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Find me ~俺に近づく三人が明らかに怪しい。~  作者: 落光ふたつ
第6話「未来を恐れた少女」
55/63

#7

 それはまるで、大きな箱だった。

 一軒家が丸ごと収まりそうな立方体。窓が極端に少なく出入り口は一つだけで、かなり閉鎖的な佇まいだが、警備が徹底されているというわけではない。

 辺り一帯は辺鄙な地域で、向かい側には畑が広がり両隣は庭を持つ一般住宅に挟まれている。その建物自体に塀はなく、余っていた空き地にそのまま建てたと言った風体だった。

 なんとなく所有者のこだわりのなさを感じる。

 とにもかくにも、ここが咲の父が持つ研究所らしい。


 リムジンから降りた比良人は、その景色に浮いている建造物になんだか言葉を失っていた。

 咲が玄関の鍵を開けていると、行が繋に耳打ちをする。


「おばあちゃん。こいつ、アタシの頭開こうとしたんだよ」

「えっ、ほんとっ?」

 秘密裏に行ったはずの告げ口は、しっかり当人にまで届いていた。

「わたくしはむしろ止めた立場ですわよ。信頼を得られなければ情報収集に支障がきたしていましたでしょうし、それに器具を用意するのも大変です。まあ一応、合意の上なら是非もないので確認はしましたけれど」

「ほ、他になんか、行ちゃんに変なことしてない?」

「安心してください。少なくとも彼女は健康に見えましてよ」


 などと咲は言うが、行はやはり警戒心をむき出しにしていて、繋もいまいち信用しきれないでいた。


「さ、入ってください。土足で構いませんわ」


 玄関扉を開けた咲が先行する。海外式なのか上がりかまちは存在せず、玄関からすぐ廊下へと繋がっていた。

 繋、行、比良人、エミも続いて研究所へと入る。

 内装は酷く質素だ。

 細くまっすぐ伸びる通路。両側の壁には等間隔に扉が配置してあって、装飾は一切排されている。他に描写出来る箇所と言えば、天井の照明と通路奥の階段ぐらい。

 前を歩く咲に、比良人は問いかけた。


「ここで一体何をするんだ?」

「簡潔に申し上げるなら、エミさんに夢を見てもらいますの」


 名前を挙げられた少女に視線が集まるが、彼女は俯いて比良人についていくだけ。いつにもまして無口な様子に比良人は少し心配になっていた。


 すぐに咲が足を止める。

「ここですわ」

 玄関から見て通路奥左側。階段を手前にしたその扉は、やはり他との違いはない。部屋の名称が貼り出されているということもなく、ここで働いている者は全ての部屋の位置を覚えているのかもしれない。

 咲が扉を開けるとそこは、六畳ほどの狭い部屋だった。

 中央に医療用のような足の長いベッドが置かれ、側にはモニターやパソコンの類。それのみだ。


 比良人も咲に続いて入室しようとして、だが一歩踏み入れた時、左手に引っ張られて止まる。


「………」


 エミが部屋を目にして硬直していた。

 その瞳は今までにない程開かれていて、初めて明確に、彼女の表情を見た気がする。

 ただ、浮かぶ感情は恐怖のように思え。


「エミ、どうかしたのか?」

「なんでもない、と思う……」


 自分でも分からないといった風にエミは頭を振った。それから躊躇いながらも部屋へと入るが、握られている手に力が抜けているのを比良人は感じていた。

 他の面々も不思議そうにエミを見るが、誰も問い詰めはしない。

 その間、咲は一人で機器の準備を進めていて、そこへ比良人は問いを投げた。


「エミに夢を見てもらうって言ってたけど、具体的には何をさせるんだ?」

「ここで寝て、夢を見てもらうだけです。それ以上どうするべきかは、わたくしにも分かりませんわ」

「は……?」


 聞き間違いだったかと比良人は眉をしかめる。それに対して咲は一旦手を止めて、全員を見渡し言い放った。


「まずですが、これからお話するのは根拠のない仮説です。それを理解した上で聞いてください」

「ああ、聞かせてくれ」

 比良人は言葉にし、繋は頷きを見せ、行は視線を返す。同意と共に促され、咲は間髪入れず告げた。


「このままですと恐らく、この世界は消失してしまうでしょう」


 いち早く声を発したのは、行に寄り添う繋だ。

「そ、それってやっぱり、あたしたちが見たような未来になっちゃうってこと?」

「いいえもっと深刻です。未来に辿り着かない内に、最悪今すぐにでも、この世界が丸ごとなかったことになります」


 語られる仮説に、誰もが目を見開いて続きを待つ。


「比良人さんは聞いているか分かりませんが、未来では『楽園』という現象が起きているそうです。それが現れた土地は一定時間が経つと、全てが無くなり荒れ果てた大地になってしまうそうですね」


