#05
翌週には僕が高峯凛花のところでアルバイトすることは知れ渡っており、周囲からの視線は想像していたよりも痛かった。知らない上級生に会うと、僕を値踏みするような見方もされる。
隠れて高峯凛花に憧れていた男たちを炙り出した気分だ。
――『注目の的ですね』
――『夜道は気を付けて』
――『美しさは罪』
高峯凛花の指先が送ってくる言葉は完全に面白がっていた。
それでも、僕が告白をしてフラれた事実が流れれば追従して高峯凛花に告白する生徒も出てくるはずで、二ヶ月ほど耐えれば平穏な時間は戻ってくると信じていた。
それから間もなくして高校最初の夏休みは始まった。同時に人生初となるアルバイトも経験することになる。
老舗和菓子屋の仕事は思った以上に厳しかったが、それなりに楽しんで働けた。ただ、厳しいから辞めるという選択肢は僕にない。
高峯凛花の父親にも会ったが、優しそうな笑顔で「ありがとう」と小さく擦れた声で言ってくれる。小さな声は出せるが負担も大きいらしく、色々な指示が本当にモールス信号で伝えられていた。職人の手を止めたくなくて考案した方法らしい。
16時くらいにはバイトを終え、その後に高峯凛花と勉強をすることになる。一緒に勉強していても、お互いに教え合うこともなく静かに2時間勉強するだけだった。
ただし、勉強後には地獄が待っているので、僕の気持ちには落ち着きがない。
「……はい。それでは、今日の告白を聞きましょうか」
事務的に告白を促されてしまう。
高峯凛花は告白されることに慣れているかもしれないが、こちらは恥ずかしさで気が変になりそうだった。例え本気の告白ではないとしても、自分がどんな告白をするのか試されるのは生き地獄でしかない。
「……あの、普通に『好きです。付き合ってください。』じゃダメなの?」
「うーん。オーソドックスな告白も悪くないですけど、私みたいに特別な女の子には合わないと思います。……それに、なんだかテンプレートみたいですよね?」
「まぁ、そうかな」
「今日は初日だから仕方ないですけど、ちゃんと夏休みが終わるまでには私が納得する言葉を考えてください」
とにかく初日は乗り切ることが出来たが、これが繰り返されるのは耐えられない。
そこで僕は高峯凛花にある提案をしてみた。
「あのさ、告白の言葉についてはラインじゃダメ?」
「ラインですか?」
「勉強が終わって帰ったら、日付が変わる前までには文章を送る。それを読んでもらうってのはダメかな?」
「えっ?いいですよ」
意外にあっさりと受け入れられてしまい少々拍子抜けだった。でも、その後すぐに意地悪く微笑んで、
「私を前にすると照れちゃうんですよね?……でも、本番はちゃんと夏目君の口から聞かせてもらいますから練習はしておいてください」
と念押しをされてしまった。
「……ちなみに、高峯さんを納得させる告白ってどんなの?」
「どんなのでしょう?……好きになった理由を聞かせてもらえるのも嬉しいかもしれません」
「……好きになったところ?……好きになってないのに?」
「一度、私を本気で好きになってみるのもいいかもしれません。そうすれば自然に言葉が生れてくると思います」
「……でも、フラれるんでしょ?」
「はい。フリます」
全く不毛なやり取りだった。フラれるために全力で告白の言葉を考えなければならない。
ここで気を付けなければいけないのは、高峯凛花を本気で好きになってしまわないことだった。確実にフラれることになるのに好きになってしまうのは虚しすぎる。
それからはアルバイトと勉強の繰り返しだったが、告白の案も提出し続けた。
――『何事にも前向きな姿勢がいい』はどう?
『基本的に、後ろ向きな人を好きになるケースは稀だと思います。この文章は夏目君が告白に対して後ろ向きな姿勢であることを意味しています』
――『積極的で行動力があるところ。』はダメかな?
『行動力がある人を積極的と言います。それだと『頭痛が痛い』的な感じでダメですね。正しい言葉遣いでドキドキさせてほしいです。あと、『前向き』と内容が重複しているので、注意してください』
――『目標に向けて頑張っているところが好き』とかかな?
