やってしまった
私の前輪が踏んだ物は、携帯電話だった。
電動自転車が思いっきり踏んだので、液晶は割れ、本体自体も少し凹んでいた。
…謝罪のしようもない。
でも謝らなければ。
「すみません、本当に。…謝って済むことじゃないと思うんですけど、その、データとか、消えちゃったかもしれないし…あの、弁償しますので」
怒られることを覚悟して恐る恐るボロボロになった携帯を差し出す。
持ち主が近づいてきた瞬間、なんだか柔らかいいい匂いがした。
女の人かな?
ちょっと期待したが、その期待は裏切られた。
目の前に歩いてきたのは薄い茶髪の、背の高い男だった。
丸眼鏡の奥から、大きな目を見開いて携帯を受け取る。
「ああ〜見事にズタボロ…」
「本当にすみません!全然前見てなくて!」
「いや、自転車乗りながら携帯出した俺も悪いんで、まぁ…しょうがない…」
なんていい人!!いや、でもいい人だからこそこっちも誠意を見せなければ。
「弁償します!ちょっと今は手持ちがないのですぐにお支払いできないんですけど、必ずお支払いしますので、連絡先!…は、携帯壊れちゃったから駄目か。えぇっと、どうしよう!いつお渡しすればいいですか?!」
「いや、本当に大丈夫ですよ」
「それじゃ私が困るので!」
「うーん、じゃあとりあえず、明日またここで待ちあわせするっていうのはどうでしょう?」
「分かりました!私絶対逃げませんので、そこは信用してください!!」
「逃げるなんて思ってないですよ」
ふわりと笑う。
なんて優しい雰囲気の人なんだろう。
負の感情にのまれていた自分が恥ずかしくなるくらい。
「あのコレ、私の免許証です。これ預けるので明日また、ここで!」
「いや、見ず知らずの人間に免許証は駄目ですよ」
「いや、でも私も何かここに来なきゃいけないリスクを負わないと…」
「そうか……じゃあ…それ、貸してください」
男性が指差したのは、私の鞄についていたお気に入りのクマのキャラクターのキーホルダーだった。
地域限定で、個数限定だった貴重な物だ。
それを知っていて言っている?
お気に入りのクマを手放すことにちょっと気は引けたが、確かに人質ならぬモノジチとしては十分な気がした。
携帯電話とじゃ価格は釣り合わないが、私は絶対に手放さない物だ。
「分かりました。じゃあ一旦、預けます!」
キーホルダーを外し、男性に手渡す。
「じゃあ明日またここで。その時に返します」
「分かりました!それまでその子をお願いします」
「はい」
ニッコリと笑うその顔がすごく眩しくて、顔がすごく熱くなるのを感じた。
久しぶりに感じる胸の高鳴りだった。