表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Find me ~俺に近づく三人が明らかに怪しい。~  作者: 落光ふたつ
幕間「未来を知った少女」
47/63

・3・

 三付比良人さんは、いつになっても求婚を受けてくださいませんでした。

 どれだけメリットを提示しても、怪しいからと断ってきます。

 叔母に関する情報は母から口外を禁止されていますし、わたくし自身も叔母が危険になる可能性は少しでも避けたく誤魔化しましたが、納得はしてくれず。

 思うようにいかないとつい苛立ちが募り、彼の前ばかりは感情を出してしまいそうになりました。

 そもそもなぜ、彼が神楽咲家にとって必要なのでしょうか。

 特に目立った能力はなく家系も平凡。自分で言うのも何ですが、わたくしとまるで釣り合っていません。

 叔母はまた眠りについたので詳細は聞けないまま。

 不可解と憤りが合わさって、彼のことはどうしても好ましく思えませんでした。



 転入して二日目。

 朝から追いかけ回させられたせいで、疲労と共の授業です。

 大人数と同じ部屋にいるという感覚はまだ慣れず、ついつい同級生たちの仕草に目移りしてしまいます。

 教員に隠れ何かを渡し合っている女子生徒二人を見つけ、わたくしは目を凝らしました。

 どうやらノートのページから千切った紙切れに文章を書いて、簡易的な手紙のやり取りをしている様子。授業中のマナーとしては悪いですが、仲を深めるにはとても効果的だと思えました。


