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#01

 僕は高校入学と同時に「高嶺の花」が実在することを知った。


 高峯凛花(たかみねりんか)が、新入生代表の挨拶で登壇した時の一同がザワついた感じは忘れられない。

 老舗和菓子屋の一人娘であり、落ち着いた雰囲気がある。才色兼備で品行方正、物腰も柔らかくて先生からも生徒からもウケが良い。全く名前負けすることもなく、誰もが名前の通りに「高嶺の花」をイメージする。


 ただし、当然ながら難攻不落を予想する。誰もが気圧されてしまい、攻める前に敗北してしまっているようだった。


 彼女と同じクラスになったことは驚いたが、高嶺の花は遠くから眺める物として考えていた僕は早々に傍観を決め込んでいた。

 高嶺の花に手を伸ばすには資格がいる。容姿や地位や財力など様々な要素が考えられるが、容姿は平凡で一般家庭に生れた僕に資格がないことだけは分かっていた。


 そんな僕の席は彼女の左斜め後ろである。彼女を気にして見ていたわけではないが、彼女のある行動が視界に入ってきた。

 授業を受けている時や休み時間に女友達と話している時、彼女の指先が不自然に動き続けいていることに気が付いた。指先を使って自分の太ももや机を軽く叩いたり、僅かにスライドさせるような動きを繰り返す。


――ちょっと変わった()があるんだな……


 ほんとうに僅かな動きでしかないが、一度気になれば目が向いてしまう。ただ、その動きが彼女の完璧さを損なうようなことはなく、僕以外は誰も気にしていない。


 高校に入学して二ヶ月近くが経った頃、ちょっとした出来事が起こった。中間テストの結果が廊下に貼りだされており、


 1.E組 夏目涼介…489点

 2.E組 高峯凛花…485点


 と並んでしまっていた。夏目涼介(なつめりょうすけ)は僕の名前である。


 入試の成績がトップだった高峯凛花が新入生代表の挨拶をしていたこともあり、周囲は彼女が二位になっていることを驚いていた。当の本人は気にしていない様子で結果を眺めており、廊下で立ち話をすることになってしまった。


「頑張ったんですけど、負けてしまいましたね」

「え……。あっ、今回はマグレだと思う」


 情けないことに緊張してうまく言葉が出てこなかった。直接関わらなければ平気だったが、目の前に立って話しかけられると動揺してしまう。

 いつもは後ろ姿ばかりを見ていたが、正面から見る高峯凛花は本当に完璧だった。その声も聞いているだけで心地良い。


「そんな、マグレなんてことはないと思いますよ」


 高峯凛花が微笑みながら僕と話している場面を見て、中学から一緒の友人が割って入ってきた。僕が話しかけられていることで会話が出来るチャンスだと思ったのだろう。


「そうなんです。コイツ、頭だけは良いんです」 

「やっぱり、そうなんですね?……でも、それなら入試の時は体調でも悪かったんですか?」

「いや、コイツ、回答欄を間違えて記入してたみたいなんです」

「えっ?回答欄を間違えてたんですか?」


 少しだけ高峯凛花の雰囲気が変わったように感じたので僕は黙ってしまう。そして、高峯凛花の手は体の前で軽く重ねられていたが、会話をしている時も指先は微かな動きを見せていた。


「それでしたら、回答欄を間違えてなければ入学式の挨拶も夏目君だったかもしれませんね」

「いやいや、コイツが挨拶するよりも高峯さんで良かったですよ。……お前も、そう思ってるんだろ?」

「えっ?……あぁ、もちろん」


 高峯凛花との会話を途切れさせないように、友人は調子良く話し続けている。このチャンスを逃してしまえば直接話を出来るチャンスはないと思って必死だった。


「そんなことないですよ。私も、挨拶の時はすごく緊張してたんですから」


 たぶん、そんなことはないだろう。僕は高峯凛花が人から注目されることに慣れていると感じていた。この容姿であれば当然のことかもしれない。

 そして、僕の順位が上になったことが高峯凛花のプライドを傷つけてしまったと考えていた。


――それにしても、ずっと指先が動いてるけど何をしてるんだ?


 不規則に動いているようにも見えるし、規則的に動いているようにも見える。


「どうかしましたか?」

「えっ!?……いや、何でもないです」


 突然に声を掛けられたので、思わず敬語で答えてしまった。

 僕の返事を聞いて、高峯凛花は笑ってくれているが、その目は全く笑っていないように感じた。一緒にいる友人は高峯凛花が笑ってくれているのでヘラヘラしていたが、僕はうまく笑えない。


「……夏目、涼介。君」


 隣りに立って結果一覧を見ていた高峯凛花が僕の名前を確認するようにポツリと呟いていた。名前を呼ばれたことの嬉しさは皆無で、僕は何故かゾクッとしてしまう。



 その時の一件以来、僕の中で高峯凛花は別の意味で近寄れない存在になっていた。

 ただし、それは僕だけが感じたことであり、高峯凛花の学内での人気は不動のものになっていった。生徒や教師関係なく人気を集めて、異性や同性も関係なく憧れの存在になっていった。

 僕がトップだったことも、ほぼ全員が「マグレ」としか見ていない。


――優等生でいることは疲れるのかな?……あの指の動きはストレスの現れかもしれない


 授業中にも動いている高峯凛花の指を見ていた僕は、そんなことを考えるようになった。


――でも、妙にリズミカルなんだよな?


