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婚約者に求めるもの

作者: 月森香苗

※ふわっとした世界観/現実の制度とは異なります

 その日の学園はいつもよりも緊張に満ち溢れていた。


 王立学園には王族の一人で国王と王妃の間に生まれた第一王子が現在通っている。十七歳の彼は王立学園を卒業すると立太子する予定で、即ち未来の国王となるべき存在である。他にも王子や王女がいるけれども、生まれながらに徹底した教育を受けてその才を遺憾なく発揮している第一王子は誰もが認める存在で、それこそ他の王子を擁しようなどと考えないほどである。

 敢えて年齢に差が出るように生まれた第二王子や第三王子との歳の差は五歳以上あり、その王子達も立派な兄である第一王子を強く尊敬している為、後継者争いなど起きない。特に第二王子は活発な性質を持っており、騎士に憧れて騎士になると常日頃から公言しているし、第三王子は研究に強い興味を持っていて国王になれば研究が出来なくなるから嫌だと言っているほどだ。

 あまりにも優れた第一王子を前に卑屈になっているのかと言えばそうではない。単純に王子達が自分の好きなことをする為には国王という座が足枷になると考えているからで、少しでもよこしまな考えを持つような貴族が甘い言葉を囁けば、それはもう気持ちの悪い虫を見たかのような視線を向け、従者に一言「二度と近寄らせないで」と言ったというのは有名な話である。

 よって、第一王子の立場は揺るぎないものである。本人も未来の国王になる事には何ら不満を抱いておらず、学園の授業が終わると王宮に戻り父の傍で国王の政務というものを見て学んでいる。

 その第一王子グリエルモには婚約者がいる。

 トリット侯爵家のアドーレである。

 金色の髪の毛に青い目をしたグリエルモは市井で広く読まれている恋愛小説の中に出るようなまさに王子らしい王子という容貌をしており、王妃によく似た美しい顔立ちをしている。グリエルモに出会った令嬢などは一度は恋心を抱くのではないかと言われる程の魅力を有している。

 その一方でアドーレは黒に近い茶色の髪の毛をした、よく見れば可愛らしいけれども平凡な顔立ちと言われるような令嬢で、ただ一点、琥珀のような眼だけが美しいと言われていた。

 グリエルモと並び立つのがアドーレという事に反感を抱く令嬢は少なくなく、自分の方がふさわしいという令嬢は多くいる。だが、グリエルモは何時でもどこでもアドーレを隣に立たせ続けた。それは王家主催の茶会から夜会まで、兎に角どこにでもだ。

 幼い頃に婚約者を決める王妃の名で開かれたお茶会で選ばれたアドーレ。当然ながらそのお茶会に参加した令嬢達は何故だと不満を募らせている。

 美しいグリエルモはいずれ国王になる。つまり、その婚約者で結婚すれば妃になる令嬢は王妃となるのだ。女性の中での頂点に立つ存在というものへの強い欲望を抱く令嬢程、アドーレに対しての怒りと不満を募らせ、学園という狭い空間の中で彼女への対応を強くしていく。


 そしてついに令嬢達の怒りは爆発した。


「グリエルモ様!何故、何故婚約者がアドーレ様なのですか!アドーレ様はグリエルモ様と並び立っても見栄えが良くないではありませんか!」

「わたくしの方が断然美しいでしょう。グリエルモ様の隣に立つ者であるならば、美貌は必要だと思われます!」

「私の何が悪かったと仰るのですか、グリエルモ様!」


 上から順に、公爵令嬢マリレーナ、侯爵令嬢ニコレッタ、侯爵令嬢アルタである。

 グリエルモとアドーレが昼食の為に赴いた食堂で三人の令嬢が突如としてグリエルモとアドーレ、そして護衛が控える席に突撃して大声で叫んだ。

 その場にいた生徒達は戦慄した。

 王族とその婚約者であるグリエルモとアドーレの席は安全面の関係で彼らがいる時には近寄ってはならないと厳命されている。万が一の事が起きればその責任を誰が負うかという問題も起きて、最終的に家が絡む事になるので、真っ当な思考を持つ生徒達は近寄らないのが一番であると常日頃から考えていた。

