#04
「和菓子が好きで成績も優秀。夏休みまでの限られた期間だったので、私も賭けでしたけど間に合ってくれて良かったです」
「間に合ったって……。まさか最初から?」
「アルバイトが入ってくれないと、私が手伝いばかりさせられて遊べなくなるんです。それだと、せっかくの高校生活が台無しになると思いませんか?……でも、短期間でモールス信号を解読できるようになるのは難しいので、中間テストの後は夏目君に的を絞ってみました」
あの時に感じていた悪寒は僕の順位が高峯凛花よりも上だったからではなく、アルバイトとしてターゲットにされたことの悪寒だったらしい。
「授業中に『トイレに行きたい』ってあったのも……」
「はい。私の心の声が聞こえてるか確認してみました。……あと、私が困っている時に助けてくれるかも一緒に確認出来るので、良い方法だと思いませんか?」
「……まんまとハメられたんだ」
「テストの順位を落としてまで私の声を聞くために頑張ったんですから、アルバイトも頑張ってくださいね。……ちゃんと私を楽させるために働いてもらわないと困りますよ」
「それでバイトに採用されるヤツがいなかったのか……。でも、そこまでするなら、誰かにモールス信号を覚えてもらえば良かったんじゃないの?高峯さんがお願いすれば、覚えてくれるヤツなんていくらでもいる」
「えっ?それだと面白くないですよね?……それに、夏目君が私の指先を見てることにはテストの前から気付いていたんですよ。せっかく夏目君が楽しんでくれているのに、邪魔をしたら悪いと思ったんです」
「そんな変態みたいに言わないで。……まぁ、バイトのことは分かったから、今日はこれでいいの?」
「まだダメです。……まだ、もう一つ重要なお願いがあります」
アルバイトに関しては新しいパソコンを買う足しに出来るので問題なかった。ただ、それ以外にも「重要なお願い」があると言われて急に喉が渇いてしまい、お茶を一口飲んだ。
高峯凛花は、この状況を楽しんでいる。それだけは理解出来ていたが、この先の展開は全く予想でしない。
「……私に告白してください」
高峯凛花の言葉を僕は聞き間違えたとしか思えなかった。
「……え?……今、何言ったの?」
「だから、私に告白をしてほしいんです。……もちろん愛の告白ですよ」
「はぁ!?」
「あっ、でも、夏目君から告白されても当然断るので安心してください」
「何で断られること前提で、高峯さんに告白しなくちゃいけないの?全然意味が分からない」
高峯凛花は真剣な顔をして僕を見ていた。整った可愛らしい顔だが、今は感じるのは恐怖。
「私って美人じゃないですか?……スタイルも良いし、可愛いし、頭も良い。何拍子も揃ってるんです。男子の憧れを一身に集めてしまう存在なんです」
「……それを自分で言う?……まぁ、こっち側の性格を知らなければ、否定はできないけど」
「可愛過ぎることが災いして、男子が遠慮して告白をしてこないんです。……でも、私に憧れてる男子たちが全員告白してきたら、それはそれで時間を取られてしまいます」
「告白はしてもらいたいけど、適度な人数にしてほしいってこと?」
「正解です。……それも、ある程度のレベルの男子から告白をされるようにしたいんです」
「はぁ……」
美人であることの悩みなのかもしれないが、凡人には全く理解できない領域の話しになっていた。
僕の理解力が足りないのか、高峯凛花の発想が常人の物とは思えない。
「そこで夏目君が告白してくれれば、夏目君が告白する人の基準になってくれます。……夏目君が告白出来たんだったら、『自分にも出来る』って考える人も増えると思うんです」
「僕が基準に?」
「はい。『自分は夏目君以上の男だ』って考えてる人は、私に告白する勇気が持てるんです。そうなると思いませんか?」
「……『思いませんか?』って。それを僕に聞かれても困る」
「そうですか。でも、夏目君って、頭は良いけど顔は中の上くらいですよね?部活にも入らずに帰宅部なので勉強以外で成績は残せません。それだと総合評価はBランクくらいになると思います。……私は総合評価でもSランクになるので、Bランク以上の男子からの告白に限定することが出来ます」
