#6
黙々と板書をし、教師の説明を耳に入れながら教科書の文字を追う。
数十分前、夜風とすれ違ったことはすっかり忘れ、俺はいつも通りの学校生活を送っていた。
学業には比較的真面目に取り組んでいる。これと言った趣味もないからなのだが、意欲があるわけではなく、そのためテストの点は平均より若干高い程度。
ノートに文字をつづるのも半分義務感で。
頭に入っているとは思えないものの惰性で作業を続けていると、不意に聞こえた話し声が気になり顔を上げた。
「なんか隣うるさくね?」
「喧嘩か? なら参加しに行こうぜ!」
前の席の男子が後方の壁——隣クラスのある方を指差していて、それに釣られ耳を向ければ確かに、壁向こうから意味は判別出来ないものの、人の声が発されているのが分かった。
その疑念は他の生徒も同様に抱いていたらしく、憶測が広がり一時賑やかになる。
見兼ねた教師は嗜めるものの、教師も悪い予想をしたのか、戸を開け廊下の外に顔を覗かせ——
直後、教室後方の戸が勢いよく開かれた。
「三付比良人はここかァッ!?」
その一声で、隣クラスの騒ぎの原因は誰もが理解した。
現れたのは夜風繋だった。
けれどその様子は、数十分前に見かけたものとは打って変わって、温厚そうな表情が険しく吊り上げられ、人でも殺しそうな風貌に見えた。
「……今あいつなんて言った?」
「三付って言ってたけど、探してんのか……?」
クラスメイトたちは夜風の発言を考察するも、彼女の剣呑な雰囲気からか、注目されないように声を潜めている。
俺の名前を呼んでいたのは明確だ。何か用があるのだろうか。
名乗り出るかどうか悩んでいると、不意に夜風の視線が俺を貫いた。
俺は思わず体を強張らせ、けれどもその瞳の槍はすぐに外される。
「チッ、いないか……」
誰かに尋ねることもなく独りで結論付けると、彼女は教室から去っていく。
そしてすぐ、教室に踏み入った時と同じ文言が、廊下を伝って届いてきた。
静まり返っていた同級生たちは、それから少しして詰まった息を吐き出しながら、より賑やかしく言葉を交わしていく。
「三付いるよな?」
「いるいる。顔知らなかったんじゃね?」
視線の大半が俺へと向き、何とも居心地が悪い。
そして何を思ったか、前席の男子が突然立ち上がった
「なあやっぱ教えに行った方がいいんじゃね!? よし今すぐだ! いっしょに誰か行こうぜ!」
「はいはーい落ち着いてー。今は授業中だからねー」
思い切りのいい生徒に冷や汗をかいたが、教師のおかげで場は取りなされ、通常の授業へと戻っていく。
俺はなんとなく流されて、ホッとしていた。
夜風の雰囲気は尋常じゃなかった。あそこで手を挙げていればひどい目に会った可能性もある。ならそれとなく回避出来てラッキーだっただろう。
とは言えあの様子だと、一度で終わりとも考えにくい。わざわざ授業を割って入って来たのだから、それなりの緊急性と重要性を兼ね備えているはず。
……まあ、また来たら事情を聞いてみよう。
蒼も咲も、俺を不思議そうに見ていたが、心当たりはないと首を横に振った。
二人も何も知らないようだ。