 そんな場所に突撃した三人の令嬢達は、確かに高位貴族の中でも力を有している貴族の娘である。多少の無礼は許されると彼女たちは考えていたのかもしれない。

 彼女たちが近付く様子を見せた瞬間、護衛達は速やかに立ち位置を変えて万が一を想定した行動を起こした。あからさまに警戒するのではないけれども、それ以上近付くのならば実力行使もやむをえないという絶妙な距離。

 アドーレは困ったように笑い、グリエルモは少しばかり顔を顰めた。


「何故私がそれをお前たちに答えなければならない」

「納得がいかないからですわ!」


 令嬢達の中で最も家格の高い公爵令嬢であるマリレーナは怒りを露にアドーレを睨みつける。三人の令嬢達はいずれも間違いなく美しい。それは誰も否定は出来ない。だが、本人たちはいざ知らず、周りから見ている子息令嬢達はなんとなく、あの三人の令嬢が選ばれなかった理由を察した。

 学園内では確かに名前を呼ぶことが許されている。何故ならば、家名を出してしまえば格の違いから意見を言う事が出来なくなる者だっている。授業の一環で討論が行われる際、高位貴族の生徒の意見に下位貴族の生徒が間違っても反論できないという事が起きないよう、あくまでも学園にいる間は家は無関係で個人としての行動をとるようにという理由で名前呼びが許されている。

 だが、それはどこまでも授業に関わる物のみである。

 今回のように第一王子である王族のグリエルモの婚約者に関しては授業とは関係がない。学園に無関係な出来事に関しては明確に家が絡む。そしてグリエルモとアドーレの婚約は十年以上継続しており、アドーレ自身も既に王子妃教育の大半を済ませている為にこうして学園に通って人脈づくりを重点的に行っているというのは生徒でも知っている事だ。

 授業に関わる時ならばグリエルモを名前で呼ぶのは許される。

 しかし、授業に関わらない事に関して名前を呼ぶのは。当然ながら許されない。


 学園に入学すると、下位貴族は同じ下位貴族の先輩にあたる子息令嬢達に集められ、それは滔々と語られるのだ。市井に溢れる恋愛小説のように、下位貴族の令嬢が王族に見初められるという事はまずはなく、授業に関して接する事は出来ても、関係を持ちたいからと近寄る事は家の没落と引き換えになる、という事を。

 当然ながら、王族自ら呼び出して話をする分には従うべきである。しかし、こちらから安易に近寄る事は出来ない。もしもどうしようもない、領地の問題で相談をしたいなどあれば、教師を経由して相談したい旨を申し出て許可が得られればお声掛けがあるので、安易に近付かないように。というのを本当に叩き込まれているのだ。

 実際、領地が水害により補強工事を必要とするのだが、支援も無ければお金もない状況のとある子爵家の令嬢は、教師に状況などを記した書類を提出した上でグリエルモに直答したい旨を告げた所、二日後にグリエルモから場を設けられ、領地の現状を訴える機会を与えられた。それから一週間もしない内にその子爵家には補助金の申請書類などを携えた文官が送られ、更に補強工事の為の職人やら何やらが派遣された。おかげで子爵家の領地は何とか立て直す事が出来た。

 本来であれば子爵が動くべきなのだが、水害に対応する日々を送っている両親や嫡子の兄はそんな余裕がなく、動けるのはその令嬢だけという状況だった。彼女は水害が起きた事で学園を辞めるべきかどうかという所にまで追い詰められたが、それでも出来ることがあるならばと動いた。

 勿論、何故王族に直接訴えるのかという話なのだが、グリエルモが入学した当初から「領地経営において問題がある場合は相談に乗る」と簡単に言えばそんな感じの事を言っていたので、藁をも掴みたい下位貴族の子息令嬢は縋ったのだ。なお、大体の王族は入学するとこんな感じの言葉を言い、それに縋る下位貴族は割と多い。下心の無い純粋な請願は受け入れてくれるようだというのは下位貴族の希望でもあった。

