96、再会
ガヤガヤとした街の中。
とても蒸し暑く、人の密度が増えた分だけ熱気がこもったように思える。人の呼吸や声から発される熱気が、森の中とはまるで違うのだ。それに、建物がそこかしこに囲まれているために、かなり熱が逃げにくくなっている。
端的に言えば、とても暑い。
それはもう、とんでもなく暑い。
外から来た者たちにとっては、あまり外で活動したくないという思いが芽生え、肉体的にも精神的にも強いデバフがかかる。
だが、四人にとっては問題ではない。
三人はそれ以上の人為的な蒸し風呂を延々と体験していたし、残り一人は魔術で気温を操作するという裏ワザで苦痛を乗り越えている。
他の来訪者たちと比べれば余裕はある。
思考にそれなりのゆとりを持ちつつ、四人は街の中を歩いていた。
「てゆうか、神の使徒って誰だ?」
街に入ってしばらく、カイルがそれを言った。
それは、教会の関係者として最も深くに居るアイリスに向けたものだ。神の使徒というものが何をするのかは知らないが、恐らくは自分と同じ立場なのだろうとなんとなく予測している。そうでないにしろ、関係を悪くする理由もない。事前に知っておく事は悪い事ではない。
だが実際のところ、神の使徒とやらを知り得るのはアイリス以外にはないだろう。
てくてくとアイリスを先頭に歩いていた四人だったが、アイリスの足が止まった事で全員止まる。
カイルからは、アイリスの顔を窺えない。
どことなく微妙で、気まずそうな空気が、漏れ出ているのには誰も気付かない。
「神が俺たちの所に派遣するくらいだ。相当な有名人なんじゃないか?」
「…………」
リョウヘイもカイルに続いた。
ラトルカもそれに興味があるらしい。
二人共、情報を待っている。
それにこれまで、ロクに神の使徒について聞いてこなかったのだ。その暇がなかったというのと、別に聞くにしても後でいいかという考えからである。リョウヘイ、カイル、ラトルカの三人は、アイリスが知っているだろうからいつでも聞けると、なんとなく認識していた。
だが、アイリスは苦笑いで固まった。
「知らないよ?」
「はあ?」
意味が分からないと顔だけで示している。
キョトンとしているアイリスの表情を見れば、マズイ冗談ではないのだと分かる。
まさか知らないとは思っていなかったのか、リョウヘイとラトルカまでアイリスに自然と視線を向けた。アイリスは少し居心地悪そうに顔を背ける。
「なんでお前が知らねぇんだよ」
「カイルだって知らないじゃない」
そのままカイルはリョウヘイとラトルカにも同じ視線を向けるが、
「悪い」
「私が知る訳ないでしょ?」
リョウヘイは短く謝罪して、ラトルカは予想通りの言葉を口にした。
それにカイルは頭を抱えたくなる。
かなり都合が悪い事実だ。四人の中で、神の使徒とやらを知っている人間は一人も居なかった。
ということは、
「顔も知らない奴と合流しろと?」
雲をつかむような話である。
それに顔どころか、特徴すらも分からない。
リョウヘイとカイルは、これから行うであろう途方も無い作業にげんなりとしている。さらに、アイリスはその先まで見通して完全に参っている。
「? アイリス?」
「まあ、トロンって大国ではないけど、まあまあ大きい国なんだよねぇ」
「?」
「街や村なんて百じゃ利かないと思うんだけど、神の使徒さんってどこに居ると思う?」
まあ、よく考えれば当たり前だ。
アイリスはトロンの隣国にまで入ってから、ラトルカに『転移』で飛ぶように頼んだのだが、トロン領内であるアイリスたちが街が、件の人間が居る場所とは限らない。
普通に考えるなら首都か、入国の関所を越えてからの一番はじめの街だろう。だが、取り敢えず『転移』で飛んできてしまった。
その可能性に思い至る男二人。
アイリスと同じげんなりとした顔を晒す。
「おい、本当に誰も何も知らねぇのか?」
「残念ながら……」
「デドレイトさん……ちょっと説明が不親切すぎたんじゃないですか……?」
カイルの問いからは同じ答えが返るだけだ。
アイリスからは諦めの言葉が出る。リョウヘイも、この説明をしたデドレイトに対して不満を漏らした。
そもそも、入って来る情報が尽く少ない。大抵の場合は、事態の裏側というものを後から知る。それに気付けなかった自分が間抜けというだけだが、気を張って考えておかないと不自然さに勘付けない。
「はあ……どうすっかねぇ……」
カイルは溜息混じりに言った。
どうするべきか、三人は大いに悩む。
特に積極的な三人が、どうするかを考えた。残り一人は消極的で、関わろうとしないために放置される。三人寄れば文殊の知恵、という諺を知っているのはリョウヘイだけだが、自然と力を合わせるという選択を選ぶあたり、仲が良さそうだ。
