聖水
「使徒さま、お帰りなさいませ。」
ライオスはゴールドの前で跪いた。
回りの何人かの武官、文官達は眉をひそめた。
ライオス王のあまりにもゴールドに対する態度が謙っているように思われたのだ。
しかしそれは、その者達のゴールドに対する嫉妬なのだとは気付かなかった。
ゴールドから発せられているうす青色の光の粒が見える者は数名しかいないのだ。
ライオスにとってゴールドは神からの予言の者であり、何年も会える事を待ち望んだ憧れの人であり、実際自分とこの国を救ってくれた勇者なのだ。
うす青色の光の粒が見えない者には普通の人にしか見えない。
むしろ弱く劣っているように見えた。
それでも石をパンに変えた所を見た者には神の使いだと思えはした。
「使徒様、我が主カインは何処におられますでしょうか?」
「貴方はどなたですか?」
「私はカイン様の臣下、カシム、マルコム32歳です。」
「カイン殿はナジラン領で明日の野菜の収穫の準備をされていますよ。」
「えっ、野菜の収穫ですか?」
「はい、そうです。」
「何処に収穫出来る野菜があったのでしょうか?」
「ナジラン川の畔です。あっ、そうだ。あなた達お2人、カイン殿の元へ送ってあげましょう。」
ゴールドは詠唱しだした。
「我の場所と我の望む場所を天空と次元を超えてつなげ。センド オン トゥ コールディネイト カイン、転送。」
カシム達2人は目の前から掻き消えた。
カシムが見た光景は目の前の主カインと周りにいる1,000人ぐらいの領民、緑一面に実っている野菜達だった。
「我が弟子、ライオスよ。明日は、このナトニア国の土地を浄化させよう。一緒についてまいれ。」
「はい、ゴールド様。喜んでお供いたします。」
「いや、しばし待たれよ。」
「貴方はどなたですか?私は貴方の顔に見覚えがないのですが。」
「我はナトニア王国、第3軍大将ハーディン、ナザレス38歳だ。先ほどからの我々を無視した振る舞い、いいかげんにしてもらおう。」
「そうだ、そうだ。」
ハーディンの周り5名の者が同調して騒ぎだした。
「ハーディン殿、私からも一言、言っておこう。
貴方から見たら、私は弱く見えるだろう。
しかし私は神ムーン シルバー様の使徒、そしてこれは神の仕事なのだ。
神の意思に逆らえば、この国ぐらいはいつでも滅ぼせるのだぞ。
それでも私の仕事の邪魔をするつもりなのか?」
「何を言っている。これ以上の無礼は許さないぞ。」
「そうか、では力をお見せしよう。サンターナ、吼砲を放て。」
「はい、ゴールド様。」
サンターナはハーディン達に向かって吼砲を放った。
ハーディン達の身体を恐怖がすり抜けて行った。
ハーディン達はその場にうずくまり、失禁してしまった。
「他に逆らう者はいるか?」
ゴールドからうす青色の光の粒が立ち上がり、渦を巻いて周りへ広がりをみせた。
近くにいた武官達がパタパタと倒れだした。
周りにいた者達にも、この光りは見えた。
皆床に顔をつけて神に祈りを捧げ出した。
「おおーっ神よ、我らをお許しください。」
ユリア姫がそっとゴールドを抱きしめてキスをした。
翌日、ゴールドとライオスは各領を回って土地を浄化して行った。
ライオスは改めてゴールドの力の虜になった。
その力は神の力だったからだ。
茶色の大地が緑色に染まって行く光景は神の御業だった。
夕方には全ての領内を浄化して2人は王都へ帰ってきた。
その夜、ゴールドはライオスを自分達の部屋に呼んだ。
「ライオス、まずこの水に今から私が唱える呪文を唱えるのだ。」
「はい、分りました。」
「ユグドラシルよ、聖の力をこの水に与えたまへ。ホーリーウォーター。」
ライオスは呪文を唱えた。
「ユグドラシルよ、聖の力をこの水に与えたまへ。ホーリーウォーター。」
呪文を唱え終えた瞬間にライオスは気を失いかけた。
ライオスはまだレベル5なのだ。
「ライオス、この薬を飲みなさい。」
ライオスはそのままグビッとマナポーションを飲み干した。
気分が楽になり、意識がはっきりしてきた。
ゴールドは思った。
他の巫女や神王は、この後の祝福のキスをどんな気持ちでしているのだろうかと。
今のライオスのように意識が殆どないのだ。
ふと思った事は、祝福のキスが先でもいいのではないのか?
