四匹目が居るこぶた
もし面白くなくても、作者に石を投げないでくださいという予防線を張っておこうかなと
ある日、お母さんブタは、可愛い四匹の息子たちを呼んで言いました。
「いいかい坊やたち、いまどきのイケてるブタは、自分の家のひとつも持っていないとモテないんだよ。だから、お前たちも今日から外へ出て、森の中に自分の家を建てるんだ、いいね?」
こぶたたちは、世知辛い世の中だと思いましたが、結婚相手が見つからないのは困ります。
仕方なしに、四十秒で仕度をすると、それぞれ家を建てるのに良さそうな場所を探しに出かけていきました。
さて、四兄弟の長男ブタは効率至上主義です。
「家を作るなら、なんたって大事なのは建てる速さ。早く完成すれば、その後の拡張の時間もとれるしね」
そう言うと、長男ブタは藁を使って、瞬く間に家を建ててしまいました。
ブタ界のスピードスターの異名はダテではないようです。
「さあできた、きっとボクが一番乗りだな、後は明日になってから考えよう。おやすみ~」
長男ブタは家に入ると、藁で作ったふかふかベッドで気持ち良さそうに寝入ってしまいました。
さて、夜も更けてやってくる定番といえば、はらぺこオオカミさんです。
ちょうど藁の家の前を通りかかったオオカミも、お約束を守ってすっかりはらぺこです。
「ほほう、この家から旨そうなこぶたの匂いがするな。よおし、家を吹き飛ばして食べてしまおう」
オオカミは、風船かと思うほど息を吸い込むと、一息で藁の家を吹き飛ばしてしまいました。
「ひゃあああ! なんだなんだ!」
長男ブタは、たまらず転げだしてきます。
それを見たオオカミが、大きな口を開けて舌なめずりをしました。
「やっぱり旨そうなこぶたが居たな」
「なんだお前は、人の土地に勝手にやってきて大事な家を壊すなんて! 器物破損と不法侵にゅ……」
オオカミは、長男ブタをぱくりと一飲みに食べてしまいました。
こぶたが何か言っていた気がしますが、はらぺこはそんなこと気にしません。
きっとこのオオカミは、変身ポーズの途中で襲いかかるタイプの悪者に違いありません。
「ああ、くったくった、満腹だぜ」
満足したオオカミは、腹をさすりながら、森の奥へと帰っていきました。
さて次の日、長男ブタが食べられてしまったことを知った次男ブタは、家の中にしつらえた机に両肘をついて考えました。
「まあ奴は、我らこぶた四天王の中でも最弱、オオカミに遅れをとるのも仕方あるまい。だがこの家は違う! 見よ! この耐衝撃性に優れた建築工法を! オオカミなんぞにどうこうできるものではないわ!」
そう言って、次男ブタは今朝完成したばかりの家の中を見渡しました。
木の板と立派な柱をふんだんに取り入れた家は、見るからに頑丈そうです。
これなら匠もにっこりかもしれません。
「さあ来いオオカミめ、私が目にもの見せてくれる」
次男ブタは、誰に言うでもなく高笑いをあげると、特製ベッドがおかれた寝室で快適な眠りにつきました。
さて、夜も更けて、オオカミが今日もやってきます。
オオカミは次男ブタの建てた家を見て、感嘆の声を上げました。
「ほほう、今度の家はなかなか頑丈そうだな。こいつはちょっと本気を出すとするか」
オオカミは、全力で息を吹きかけますが、家はガタガタ揺れるだけで、壊れる様子はありません。
騒音で飛び起きた次男ブタは、その様子を見てまた高笑いをあげました。
「ふははは! そんなもので、この私の家を壊せるものか! おとなしく尻尾を巻いて帰るのだな!」
しかし、こんなことで引き下がるオオカミではありません。
「一発でだめならっ! 連発だぁ!」
立て続けに襲い掛かるオオカミの強風。
辺りはまさに大嵐の様相です。
「なっ! こいつ化け物か! このままでは……」
軋みながらも耐え続けていた家でしたが、ついに限界を超え、ばきばきめきめきと大きな音を立てて吹き飛びました。
いまや次男ブタを守るものは何もありません。
「ふう、なかなか手こずらせてくれたな」
「私の強度計算は完璧だったはず……なぜ……」
「このオレ様を、そんじょそこらのオオカミと一緒にしてもらっちゃ困るな」
「ぐぬぬ……」
勝ち誇るオオカミ。
次男ブタの敗因は、童話世界出身のオオカミを並のオオカミと同様に見積もったことです。