 ……わたくしもやってみたいですわ。


 思い立ってすぐ、ノートの一部を切り取りますが、誰に宛てるべきかと手が止まってしまいます。


 以前から友人の一人は作ってみたいという望みはありました。

 しかしわたくしが心を許す相手ならば、それ相応の教養と品格は必須で、軽く見回した限りでは該当する方は見つかりません。

 それに、この文通がファーストコンタクトというのも失礼でしょう。


 とは言えせっかく便箋の準備をしたというのに使わないのはもったいない。

 そう考えた末に結局わたくしは、隣の彼に向けて常の文言をしたためたのでした。


『私と結婚してくださいませ。』


 机にそっと置くと、嫌々とした表情ながら彼は文面を読みます。それからため息を吐いた後、あろうことかそのまま文を返してきました。

 返信は書かれていません。この方、人付き合いのイロハを知らないのではないのでしょうか。


『あなたにも書いていただかなければ成立しないではありませんか。』

 わたくしは荒ぶる心を落ち着け、一文追加してまた送ります。その抗議文を呼んでようやく、彼もペンを握りました。

『よく知らない相手と結婚するつもりはない』

 ふむふむ、その返答は大体想像出来ていましたわ。無論、それに対する文章はもう用意していましてよ。

『それでは、これを通じてお互いを知りましょう。』

 我ながら巧みな切り返し。


 会話が遅い分、考える時間が出来るため策略を練るような感覚があり、このやり取りは少し心躍りました。

 意外にも彼の方から会話を続け、わたくしは質問に対する答を書いていきます。

 ですがやはり、文通相手を間違えたようです。


『それ、うさんくさいやつじゃないのか?』


 こちらに踏み入ろうとした彼は、挙句にそんなことを宣いました。

 それはまるで叔母を侮辱しているようにも汲み取れ、握るペンに思わず力が入ってしまいます。


『信じて頂けないのであれば結構です。私ももう話すつもりはありません。』


 新たな返事を受け取る気はもうありませんでした。

 そんな感情が漏れてしまっていたのか、彼の方からも文字は届きません。

 結局そのまま授業は終わりを迎え、反省しているだろうかと彼の表情を確認しようとして。


「ねえねえ! 神楽咲さんって社長の娘ってホント!? どんな生活してんのっ!?」


 無遠慮な同級生三人が、わたくしを囲うように集まってきました。

 その内容は明らかに表面的で、わたくしの家に取り入ろうとするものです。先ほどの苛立ちも相まって、わたくしは若干強い言葉で黙らせてしまいました。

 すると彼女達は途端に表情を変え、「白けた」と去っていきます。

 その一連で、なんとなく胸がスッとしたわたくしは、ふと先ほどの憤りを覚えた文章を思い出していました。


 ……少し、突き放し過ぎましたでしょうか。


 わたくしの使命は、三付比良人さんに伴侶になっていただくこと。彼女たちのように離れられてしまっては元も子もありません。

 うさんくさいとは言っていたものの、何も知らない彼からすれば単なる心配でもあったのだろうと今なら理解出来ます。

 それならば、神楽咲家の娘としてわたくしの方が水に流すべきなのでしょう。


「ところで三付比良人さん。結婚相手に求めるものは何でしょうか?」

「は、はあ? いや、まあ、何だろうな……」


 わたくしからの質問に、彼は戸惑った表情を見せます。

 感情を引きずるとは、まだまだ子供ですのね。

 そんな風に自身の優位性を見出せると、なんだか生意気な彼にも少しは、興味を抱けるようになりました。



 どうやらわたくしは、教室内で孤立しているようでした。女子生徒の一部を中心に、何かと嫌われているみたいです。

 そしてそんなわたくしのせいで、三付比良人さんにも友人が出来ていないようで。

 若干の申し訳なさはありましたが、わたくしが相手してあげているのでイーブンというところでしょう。

 そもそも、クラスメイト達とは価値観が合いそうにありません。

 人との関係は本来、お互いを高め合うべきですのに、彼ら彼女らの仲にはまるで意義を見出せず、交流を深めようとしてもわたくしが足を引っ張られるだけに感じます。

 わたくしは神楽咲家の娘として、恥は極力避けなければならないのです。

 どれだけ侮辱の言葉を投げられようとも実害がなければ構いません。もっと厳しい視線を浴びてきたわたくしには、幼稚な嫉妬など痛くもかゆくもありませんでした。


 ……そういえば、彼もあまり周囲の目には動じていませんね。

 そう言った点では、確かに他よりもわたくしに相応しい方なのかもしれません。

 ただし、聞き分けが良くない所は直していただきたいですわ。



 前回から一か月と少し。

 叔母が起きたという連絡が入り、わたくしは急いで病院へと向かいました。


「叔母様、おはようございます!」

「おはよう、咲」


 早速叔母の腹部に抱き着いて、その温かい手の平で頭を撫でていただきます。

 叔母は寝たきりの生活のせいで体が衰えていますが、幸いに病気等は抱えていないので比較的健康体です。ですが、眠ると次いつ起きるか分からないため、いつも不安にさせられています。

 今回も無事挨拶を交わせたことを喜ばしく思いながら、わたくしはこの一か月間抑えていた愚痴をこぼしました。


「叔母様っ、なぜわたくしはあのお方と結婚しなければならないんですのっ」

「あら、不満だった?」

「不満、と言うとそうかもしれませんわ。彼は小さいくせに生意気ですのよ。それに長所と呼べるところも大してありません」


 彼の言動を思い出してくると腹が立ってきます。そうして頬を膨らませるわたくしを叔母はおかしそうに笑っていました。


「でも、夢で見たあなたは、彼と一緒にいてとても幸せそうだったのだけどね」

「ありえませんわっ。まあ少しは会話が成り立つので、他の方々よりはマシですけど」

「そうやって、少しずつ仲良くなっていけばいいわ」

 今以上はもうあり得ない気がしますが。


 夢の方は結局、伝えられたこと以上の詳細は分からないみたいです。叔母が見た景色はぼやけていて、不明瞭なことが多いとのことでした。


 もっと素敵な殿方が相手なら良かったと不貞腐れつつ叔母の体温を享受していると、不意に叔母から提案を投げられます。


「咲、明日は早めに学校に行ってみると良いかもしれないわ」

「どうしてですの?」

「比良人くんが、朝早くに登校するみたい」


 と言われてわたくしはすぐに思い当たります。


「またわたくしから逃げようとしてるのですわね? 本当に小癪なお方ですわ」

「ふふ、そうかもね」


 それからもわたくしは、彼についての不満を漏らしました。

 心の内をこれだけ偽ることなく話せるのは叔母だけで、やはりわたくしは誰よりも叔母が大好きなのです。

 ですから、託された希望は何としても叶えたい。そのためには、どうにかして三付比良人さんに求婚を受けていただかなければなりません。

 逃げようとしても、逃がしませんわよ……!

