#4
食欲をそそる匂いで目が覚めた。
休日の朝。
いつもは母も休みたいからと朝食は用意されないのだが、時折父の気まぐれで提供されることがある。
今日もそんな父の趣味にあやかれるのだと思い、キッチンへと向かったのだが、しかしそこに父の姿はなかった。
無論、料理をしていたのは母でもなく。
「おはようございます、比良人さん」
「お前、何でここに……」
エプロンを身に着け、フライ返しを握るは金髪の美少女。
庶民的な器具を使いこなし、不釣り合いな台所を仕切る咲に、俺は唖然としてしまっていた。
確かに今日は彼女と過ごす予定を埋め込まれていたが、にしても早すぎる。
「どうやって入った?」
「ご両親に連絡をして、コッソリ入れてもらいました」
「……その二人は?」
「日帰り旅行へご招待いたしましたわ。日頃、比良人さんがお世話になっておりますし」
肉親を差し置いて身内面をする咲に、俺はたまらずため息を吐いた。
この行動力、中学時代を思い出す。
当時も似たような強硬手段を様々取られ、そのおまけで咲とうちの両親は仲良くなっていた。連絡先まで交換しているせいで、今日のような不意打ちも何度と行われたわけで。
だからまあ、驚きはしたものの受け入れるのは意外とすんなりだった。
「……で、朝食作ってくれてんのか?」
「ええ。あまり高級な食材だと気が引けるかと思いまして、冷蔵庫の中身で作らせていただいていますわ」
きっとその対価に0が二つぐらい増えた上位互換食材が送られてくるのだろう。親にとっては受け入れないわけもない頼みだ。
「手伝えることは?」
「大丈夫ですわ。もうそろそろ出来ますので」
「んじゃあ、米ぐらいはよそっとく」
あくびをしながら食器棚から茶碗を取り出し、しゃもじを掴む。咲は全て任せろと言ってきたが、我が家でもてなされるのは変な気分なので出来る限りのことはやっていった。
「んで、今日の予定は?」
「お腹を満たしたら外出ですわ」
そうして俺は、母に勝る手料理を堪能した後、レンタルリムジンに乗せられた。
中学時代に俺が興味を示したおかげで若干慣れた感のあるリムジンに運ばれ着いたのは、バッティングセンターだった。
少し古びていてリムジンが停まる光景は、いささか違和感があった。
「楽しみですねっ」
「いやまあというか、来るの初めてなんだよな」
「知っていますわ。ですから選んだんですもの」
さあ行きましょうと手を引かれれば、自然と期待感が伝染して来て、つい俺の足取りも軽くなっていく。
内装の印象は外見とそう大差ない。設備も全体的に年季が入っていて、僅かにいる客も年配の方ばかり。
俺たちは明らかに浮いていた。ただでさえ目立つ咲がいるのだから尚更だ。
互いに勝手を知らず、店員に聞いてどうにか打席入りを果たす。未知の空間に目移りしていると、先陣を切って咲がバットを持った。
球速は100㎞。そこまで早くはないが、
「ふんっ!」
力んで目を瞑る咲は、思いっきり空ぶった。
素人目から見ても下手だと分かるフォームで、いつもは完璧を求める彼女と比べると、なんだか面白い。
「変な顔なってんぞー」
「比良人さんもやってみてくださいっ! 絶対変な顔になりますわよ!」
そう言われ、キリの良いところでバッター交代。
野球なんて授業以外でやったことがなかったが、なんとなく咲より上手い自信はある。
とは言えやはり、改めてバットを構えるとなんだかソワソワして来て、そうして集中が乱れている内にボールが通り過ぎてしまった。
「よそ見はいけませんわよー」
「う、うるせぇ次は——」
「あ、二球目」
野次に言い返しているとまたも見逃してしまい、咲は意地悪に告げてくる。
「次で三振ですわよ」
「試合じゃねーけどな」
反論しつつもこれ以上の無様を晒すわけにはいかず、改めて球の発射口を睨む。
スクリーンに映し出される投手が腕を振り下ろすと同時、白球が飛び出す。ここだと振れば見事にヒットするも、当たり所は悪くボテボテと転がった。
「あら、大したことないですわね」
「いやまだ終わってねぇしっ」
茶化されムキになるも結果は上がらず。
百円で十五球。その内、どうにかバットに当てる事が出来たのは半分程度。どれも試合なら即アウトにされるような当たりばかりだった。
それでも咲よりはマシなはずだろうと、自尊心に言い聞かせ入れ替わる。
バットを手渡す際に、咲は改めて問いかけてきた。
「楽しんでくれていますか?」
「まあな。お前の情けない所も見れたし」
冗談めかして言うと咲は、文句を言うこともなく受け入れた。
「はい。わたくしの色んな所知って、好きになって下さいな」
「…………」
一貫した彼女の願いを聞かされ、思わず黙ってしまう。そんな情けない俺に、咲は相変わらずと微笑んで、機械に硬貨を入れた。
白球が飛び、咲がバットを振る。
まだ下手なフォームだけど目は開けていて。
カンッ、と軽い音。
「どうですっ? 比良人さんより飛んだんじゃありませんっ?」
「かもな」
振り向く笑顔に苦笑で応えながらも、俺はなんだか、罪悪感で苦しかった。