悔しがる次男ブタを、オオカミは、パクリと一飲みにしてしまいました。
「ふう、今日もいいブタが食えた。明日もこんなメシにありつきたいもんだな」
オオカミは、今日も満足そうに森の奥へと帰っていきました。
さて、明けて次の日。
とあるツテから、兄弟が二匹やられたのを聞いた三男ブタは、さすがに警戒を強めました。
「長男は四天王最弱だから仕方ありませんが、次男までやられたとなると、かなりの手だれかもしれませんねぇ」
もともと三男ブタの家は、他の二人とは比べ物にならないほど頑丈でしたが、それで慢心するような三男ブタではありませんでした。
用心深い三男ブタは、一計を案じます。
「いくらオオカミでも、このレンガの家は吹き飛ばせないでしょう。念のため窓と入り口を塞げば残るは煙突だけです。ここはわざと隙を見せておいて、下で鍋をぐらぐら煮えさせておけば、のこのこ入ってきたオオカミは……ふひひ」
計画は万全です。
三男ブタは、まだ火の入っていない大きな暖炉を見て満足げに頷きました。
そうこうしているうちに夜も更け、すっかり味を占めたオオカミがまたやってきました。
今度の家は、もはや城壁かと思うような頑丈さで、さすがのオオカミもちょっとたじろぎました。
「なんのこれしき! こぶたを食べるだめだ、やってやらぁ!」
オオカミはレンガの家を吹き飛ばそうと、必死で息を吹きかけ嵐を起こしました。
ですが、レンガの家は微動だにしません。
耐震構造も完璧、これは百年たっても使える建物で間違いありません。
金色に塗られていないのが惜しいところです。
「くっそう、ビクともしねぇ」
オオカミは、肩でぜいぜい息を吐きながら、憎々しげに三男ブタの家を見上げました。
一方、家の中では暖炉に巨大な鍋をかけ、三男ブタが寝ずの番をしていました。
「ふひひ、やはり某の計算通りですねぇ、あとはオオカミのやつが煙突から入ってきたら、この鍋のお湯にぼちゃん! どんな悲鳴が聞けるか、ワクワクしますねぇ」
三男ブタはちょっと性格に難ありかもしれません。
オオカミが煙突から落ちてくるのを、今か今かと待っていたその時でした。
「どすこーーーーい!!!!!!」
外から野太い声が聞こえたかと思うと、家が傾いたかと思うような衝撃が突き抜けていきました。
思わず足をとられて転んでしまった三男ブタ。
「どすこい! どすこい! どすこーーーーい!!!!」
声が聞こえるたびに、家は地震のように揺れます。
立ち上がることもできない三男ブタは、暖炉の火を心配しましたが、今はそれどころではありません。
ついに、壁の一面が爆発したように弾け飛び、もうもうと上がる土煙の中からオオカミが姿を現しました。
「か、壁を叩き壊すなんて、こ……ここ、こんな非常識なことがあるわけ……ひぎゃあ!」
哀れ、腰を抜かしたまま喚いていた三男ブタは、オオカミに首根っこを踏んづけられてしまいました。
「某を食おうというのか、そ、そんなことが許されると思っているのかぁ」
「あん? こぶたのくせに何言ってやがる。こんな壊しにくい壁を作ってくれたおかげで、すっかり腹が減っちまったからな、お前にはその責任を取ってもらうぜ」
「そんな勝手な理屈を! そ、某を食べたら後悔するぞ、きっとあのお方が……」
オオカミは、三男ブタに皆まで言わせず、一飲みに食べてしまいました。
「ふう、満腹だぜ。そういえば、さっきあのお方がどうこう言ってたな、こいつはいいことを聞いた。もう一匹こぶたが居るのか、それとも親ブタが出てくるのか、いずれにしても楽しみが増えたってもんだぜ」
オオカミは、舌なめずりをしてお腹をさすると、森へと帰って行きました。
次の日の夜、次の獲物を探しにやってきたオオカミは、森の外れに建っている家を見つけました。
「やっと見つけたぜ……って、なんだこりゃ?」
そこに建っていたのは、まるで長男ブタが建てたような、粗末な藁の家。
レンガの家の次は何が出てくるのかと身構えていたオオカミは、拍子抜けしてしまいました。
でも、よく考えてみたら、手間が省けたのだから悪いことのわけはありません。
足音を忍ばせて家の前まで来たオオカミは、声を殺してほくそ笑みました。
「しめしめ、今夜は楽に食えそうだな」
オオカミが家を吹く飛ばそうと、大きく息を吹きかけたその瞬間。
ずどぉぉぉぉぉぉぉん!!!!!!