 そのように、きちんとした態度でいればグリエルモはかなり寛容な性格である。

 ただし、そうでない場合のグリエルモはかなり苛烈である。特に己の婚約者に関わる事に対しては一切の妥協を見せない。 


「私は何時お前達に名を呼ぶことを許した」

「え?」

「授業に関する事であれば学園の理念の下で名を呼ぶことは許している。だが、それ以外のことで私がお前達に名を呼ぶことをいつ許した」

「それ、は……」

「そもそも、お前達が言う外見の美は王太子妃、王妃にそこまで必要なものなのか?」

「当然ではありませんか!王太子妃、王妃は国の顔にございます!」

「顔など化粧で取り繕えるではないか。そもそも、私はアドーレの顔立ちも好んでいる。お前達の顔を美しいとは思えない。人には好みというものがある。アドーレの落ち着いた色彩と清楚な顔立ちを見ているだけで私は心穏やかになれる」

「そんな……」

「そもそも、外見にばかり時間を費やしているお前達はアドーレ程の知識を有しているのか? 習得言語個数は? 各国のマナーは? 国内のみならず他国の芸術に対しての知見は?そもそも己が家の領地に関しての知識はあるのか? 王太子妃でも王妃でも、国内の情勢に関心を持ち、各地の領の特産物から得意としている事業をある程度は把握している必要がある。社交の場でドレスや化粧の話だけをしていると思っているのか? 高位貴族の夫人達でも国内にある領地の把握はしているはずだ」


 グリエルモの貫くような視線を受けた三人の令嬢は顔を真っ青にしている。彼女たちは淑女教育として所作やダンスなどは真剣に学んでいるが、それ以外の勉学に関してはあまり身が入っていない。領地の事は当主がするもので、夫人がするのは奥向きの事だと言われていたからだ。

 そんなわけはない。何故なら、貴族の夫人は社交をするけれどもその社交の際に相手の領地は何が有名なのか。どんな特産品があって自領に取り込めないかなどを貴族らしい言い回しの中に含めて会話をする事があるのだから。何も領地経営できる程度になれとは言わない。だが、情報というのは貴族に必要なものだ。

 それすら出来ないのに、王族に嫁ぐなど無理な話である。何故なら、王族は国内は当然であるが国外ともやり取りをする。他国には他国のマナーがある。例えば禁じられている食材というものがある。ある国では牛は聖なるものであるために食してはならない。ある国では狐が守護神の為、接見する時には狐の毛皮の着用を禁じる。などがある。時には小さなものもあるが、そういうものを丁寧に対応する事で国同士の友好的な交流が出来る。これらは一日の詰め込みで覚えただけではいけないのだ。何故ならば、ふとした瞬間に油断してしまう事があるからだ。

 王子妃教育ではまず国内の領地に関してと近隣諸国三つの言語習得と大国のマナーを覚える。これに関してはアドーレだけでなく第二王子と第三王子の婚約者も学んでいる。

 王太子妃教育になれば言語習得数は増え、大国のみならず多くの国のマナーを学ぶ。それだけでなく、より深い部分にまで踏み込んだ教育を受ける。

 最終的な王妃教育は王家の表立っては見せてはならない部分の習得になる。

 王子妃教育は長い年月を要する。それだけの時間を使って体に染み込ませていくのだ。王太子妃教育の先取りは許されており、それは個人の意欲によるので王子妃教育中に習得言語数を増やしたりマナーの習得を増やすのは本人の淑女としての価値を上げるので推奨されている。一応名分としては最低数を設けているけれども、実際の王子妃たちは三つ以上を当たり前のように習得している。


「お前達を選ばなかった理由? わかり切っているではないか。現在のような不作法を疑問にも思わず行える。そんなものを選べるはずもないだろう」


 冷たく切り捨てる言葉。アドーレは困ったように笑うだけ。この場において言葉を発する事が許されているのはグリエルモだけなのでアドーレは彼に望まれない限りは何も言えないのだ。