だが、問題はない。
おちゃらけていても、バカは居ない。
特にアイリスは頭が回るように育てられてきた。しばらくすると、ぽんと手を打ってから、
「そうだ、一度聖国に戻ろう。デドレイトさんはもう居ないかもしれないけど、連絡を取るのは出来るかもしれないし」
「ああ、なるほど!」
「でもどうやって聖国まで?」
アイリスの策にカイルは納得する。
リョウヘイは素朴な疑問を投げかけるが、
「私たちには『転移』の魔術があるじゃない」
「あ、そっか」
あまりにも動きが無さすぎたために、戦力というか、能力としてカウントする事を忘れていた。
納得して素直に協力してくれるかは別として、それしか手段がないことも確かである。
「というわけで、ラトルカ! ここはよろしく!」
と、アイリスが振り向き越しに言った。
まさか断るはずないよな、という威圧感をたっぷり込められたアイリスにしては珍しい笑顔だ。少し前までなら、絶対にこんな顔をしなかった。態度が柔らかく、近くなった分、遠慮というものもなくなった。
これで拒否するようなら、全力で話し合いの末に従わせるつもりだ。ないかもしれないが、さらに拒否を続ける場合には、ルシエラから教わった全てをもって『話し合い』を行う予定である。そういう不穏さが表れていたかもしれない。
そして、対してラトルカは、
「…………」
「あ、あの〜、ラトルカ?」
全く別の方向を向いて固まっている。
三人のやり取りなどはじめから入ってこなかったかのように、その意識を全く別の方向に向けているのが分かった。そして、その興味というものは、ラトルカほどの実力者が興味を示さざるを得ないものであるということは分かる。
ラトルカの表情には軽く警戒が入ってる。
だが、三人に注目されている事に気が付いて、
「……どうかしたか?」
「話、聞いてなかったのね……」
アイリスは少し呆れを混じらせて言う。
しかし、呆れの中にも、呆れ以外の感情が見て取れる。ラトルカの警戒が伝播したかのように、訝しむように眉を僅かにひそめている。
リョウヘイとカイルも、それを理解したようで、
「一度『転移』で聖国に戻ろうかって話をしてた。待ち人がトロンのどこにいるのか、俺達には分からないからな」
「で、テメェはどうしたってんだよ?」
端的にこれまでを説明し、それから情報の共有を願う。
あまりラトルカには、あまり無暗に距離を詰めて関わってはいけないという暗黙の了解があったが、こういう場面では別である。協力しなければならないという状況で、四人は他人を排するという選択は取らない。
ラトルカはそうは思えない態度を普段取っているが、きちんと分別があるのである。場面を読まずに、手に負えない事を無理に挑戦するほど愚かではない。
「お前たちの話し合いが無駄に終わったと言っておこう」
「?」
「…………! それって、」
「私たちが『転移』でここに着いてから、微かな魔力反応が向けられてる」
つまりは、待ち人がここに居るということだ。
もともとこの地に待ち人が待ち構えていたのか、それとも何らかの手段でここに来たのか、それは会ってから聞くしかない。
四人は警戒を強めながら、
「じゃあ、どうする?」
「私たちがここまで来たのはコレが目的だろう?」
「チッ! どうせなら向こうから来いってんだ……!」
アイリス、ラトルカ、カイルがそれぞれ言う。
それから三人の意見を聞いて、最後にリョウヘイが、
「行こう」
これまで不確かだった歩に、真剣みが生まれる。
※※※※※※※※
歩を止める要因は何もない。
ただ、ラトルカのナビに従いながら、何者にも縛られずに進んで行った。
彼らも相当な実力者なのだ。
止められる要素が、ただの街なかにあるはずがない。だから、普通の人間なら行くはずがない路地裏のような道まで、彼らは遠慮もなしに進んで行った。
それに、時間が経って、目的地に近付くにあたって、ラトルカしか気付かなかった微弱な魔力反応とやらも、他の三人が感じ取れるほどになっていた。
ラトルカが警戒するのも良く分かる。
一定間隔で、暗号のように発されるソレは、間違いなく意味が込められている。それを街中に居る、たった四人だけに向けて行われていたのだ。恐ろしく微弱な魔力を消さずに、遠く離れた小さな目標に届けてみせた。
これをしたのは、間違いなく天才の仕事だ。
待ち人の実力の一端が分かる。
「マジでナニモンだ、コイツ?」
カイルの一言に込められた尊敬の念。
間違いなく、一つの高みに至った者の業なのだ。ここまでの技量から考えるに、確実に高位の魔術師だろう。だが、ここで二人目の魔術師を投入する意味がよく分からない。前衛二人、魔術師一人に神官一人という、かなりバランスの良いパーティーなのに、そこに人を入れる意味が分からない。