 指先で軽く叩いた後、僅かにスライドさせる動きには法則があるように感じていた。


――トン、トン、ツー……。トン、ツー……。かな?


 僕は無意識に指先で軽く叩いた時を「トン」、指先をスライドさせた時を「ツー」と頭の中で置き換えてしまった。高峯凛花は音を立てないように静かに動かしているので、あくまでも僕が勝手に変換しているだけである。


――えっ?……「トン・ツー」って。……えっ!?もしかして、モールス信号か?


 気付かなければ良かったことに気付いてしまった。だが、本当にモールス信号はどうかまでは分からない。そして、モールス信号だとしても文字に変換することは不可能だった。


 ここで諦めておけば「モールス信号かもしれない」だけで済んだかもしれないが、心の中で好奇心が勝ってしまう。僕は試しに高峯凛花の指先の動きを記録してしまった。

 トンを『・』、ツーを『ー』で記録しておけば、後でネットを使って簡単に調べることが出来ると考えた。


 高嶺の花は遠くから眺めているだけにしておかなければ危険性なことも理解していたし、廊下で感じた悪寒も忘れていない。それでも高峯凛花は魅力的であり、一瞬の誘惑に負けてしまったことになる。


『ー・・ー・、・ーー・、・・ー・・、・ー・・・、ー・・ー・、…………』


 ノートの片隅に記録し続けてみたが、意外に根気のいる作業だった。

 休み時間中に他の女子たちと楽し気に話をしている時も高峯凛花の指先が動いていたので、それも可能な範囲で記録してみる。


『・ー・・、ーーー、ーー・ー・、・・ーー、ー・・・、・ー・、ーー・ー・、…………』


 細かな指先の動きを正確に読み取ることは難しかったが、多少間違えがあったたとしても後で文章に修正できると考えて書き留めた。しかし、これがモールス信号でなければ無駄な行動に終わってしまう。


 すぐに結果を知りたい気持ちはあったが、学校で調べてしまうと余計な横槍が入る可能性もあるので帰宅してから解読してみることにした。


――そもそも、高峯凛花がモールス信号を知ってるとは思えないな……


 自分で考えておきながら高峯凛花とモールス信号の結びつきを否定してしまう。

 指先の動きには優雅さもあるので、ただ単にリズムを取っているだけにも見え始めていた。


 だが、帰宅後にノート並んだ『・』と『ー』を解読した結果、指先の優雅な動きとは全く別の文章を浮かび上がらせてしまう。


――モ、ツ、ト、オ、モ、シ、ロ、イ、シ、゛、ユ、キ、゛ヨ、ウ……


「『もっと面白い授業が出来ないのかな』……、だ。ちゃんと文章になってる」


――カ、レ、シ、ノ、ハ、ナ、シ、ナ、ン、テ、キ、キ、タ、ク……


「『彼氏の話なんか聞きたくない』……、で後は『他の話題はないのかな?』……、になってる」


 単なる偶然では済まされないくらい理解出来る文字の並びに変換され、高峯凛花の心の声がダダ漏れになっていた。


――綺麗な花には『棘』じゃなくて内に秘めた『毒』があったんだ


 棘は外からでも判断できるが、毒の存在を見つけるのは難しい。警告するように目立つ生物ほど毒を持っていると聞いたことはあったが人間も同じかもしれない。


――多少は性格が悪かったとしても、あの容姿なら許されるだろうな。……あの時、目が笑ってないって感じたのも見間違いじゃなかったんだ


 優しい笑顔で休み時間を過ごしている高峯凛花を眺めていると、悪寒を感じてしまった自分を疑いたくなっていたが読み通りの結果になってしまった。

 高峯凛花という女の子の存在を唯一無二のものとして見ていたが、淡い理想は打ち砕かれて現実を思い知らされる。



「はぁ……」


 僕はノートを閉じて、ため息をついた。


――やっぱり美少女は遠くから眺めているだけにしておいた方が良かったんだ


 でも、それは僕の意見であり、自分に言い聞かせたこともある。


――勝手な理想を押し付けるのは良くないな。高峯凛花は、特別な存在じゃない


 これが今回の件で得られた結論である。気にしていないと思いながらも、心のどこかで高峯凛花に憧れを抱いていたのかもしれない。

 ただ、高峯凛花に「毒」の要素が加わってしまえば別の魅力も感じてしまい、「美人は三日で飽きる」が通用しない存在に昇華されたことにもなる。

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