「高峯さんの総合評価SランクのSって、性格のこと?」
「……写真を印刷してバラまく準備は整っていますから、発言には注意してくださいね」
微笑みながらこんなことを言えるのであれば間違いなくサディストのSだと思うが、Aランク以上のSランクであることを言っていた。自分を迷わず最高ランクに置ける自信に感心してしまうが、文句を言う者などいないだろう。
「夏目君が基準になれば、私に告白するためのハードルは下がって、『夏目君以上』なら告白できるよう状況を作れます」
「Bランク以上は告白する権利があるけど、Cランク以下は告白することも諦める。その基準になるのが僕なんだ」
「はい。理解してもらえて嬉しいです。夏目君には、私に告白をして付き合うための基準になってもらいたいんです。『夏目君以上』なら私に告白する権利があって、付き合えるかもしれないって希望を与えてほしいんです」
話の内容を理解することは出来たが、納得はしていない。僕に対する扱いがあまりにも辛辣過ぎた。
「僕にとっては悲しい基準なんだけど?それに、普通はフラれることが分かっていて告白しないと思う」
「それなら、夏目君は私と付き合いたいのですか?」
「……いや、そんなつもりはない。だから、フラれることは構わないんだ」
僕が即答したことで高峯凛花は少しだけ不服そうな顔を見せた。それでも、付き合いたいとは思っていないのは本心だから仕方ない。
高峯凛花は美人であり、「綺麗」だとか「可愛い」とは思っている。ただ、そう思って見ているのは高峯凛花に限定した話ではなく、他の女子に対しても同じだった。
そして、僕は高峯凛花と一緒にいることを僕は望んでおらず、「憧れ」と「好き」を別の感情として考えていた。
「……それで、僕は明日から『高峯さんに告白してフラれた』ってことにすればいいの?」
「その投げ遣りな言い方は、ちょっと不満です」
「でも、実際に告白する必要はないんでしょ?……僕に黒歴史が加わるだけなんだから」
「私に告白してフラれるのは黒歴史じゃありません。……夏目君が普通に高校生活を送っても、黒歴史だけなんですから光栄に感じてもらいたいくらいです」
「うっ……。それなら、どうすればいいのか教えてよ」
僕の成績が学年トップであっても、高峯凛花が存在する限り影は薄くなる。多少成績が悪くても、それを補えるだけのルックスの奴もいる。部活で圧倒的な成績を収めて注目を集める奴もいる。
Bランクに入るために勉強を頑張っているわけではなかったが、Bランクに入れてもらえることは救いになる。だが、僕がBランクであることが原因で高峯凛花の罠に嵌められたらしい。
「告白するのは夏休み明けです。それまでは、私が納得する告白の言葉を夏目君に考えてもらいます。アルバイトが終わったら、勉強をして、告白の言葉を発表する。この繰り返しで考えてます」
「……ちょっと待って、勉強するって何?」
「夏目君は成績が良いからBランクなんですよ。これで成績が悪くなったらCランクに落ちちゃうじゃないですか。……アルバイト終わりの勉強は必須です」
「告白が済めば、僕は解放してもらえるの?」
「私に告白をしてフラれてくれれば、夏目君は無事にお役御免になります」
「……ちなみに、うちの高校にBランク以上って何人くらいいるの?」
「そうですね。容姿が整ってる人も多いですし、部活で全国レベルの人もいるみたいなので、確率は高めだと思いますよ」
「……僕が、この要求を拒否する権利はあるのかな?」
「もちろんあります。楽しい高校生活を諦める覚悟があれば、拒否してもらっても構いません」
そう言うと高峯凛花は自分のお菓子を僕の前に差し出した。考えるための糖分補給をさせるつもりかもしれないが、考えることなど許されてはいない。
「ちゃんと映像データは返してもらうからな」
「ええ。約束します。夏目君が告白してくれたら、ちゃんと消去しますよ」
これで悪夢のような契約が完了してしまった。
その後、店のカレンダーを見ながらスケジュール確認をされて、学校へ届け出る『アルバイト許可書』を渡された。バイト先には『宗家高峯庵』の必要事項が記載されて準備は整っている。