カイルは警戒を示し続ける。
ラトルカのような人間が送られているとも、限らないのだ。警戒するに越したことはない。
「かなりの魔術の使い手なのは確実。そして、私たちはそんな奴が居を構える所に行く。馬鹿げてる」
高位の魔術師の自由度は凄まじい。
どんな罠を張るか、まるで予想出来ないのが凄まじい所だ。手の平の上でどう足掻くか、という勝負になってくる。わざわざ自分を不利な状況に追い込んでいく。正気の沙汰とは思えないが、やるしかない。
「私たちを殺そうとは思わないはずだけど」
希望的観測だが、端から敵対とは気分が悪い。
他の三人が気を立てている分、せめて自分は友好的な態度で臨もうとアイリスはリラックスしていた。適材適所という訳ではないが、一人だけでも反対の事をしている人間が居たほうが対応に困らない。
薄暗く、微かに埃が舞う路地を巡る。
既にかなり歩いているのだが、なかなか辿り着く事が出来そうになかった。
だが、
「ここか?」
長屋の一つ、小さな部屋だ。
ボロく、かなり出来が悪い造りになっていたが、それは見かけだけだと分かる。確実に中が外の法則とは異なる何かによって動いているのだ。
その異質さといったらない。こちらと向こうが違うという感覚と、そんな空間を作り出しているという実力をまざまざと見せつけられて、四人は微かに震える。
「じゃあ、開けるぞ」
だが、危なそうにしているだけで、いつまでも外で手をこまねいている訳にはいかない。
リョウヘイは代表し、カイルと共に後衛二人を守れるように注意を高めるながら扉に手をかける。
そして、恐る恐る開けると、
「!」
驚愕する。
開けてみれば、そこにあるのはただの部屋だったのだ。先程までは異世界と称しても良いほどの違いが存在していたというのに、目の前には広がるのはなんの変哲もないただの部屋。
明らかな異常が、突如として正常に変わる。
間違いなく良いことではない。
だから、リョウヘイと、それに続いて部屋に入っていたカイルは即座に引こうとした。
「良い反応。悪くない」
引こうとした瞬間、真上から声がした。
恐らくはこの部屋の異質さを生み出した主であり、自分たちの待ち人なのだろう。
瞬間感じた寒気と殺気に反応し、リョウヘイは剣を、カイルは槍をそちらへ差し向ける。
しかし、
「うん、良いね」
今度は下から声がした。
上を向き、武器を構えていた二人は対処に確実に間に合わない。
その場から飛び退こうと考え出す瞬間には、既に待ち人の拳は二人の腹に伸びていた。だが、そのまま振り抜き、二人を吹き飛ばす事は出来ずに終わる。
ラトルカの魔術は、待ち人へ向けられた。
杖から生まれた極細の炎の槍は、凄まじい熱を秘めながら、真っ直ぐに待ち人の方へ伸びる。
待ち人は軽々と交わして部屋の奥へと逃げ延びたのだが、速度も威力も申し分ない。待ち人が相手でなければ、確実にその心臓を穿っていただろう。
「や、野蛮過ぎるぞ、いきなり心臓は……」
そして、僅かな隙に二人は体勢を整えた。
部屋の外に居たアイリスとラトルカも突入する。
四人で待ち人を追い詰めるようにし、どんな攻撃も対応、反撃が出来るように構えた。
だが、待ち人にはもう敵意はない。
胡座をかいて、諸手を挙げる所を見るに、もうこれ以上何かをする気がない事を態度で見せている。
ただ一人を除き、未だに警戒をしている三人に向けて、苦笑いと共に待ち人は語った。
「はじめまして、勇者一行。俺が神の使徒で、お前たちの新しい仲間だ」
次の瞬間、リョウヘイたちを押し退けて、後衛のアイリスが待ち人へと駆け寄った。
リョウヘイとカイルが止めようとしたのだが、それより先にアイリスが待ち人の目の前にまで辿り着く。
そして、
「アレン?」
「……そう、良く知ってるな。俺はアレンだ」
アイリスは何よりも早く、アレンを抱き締めた。
これまでの七年の想いが込められた、熱い抱擁だ。それを無言でアレンも受け入れ、アイリスの想いに優しく応える。
アイリスの表情は誰にも窺えない。誰にも見えないように、アレンはリョウヘイたちに対してアイリスが背を向いたままであるように抱き締めている。
微かに聞こえる嗚咽を誤魔化すように、アレンはリョウヘイたちに向けて、
「Aランク冒険者のアレン。『なんでも屋』のアレンだ。これからよろしくな、『勇者』様」
そして、最後にアイリスに向けて、
「久しぶりだ、アイリス……」
「うん……」
しばらく、誰しもが動けなかった。
呆然と二人の再会を見つめていた。
だが、一人だけ、僅かな羨望を瞳に宿して、アレンたちを見続けていた。
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