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#08

 夏休みが終わって学校が始まれば、皆が憧れる高峯凛花に戻っていた。相変わらず、その変わり身は完璧で僕を脅している様子は微塵も感じさせない。


 夏休み明けのテストで僕はトップに返り咲くことになったが、「何でお前がトップなんだ」感がすごい。夏休み中に『宗家高峯庵』でバイトしていたことも知られているので敵視されていたのだが、これで映画や遊園地に行ったことが知れてしまえば本当に危険な気がした。


 それでも、まだ高峯凛花に告白する者は現れていない。


 連絡手段がスマホに切り替わっていたこともあり高峯凛花の指先が動くこともほとんどなくなっていたし、学校内で僕たちが話すこともない。ただ、夏休み限定で採用されていたアルバイトは継続するように頼まれてしまい、学校終わりや休日を利用して通うことになった。


 夏休み前からの変化があるとすれば、榎本聡美が頻繁に僕のところへ来るようになったことだ。教室を訪れては取り留めもない話をして帰っていく。


「学年一位なんてすごいね。今度、テスト勉強する時には教えてね」

「夏休みは一緒に遊べなかったけど、また空いてる日に遊びに行こうよ」

「高校に来てから雰囲気が変わったよね?」


 などと明るく話し掛けてくる。榎本聡美の態度が変わった理由は、夏休みを前にして彼氏と別れていたらしい。違う学校になってしまったことが大きかったのかもしれないが、今更『保険』を使うつもりでいるのだろうか。

 夏休み前には話すこともなかったが、これだけ態度を一変されると腹が立つ。



「……高峯さんへの告白はいつすればいいの?」


 日曜日のバイトが終わった時、僕は高峯凛花に質問してみた。約束した時は、夏休みが終わったくらいに告白するはずだった。


「……私が嬉しくなる告白を思いついたんですか?」

「いや、それはまだだけど、時間をかけても思いつく自信はないよ」

「でも、まだ嫌です」

「それだと、僕がフラれたことにならないから、高峯さんに告白するヤツが中々現れないんじゃない?」

「そうですけど、まだ嫌なんです」


 何かいつもと違うように感じていた。いつもは僕が言い負かされるだけだったが、今日の高峯凛花には言い負かすだけの勢いを感じない。


「どうして急いでるんですか?」

「ん?急いでるわけじゃないけど、最近、榎本さんがよく来るだろ?」

「……知ってます。私にフラれてしまえば、榎本さんと付き合えるから?」

「違う。逆だね。……僕が高峯さんを好きだって思わせておきたいんだ」


 高峯凛花の反応が一瞬止まる。


「夏目君は私を好きなんですか?」

「えっ?……告白したことになれば、僕が高峯さんを好きだって勘違いしてくれるでしょ?」

「……誰が考えるんですか?」

「誰がって、榎本さんが」

「勘違いなんですか?」

「いや。……ん?」


 会話していて高峯凛花の体調が悪いことに気が付いた。よく見れば少し赤い顔をして、惚けたようになっている。目の焦点も若干合っていないので、風邪を引いているのかもしれなかった。


「高峯さん、今日はもう寝た方がいいね。……お母さんには伝えておくから、着替えて休んだ方がいいよ」

「……エッチ」

「どうしてそうなるの?……まぁ、いいけど」

「着替えは手伝ってくれないんですか?」

「それだと風邪が治った後で僕が危険になる」


 おそらく今の高峯凛花と会話が噛み合うことはなさそうだった。学校で、こんな高峯凛花を見たら皆が驚くだろう思う。

 ただ、不覚にも少しボーっとしている姿を可愛いと思ってしまう。とりあえずベッドの端に座らせて、僕は部屋を出た。



 翌日、高峯凛花が学校を休んでしまったことに心配の声が聞こえてきた。担任からは「風邪で休み」と報告があったにも関わらず、僕のところに聞きに来る者までいる。下手に答えてしまえば逆に嫉妬されてしまうので、「知らない」としておく。

 水曜日になっても休んでいたので、風邪がひどいことは分かった。


「夏目、高峯のところでアルバイトしてたよな?」

「はぁ、してますけど、何かあるんですか?」

「今日くらい、ちょっと様子を見てきてくれ」


 世界史の授業終わりで担任が僕に言ってきた。クラス全員の前で言わずに僕だけに声をかけてほしかったところだが、そんな気は使ってくれない。

 担任の元へも聞きに行く生徒がいたらしく、対応が面倒になったのだろう。


 アルバイト以外で高峯凛花のところへ行くことは初めてだった。玄関で高峯凛花のお母さんに挨拶するだけでも照れてしまう。アルバイト中は普通に話をしていたのに変な緊張してしまう。

 そのまま部屋に通され、今日は客として扱われた。


「……今日が何曜日だか分かってますか?」

「水曜日」

「私が風邪を引いてるのに気付いたのはいつですか?」

「日曜日の夕方かな?」

「私が寝込んでいるのに、お見舞いが遅すぎると思いませんか?」


 パジャマのままでベッドの端に座っている姿を直視することも出来ず、出されたお茶を覗き込んで誤魔化していた。まだ調子は悪そうだったが、かなり回復していることは理解した。

