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83、話をしようか旧友よ


 ヒロベスト王国、王都カマル。

 

 朝日もまだ高くない、寒さの厳しい早朝。

 その日、しんしんと雪が降り積もっていた。

 とても冷たく、寒い日だ。雪は足首ほどの高さにまで既に積もっており、一切が白く染まっている。

 まるで全てを覆い隠すように。

 外からやってくるモノも、中に居るか弱きモノも、全てが白色で見えなくなる。

 まっさらなキャンバスのような白世界。

 何もないようにしか見えないこの空間だった。


 だが、そのヒリついた空気を感じ取った住民は、一体何人居ただろう?


 寒くて冷たくて、けれどもどことなく空気が張り詰めている。

 嵐の前の静けさとは言うが、その静寂はあまりにも騒がしい。

 その白い雪すらも、きっと騒がしい静寂を演出するために天が用意したものなのだろう。

 

 誰にも分からず、厄災はやって来る。

 ゆっくりと静かに、しかし確実に、外から『白』がやって来る。

 その数は二千は下らない。

 一人ひとりが白いフードを被った怪物たちが、少しずつ少しずつ迫ってくる。

 全ては異端を滅ぼすために、全ては全知全能たる神の御心のままに。



 ※※※※※※※



「まさかとは思うが、カマルごと滅ぼすとか言わねぇよな、クソジジイ」



 来たるべきその日。

 クララは開口一番にそれを問うた。

 本来なら事前に説明を受けるものだが、シモンはそんな事をいちいちしない。クララが彼を避けていたというのも理由の一つだが、一番はシモンだからだ。

 あらゆるものが完璧な自己完結の権化に、協力という概念は存在しない。

 そこには利用しかない。

 ただ、その場その場で出る指示に従ってくれればいいと思っている。だから、聞かれるまで本当に何も言う気はなかった。

 クララの存在をその日認知するまで、説明という言葉を忘れていたくらいだった。 


 だが、流石にこれ以上無駄にクララの機嫌を損ねる事はしない。

 噛み付かれるのは面倒だ。

 クララからの好感度など初めから期待していないが、作戦実行に支障をきたすのは憚られる。


 シモンは微笑む。

 人に安心感を抱かせる、優しげな笑みだ。

 そういう技術を使った笑い方だ。

 

 

「しないさ」


「……分かった」



 シモンの深い笑みはクララを不快にさせる。

 やや溜めてから返事をしたが、そこにあるのは明らかな不満だ。

 指揮権を握られるのが相当嫌らしい。

 元から全部一人でやろうとしていた所を、横から掻っ攫われたのだ。嫌いな人間に自分の領域を土足で踏み込まれる不快感といったらない。

 しかし、仕事を投げ出す事はしない。

 不快感も、拒否も、クララはちゃんと消化して、シモンの指示に一応従う。

 とんでもなく反抗的な目をしているが。

 


「じゃあどうする? 白と黒をいちいち見分けるようなメンドクサいことはしないんだろ?」


「おや? まとめて全部滅ぼす気だったか?」


「……必要なら」 



 目を逸らしながら、かなり不快そうに。

 なんなら、その後に思い切り痰でも吐き捨てそうだ。その抑えに抑えた声色は、小さく、不本意そうではあるがシモンの意見に賛成していた。



「必要ならやる。ボクは絶対に大事な所を間違えない。今日もあの都市全員殺す気だった」


「やっぱりいいね、クララは」



 あれだけ抗議していた民間人ごとの殲滅。 

 それと似たような事をするというのに、必要性が絡んだだけで文句の一つもなくなった。

 シモンが買っている部分がここだ。

 あの時の拒否も、正義感で言っているのではない。全ては自身とアイリスのため。そこに抵触さえしなければ、どんな非道も簡単に許容する。

 良い具合に人でなしだ。

 シモンはきちんと人を評価する。

 


