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#07

 夏休み最後の一週間、僕の宿題は早々に終わってしまっていたが、友達からの救援要請が入った。普通なら僕も焦っていた時期かもしれないが、バイト終わりにやっている勉強のおかげで余裕を持って過ごせていた。


 高校近くの図書館に僕を含めて五人が集まることになる。

 数学の課題が解けないで苦戦しているらしく、その課題は夏休み明けのテストに使われるので書き写すだけでは意味がない。そこで僕が指導役として呼ばれたらしい。

 最初に解き方のヒントだけ与えて四人が課題に向き合っている間、僕は本を読んで過ごしていた。


「……えっ?……おい、あれ、高峯さんじゃないか?」


 疲れて伸びをしていた一人が、図書館に入ってきた高峯凛花の姿に気付いて驚きの声を上げる。と言うよりも、この図書館にいる人たちが高峯凛花に目を奪われているような状況になっていた。


「あっ、本当だ。何しに来たんだろ?」

「……図書館だから本でも探してるんじゃないか?」

「何だよ。お前、バイトに行ってるのに話したりしないのか?」

「そんな休みの日の予定なんて話すわけないだろ」


 本当は昨日、勉強が終わった後で今日のことは少し話している。それにも関わらず、高嶺凛花はわざとらしく偶然を装って図書館に来ていた。

 そして、高峯凛花は本を手に持ち少し離れた席に座って読み始める。


「俺たちには気付いてないのかもな」

「いや、気付いてても声を掛けてはこないだろ?」

「夏目がいるのにか?」

「……だから、関係はないって」


 課題はそっちのけになり、高嶺凛花に話題が奪われていた。本を読んでいるだけで高峯凛花の指先が信号を送ってくることはない。


「そうかな?……俺、もしかしたら高峯さんって夏目を好きなのかもって思ってた」


 一人が発言したことにより、聞いていた四人は「はぁ!?」と声を上げてしまう。


「いや、高峯さんだぞ。……夏目はないな」

「そう思う根拠って何かあるのか?」

「あぁ、入学してすぐにクラスで自己紹介をしただろ。あの時、高峯さんの次が寺島さんだったんだ」


 そんなことをよく覚えていると感心してしまった。だが、もしかしたら、僕が高峯凛花のターゲットにされた原因が分かるかもしれない。

 関心がない態度を取っていたが、僕も話に集中していた。 


「クラス中が高峯さんの自己紹介に盛り上がってただろ?」

「あぁ、男子も女子も高峯さんの自己紹介が終わってからも、皆で盛り上がって騒がしかった」

「……それで夏目に怒られたんだ」


 高峯凛花の自己紹介が終わって席に座ってから、クラス中で「すごい綺麗」や「可愛い」の感想が飛び交っていた。それぞれ席の近い生徒同士で話しているので収拾がつかない状態になって、次に指名された寺島典子(のりこ)が立ち上がったまま声を出せないでいた。


「……あっ、何か怒った記憶はある」

「そう、夏目が『次の人の話が聞こえないので静かにしてくれ』って全員を注意したんだ」

「いや、あれは寺島さんが可哀想だろ?……立ち上がってからも自己紹介を始めていいのか迷ってたんだから」

「でも、そのことに気付いたのは夏目だけで、皆が高峯さんに注目してた」


 何かあると思って聞いていたが、全く大した出来事ではなかった。本人も忘れてしまっていたことである。


「それなら、その状況で夏目を好きになるとしても寺島さんじゃないのか?」

「だよな。高峯さんは関係ないじゃん」

「いや、その時、高峯さんがすごく嬉しそうな顔をしてたんだよ。その後、夏目のことをジッと見てたんだ」

「えっ?……いや、見られてた記憶なんて全くない」


 事実、そんな記憶は皆無だった。そして、「それだけで夏目を好きになるなんてあり得ない」「夏目を見ていたのも勘違い」となり、僕も納得させられた。

 流石に事件としては小さすぎて、高峯凛花の気持ちを動かしていたとは思えない。どちらかと言えば高峯凛花の話題で盛り上がっていることを邪魔した存在になる。


――もしかして、高峯さんの話題で盛り上がってる皆に参加しなかったことで恨みを買ったのか?


 特別な存在として注目されている高峯凛花が自尊心を傷付けられたのかもしれなかった。



 そんな話をしていると、こちらに高峯凛花が近づいてくる。


「今日は皆さんで勉強なんですね?気が付きませんでした。……課題ですか?」

「え、はい。ちょっと俺たちには難しくて、皆で一緒にやることになったんです」

「そうなんですね。確かに少し難しかったかもしれません」

「あっ、学年トップの高峯さんがそう言うなら、俺たちだけじゃ無理かな?」


 心の中で「一応、僕も学年トップなんだけど?」とツッコんでしまう。それだけ僕への意識が薄いのか、高峯凛花を持ち上げたいのか真意は分からない。


「夏目君も今日はアルバイトお休みだったんですね?」

「……えっと、休みだよ」


 今日は店の定休日で知らないはずがないし、昨日もその話はしている。


「高峯さんは何しに来てるんです?」

「あっ、ちょっと気になる本があって探しに来たんです。そしたら偶然、皆さんを見かけて」

「そうなんですか?……もし、忙しくなければ、少し教えてもらえませんか?」

「はい。私で良ければ構いませんよ」


 久しぶりに完璧な状態の高峯凛花を見た気がする。来ている服まで清楚系で、アルバイト終わりの僕と勉強をしている時のラフな感じはなかった。僕を呼んだ意味も忘れて、他の四人は高嶺凛花から教わる時間を堪能し始めていた。


――フ、マ、ン、ソ、ウ、テ、゛、ス、ネ


 高峯凛花の指先の動きを解読する。僕を見て「不満そうですね?」と言ってきていた。


――ナ、ニ、シ、ニ、キ、タ、ノ


 僕も指先で高峯凛花に語りかけた。僕が高嶺凛花に信号を送ったのは、これが初めてになる。モールス信号は『音』で送るものだが、僕たちはお互いの指先の『動き』を見る。


――テ、イ、サ、ツ。……『偵察』?


