ベルの音
――やっと終わった。
マンションの戸をしめると同時、おれは息をついた。
警察の聞きとりをうけていたのだ。っていっても、「かたちだけ」ってかんじのだったけど。
彼らは「事故」と断定したらしい。捜査もそっちの方向ですすめていくって口調だった。
――きのう隣の部屋で「転落事故」があった。
三才の女の子が死んだ。
母親は当時不在――買いものにいっていて留守だった。父親は仕事。
三才の女の子はおひるねしてたみたいで、起きてきたときに母親をさがして、ベランダに出て、てすりをのぼってコンクリートの地面に落ちた。即死だとか。
まあそーなるわな。ここ十五階だし。
女の子が死んだとき、おれはベランダで読書していた。
屋外のデッサンでつかう野外用の椅子にすわって、おひさまのしたでのんびり本を読むのが、おれの最近の余暇のすごしかたなのだ。
――一回目はぐうぜん。
ズボンのベルトにつっている『ベル』が鳴った。ちっちゃい「ハンドベル」みたいな形で、かるく振れば執事でもくるのかって感じのやつ。ずいぶんまえに『百円均一ショップ』でみかけて買ったものだ。
キーホルダーなんだけど、かぎはつけていない。なんとなく腰にぶらさげている。
おしゃれなのだ。おれ流の。
それが、脚を組みかえたときに鳴った。思いのほかつよく。
――すると女の子がやってきた。
三才の子って、ほんとにベランダのかぎをひとりであけれるんだなって思った。
隣のベランダとこっちを仕切るパーティションがあるんだけど、くもり硝子みたいになっていて、小さいかげが「きょどきょど」動いているのがわかった。
母親をさがしてるんだなって判った。
ときどき隣から壁越しに「ちりんちりん」って音がして、女の子がはしゃいでいるのを知ってたし、親がじょうだんめかしてベルを鳴らして(これがまたおれが持ってるのと同じなんだ。色ちがいだけど)、廊下でぐずる子どもをよんでいるのを見たことがあったから。
だから二回目はわざと。
女の子はベランダの柵に寄ってきた。
パーティションがあっても、おれがのぞきこめばすがたが確認できる位置。
たぶん、このまま放っておけば――おれがもう何もしなければ――女の子はあきらめて部屋にひっこんだだろう。
――おれは三回目を鳴らした。
女の子は手すりから身をのりだした。
たしかおとなりはプランターがあったから、そこを足場にしたんだろう。それにしても「がんばり屋」だと思う。
女の子は落ちた。
おれは自分のベランダからそれを見ていた。
――動機?
「ひまだったから」かな。
※このものがたりはフィクションです。
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