#5
——不安を抱いたのは、幸せを知ったのと同時だ。
それまではただ、観測するだけの存在だった。
長い間、自分と言う概念すら意識することもなく、世界が始まり活動していくのを無為に眺めていた。
当然思考なんて持ち合わせていない。きっと当時は瞳しか持っていなかったのだ。
けれど変わっていく世界に影響を受けていく。
こちらを感じる者が現れて、初めて自分を意識した。
彼らは希い、自分はそれに応えやろうと奇跡を見届けた。すると多くの者が感じてはいなくともこちらに語り掛けるようになった。
しかし世界が明確化されていく中で、不条理は絶やされる。理屈に縛られ空想は結ばれなくなった。
すると誰もがこちらに見向きしなくなり、また独りになった。
物足りない。出来るなら、もう一度見つけて欲しい。
止まることなく流れゆく景色を眺めながら、初めての願いを抱いた。
けれども叶わない。
ならばどうすればいいのだろうと考えると思考が生まれ、答えへ至る。
彼らと同じ姿になれば、彼らと同じように見つめ合うことが出来るのではないか。
見つけてくれるのは誰でもいい。ただ欲を言うなら、自分だけを見ていて欲しい。
そうしてあの河川敷で、彼の瞳の中に自分は産まれた。
それからは酷く幸せだった。
視覚以外の新たな感覚を得て。すると知っているはずのことも全て初めてになった。
あらゆることが刺激的で、楽しかった。
もう前のように、独りで観察しているだけの日々は考えられない。
ずっと、この時間が続きますように。
その祈りと共に、いつか終わるのではないかという不安もよぎった。
時が経つと想いは膨らんでいく。
そのきっかけはやはり瞳から。
少しずつ周りは変わっていくのに、自分だけがそのままだった。緩やかな変遷を投影出来ないこの体は、多くの者に置いていかれた。
そして夢へと現れる。
彼が去り、独りになってしまう夢。
夢は目を覚ませば消える。
けれども繰り替えしている内に、現実と夢の境が曖昧になって。
ある時、全てが終わった。
不変の体を求められ。その副産物で頭をいじられ。
助けに来た彼は目の前で亡き者にされた。
残された自分は、街を保つため幸せな夢を見せ続けられる。
けれど、彼のことを忘れられなくて。
何度も彼の去り際を見てしまう。それは自分にとって全ての喪失で。すると幸せな感情で矯正される。
その繰り返しだった。終わりのない繰り返し。
そうして最後に自分は過去に縋ったのだ。
自分のいない過去。
彼が元気な姿を見たかった。
もうその頃は、ハッキリと彼のことは思い出せなくなっていて。
薄れた記憶から何とか拾い上げる。
彼は優しく格好良くて、自分以外にも惚れられている人がいたかもしれない。いやでも、それほど人気と言うわけではなかったような気もする。
ただ一つ、よく気づく人だった。
見ているだけで良かったけれど、その隣にはやっぱり自分がいたくて。
再生された世界。
でもやっぱり、終わりを想像してしまう。
それが、自分以外をも巻き込むと知って。
こうなるなら、自分はいなければよかったのだ。
今までのように、独りで観ているだけの存在に戻れれば。
その願いは、手に入れてしまった欲求が邪魔をする。
どうすればいいの。
どうやったら、終えられるの。
独りは寂しいと感じてしまうようになった。
それも全部、一度手に入れてしまったから。
もう温もりを感じられないようになればいいのに。
でも手放すことも出来なくて。
俯く。抱え込む。どんどんと凍り付く。
全てから目を塞いで、何も考えないように。
——その時、両手に温もりを感じた。
ここには、自分しかいないはずなのに。
この熱はどこから来たのだろう。
誰からのものだろう。
浮かぶのは彼。それに、彼と仲の良い人たちもいる。
まるで、自分が独りじゃないと教えてくれているようだ。
それはただの妄想。
でも、氷は溶けていった。
これは悪夢なんだと諭してくれた。
本当の居場所は、この温かさが連れて行ってくれると。
両手が引っ張られる。
その先にはもう、彼らがいるような気がして。
……私、いてもいいのかな。
そう零した不安に、笑いかけてくれる顔。
対して私は、どんな顔を浮かべただろう。
自分の姿なんて見えていないはずなのに、なぜだか涙が止まらなかった。