 その答えを聞き出す前に高峯凛花のスマホが鳴り、電話に出るために席を離れて外へ出てしまった。


「すごいな高峯さんに教えてもらえるなんて思わなかった」

「教え方も丁寧で分かり易いし、流石だよ」

「……でも、本当に夏目に対しても余所余所しい態度でビックリした」

「あぁ、バイトしてるからもっと仲良くなってるかと思ってたけど、羨ましがって損した」

「俺、私服姿を初めて見た」


 友達は僕を前にして失礼な発言を繰り返していた。高峯凛花が戻ってからも2時間ほど勉強をして終了となる。


「今日は、ありがとう。すごく助かりました」

「いいえ、お役に立てたのなら嬉しいです。夏休みの残り僅かですから、頑張らないといけませんね」


 誰も僕にお礼を言う者はいなかった。こんなにも分かり易く差別されると、清々しくもある。


「あっ、夏目君。ちょっといいですか?」

「えっ、何……、かな?」

「さっき母から電話があって、アルバイトのことで相談したいみたいなんです」

「……アルバイトで、相談?」

「はい。図書館で夏目君と会ったことを話したら、帰りに寄ってほしいと伝言を頼まれてしまったんです」

「そうなの?……何だろ?」

「詳しくは聞いていませんから、一緒に来てもらえますか?」


 他の四人は羨ましそうな顔をしていたが、アルバイトのことなら仕方ないと諦めてくれる。ただ、高峯凛花の母親から改まった話をされることになり僕としては緊張感がある。

 図書館を出て、自転車を押しながら高峯凛花と並んで歩いた。



「……夏休みも終わるから、アルバイトも終了ってことかな?」

「どうしたんですか急に?」

「高峯さんのお母さんから何の話があるのか考えてたんだ」

「嘘ですよ。……明日もアルバイトなのに、わざわざお休みの日に呼んだりはしません」

「……えっ?」

「夏目君は、私を一人で帰す気だったんですか?……普通なら『送ろうか?』と言うべきところなのに、何も言わないので嘘をつきました」


 僕としては、「それなら来なければいいのに」と思ってしまうが、声に出して意見することは出来ない。友達の前で「送ろうか?」と言えるわけがないし、言って断られてしまえばショックを受ける。


「はぁ……。それにしても『偵察』って何?」

「『偵察』は『偵察』です。女の子が参加していないかの確認です」

「昨日、男だけって話をしたと思うけど?」

「嘘の可能性があります。夏休み明けには私に告白をする人が、他の女の子と仲良くしていたら不自然だと思いませんか?」

「いや、女友達だったら仲良くしてても不自然じゃないと思うけど?」

「女友達いるんですか?」

「……いないな」


 高峯凛花は、変なところに拘りを見せてくる。それでも、久しぶりに完璧な高峯凛花を見せられた気がしている。

 やはり、高峯凛花は高嶺凛花であり、特別な存在なのかもしれない。


「……私を見つけた後、何を話していたんですか?」

「あぁ、入学してすぐの自己紹介の時の話だよ」

「ちゃんと覚えてたんですね」

「僕は完全に忘れてたけど、話を聞いて思い出したかな」

「あの時、寺島さん嬉しそうでしたよ。……寺島さんなら夏目君の告白をOKしてくれるかもしれませんね」

「そうかな?」

「夏目君は意外に人気あるんですよ。ごく少数ですけど」

「ごく少数か……。圧倒的に人気のある高峯さんに言われてもな……」


 寺島典子は気が弱そうだが小柄で可愛い感じの子だったので、それでも悪い気はしない。


「でも、私に告白をしてフラれたことが知れ渡った後では難しくなりますよ」

「……どうして?……フラれた後なら誰に告白したとしても関係ないでしょ?」

「私にフラれた後に、寺島さんに告白するんですか?」

「いや。それだと感じ悪いでしょ」


 フラれた後で誰に告白したとしても関係ないと思っていた。高峯凛花にフラれた直後で、他の子に告白をすれば印象は最悪だろうが、ある程度の時間が経てば関係なくなる。


 だが、少しだけ期待もある。

 これだけ一緒に過ごしていて、高峯凛花の気持ちに変化があるかもしれないことを期待していた。僕の気持ちに変化があったように、告白の返事が変わる可能性もあると思いたかった。


「……僕は告白してフラれるんだよね?」

「はい。その結末は変わりません」


 何も変わっていなかったらしい。この時間が楽しかったとしても、高峯凛花の気持ちを変えることは出来なかったことになる。淡い期待は脆くも崩れ去った。

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