「テメェから褒められるなんざ、いきなりゴミ貰ったようなもんだ」


「ふふふ」


「何笑ってんだ、気色悪い」



 笑うシモン。

 冷めているクララ。

 無言のままの白フードたち。


 不気味で仕方がない。

 人間味の少なさならどんな軍隊にも勝てる。

 そして、どんな国にも戦力という意味なら劣らない。たった二人だけで過剰戦力だというのに、そこに取り逃がしを無くすための部隊まである。

 感情があるのはこの場には二人だけ。

 そして、二人の中には紛れもない余裕がある。

 シモンは己の力を何よりも信じているし、クララもシモンさえ居れば負けはないと確信していた。


 その上で、クララは聞く。

 全てを巻き込んで都市ごと異端を殺す、と言われればそうした。何も考えず、目に付いた全員を殺せばそれでいい。

 だが、それ以外の手段を取るというのなら、何か考えがあるのだろう。

 少なくとも、クララには殲滅戦以外でのやり方を思い付かなかった。



「で、どうする?」


「ああ、それか。それなら勝手にやって来る」


「は?」



 怪訝そうに、クララは言葉の意味を探る。

 だが、シモンも非常時に意地悪はしない。

 生徒に対して微笑むように、



「異端たちがサルベを破った理由は分かるか?」


「……戦力確保、生贄確保」


「ほとんど正解だ。だが、お前の悪い所が出てるぞ。一番大切な所が分かっていない」



 首を傾げる。

 サルベは腕っぷしには自信がある者が多い。というか、収容前はそうでなくとも、自然と強くなる。強くならないとすぐに死ぬからだ。

 だから、戦力の増強としては申し分ない。

 堅牢な監獄ではあるが、そこを破るための人材を掻き集め、戦略を練ったのだろう。諸々を計算して、プラスにならなければ動くことはなかったはず。


 それに、生贄。

 間違いなく神を打倒するためのプランがある。

 どんなものかは分からないが、そのプランでは間違いなく、大規模な儀式によって何かをする気なのだろう。

 現状を考えれば、彼らには一発逆転の手が必要なはずだ。

 そのための犠牲は、生贄は絶対に欠かせない。神を倒すとは、そういう規模で行わなければならない。


 その上に何があるのか?

 クララには分からない。それ以外の理由など、表向き凶悪犯を収容するサルベが墜とされた事で、凶悪な囚人たちが開放されたという事件を引き起こし、教会の威信に疵を付ける事だろう。

 悩むクララをシモンは薄く笑う。

 


「お前は実利ばかりだ。事件の裏側にある、人間の心の中を想像出来ていない」


「…………」



 挑発じみていたが、クララはギリギリ相手にはしなかった。

 シモンの言葉の意味を考察する事で、なんとか理性を保っている。

 それと、シモンの言葉を否定出来ないからというのも大きかった。



「サルベを襲ったのは、あそこが人道などクズかごに捨てたような、最低最悪の場所だからだ」


「…………」


「どうした?」


「いや、自覚があったのかと」



 クララも意外だった。

 神こそ第一であるこの男が、神の支配下である地を罵るなど思わなかったのだ。正直、クララはサルベで行われている事を、シモンは諸手を挙げて賛同していると思っていた。

 だが、シモンは小さく首を振る。



「私とて心が痛むよ」


「それは嘘だね」


「そんなに強く否定しなくても」



 クララはほとんど怒鳴るように言う。

 それだけ違うという事を訴えたかったのだろう。血も涙もない化け物が、まるで自分は人間だとでも言っているようだ。

 シモンが自分と同類とは質の悪い冗談だ。

 


「でもね、アレを知っているからこそ彼らは動いたんだよ」


「根拠は?」


「襲撃の日、死んだ囚人は本物の重犯罪者しか居なかった。正真正銘の外道しか死んでない。それ以外はことごとく生きてたよ。きっと、丁寧に大切に守ってたんだろうね」



 良く調べている。

 クララは興味がないし、意味もないから放っていた事を、シモンはちゃんと確認していた。

 というか、彼はクララが気にしない事を見越していたのだろう。何もかもがシモンの掌の上という、クララには少々胸クソ悪い真実だった。

 


「…………」


「あと、神いわく頭目はルル族らしいからね。神のやり方を、私のやる事を否定するために人々を解放する、とか()()()()()だろう?」


「性格悪……」



 にこやかに言い放つそれを、頭目とやらが聞けば怒り狂うのではないだろうか?