「そも、外見だけで選んだとしよう。その美は何時まで続く。永久に死ぬまでか。そんなことはあり得ないだろう。若さゆえの美など瞬く間の事でしかない。ほんのわずかな期間しか持たない美が失われ、知識も何もない者を妃になどしていられるのか。これまでの王族の者達はどの者も外見で妃を選んではいない。己に不足している部分を補える者を選んでいる。そして国王になる者が王妃に選ぶのは、己に何かが起きた時に代わりが務まる者だ。時にそれが誰かの命を左右する事になりかねない決断をするとしても、その命を背負えるだけの強さを持てるような妃を選んでいる。お前達にそれが出来るというのか」


 国内で災害が複数個所起きた時、国としては最大限の対応をする必要がある。しかしそれでも間に合わない命があるとして、時に切捨てなければならない選択を迫られることもあるだろう。国王とは決断する者であるが、王妃にもその覚悟が求められる。領主が領民の命を預かるように、王家は国民の命を預かっている。

 国王がもしも病に倒れたならば、そしてまだ王太子がいなかったならば、王妃がその間を代行しなければならない。王子妃教育、王太子妃教育、王妃教育というのは生まれながらに王族が当たり前のように叩き込まれている王家としての覚悟を、ただの貴族令嬢でしかなかったものが身に付ける為の期間でもある。

 命を預かる覚悟は大きい。領地経営をしている当主達だって自分たちの判断で領民が幸福になるか不幸になるか、とかなり重責だというのに、王族というのは国そのものの責任を背負う立場にある。

 王妃は貴族女性の頂点であるがゆえに羨ましがられるが、女性達の中で誰よりも重い責任を背負う覚悟を持っているからその立場にいられるのだ。

 国によっては王妃の権限が軽いところもあるだろう。だが、この国では国王と並んで王妃の責任は重い。豪華なドレスを身に纏い、最高級の宝石を身に着け、いつでも優雅に笑っていられる。それだけの存在ではない。


「誰も彼もが勘違いしているが、王太子妃や王妃というのは飾りではない。着飾って笑ってるだけなら人形で十分だ。王太子や国王と同じだけの能力を求められてそれを熟すだけの胆力が必要になる。甘い考えで王族に嫁ぎたいと考える者を簡単に受け入れると思うか。幼少期の茶会で選ばれる婚約者というのは、幼い頃にしっかりと親が王家に嫁ぐ事の意味を教えて本人が理解している者だ。媚び諂い阿る者は真っ先に脱落だ。その中で選ばれたのがアドーレだ」


 よく通る声でその場にいる他の者にも伝わるように告げる声。十七歳にしては貫禄のある声色に自ずと頭を下げたくなる。彼が玉座に着く頃には、この場にいる者達も同じように重要な立場にいるかもしれないし、何か別のことをしているかもしれない。女性であれば嫁いで子を産んでいるかもしれないし、人によっては勤めている事だってあるだろう。奇跡と思える時間を共に出来た幸福を思い起こす事もあるだろう。国の頂点に立つ人と簡単に触れ合う事など出来ない。今だからこそ、身分の差を超えてこのような近い場所でその声を聞く事が許されている。


「既にアドーレは王子妃教育を殆ど終わらせている。それにかかる費用は王家から出ている。即ち税である。それを外見だけで無に帰すなどあり得る事ではない。そんなことを平民が知れば内乱の元だ。何よりも、アドーレを私の婚約者とすると定めたのは国王陛下だ。その決定に異を唱える、意味を分かっているのか」


 王族の婚約者は政略で定められる。その中で相性が良い者を選定し、国王がその命で決定する。例え誰が何と言おうとも、それが王命であるならば反論は許されない。


「時と場所を考えておけばこちらも穏便に収められたが、お前達は自らの手によって家名に傷をつけた。無かった事には出来ない」

「あっ……そん、な……」

「王命に反そうとする行為、私の名前を許可もなく呼んだ不敬罪、王族の婚約者への侮辱罪。他にも常日頃からアドーレへの批判的な言動をしている事は知っていた。敢えて見逃していたのだが、その温情も不要だというのならば、家名を背負ってこの学園に通っているという責任を果たせ」