突然、藁の家が内側から爆発し、吹き飛ばされたオオカミは受け身も取れずに地面に叩き付けられました。
「くっそ、なんだいきなり」
痛みでうめくオオカミの耳に、何者かが近づいてくる足音が聞こえてきました。
顔だけを、なんとかそちらに向けてみると、激しく燃え盛る藁の家をバックに、オオカミを見下ろす誰かが居ました。
「ほう……あれの直撃をくって死なないとは、なかなかやるじゃないか」
「だれだ……きさま……」
「あん? わかってんだろ? お前が探してた四男ブタだよ」
そこでようやくオオカミは、自分がトラップにはめられたことに気づきました。
このままこぶたに遅れをとったとあっては、オオカミの沽券にかかわります。
オオカミは、ゆらりと立ち上がりました。
「まだ立つか、見直したぞ。あんな程度で終わってしまっては面白くもないからな」
「ほざけ! その余裕のツラを恐怖に変えてやるぜ」
オオカミは、爪と牙をむき出しにして、四男ブタへ襲い掛かりました。
侮っていた相手に、まんまとはめられたのですから、怒りもひとしおというやつです。
よく見れば、相手はいままで会ったこぶたの中でも一番小さいのですから、本気になったオオカミが負けるわけがありません。
ですが、必殺のはずの爪は、残念ながら空を切ります。
四男ブタが、当たる瞬間に、ひらりと身をかわしたためです。
「なっ!」
「残念、外れたようだな」
「ぐ……まだまだっ!」
オオカミは、体勢を立て直し、再び四男ブタに襲い掛かります。
左右の爪を振るい、噛み付こうとしますが、そのたびにひらりひらりとかわされてしまい、どうしても四男ブタに当たりません。
オオカミは地団駄を踏んで悔しがりました。
「くっそう! なんで当たらねぇ!」
「まだわかってないようだな」
「なにぃ!」
「あの爆発をまともに受けて、それだけ動けるのは賞賛に値するが、貴様のスピードは既に失われているのだ。なぜだかわかるか?」
オオカミは全力で速く動いているつもりでした。
それが遅すぎるとは、いったいどういうことなのでしょう。
「簡単な話だ。三日連続でこぶたを食べて、身体になにも変化がないとでも思ったか? すでに貴様自身が太ってブタと化してるんだよ」
「はっ!」
オオカミは慌てて自身の腹を見ました。
でっぷりと厚みの増したそれは、オオカミという言葉が持つしなやかさとは無縁のものでした。
「さあ、今度はこちらの番だ」
四男ブタは、余裕を持って構えると、オオカミめがけて全力で突進します。
度重なる空振りで、スタミナをすっかり使い切ったオオカミには、それを避けることもできません。
「こぶたクラァァァァッシュ!」
「ぐあぁぁ!」
四男ブタの体当たりをまともに受けたオオカミは、再びぼろ雑巾のように地面に這いました。
ゆっくりと近づいてくる四男ブタ、ですがオオカミの目はまだ死んではいませんでした。
「ふはは、いい体当たりだったぜ、今回はオレ様の負けだ。だが見てるがいい、ダイエットに成功した暁には、お前などあっという間に食べてくれるわ」
「……残念ながら、次などない」
オオカミの目が驚愕に見開かれました。
「なんだと! お前には鋭い爪も牙もないじゃないか、オレ様にトドメを刺すなど無理に決まってるだろう」
「そうか、知らないのなら教えておいてやる」
傍らに跪いた四男ブタは、オオカミの耳に口を寄せると、ささやくような声で告げました。
「ブタはな……雑食なんだ」
森に響き渡るオオカミの悲鳴。
それ以来、この森でオオカミの姿を見た者は居ませんでした。
めでたし……めでたし……?