つまり聖水には巫女や神王の魔力と身体の一部、D.N.Aの遺伝子が必要なのではないかと考えたのだ。
今回は先ず聖水を作る事だ。
こればかりは神王であるライオスしか作れないのだ。
ユリアはゴールドは楽しそうだと感じた。
実験にのめり込んでいる時の顔なのだ。悪い顔とも言う。
こんな時の博士は容赦がない。
「ライオス、次はこの水に国の人々の幸せを願ってキスをするのだ。」
「はい、分りました。」
ライオスは国の人々の幸せを願ってキスを水にした。
その瞬間に水が白く光りだした。
魔法蒸留器に魔力を流した時と同じ現象が起きたのだ。
白い光りが収まると、そこにはただの水があった。
魔力が見える者には、その水から立ち上がるうす青色の魔力の小さなきらめきが見えるのだが。
「お師匠様、この水は何なのでしょうか?」
「お師匠様!!」
「この呼び方は、いけなかったでしょうか?」
「いや、師匠で構わない。我が弟子よ。」
「はい、ありがとうございます。」
ユリア姫は、この2人は相性が良いように思われた。会話が楽しそうなのだ。
自分達の会話と違うような感じがするのだった。
強いて言えば、ローム王国のアドリアナ姫とする時の会話の雰囲気と似ていると思った。
ゴールドも知らない事なのだが、神ムーン シルバーと接した者からは、私利、私欲が無くなっているのだ。
神ムーン シルバーの意思、このユグドラシルの世界の子孫繁栄が自分の願いのように自然に思ってしまっているのだった。
アドリアナ姫の5つの願いが私利、私欲で無いとは言えないが、彼女はまだ10歳なのだ。
アドリアナ姫はこの後、大人になってローム王国はもちろん、ビクトリア王国、ここナトニア王国からアメニア王国まで知られる巫女、聖女になっていく。
故に会話が自然に合って楽しいのだ。
ユリア姫でさえ、自分の欲望が私利私欲ではなく、ユグドラシル世界の人々の子孫繁栄だと気付いていないのだ。
「この水は神の水だ。名前を聖水と言う。地下から湧き出している湖の水で、朝日が昇って30分以内に汲んだ水に、お前の魔力と身体の一部分を加えて出来る神の水だ。」
「この水にはどんな力があるのでしょうか?」
「それは明日、見せてあげよう。」
翌日、謁見の間に城のおもだった者100名が集まった。
その中にコスキネン、アリスターもいた。
「コスキネン、アラディンを呼んで来てくれ。」
「かしこまりました。」
ゴールドはサーチを円場に放った。
毒に犯されている者が2人、特に1人は腕が腐れかけている。
ゴーストの呪いに罹っている者もいる。顔を見たら目が窪み、痩せて倒れそうな感じだ。
病の者もいる。風邪をこじらせて、高熱を発している。
後の1人は腕の傷からばい菌が入って、腕が腫れ上がっている。
ゴールドは5人を指差して、前に呼んで立たせた。
5名は何故、使徒さまから呼ばれたのか分らなかった。
他の4名を見ても、1~2名は知っていたが、他は顔は知っていても、名前は知らない人々だったからだ。
ゴールドは5人を横一列に並べて、右端の人から質問をして行った。
「貴女の名前は何と言われますか?」
この人は呪いに罹っている女の人だ。
「私はカタリン、ヘミングセン、32歳、副メイド長をしております。」
「ライオス王、ゴーストの呪いをご存知でしょうか?」
「はい、知っております。
死んだ人や魔物の魂が成仏出来ずに、この世をさまよい続け、暗く湿った場所や墓場などに隠れている事があります。
そこに人が来て、手で触れると、その人にとりついて、その人間が死ぬまで、身体の中に隠れて住み着く事になります。
取り付かれた人は、食欲がなくなり、眠れなくなり、目が窪み死に至ります。」
「対処法はありますか?」
「教会の高位の司祭が呪いを解除出来ます。」
「どうやるのが知っていますか?」
「はい、相手の手を取り、身体に触れるだけです。
そうする事で、患者の体が光り輝いて、呪いの本体が天に帰るのです。」
「カタリン、食欲が無く、夜眠れないのではありませんか?」
「はい、その通りです。」
「貴女はゴーストの呪いに罹っておられます。」
「ゴーストの呪いにですか?」
「はい、そうです。ライオス王、教会の司祭は治す事が出来ますか?」
「いえ、司祭は、今ナスカ領へ出かけていて不在です。」
「帰りは何時頃になられますか?」
「ナスカ領の司祭がお亡くなりになったので、その後の人事の事で出かけられていますので、帰りは早くて1ヶ月後ぐらいになると思われます。」
「私はこのまま死ぬのでしょうか?」
「いや、死ぬ事はないでしょう。皆の者、良く聞け。」
ゴールドの言葉使いが変わった。
「ライオスは今この時より、神の使徒の弟子となった。
ライオスは今から1年、弟子としての修行の旅へ出かける。
今、神はライオスの側におられる。
その証拠を皆にお見せしよう。
弟子、ライオスよ。」
「はい、お師匠さま。」
「神の祝福を、このカタリンへ与えなさい。」
「仰せのままに。」
ライオスはカタリンの前まで歩いて行き、聖水をカタリンに降りかけた。
聖水はガラスコップに1杯入っている。