「ひっ!」

「お、お許しを!」


 グリエルモの冷たい視線は拒絶を表している。絶望に満ちその場に座り込んだ令嬢達から視線を逸らすと、グリエルモはアドーレに柔らかい視線を向ける。


「行こうか、アドーレ」

「はい、グリエルモ様」


 この場においてグリエルモの名前を呼ぶことが許されているのは婚約者であるアドーレだけ。常日頃から彼女がグリエルモの名前を呼ぶから勘違いしている者もいたのだろう。


「グリエルモ様、わたくしは気にしておりませんのよ?」

「私が気にする。初めて君と出会った時から君を好ましく思い、素質があると王家に認められ婚約の打診をした際も、受け入れてくれるかどうか不安で仕方なかったほどだというのに」


 食堂から立ち去るグリエルモとアドーレの背後で甲高い悲鳴が聞こえたけれども誰も気にしない。自ら破滅していっただけの話だ。ただし、彼女たちの家に関わる生徒たちは速やかに行動を起こす。この失態は少なからず今後に影響する。被害が発生する前に対処すべき案件であった。

 そして立ち去ったグリエルモとアドーレは穏やかに会話をする。

 アドーレは己の外見が世間一般のような華やかな美とは正反対であると自覚していた。最初の頃こそ美しいグリエルモの隣に立つことに躊躇いはあったけれども、グリエルモは常にアドーレに最大の愛情を捧げてくれている。様々な政略が絡んでいるとはいえ、最終的に本人同士の相性が必要となる。あまりにも相性が合わない場合は後継者問題が発生する為、どれだけ条件が良くても選ばれない。逆に、多少条件が満たさない部分があっても本人達の相性が良ければ打診の対象となる。

 グリエルモはアドーレに一目惚れをしていた。家でしっかりと教育を受けて王家に嫁ぐ意味を理解していた少女は、グリエルモにむやみに近付こうとしなかった。冷静に周囲を見渡し僅かに顔を強張らせていた。派手に飾り立てられた令嬢達の中で装飾品を抑えめにしていたのは、王家の気質を十分に家が理解していたからだ。侯爵が王家の意を理解した上で夫人にきちんと伝えていたからこそ、華美な格好を避けて、しかし地味になりすぎないように程よいバランスで着せられたドレス。王家は質実剛健を好んでいる。必要とあれば飾り立てはするけれども、それはあくまでも外交の為であり、国内向けには落ち着いた装いを見せている。

 それを理解した上での恰好をしていたアドーレは周囲から浮いていた。だが、グリエルモはだからこそ彼女を見つけることが出来た。一目で心を奪われ、会話をすれば知性が感じられ、いくつもの質問に分かるものはわかると、分からない物に関しては即答を避け調べて回答したいと告げる聡明さ。故に、グリエルモはアドーレを推した。入念な調査が行われ、アドーレとも数回のお茶会を行い、最終的に婚約の打診と受け入れを経て二人は婚約者となった。

 グリエルモは常にアドーレを傍に置いた。ひと時も離れたくないほどの溺愛である。だが、アドーレからは情に溺れた国王は国を乱す原因となる。その要因にしたいのか、と窘められては抑えるしかない。


「早く結婚をしたいものだ」

「ふふ。直ぐですよ」


 立太子の儀の前に二人は婚姻の儀を執り行う。ドレスづくりも佳境に入っており、アドーレは頻繁にサイズ確認をされている。太っても痩せてもいけない、現状を維持するというのは中々に難しい事だ。疲れますわ、とちょっとだけ溜息を零すアドーレを見つめるグリエルモの視線は甘い。