 確認とばかりに咲は行へアイコンタクトをし、それに未来人である彼女は頷いて見せる。比良人も、繋から薄っすらではあるが聞いていた。


「それがなんなんだ……?」

「そしてこの世界も、その『楽園』の一つというわけですわ」

「……アタシも初耳なんだけど」

「まあ初出しですので」


 行の不服そうな視線には応えず、咲は作業へと戻る。どうやら二人は一緒にいた間で仲良くなったということもないようだ。


「そもそも、『楽園』って何なの?」

「エミさんの夢でしょうね」


 繋の質問に簡潔な答えが提示され、補足へと続いていく。


「記憶やそれから連想した思考。肉体と離れた意識が機能して、見ている光景だと推測しています。ただどうやら、楽しい感情に根付いた記憶のようでして。そこを突き詰めると気分が悪くなりそうなので止めておきますわ」


 もったいぶるように言葉を濁されるも、他の面々はそもそも理解が追いつかず追究まで出来ない。


「比良人さんが未来で不死身の化け物になっているのも、エミさんの記憶によって何度も再生されているから、とかでしょう。そして車内でも言った通り、意識は揺らぎやすいのです。ですから作り出した光景を保ち続けられない。あるいは別の想像をしてしまうのでしょうか。まあつまり、『楽園』として生み出された以上、この世界もすぐに消失する可能性がある、というわけですわ」


 話が導入へと戻り、区切りがつく。そこへ比良人は、ただ答えを求めた。


「じゃあ、どうすればいいんだ……?」

「だから分かりません。手段として挙げるなら、思考を完全制御していただければいいのですが、そんなものは無理です。仮にここにバナナがあるとして、それが食べ物であるという認識のみで食べることは可能ですか? 甘いという記憶も、黄色いという視覚情報も一切連想せずに食べることです」

「で、出来ないかもな」


 なぜバナナと思いつつ首を横に振る。バナナの理由は庶民的な連想ゲームに使われているからだ。


「夢の中ならなおさらですわ。脳を機械化出来る技術でもあればなんとかなるかもしれませんが、そちらもリスクは高いでしょうね。ともかく、わたくしの知る術ではどうしようもないのです」


 さじを投げるように咲は言って、しかしその手は今も機器の準備を進めている。ならば何かがあるのではと比良人は更に踏み込んだ。


「じゃあ何で、この研究所に連れてきたんだよ」

「他に方法がないので、ぶっつけ本番でエミさんに未来、というか元の世界に戻ってもらうんですの。失敗すればほとんどの確率でこの世界は消えると思いますが、成功しなくとも戻ってこれた場合、データを取っていれば他の策を考えられるかもしれません。皆さんを招集したのも、事情を知っている頭が少しでも欲しかったからですわ」

「それって……」


 繋は言葉の意味に気づき、顔を引きつらせている。

 そして当然のように、咲は言い切った。


「ええ。わたくしたちに出来ることはありません」


 それから、一人関係ないとばかりに俯くエミへ視線を向ける。

「ここからは、エミさんにしか出来ないことです。彼女にどうにかしてもらわなければ、大変困るんですの」

 困るどころではないのだが、しかし下手に焦っても無駄だと咲は理解していた。そして自分にしか、皆を引っ張る役目を背負えないのだとも。


「自分で犯した罪は、自分で尻拭いをしてくださいませ、エミさん」


 強い視線で貫く。

 するとエミは少しだけ顔を上げて、けれど咲をまっすぐと見返すことは出来ないでいた。


「私の、罪……」

「ええそうです。あなたがこの世界を作ったのですから、全ての責任を負っていただきませんと」

「お前、そんな言い方は……」


 棘のある言葉に思わず比良人が口を挟むが、それは左手を握る弱々しい力に止められた。


「……いや、その通りだと思う。これは、私が逃げ続けた結果だと思うから」


 言いながら、エミは比良人の手を離す。

 足を前に出し、咲の準備したベッドへと向かい、突きつけられた償いを覚悟する。


 けれど比良人には、その背中は変わらずとても小さく見えていた。

 とても、何かを変える決意を持てているようには思えない。


 しかしそんな彼女を止めることは出来ないまま、エミは咲の指示を受けてベッドへと横たわる。

 そうして頭や体に電極を張り付けられていく少女に、比良人は一言だけかけた。


「……大丈夫、なのか?」

「………」


 エミは応えなかった。

 けれども、ベッドから降りることはせず、責任を受け入れている。

 やはり止めるべきなのではないか、比良人がそう悩んでいる間に咲が告げた。


「準備は終わりです。エミさん、いつでも大丈夫ですわ」

「……うん」


 弱々しい頷きだ。

 そして、誰に止められることもなく、エミはゆっくりと瞼を下ろした。


 何の策もない。

 想いすらない。

 それでも彼女は再び戻る。


 その様子を、比良人はずっと見続けていた。

 見ることしか、出来なかった。


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