#4
家の中にエミはいなかった。
貸している部屋にも、リビングにも。両親の部屋や風呂とトイレも覗いたが、どこももぬけの殻だった。
そもそも部屋を出た気配すらないのだ。家中の窓は閉まったままで、玄関口には靴だってある。
痕跡は残っているのに、彼女だけがいない。
「何なんだよ……っ!」
家にいないと知った比良人は、外へ飛び出した。
学校や河川敷。エミが一人で散策したと言っていた町のあちこち。記憶から思い出せる限りの場所を引っ張り出して、手当たり次第に走り回る。
記憶にない所だって探した。
薄暗い路地裏。人気の少ない高架下。通りがかりの風景にも、余すことなく目を凝らした。
それでも、彼女は見つからない。
昨日訪れた遊園地にも向かおうとして、しかし財布がなく、改札を超えることは出来なかった。
あとは町中の施設を一つずつ虱潰しに回るしかなく、それはあまり現実的ではないだろう。当てもなくなり途方に暮れた比良人は、仕方なく一度家に戻ることにした。
何より空はもう暗い。
歩きながら比良人は、その暗闇を見上げていた。
一体、何が起きている?
なぜ、彼女は突然消えた?
なぜ、どこにもいない?
そしてなぜ。
この感覚を、自分は味わったことがあるのだろうか。
頭の中を覆いつくすのは既視感だ。
エミがいなくなった途端から、異常な焦りで鼓動が早くなっていて。それはまるで、過去にも同じ目に会い、記憶が拒絶反応を示しているかのようであり。
どこで自分は、この記憶を手に入れたのだろう。
その疑問は根拠もなく、河川敷での思い出へと至る。
「……っ」
すると不意に、初めて見る景色が脳裏をよぎった。
——荒廃した世界。何もない大地——彼女がいない。探さなくては——ここはどこだ。俺は生きている?——構わない。早く見つけないと——見つけた。なのに、なんで、届かない——
「なんだ、今の……?」
気が付くと比良人は、大量の涙をこぼしていた。
この感情は、無念か憤怒か後悔か。
混沌とした胸の内は、涙を拭えばすぐに消えていく。フラッシュバックした光景も、もう遠くなっていた。
「とにかく、エミを探さないと……」
不可解に答えを求めるのは諦めて、止めてしまっていた足を動かす。
家に帰ってからどうするかは考えていなかったが、今さっきの瞬間で、財布を回収したらすぐに遊園地へ向かおうと決めていた。
何が何だか分からないが、とにかく彼女を探さなければ。
体が使命感で勝手に動く。頭はエミのことばかりを考えていた。
家に着くと両親が帰っていて、廊下で出くわした母からは「どこ行ってたの?」と尋ねられたが、比良人は応えずすれ違う。
彼の頭の中は、ただひたすらエミとの記憶を振り返っては自分に出来ることを探していて、周りなど見えていなかった。
そうして、半ば自動的に行動しながら、比良人は自室の扉を開け。
「あ、比良人……」
するとそこには、エミがいた。
クッションの上に座り、ベッドを背もたれにして、テレビに体を向けている。
映画を見ていた時と同じ体勢で。
まるで、最初からずっと、そこにいたかのようだった。
その姿を見つけた途端、比良人は膝から崩れ落ちる。今まで無視していた疲れがドッと押し寄せ、力が入らなくなっていた。
「お前、どこ行ってたんだよ……」
どうにか口だけを動かし、そう問い詰める。
エミは見つめられると、バツが悪そうに視線を逸らした。
「私は……いない方がいいんだろうね。でも、やっぱり……」
膝を抱え縮こまり、閉じた口は開かないまま。
比良人はすぐにでも彼女を抱きしめ体温を感じたかったが、俯く横顔を見て、なんとなく動けないでいた。
喜ぶにはまだ早い、と見知らぬ予感が囁いている。
これで終わりではない。これから始まるのだ。
言われなくともその事実は、理解していた。
二人は黙ったまま。
狭い部屋の中、時間だけが過ぎていった。




