事件はこれから
「そういえばあいつはどこ行った?」仁志田が聞いた。
「え?」
私はロビーを見回したが、ロボットはいなかった。
「おい、外で暴れてるんじゃないだろうな」
「いや、それは無いと思うけど……」
そもそもあいつはエレベータのボタンを自分で押せそうにない。いや、腕みたいなのはあったが。
少し焦りながらふたりで探し回ると、空いている会議室の隅にそのロボットと、所長がいた。
ロボットの背面の穴からは黒い棒のようなものが伸び、会議室の壁面にあるコンセントに突き刺さっている。所長はタッチパネルをピコピコ弄っていた。
「所長なにしてるんですか」と仁志田が言った。
「というか、普通のコンセントで充電できるのか……」私は思わず呟いた。
「これどうしたの?」所長はタッチパネルから顔を上げもせず、夢中で操作していた。眼鏡に画面の光が照り返して、表情がよく読めなかった。そもそも、普段から何を考えてるのかよく分からない人間だった。依頼者からも、あの人は無表情で怖い、とか言われたりする。
「話せば長くなるんですが」
私が言いかけると、
「じゃあいいや」と所長は遮った。
「いや、ええと……要は寿司屋で拾ったんです」
「へえ。で、その寿司屋は」
「今朝行ったら潰れてて。その、閉店したという意味じゃなくて。建物が潰れてたんです」
「なるほど」
「その瓦礫の中から勝手に出て来たわけです。こいつが」
「フムフム……」所長はタッチパネルの操作結果をじっと眺め、「こりゃビッグデータが入ってるねえ」と言った。
「ビッグデータ……」なんか大昔に流行ってた言葉のような気がするが。
「所長、そいつ誤学習をしてて危険かもしれないって」仁志田が言った。「今テレビで呼び掛けてましたよ。人を襲うかもしれないので警察とメーカーで回収してるそうです」
「襲うの?」所長は私に聞いた。
「トウテンハ、セルフサービストナッテオリマス」唐突にロボットが口を挟んだ。「フセイナアップデートガ、ブロックサレマシタ」
「少なくとも私は襲われてないです」と、私は言った。「暴れてる同型のロボットは見ましたが、そいつらとは違う動きをしてます」
「フーン。じゃあ問題なさそうだな」と所長は言った。
「どうするんです」
「いやまあ、持ち主が取りに来るまでここに置いとこうかと」所長はけろっとして言った。「なんか色んなデータ入ってて凄いねこれ。顔検索とか声検索とかできるんだ? 人探しが得意そうなロボだ。うちにも一台欲しいねえ」
「欲しいねったって……」仁志田が呆れて言い返した。「まさかこのままネコババする気で?」
「ほら、俺達ってテレビとか見ないからさ、そういう流行の話題に疎いし。でしょ?」
「さりげなく『達』って言いましたね。警察にバレたら超絶怒られますよ?」
「警察にバレたら怒られることなんて他に山程あるでしょ、うちはさ……」所長は惚けた調子で言い返し、「あ、ここ三時からミーティングで使うから、三時近くなったらこのロボどっか別室に移動させといてね」と、何故か私に言いつけて、上機嫌でいなくなってしまった。
「ええー……ちょっと」仁志田がその背中に向かって溜息をついた。
※ ※ ※
かくして四角いロボットは「大トロ」と名付けられて(仁志田が勝手にそう呼び始めた)事務所に常駐することになった。事件のせいで世間には危険な自動走行ロボットとして顔が知れてしまったので、接客に出すことはできない。事務室や倉庫など従業員しか立ち入らないエリアをうろうろし、勝手にコンセントを見つけてときどき自分で充電をしているようだ。どうせなら掃除でもしてくれれば良いのに、とみんな言ったが、そういう機能は無さそうだった。
大トロが持っている大量の人物データが、家出や浮気調査など三件ほどの依頼に役立った。仁志田や他の人達もこれに興味を持って使いたがり、
「すみません、あの大トロっていうアレ、自分も使っても?」
「いや、勝手にどうぞ」
「使い方とかは……?」
「いや私も知らんって」
というやり取りをかなり繰り返した。
大トロの微妙にズレた応対は誰が操作しても同じだったし、このロボットに一番興味を持ってずっと触っているのは所長だった。それなのに、なぜか社内では私がこのロボットの持ち主か飼い主のような認識をされていた。
「こいつはなんであんたを選んだんだろうな?」
ある日の残業中に仁志田が言った。
「別に選ばれてない。偶然だよ。偶然あの日にあの店に行っただけ」
「その日に襲撃が起きたのは偶然の不運としても。次の日にまた行ったらあんたの声を聞いた大トロが急に飛び起きてきたんだろ」
「別に私の声だからじゃないと思うが」
「でも実際にはそうじゃないか。あそこでドンパチあったのは夜中で、あんたがそこに着いたのは何もかも終わった次の日の昼近くだろ? それまでの半日、こいつは瓦礫に埋まって黙ってたのに、あんたが来た途端に飛び起きた」
「まあ、あれじゃない? 寝てたとか……」
私はなるべく深く考えたくはなかった。大トロに備わっているGPS機能はまだ健在だし、だとすれば何らかの衛星通信は行なわれているはずで、その通信費は、もし発生するとしたら元の持ち主に請求されるはずだ。そして元の持ち主は、その気になれば大トロの居場所を探知することが可能なはずなのだ。だからこんなもの隠し持っていたって、数日もすれば誰かが取り返しにこの事務所へ乗り込んで来るだろうと私は踏んでいたのだが、いまだにまったく音沙汰がない。
それが何を意味するのか。
私たちの視線を感じたのか知らないが、大トロはスリープモードで暗くなっていた画面を再起動し、「ゴチュウモンヲドウゾ」と言った。
「あー、じゃあウニ軍艦」と仁志田は言った。
「タッチシテゴカクニンクダサイ。トウテンハ、セルフサービストナッテオリマス」
「でしょうねえ」
仁志田は鼻で笑って、画面を見ていなかった。
私はその画面にいつもと違うメニューボタンが浮かんだことに気付いた。
画面を上下に分割するような、大きなふたつのボタン。上が青いボタンで「おすすめメニュー」、下が赤いボタンで「緊急事態」。
「え、なにこれ」と私は言った。
遅れて振り向いた仁志田も「なにこれ」と言った。「えっ? これ、どっちか押すの? どうなるの? ドッキリ?」
「こんな選択肢初めて見たな」
「え? これ、緊急事態を押すとどうなるの? 緊急事態になるの?」
「そんなこと聞かれても。どうなるんだろう」
「押さないとどうなるの?」
「さあ。どうなるんだろう」
緊急事態というボタンを押さなかったからといって、何か大きなトラブルが回避されるとは考えにくいが。ゲームじゃあるまいし。
「所長を呼んでくる?」と仁志田。
「えー。もう帰ったんじゃないか? 今日はなんか見たい試合があるとかで」
「タッチシテゴカクニンクダサイ」大トロはいつものように調子良く事務的な声で迫った。
結局のところ、私たちはそのボタンを押すしかなかった。選択肢など、あって無いようなものだ。
そしてそれが、私たちの直面する本当の大事件の始まりであったことは言うまでもない。
(了)
中盤を書いてた頃に作った設定メモ
当初は主人公がひとりで色んな事件に立ち向かう話にするつもりでしたが、やはり冒頭の「喋る注文パネル」とのやり取りの面白さがこの作品の肝かなと思い直し、ロボット型で再登場してもらいました。