 僕以外の誰かが見舞いに来た場合、どんな対応をするのか比較してみたくなる。


「いや、風邪で苦しんでる時に来るのは避けたんだよ。……でも、かなり元気になってて安心した」

「……昨日、お見舞いに来てくれた人もいるんですよ。……お母さんが対応しただけですけど」

「お見舞いに来たヤツがいたんだ」


 それは意外な情報だった。確かに部屋の中には花が飾ってある。

 昨日よりは体調も回復しているはずで、その誰かが今日お見舞いに来ていたら部屋に通されていたかもしれず、嫌な気分になった。


「……それって、お見舞いの花?」

「ええ、風邪で休んでただけなのにお花を持ってくるなんてビックリしました」

「すごいよな。俺には真似できない」

「真似してほしいなんて言ってません」

「えっと、手ぶらでゴメン」

「いいんですよ。……でも、手ぶらでは帰しませんからね」


 高峯凛花が最後に言った内容は聞き取れていなかった。

 風邪で休んでいるクラスメイトのところに花を持ってくる発想は皆無で、そんなことを自然に出来てしまうことに尊敬してしまう。

 高峯凛花の求めていることが、そんな特別扱いであれば僕には手が届かない。


「榎本さんのこと」

「えっ?」

「榎本さんを夏目君から遠ざける方法を思いついたんです」

「あの時の会話は噛み合ってなかったけど、内容は理解してたんだ?」

「はい。……ちょっと近くに来てくれませんか?」


 躊躇いはあったが高峯凛花は手招きをしているので立ち上がって近付いてみる。僕が傍まで行くと高峯凛花も立ち上がっていた。


「……どんな方法を思いついたの?」


 耳打ちをするようなジェスチャーをして手招きをされたので、もう少しだけ近づいてみた。

 すると、高峯凛花が僕に抱きついてくる。

 偶然倒れ込んで抱きついてしまった時とは全く違い、高峯凛花が力を込めて僕を抱きしめているのだった。


「……えっ?……えっ!?……何、どうした!?」

「もう少しこのままです」


 何が起こっているのか理解出来ない状況が続いたが、しばらくすると高峯凛花が力を緩めて僕から離れた。


「……これで大丈夫なはずですよ。……ちゃんと風邪を引いて休んでくださいね」

「どういう……、こと?」

「今日、私のお見舞いに来た夏目君が、風邪を引いて学校を休むんです。……どんな噂が立つと思いますか?」


 それは恐ろしすぎる発想だった。僕が見舞いに行くことはクラス全員が知っていた。


「そんな……。いや、でも、そんな方法って?」

「夏目君が風邪を引いたら、皆は色々想像すると思いますよ。……きっと榎本さんもアレコレ考えて、夏目君から離れると思います」

「確かにそうかもしれないけど、榎本さん以外も離れていきそうで怖い。……それに風邪なんて簡単にはうつらないよ」

「……それならキスしておきますか?」


 面白がって言っていることが分かっていても単純な僕は焦ってしまう。僕の反応を見ていた高峯凛花が少しだけふらついた。僕は体に手を伸ばして支えて、ベッドに座らせた。


「……大丈夫?……まだ完全に治ってないんだからムリしないで」

「はい。ごめんなさい」


 珍しく素直に謝る高峯凛花に驚いてはいたが、まだ風邪で気弱になっている部分があるのだろう。ただ、この時は完全に油断していた。本当に風邪がうつるはずなどないと考えていた。


 翌朝、僕は起き上がれない程に苦しむことになる。


 無理してでも学校に行こうとしたが、親から止められてしまい休むことになった。これで高峯凛花が登校していたら最悪の展開が予想される。僕は風邪を引いた苦しみとは別の苦悩を抱えていた。


『本当にうつってしまいましたね。ごめんなさい』


 スマホの通知音で目が覚めた。学校では昼休みの時間である。


『私は元気になって、学校に来ています』


 最悪の展開だった。どんな話になっているか想像してしまう。風邪が治っても、しばらくは学校に行きたくなくなってしまった。体もだるくて返信もしたくない。


『大丈夫ですか?調子に乗ってしまいました、本当にごめんなさい』


 返信がないことを心配していたのかもしれない。それでも、こんな内容で送ってくることは意外だった。いつもと違う雰囲気の文面を見て少しだけ笑ってしまう。


――『大丈夫。高峯さんが治って良かった』


 こうやって甘やかされ続けてきた結果、今の高峯凛花が完成したことになるが仕方ないと思っていた。それからの返信はないまま時間が過ぎ、僕は再び眠りにつく。



――冷たくて気持ちいい


 眠っていると、額にひんやりしたとした感触。目を閉じたままだが、火照った体には心地良かった。


「……大丈夫ですか?」


 聞き覚えのある声が優しく響く。


「……んっ……。ん?…………高峯、さん?」

「はい」


 寝惚けているわけではなかった。ベッドの横に高峯凛花が座って、僕の額に手を乗せていた。


「えっ!?……どうして?」

「一応責任を感じているのお見舞いです。具合だけ聞いて帰ろうかと思ったんですが、お母さんが部屋に上げてくれました」

「あっ……」


 これは全く予想していなかった出来事で慌てて起き上がろうとしたが、高峯凛花に額を押されて起き上がることが出来ない。


「寝ててください」

「……いや、起きられないって。こんな風に起き上がれなくされたの初めてだ」

「私も、こんな風に起き上がる人の邪魔をしたのは初めてです」

「……部屋、散らかってるから」

「綺麗な方じゃないんですか?男の子の部屋なんて初めてなので、基準が分かりません」

「これも僕が基準になるのかな?」


 自分で言って切なくなってしまった。これから高峯凛花が誰か男の部屋に入る時、僕の部屋が基準になる。それを「嫌だ」と思ってしまっていることに気付いた。

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