 その日はいつもより、目覚まし時計を早くに設定したのでした。




 早朝に校門で待っていると、叔母の予言通り三付比良人さんはやってきました。


「随分と早いのですね」

 隠していた姿を見せると、彼は驚いて硬直します。

 なぜいるのだと問われたのでいつものように占いの結果だと誤魔化せば、思いの外彼はすんなりと諦めてわたくしが寄り添うのを許しました。


「せっかくわたくしから逃げようとしていましたのに、残念でしたわね」

「別に逃げようとしたわけじゃねーよ」

「あら強がりですか?」


 そんなやり取りをしている内に、教室へと辿り着きます。

 朝礼までの時間は随分とあるので、当然に室内は無人でした。つまりは二人きり。これはわたくしの魅力を知ってもらう良い機会でしょう。

 と考えながらも気に食わない相手に対する話題に困っていると、彼の方から投げかけてきて。

 思い返せばこれまでも、彼のおかげで間が持っていることは多かった気がします。

 そうして時間を少し過ごしていると、不意に予想外の方が現れました。


「何でアンタらいんの……?」


 クラスメイトの相生さん。常に数人の輪にいるイメージでしたが、登校はかなり早いみたいで、思いの外勤勉な方なのかもしれません。

 そう思い言葉を投げると、なぜか食い違ったように青筋を立てられます。はてと首を傾げれば、三付比良人さんがわたくしの言葉を遮りました。


「相生、勘違いすんなって。俺はこいつから逃げようとして早く来ただけで、別に何かしに来たわけじゃないから」

「は? 何その嘘?」

「本当に嘘じゃないから。まあ気にすんなよ俺らのこと」


 わたくしには分からない思考を交わし合っている風で、なんだか蚊帳の外な気分です。

 それにそもそも、彼がわたくし以外と関わっているのも珍しい。嫉妬と言うわけでは断じてありませんが、その感想をそのままに告げると、


「なわけないでしょッ!?」


 途端に、相生さんが声を荒げました。

 あまりの脈絡のなさに理解が追いつきません。それに発する言葉も滅茶苦茶です。わたくしなりに対話を試みようとはしてみましたが、余計怒りを募らせて。


 ——ガシャァン‼

 彼女の感情は足に乗り、近くの机を蹴り倒しました。


 その瞬間、わたくしは相手へ配慮する判断を捨てます。


 わたくし自身ではないにしろ、周囲に害を及ぼすのなら放っておくことは出来ません。その暴力がこちらに至る前に始末すべきでしょう。

 ですが浮かんだ策へ移る前に、乱入者に空気を乱されてしまい。

 連鎖するかのように多くの同級生が集まり、妙な誤解と多数の目で教室内が埋め尽くされていきます。

 ……いえ、断罪にはむしろ丁度良いでしょうか。


 しかしその考えを邪魔するように、わたくしの左腕が引っ張られました。


 わたくしを連れ、教室から逃げ出す三付比良人さん。この方の考えもまたわたくしには理解出来ず混乱してしまいます。


「なぜ、何もしていないわたくしが逃げなければいけませんのっ? 相生さんが噛みついてくるなら、懲らしめてしまった方が後々楽ですわよ?」

「懲らしめるってお前なぁ……。またなんか吹っ掛けられたら教師に言えばいいだろ? そうしたらわざわざ反撃しなくたって、一言だけで片が付くんだ」

「……逃げてるみたいで嫌ですわ」


 彼の案は、他に頼り切っていて未来の信頼性が欠けます。それに対して己の行動ならば、いかようにも調整が利くでしょう。

 そんな不服を視線で表すと、彼は、別の視点をわたくしに与えてくださいました。


「逃げるんじゃなくて守る、そういう考えなら、納得出来るか?」

「………」

「だからまあ、やり過ごそうぜ」


 不器用な笑み。

 作っていながら、こちらをちゃんと見てくる変な表情です。

 だからかわたくしの方が見ていられなくなり、思わずそっぽを向いてしまいました。

 そうすると、手首を握る手が視界に入って。


 ……この行為が、守る、ですか。


 守るとはいったい何をなのでしょうか。状況的に考えるならこの場合は、わたくし?


 そう思い至った途端、今日、彼がなぜ朝早くに登校したのかに気づけてしまいます。

 きっと、彼がわたくしの知らない所で相生さんと会話をしていたのだろうとも。


 すると昨日の叔母の微笑みが、産まれて初めて憎らしく思え、そのムカつきをやはり彼に向けました。


「そう言うくせに、あなたは一人でどうにかしようとしてたではありませんか」

「……いや、男ならカッコつけたいじゃんかぁ」

「締まりませんわね。それに、逃げるというのに、なんでこんなペースで歩いてるんですの?」


 情けなく崩した表情に失笑してしまい、わたくしはなんだか怒りがどうでもよくなって、もう一つ質問をしていました。

 すると彼はどこか照れ臭そうにして。


「お前、体力ないんだろ。無理に走る必要はないし、歩いててもいいだろ」


 そんな、要らない心配を宣うのです。


「……そんなこと、言った覚えはありませんのに」

「見てりゃ分かる」


 それから沈黙に包まれながらも、彼はわたくしの手を引っ張りました。

 しばらくして行き止まりにぶつかって、彼は居心地が悪そうに足を止めます。それからここでしばらく過ごすと決めたのか、わたくしの左手首を解放しました。

 しかしわたくしはつい、離れていく彼の右手を取ってしまいます。


「……比良人、さん。改めてなのですが、」

「なんだよ?」


 試しに呼び名に親しみを込めてみると、想像以上の恥ずかしさに襲われました。

 ですがそれ以上の心地良さもあって。


 彼の瞳が、わたくしを見ます。

 彼は、容姿や家柄は関係なく、わたくしを見ています。


 そのことに気付けると、どうもその光が嬉しく思えて。

 わたくしは、今までにないくらい下手な笑みを作っていました。


「わたくしと、結婚してくださいませんか?」


 何度目とも知れない求婚。

 でもわたくしにはこれこそが、初めての告白として覚えています。

 当然断られはしましたが、不思議と以前のように苛立ちはありません。

 代わりに生まれたのは、彼をいつか振り向かせてみせるという意地のような熱で。

 それは後で思えば、もっと恥ずかしい熱だったようですが。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