 護衛達は見慣れた主の行動を流す事が出来るが、偶然見かけた者達は二度見した後、顔を赤くして顔を伏せていた。グリエルモの笑顔は中々に破壊力が高いのだ。


「グリエルモ様、多少は手加減してさし上げてね」

「……彼女たちの態度次第だ」

「それで構いません。もしも反省しているようであれば恩情を。そうでなければ、グリエルモ様の判断にお任せします」




 結論として、三人の令嬢の内、一人しか恩情が与えられなかった。

 侯爵令嬢アルタは速やかに当主である父に話をした。己の浅はかな行動により家に迷惑をかけたことを深く詫び、また、己がどれだけ傲慢な行動をしていたのかを深く反省し、アドーレにも謝罪したい旨を伝える。当主は速やかに行動に移し、アドーレの家に正式な謝罪文を送り、また慰謝料の支払いについての申し出を行った。また、同時に王家には無知ゆえの無謀な言動であり、それが王命に対しての横やりであり反逆であると理解していなかった事を深く詫びた。決して王に逆らうつもりはなかった。グリエルモの名前を呼んだのも一度のみで状況の判断を誤ったが故のものであったとこちらも謝罪を申し入れた。当主の対応は早く、アルタ自身も深く反省しているとみられた為、グリエルモの助言もあり王命への横やりなどは見なかった事にし、グリエルモの名を呼んだ事は反省する事、そしてアドーレに対しては家同士で対応するという事で落ち着いた。

 若さゆえに過ちを犯す事もある。それを反省し次に活かせるようにすることが彼女に与えられた処罰だった。


 それに対して公爵令嬢マリレーナ、侯爵令嬢ニコレッタの両名はどこまでも状況を理解していなかった。アルタのように当主に速やかに相談していれば良かったのだが、彼女たちは自分たちが間違ったことはしていないと思っていた。だからこそ当主には何も言わないままアドーレへの憎しみをたぎらせていた。

 故に、彼女たちは罰を与えられた。王命に異を唱え、グリエルモへの不敬、準王族とみなされるアドーレへの侮辱。それらに対してグリエルモは容赦がなかった。当主達はある日突然己の娘が罪人であるとして捕らえられたことに驚いたし不当であると訴えたが、調べていく内に娘たちの言動は常識知らずにもほどがあると知ってしまった。

 せめてアルタのように速やかに報告があれば対処出来たのだが、本人達に反省の色は全くない。せめて、一族としては王命に逆らうつもりはなかったと訴えるしか出来なかった。王に逆らうという事は一族郎党を処罰しなければならなくなる。我が子を切り捨ててでも守らなければならないという苦渋の決断を迫られた。

 マリレーナとニコレッタに与えられた罰は外交政策の一環である他国の王族との婚姻である。それが何故罰なのかと言われれば、二人がそれぞれ嫁ぐことになる王家には問題があった。一つは宝石と引き換えに虐げてもいいような令嬢を後宮で引き受けるというもの。加虐趣味を持つ者が多く生まれてしまう王家で、正妃や側室と言った正式な妃は大事にする分、加虐してもいいような女性を後宮に集めている。罪を犯した女性を積極的に受け入れてくれるという事なので立派な罰になりえる。そしてもう一つは百名を超える女が犇めくハーレムのある王国である。そこでは既に王の寵愛が定まっている。子も何名もいて、新たにやってくる女は基本的に外交の為であり、王の寵愛は与えられないと分かり切っている。愛されない、子も与えられない。王の愛を受けられない女はハーレムの中では最下層で、それに見合ったような生活をさせられる。命の保証はあるが、ずっとみじめに生きる事になる事もまた罰になるであろう。

 そんなにも王の相手になりたいのであれば、それに見合った場所に送ってやろうというグリエルモの怒り。彼女たちが望んだのはそんなみじめな生活ではないと分かっている。だからこその罰だとグリエルモは笑う。

 アルタは己が間違えなかった事に安堵し、また、寛大にも許しを与えてくれたアドーレに感謝した。一定期間、教会での奉仕活動を罰として与えられたが、二人の令嬢に下された罰に比べればなんと優しい事か。勿論、人の目がある場所での行いだった為に良き縁談は失われた。だが、それでもまだ選択肢は与えられていた。

 彼女たちは一つの戒めとなった。そしてこれはきちんと語り継いでいくべきであるともその時学園を共にしていた生徒たちは考えていた。何故ならば、第二王子や第三王子はグリエルモと歳が離れている為、数年も経過していれば記憶が風化し同じようなことが起きないとは限らないからだ。

 他国はどうかは知らないが、この国の王族が婚約者に求めるものは少なくとも美貌ではないという事もまた語り継いでいかれることになった。

■6/30の活動報告にちょっとした裏話を書いています

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[一言] 容姿も才能の一つだけど、逆に考えると才能の一つでしかないってことかな
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