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Find me ~俺に近づく三人が明らかに怪しい。~  作者: 落光ふたつ
幕間「未来を知った少女」
46/63

・2・

「お母様。あの方たちはなぜ皆さん同じ鞄を背負っているんですの?」


 病院へ向かう車の中。助手席から窓の外を覗くと、同い年ぐらいの子たちが揃って似た格好をしていて、わたくしは不思議に思いました。

 そんな疑問に、運転席の母は快活に答えてくれます。


「あれはランドセルって言って、小学校に通う子たちが教科書とかノートを入れる物なのよ。とっても頑丈だから、わたしが子供の時はどれくらいで壊れるか試したもんよー」


 母の話にはいつも豊富な体験談が添えられます。話好きと言うこともあるのでしょうがそれ以上に、不自由な娘を楽しませようという気遣いでもあることは、当時のわたくしでも汲み取れました。


「重たそうですわ。皆さん力持ちですのね」

「咲だって軽々運べちゃうわよ」


 頭を撫でてくださる手は温かく、ですがどうしても距離を感じてしまっていて。

 結局わたくしは、小学校に通うことはありませんでした。



 当時のわたくしの体は、外での生活を許してくれませんでした。

 その理由は今でもよく分かっておらず、家の中で過ごす分には問題なかったのですが、外に出たり多くの人目についたりすると、途端に息をするのもままならなくなりました。

 自分の存在が希薄になっていくような感覚があり、今すぐにでも消えてしまうような苦しみと不安が押し潰しくるのです。

 そのためずっと家にこもりっきりで、窓の外の世界には何度も憧れました。

 あの子たちはどんな生活をしているのだろう。あの道の先はどうなっているのだろう。

 想像は膨らみ望みとなって。

 当然それは叶えられないもので、故に口には出さないよう気を付けていました。

 わたくしは、神楽咲家の娘として強くあればなりませんでしたから。



 その食事の席はいつも居心地の悪い空気で満たされています。


「あの男の顔をまるで見ていないのですが、夫婦仲は順調なんでしょうね?」

「……問題ありません」


 半ば強制的に招かれた、祖母の用意した食卓。その場での母は常に不機嫌で、対する祖母も表情を柔らかくしようとはしません。


「毎回毎回、同じ返答ばかり聞いていますが、具体的なところを教えてくださるかしら?」

「具体的に言ったって、母さんに正しい夫婦仲なんて判別出来ないでしょ? わたしたちは円満ですから、口出ししないでくださーい」

「でしたら、すぐにでも二人目を用意出来るのですね?」


 チラリと向けられた視線に、思わず昔からの苦手意識が顔を出してきます。

 祖母にとってみれば期待に応えられないわたくしは不良品なのでしょう。言葉をかけられた記憶すら少なく、それでもわたくしは母の言いつけ通り、臆する感情を内に押し込んで食事を進めました。