「カタリン、動かないでじっと立っていてください。」
「はい、ライオス王様。」
ライオスは3本の指をコップに浸けて、その雫をカタリンに降り掛けた。
3度同じく降り掛けた時、軌跡は起きた。
カタリンが光り輝き出したのだ。
回りの者は我が目を疑った。
太陽の光のように、カタリンは輝き出し、3分ぐらいして、その光りはおさまった。
全員、カタリンを見て、また驚いた。
そこには健康そうな美人が立っていたからだ。
窪んでいた目はパッチリ開いて、顔の肌に張りのある美人がいた。
「私は治ったのでしょうか?」
ゴールドはサーチを放って見た。何処も悪くない。
「治っていますよ。」
「おおーーっ、」周りの人々から声が上がった。
ゴールドは隣の女性に声をかけた。
「貴女は熱がありますね?」
「はい、風邪をこじらせて、3日前より熱があります。」
「医師には見せましたか?」
「いえ、仕事がありましたので、まだ見てもらっていません。」
「貴女の名前は何と言われますか?」
「私の名前はサバーラ、モアハウス35歳、経理主任をしております。」
「風邪は万病の元と言います。
貴女は風邪をこじらせて、肺に炎症を起こしています。
このままでは命に関わって来ます。
今回はライオス王に治していただきますが、風邪だからと言って無理をしてはいけませんよ。」
「はい、分りました。」
「弟子、ライオス、神の祝福をサバーラに与えなさい。」
ライオスはサバーラの前に行き、聖水を降り掛けた。
また、3度降り掛けた時、サバーラが光り輝き出した。
太陽のような光が収まると、また美人がそこに立っていた。
健康そうな肌の美人だ。
ここにきて、女性達が騒ぎ出した。
あれは美人になれる神の力なのかしら?
ゴールドは3人目の人に声をかけた。
キラービーの毒に犯されている男性だ。
「貴方の名前は何と言われますか?」
「私はニールソン、レコーダー36歳、王国第1軍副司令官です。」
「貴方はキラービーの毒に犯されていますが、いつキラービーと戦ったのですか?」
「えっ、そんな事が分るのですか?」
周りの人々は、2人の会話に聞き耳をたてた。
本当だろうか?と思ったのだ。
「1週間前です。
我が隊がキラービー5匹に襲われた時、1匹を刺し殺したのですが、横から来たもう1匹に刺されました。
医師に治療して貰ってますが、完治するのか、このまま身体が腐れて死ぬのかは、運しだいで50%の確率だそうです。」
「貴方が今ここにいるのは神ムーン シルバーさまのお導きでしょう。弟子、ライオス。この者に神の祝福を与えなさい。」
ライオスは聖水を降り掛けた。
3度振りかけたとき、また光り出しニールソンから毒が消えた。
後に分るのだが、ニールソンは副司令官だけあって、歴戦の勇士だ。
これまで、幾度となく魔物や敵対する人族と戦って来た。
その時、出来た傷が体中にあったのだが、きれいに無くなっていたのだ。
4人目の男性に声をかけた。
「貴方は、後1週間ぐらいで死ぬ所までポイズン、スネークの毒が身体を犯しています。よくこの場に立っておられますね?」
「毒の廻りが遅くなるように、ベッドに横になっているように医師に言われていましたが、ライオス王の一大事と聞きつけて、この場にいます。」
「貴方のお名前は何と言われまいか?」
「お師匠様、この者は私の護衛の者です。」
「ライオス王の護衛ですか?」
「はい、そうです。」
「私はハムレット、メーア36歳、近衛兵第一隊隊長です。」
「近頃、顔を見なかったが、そのような状態になっていたのか!!!」
「少しも知らなかったぞ!!!」
「王よ、申し訳ありません。私の不注意でヘビに噛まれたのです。」
「それは違います。」
女の近衛兵が声をあげた。
ノリーン、ナザレス18歳、近衛兵第一隊隊員だ。
「我が隊が訓練でナッシュ湖に行った時、子供が湖で水遊びをしていたのですが、ヘビが子供に近づいて行くのを見て、子供を陸へ揚げようとしたのです。
しかしヘビに追いつかれて、噛まれようとした所をハムレット隊長に助けて頂いたのですが、ヘビは3匹いて、横から襲って来たヘビに噛まれたのです。
今までお姿が見えなかったので心配しておりました。
私がもっと確り注意していれば!!」
ノリーンは泣き崩れた。
「ゴールド様、こんな酷い状態でも治せるのでしょうか?」
「ライオス、少し待て。」
ゴールドは変幻魔法Lv10オール チェンジでハムレットの上着を消し去った。
右腕と右わき腹が腐れかけて、肉が毒により紫色に変色している。
良くベッドからここまで来られたものだとゴールドは感心した。
「ライオス、この布に聖水をしっかり浸けて、噛まれている所に貼り付けなさい。」
ライオスはゴールドから渡された布に聖水をつけて、ハムレットの右腕と右わき腹に貼り付けた。
貼り付けた所かに白い煙?が立ち上がり出した。
ライオスは聖水をハムレットの頭からかけた。
1回、2回、3回、今度は何も起こらなかった。
ライオスはゴールドの方を見た。
ゴールドが頷いたのを見ると続けて4回、5回と聖水を降り掛けた。
まだ何も起こらない。




