#2
「よう」
小学校から家へと帰る道の途中だった。
ほぼ毎日通る河川敷。その緑の坂から、粗野な声を投げられた。
そこにいたのは、見ず知らずのオッサンだ。
身長は170㎝ちょっとで筋肉は若干ついていて髪は少し短め。凡庸な特徴の中年男性と言った感じで。
ただ一つ印象的だったのが、どことなく疲れて見えた瞳。
今座っているのも、何かを中断して休んでいるように見えて。
だからだろうか。
怪しさの塊な相手に対して俺は、安心と言うか、親近感じみたものを得ていたのだ。
「ちょっとこっち来て、話さないか?」
ポンポンと隣を叩かれ、誘われるがままオッサンの横に腰を下ろす。
「それで、どうだ?」
曖昧過ぎる問いに俺は応えなかったと思う。
返って来た無言に、オッサンは思わずと言った様子で噴き出していた。
「悪いな適当な質問で。そうだな……なんか、学校で楽しいこととかあったか?」
具体性を持った問いに、それならと俺は無邪気に返す。
何気なく、他愛無い話。
クラスメイトの初めて知った一面だとか、教師が言い間違えた言葉が面白かっただとか。
小学生らしく思いついたことを勢いで語って。ちゃんと伝わったとも思えないのに、オッサンは嬉しそうに相槌を打っていた。
ひとしきり話題が尽きたところで、今度は俺からもオッサンに、何か面白い話はないのと尋ねた。
「んー、笑える話はないかもな」
応えられない自分を恥じるように苦笑する。
悲しそうな眼だ。その感情が不意に、自分の胸の内にも流れ込んだ気がして。
それからオッサンは口を閉じ、川の方へと視線を向ける。
この日常を噛みしめるように、遥か彼方を見つめていて。
そして少しして、ポツリと零したのだ。
「幸せを見つけたら、離すなよ」
助言のような言葉ながら意図が分からず首を傾げるも、オッサンは構わずに続ける。
「離れて行かないよう、その手でしっかりと握るんだ」
俺に語り掛けながら、悲し気なその瞳は、空虚な自分の右手を見つめていた。
この言葉がどういう意味だったのか、高校生になっても未だに分かっていない。
それでも俺は、今も忘れないでいる。
「……っ!?」
突然、オッサンが立ち上がった。
そのせいで先ほどの助言の理由も聞けず。
必死さを思い出した形相は、河川敷の上、歩道と車道の境が曖昧な道へと向けられていて。
「エ、ミ……」
何を見ているのか気になり振り向いて、俺はそこに一人の女性を見つけた。
黒髪ショート。
年齢は、高校生から成人ぐらいだろうか。その容姿はなぜか、ハッキリとしない。
後でどれだけ思い出そうとしても、モヤがかかったようにボンヤリしていて。
でも、目が離せなかった。
妙な胸の高鳴りすらあって、これが一目惚れだったのだろうか、と今は思う。
そんな風に俺が固まってしまっていると、隣で地面を蹴る音がした。
「待ってくれ……ッ!」
焦がれる声。それにつられて手は伸び——
パッ、と。
あまりにも一瞬のこと。
オッサンと、目の離せなかった女性。
二人は目の前にいたはずなのに、途端に消えていた。
そして、代わりにとばかり俺が道の上で立ち尽くしている。
「……あれ?」
まるで直前まで夢を見ていたような感覚があり。
伸ばしていた右手をしばらく眺めて、奇妙な喪失感を覚えた。
不思議な出来事。
この日のことは、今でもよく思い出す。