『頑張りで言ったら『映像データの消去』を目標に掲げて頑張っている夏目君には勝てません。それだと、『目標に向けて頑張っている』夏目君を私が好きになる可能性もあるのか気になります』
こちらが思っている以上に反応は悪かった。そしてダメ出しも厳しい。
ただ、勉強で一緒にいる時に前日のダメ出しをされることはなかったので、気持ち的には救われている。これで高峯凛花の口から直接のダメ出しをされていたら心が折れる。
「明日、アルバイトはお休みで学校ですね?」
「あぁ、文化祭の準備の手伝いだって」
「告白を考えなくていい日になるから、ホッとしてますか?」
「ホッとしてるかも……。告白するのって意外に難しいんだな」
休みが明けてアルバイトに行くと、着物姿の高峯凛花が店にいた。これまでも店の手伝いはしていたが、売り場に立つ姿を初めて見ることになって、悔しいことに見惚れてしまう。
「……今日はどうしたの?」
「夏目君が告白の言葉に苦労しているみたいなので、ちょっと別な一面も見せておこうと思いました」
「別な一面なら、もう見せられてるんだけど……。入学当初はスッカリ騙されてた」
「私は騙してなんかいませんよ。皆が勝手に魅了されてしまうんです」
今も、僕以外の皆は騙され続けていることになるが、それは幸せなことかもしれない。
店に入ってくる客たちが高峯凛花を見て、惚けたように動きを止めてしまう。内面を隠している状態では無敵だった。
――夏休みになれば、モールス信号から離れられるはずだったのに……
そんなことも考えていたが、今は高峯凛花に従うしかない。
休憩時間になり、「仕事は厳しいけど、ご両親は優しい人で良かった」と僕が感想を言うと、「両親も優しいんです」と高峯凛花に怒られてしまった。
告白の言葉については何度か送っているが、良いリアクションは返ってこない。
――『顔が好き。美人。黙っていれば完璧なところ』って良くない?
『良いわけないですよね?夏目君以外には、『黙ってなくても』私は完璧なんです。あと、私が『美人』なんて分かり切っていることなので、誉め言葉にはなりません』
――『声が好き』ってアリなの?
『ナシです。それは告白ではなくて、単なる感想です。『声以外に好きなところはないの?』ってなると思いますが、大丈夫ですか?』
――『胸のサイズがちょうどいい』みたいに変則的な告白は?
『絶対ダメです。でも、それを本人に伝えた勇気だけは称えたいと思います。しかも、『ちょうどいい』という表現には『大きくはないけど……』のネガティブな意味が含まれていて微妙な気分です。私、脱いだら意外にスゴイんです』
「明日、お店の定休日ですからアルバイトもないですね?……映画でも行きませんか?」
「えっ!?……映画?……高峯さんと?」
「そんなに確認をしないでください。告白の言葉を考えるには、私の情報が必要だと思うんです。……勉強しているだけだと告白のネタがなくなってくると思いませんか?」
「あぁ……。確かに、そうかも」
「……突然、胸のことを言われても困ります」
「ゴメン。ちょっと挑戦してみた」
「勉強は出来るのに、告白の言葉が出てこないなんて努力が足りないんですよ。もっと頑張らないとダメですよ」
おかしな点で納得させられてしまい、何故か一緒に映画を見に行くことになってしまった。
翌日、普通に待ち合わせをして映画を見るだけだったが、学校の連中が知れば羨ましがられることは間違いない。だが、僕には楽しんでいる余裕もなく、どんな告白が効果的か探し続けることになる。
そんな中で、高峯凛花が人目を集めてしまうことを改めて実感させられた。
――やっぱり美人なんだよな。しゃべらなければ、おしとやかに見えるし。……いや、普段はしゃべっててもおしとやかなんだ
途中、お昼を食べている間も高峯凛花を見ていたが、動作の一つ一つに優雅さを感じてしまう。
――『食べ方が綺麗』って告白の言葉になるのか?……でも、結構食べるな。『よく食べる人が好き』って、それは女の人の言葉か?
考えてみると意外に難しかった。安易な気持ちで告白なんてしてはいけないようにさえ思えてくる。
「どんな告白をするか考えてるんですか?あまりジッと見られてると少し恥ずかしいです」
「あっ、……ゴメン」
「今まで告白したことはないんですか?」
「ないよ。……好きな子はいたけど、告白する前にフラれたからね」
「夏目君は、その子のどんなところを好きになったんです?」
「それが分からなくなってる。今、一生懸命に告白の言葉を考えてると、その子の何を好きになったのか分からないんだ」
高峯凛花は僕の目を見ていた。少し真剣な表情で雰囲気が違う。
「同じ高校を受験するくらいに好きだったのに?」
「……知ってたんだ」
「はい。夏目君と同じ中学の子に聞いたことがあるんです」
「どうせ、バカにされてるとは思ってたよ」
「ううん。そんなことありません。……それで勉強も頑張ってたって」
「『一緒の高校に行こうね』なんて可愛く言われたから、その気になったんだと思う。……僕は本命にフラれた時の『保険』だったんだって」
「……ひどいですね」
「僕って女運がないのかもしれない」
「……それって私のことも含めてませんか?私は夏目君に協力をお願いしてるだけですよ」
「随分強引だとは思うけど?」
「認識の違いだけです。中学の時は告白も出来ずにフラれたみたいですけど、私には告白してフラれることが出来るんですよ?」
「まぁ、確かに」
「それに、アルバイトだって、ちゃんとお給料が出るんですから、タダ働きを強要してはいませんよね?勉強も夏目君がBランクを維持するためには必要な措置です」
「ヤバい。それだけ聞いてると、上手く誤魔化されそうだ」
「誤魔化してませんよ。……私は良い人なんです」
そう言うと高峯凛花は笑顔になって僕を見た。
この状況に慣れ始めているのかもしれない。脅すための映像を隠し撮られていることも忘れて、現状を受け入れていることが怖かった。
言っていることが酷くても、高峯凛花が嬉しそうに語っている顔を見ていると全てを許してしまいそうになる。