって。


「あー、都会に行ったらすぐ、お嫁さんにもいっちゃうんだろうな」

「アハハ、そんなわけないよ!」

「いや、うーむ、でもエマが選んだ相手ならお父さんは……」

「お父さん?」

「待てよ。もういっそ人目につかないようにするべきか……?」

「お父さーん?」


 うちの親は親バカである。一人娘なのでなおさら。


 明日からは、都会の、親戚のお店で働かせてもらうのだ。ふふ、念願のひとり暮らし! キラキラした出会い!


「体には気をつけて、お菓子ばかり食べないようにな」

「うん」


 食べること、特に甘いものは大好きだから気をつけるね。健康は宝だ。


「しっぽをむやみやたらと人前で触るんじゃないぞ。自分のも、もちろん他の人のも」

「うん」


 何年か前、公園でイチャつく同族カップルを見た時、お母さんも言いにくそうに「人前で尾を触り合うのはお行儀がよくないのよ」と言っていた。亜人のマナー的な感じかな?

 心配しなくてもわたしにとって尾はオマケみたいなもので、普段の生活で意識することはほぼない。周りの友だちのは、たまに立ち上がったりフサフサと揺れていたりしたけど。ワンコみたいだな、なんて。


「それから絶対、絶対に! 変な男に引っかからないようにな」

「うん」


 一夫一妻の亜人にとって、番は大きな意味を持つ。両親もずーっとラブラブだし。


「あとは……」

「ふふっ」


 明日の朝もおんなじことを言われるんだろうな。本当に親バカだけど……すごく嬉しい。

 ちょっとの寂しさとワクワクを抱えて、出発前夜は更けていく。





「いや、それにしたって……どうなの、これは」


 町に出てきたのは、いいんだけど。


 背後を振り返って首を捻る。うーむ、亜人の感覚は未だにわからん。

 わたしのしっぽは外から見えないよう布で包まれ、赤いリボンでぐるぐる巻きにされていた。まるでプレゼントだ。


 うっかり悪目立ちしないようにという親心かもしれない。なんだか恥ずかしくはあるけど、不本意な大学デビュー(?)はしたくないしね。

 たぶん都会の女はみーんな、すらっと背が高くて化粧バチバチな美女ばかりに違いない。わたしはチビだしどっちかというと童顔だし……いつか垢抜けたその日には、しっぽを颯爽と振って町を闊歩してやるのだ! フーハハハ!


 さてと、親戚のお店に伺うまでにはまだ時間がある。

 ちょうどお昼時だし、景気づけにおいしいものでも食べちゃおうかな!

 よさげなカフェを見つけ、混み具合を窓から覗いて確かめる。壁がガラス張りだなんて、さすが都会のカフェはオシャレ~。プライバシー皆無~。


「ふぁ……っ?!」


 思わず二度見、いや五度見した。


 ど、ど、……

 どえらいイケメンがおる!!


 と同時、もっと驚くことが起きた。ヒョン!とわたしの尾が立ち、ご機嫌に揺れだしたのだ。


「え?! なんで?!」


 別の生き物みたいに、元気いっぱい往復している。なぜ?!

 とれかけた布を慌てて簀巻きのように包み直し、どうにかリボンを結んだ。えーとえーっと、とりあえず留められたからヨシ!


 いや、そ、それよりも!


 吸い寄せられるように入店。落ち着いたクラシック曲とざわめきが耳に届く。テーブル席が並ぶやや広めの店内で、わたしの目がロックオンするのは、カウンターに座る超ド級の美青年ただ一人。


 王子様というよりはセクシー系だ。

 落ち着いた茶髪は少しだけ襟足が長め、切れ長の目、形の良い唇、横顔だけでもわかる美形ぶり。鼻筋、顎のライン、ああ完璧な稜線よ!

 黒い開襟シャツがよく似合うし、一見すると細身だけど、捲った袖から覗く腕は男らしくたくましい。なるほどね、細マッチョと見た。


 というか今さら気づいたけど、お兄さんは同じしっぽ族だった。毛並みがつやつやした大きな焦茶色のしっぽは、まるで、


「チョコレートみたい……」


 心なしか甘いにおいがする。それはさすがに気のせい?


 いつの間にかそんな距離まで近づけば、当然イケメンもこちらに気付く。だるそうにわたしを見たシックな濃赤色の瞳は、少しつり目気味で、挑戦的な色気を放っている。

 えええっ、目が合っただけで孕みそうな男が野放しにされているんだが……?! こわい、都会こわい!


 正面から見るとますます麗しかった。全てのパーツの配置が計算され尽くしている。作画担当の神様がいるなら両膝の皿をバキバキに割り平伏して大いなる感謝を伝えたい。というか、良いんですか? 本当にこんな……良いんですか??

 端的に言って、一目惚れだ。拝啓お父さんとお母さんへ、娘はものすごくチョロかったです。


「オフッ、お隣、いいですか?」

「……どうぞ」


 まじ?!

 自分で言い出しておきながらびっくりした。

 店主さんにも、食材を育てた農家さんにも、椅子をつくった大工さんにも、食器、レコード盤、空、海、宇宙。おお、この世界の全てに感謝!!


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