ビジョン
新しい会社を設立するため、真愛グループの僕を含めた3人は、あるシェアオフィスの会議スペースで会社を設立するために議論をしていた。
「これしかないです!うん。もうこれ以上のものはない!」
大きな声で言ったのは管理部門責任者の村上さんだった。
管理部門と言っても僕を含めて社員は3人しかいない。
彼の今までの管理部門の責任者の知識をもとに、会計や労務総務、バックヤードの業務を中心に担当する執行役員だ。
営業担当の執行役員である桜田さんは「う、うん・・・」と、村上さんの強い口調に少し押され気味な雰囲気で返事をしていた。
代表取締役である僕と執行役員である桜田さん、村上さんと、3人だけの社員で打ち合わせをしていた。
新しい会社のビジョンを決めるため。
来月12月から入居する予定の、今どきの洒落たシェアオフィスの別の店舗で、オープンスペースの席を借りて打ち合わせをしていた。
朝から「どういう会社にしようか?」「方向性は?」各々の思いや考えを文字にしてTrelloに書きだす。
そしてそれを読んで、さらに考え『ことば』にしていく。
3人の思いや考えを紡ぎ出し、会社のビジョンを生み出す作業だ。
「いや、これしかないですよ。ベスト。他の選択肢はありえない。」
もう一度、村上さんが言った。
「う、うん」
桜田さんも、さっきと同じように呼応する。
ミッション、ビジョンを話し合い、最後に価値観について議論を進めていた。
村上さんの提案した「ことば」自体の良し悪しとはおかまいなしに、この言葉は桜田さんと僕に、発言する隙を与えてくれなかった。
彼の左手には一晩で読んだとされる企業理念の作り方の本がある。
「この本に書いてあることが全て洗い出されているから、大丈夫ですよ。」
そう話した。
このときの違和感が、いまでも思い出される。
そして、そのまま違和感を感じたまま、何も対応せずに進んだことが、この後、続く困難を乗り越えることをできなくさせてしまった。
きっとこのときに僕たちは泥舟を選んでしまったのだ。
見た目は最新式でとても素晴らしい船だと思った。
武器も十分、守りも堅牢で、外から見たらとても打ち負かされることなんてない船だと思った。
しかし、実際はハリボテの泥舟だった。
話は数ヶ月前に遡る。
そう、この話のスタートのとき。
いや、厳密にはもっと前に原因となる出来事が起きていたの思う。
まぁそれは後々、話したいと思う。
『やっぱり、新しい会社作らないとね。』
思い返せば、数ヶ月前のこの一言から始まったのだった。
それは、梅雨に入りジメジメし始めた6月のことだった。
真愛グループの代表取締役である川上会長からそう言われたのだ。
つづく
※この物語はフィクションです。