「子供の前でなんちゅー下品なこと言うんだこのババア」

「……。家を守るために世継ぎの話は最重要事項です。必要最低限の責務は果たしなさいと言っているのです」


 祖母の前での母の言動はかなり粗野で別人のようではありますが、わたくしはそれを恐いと思ったことは一度もなく、むしろその強さに羨望すら感じています。


「何回も言ってるけどさぁ、母さんは経営から降りたんだから発言する権限なんてないんだからね?」

「事業として以上に、家としての話をしているのです」

「そっちなら兄ちゃんがいるでしょーが。それにトップを親族に限定しなくたって全然問題ないって。むしろちゃんと仕事出来る人に任せた方が上手く回るって」

「ならあなたは今すぐその場を降りて他に譲るのですね?」

「いやわたしは、アンタが邪魔したのを実力で取ったんだろうが!」


 祖母と母の喧嘩は堂々巡りで、決着がついたことはありません。時間に追われて先に席を外すのはいつも祖母です。


「次はあの男も同席させなさい。分かりましたね?」

「……一応話しておきはしますけど、多分来ませんよ。さっさと帰ってクダサイ」

「本当に困った子です」


 見せつけるようにため息を吐いてから、祖母はようやく出ていきます。それを見送ってから、わたくしと母も帰り支度を始めました。



 母はわたくしを甘やかしながらも、必要な力は身に着くよう計らってくださいました。

 悪しき視線に屈さず、美しい所作は真似て。

 好意的ではないにせよ、祖母からは学ぶことが多くあります。それ以外にもいくつかの習い事を受け、出来る限りの知識や技術を会得しました。

 体のために出来ないこと、家柄のためにやらないといけないことは山のようにあります。

 それでもわたくしは、間違いなく恵まれていました。

 裕福な家庭に生まれ、お母様は飛び切り優しい。

 そして何よりも、大好きな方がいたのです。



 会えるのは多くて月に一度。その日は前回から約一年もの間を開けていました。

 通えてはいないものの中学生になったわたくしでしたが、その病室に入る性急さは少し幼稚に思われたことでしょう。


「叔母様!」


 年中貸切られた部屋。

 一人、ベッドの上で上体を起こす女性は、相変わらずとても美しかったです。

 お母様よりも少し若く、寝たきりのせいで痩せてしまっていましたが魅力は健在で、海外生まれの容姿もあってまるで妖精のようです。

 父の妹。わたくしにとっては叔母に当たる方。

 物心ついた時から叔母のお腹の上が好きで、今日も勢い余って抱き着いてしまいます。それに対して浮かべる叔母の微笑みに、わたくしは誰よりも幸せな心地でした。


「相変わらず元気そうね、咲」

「叔母様のお顔を見れたら元気も出ます! だからこの一年間はとても寂しかったですわ!」

「ごめんなさいね。今日は一杯話をしましょう」


 そう言って頭を撫でてくださり、わたくしはもっとして欲しいと、より叔母のお腹に顔を埋めました。


「それじゃわたし、仕事行って来るから」

「いつもお疲れ様、義姉さん」


 わたくしを連れてきてくれた母は、今日は仕事ですぐにこの場を離れます。母も叔母のことは大好きで、労いの言葉だけで顔を破顔させていました。


「それじゃあ、咲の話を聞かせてくれる?」

「はい!」


 叔母から促されるままに、わたくしは取り留めのない近況報告を行っていきます。

 あまり変化のないわたくしの生活ではありますが、一年も空けば、習い事でどれだけ上達したかや母の失敗談などで、多くの時間を使ってしまいます。

 母とは対照的に叔母は口数が少なく、口調も常におしとやかです。

 いつでも優しく笑っており、わたくしはその顔を見るたびに、ずっとこうして抱き着いていたいと願っていました。

 わたくしの話が失速し始めたところで、叔母から切り出します。


「それじゃあ、今度は私から話をしましょうか」

「はい、聞かせてください!」


 そうして叔母は、まるで物語を読み聞かせるかのように透き通った声音を紡ぎました。


 それは、不思議な夢について。

 叔母が見る、たくさんの未来についてです。


 どうしたら何が起こるか。叶えるには何をすればいいか。

 長い眠りの間に見たそれらを、叔母は美しく語ってくれます。

 その内容は本来、神楽咲家にとっての最重要機密事項に当たるのですが、母が了承しているので、わたくしは娯楽として楽しませていただいています。


 夢の話はどれも楽しく愉快なものばかりです。きっと叔母は様々な光景を見ているのでしょうが、幼いわたくしのために明るい景色だけを切り取っているのでしょう。

 ただその日は、一区切りをつけたところで叔母の顔つきが変わりました。

 どこか真剣な瞳でわたくしを見つめ、言います。


「咲。これから話すのは大事なことだから、よく聞いていてね」


 語られたものは、わたくしの未来に関わることでした。

 わたくしは将来、とある殿方と同じ屋根の下で暮らさないといけないそうです。

 そして、そうでなければ未来はないと。

 叔母が見えないということは、少なくとも神楽咲の破滅を意味しているらしく。

 託されたのはとても重い希望。

 その日から、わたくしの人生が大きく変わったのです。



「お隣、よろしくお願いいたしますわね」

「おう」


 非の打ちどころのない微笑みを向けたはずが、ぶっきらぼうに返されます。何か違ったのかと、わたくしはじっくり彼の観察を始めました。



 使命を得たわたくしの体は、途端に外での活動を許されました。

 今までに感じていた多くの視線による苦しみは嘘だったかのように消えていて、もう一般の方とそう変わらない生活が送れます。

 ただ、今まで運動は控えていた分、体力や筋力は不足していたので、これから補わなければいけないでしょう。

 目的を成し遂げるためには、何の妥協も許されないのです。



 母の力で無理に転入した中学校。座席まで指定して、お膳立ては完璧。

 更にわたくしの容姿は、周囲の反応から、自信以上の美貌を確信出来ています。やはり叔母とも繋がる海外の血を濃く継いでいるおかげでしょう。

 これならばと思ったのですがしかし、目の前にいる標的はそっぽを向いてこちらを見向きもしていません。

 なぜかと睨んでしまっていると、視線に気づいたのか彼が振り向きました。

 その顔は事前に得ていた写真と一致していましたが、念のために尋ねます。


「三付比良人さん、で間違いないですわよね?」

「そう、だけど……」

 頷きを得て、わたくしはよしと心の中で拳を握りました。


 ……ここからが勝負ですわ。


 家を守るため。叔母の期待に応えるため。

 わたくしに失敗はあり得ません。

 今までに感じたことのない緊張で深呼吸を四度。そうまでしても鼓動の高鳴りは抑えられないと知って諦めます。

 そうしてわたくしは、勢い殺せず詰め寄って求めました。


「わたくしとっ、結婚していただけませんでしょうかっ!?」


「いや、無理」

 あまりの即答に、わたくしは思わず固まってしまいます。聞き間違いすら疑い、しかし彼の答えは揺るぎなく。


 断られたという点から、彼の印象は最悪でした。

 思い返せばこの時が、生まれて初めて人に悪態を浮かべた瞬間だったのでしょう。

 なんだこいつ、と。

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