 分かったような気になって言っているように見えるが、おそらく本当に合っているのだろうから腹が立つ。

 それに、クララには復讐に燃えている被害者たちの事は本当によく分かるのだ。もしも間違いが、神がクララを手放す決断をするのなら、クララはきっと何万年でもかけて神を殺すだろう。

 努力だけは理解出来る。

 一族郎党皆殺しにされて、黙っていられる方がどうかしているだろう。

 


「哀れだよねぇ?」



 シモンの、馬鹿にするような一言。

 心情的には、クララは多少庇ってやりたい。しかし、シモンの言葉を肯定する心があるのも確かだ。

 哀れで仕方がない。

 その努力が無駄で無意味で、その上無為だとクララは良く知っている。

 残念そうに、クララは瞳を閉じる。まだ見ぬ敵へ最大限の同情を送りながらも、その意思に一切の容赦はない。



「それで、これから具体的にどうする?」


「それはね、こうするんだ」



 シモンの魔力が活性化する。

 どこか遠い場所から、シモンに、シモンの分身に大量の魔力が送り込まれている。

 出どころは間違いなく北の戦線。

 ヒロベストから比較的距離は近いために、シモンの気配を強く感じた。世界最強の人間の、強大なエネルギー。

 その道の先に居る彼に震えを抑えられない。



「…………」



 すると、クララにとっては予想通りの出来事が起きた。

 真っ白だった大地が盛り上がる。白に敷かれていた、膨大な茶色がクララたちの目の前に浮かび上がる。

 凄まじい技工だ。

 大量の土を操っているというのに、魔力に一切のムラがない。初歩的な魔術の繰り返しだというのに、その腕はまごう事なく超一級だ。まるで生きているかのように動く土を眺めている内に、地下に向けた階段が出来上がった。

 


「大規模な儀式だろうね」


「触媒や陣、必要な物が大量だ。しかも囚人たちを匿う場所なんて、街なかに用意出来る訳がない」



 当たり前だが場所は要る。

 誰がどんな事をするにしても、空間は絶対に必要だ。そして、使用する空間の規模は為そうとする事の規模によるだろう。

 今回の場合で言えば、どれだけあっても足りるという事はまず無いはずだ。

 

 二人は階段を下っていく。

 どんどん暗くなるはずだが、クララは火の魔術で灯火を付けた。

 すると、出来の悪い廊下が出来上がる。

 ただでさえ気温の低い土地だが、地下とあってかなり冷え込んだように思える。雪がかからなくはなったが、寒いということに変わりはない。

 だが、寒さに震えるまともな人間は居ない。

 淡々と進み続ける。



「それにしても、隠蔽が甘かったね。かなり上位の魔術を使ってはいたけど、人を集め過ぎだ。私たちでなければ気付かなかっただろうが、気配が漏れていた」


「…………」


「まあ、仕方がない。八千といった所か? 私たちをこれで止められると、」


『思ってはいないさ』 



 突如、クララとシモンの脳内に声が響く。

 しわがれた老人の声。

 そして、あらん限りの憎悪がこめられた悍ましい怨念の声でもある。

 その憎悪の一切を向けられたシモンも、老人にはまるで目を向けられていないクララにも分かる。

 コレは怨そのものだ。

 あらゆる怨念を凝縮し、煮え固めてから、さらに怨念で煮詰めたような負の感情。クララには、少なくとも化け物以外の表現が思い付かなかった。


 コレは埒外の存在だ。

 神の盤を整備する者として、こんなものを絶対に許してはおけない。

 存在そのものが罪だ。

 触れるだけでも他を蝕むその瘴気が、老人の害悪を物語っていた。



『シモン。シモンシモンシモンシモンシモンシモンシモンシモンシモンシモンシモンシモンシモンシモンシモン! その名を忘れた事はない! その姿を忘れた事はない! 我は貴様を弑するために、神を打倒するためだけに、この千年を生きてきた! 貴様を貴様を貴様を!』


「クララ。彼の相手は私のようだ」


 

 クララは頷く。

 自分では意味がない。コレの相手を自分が務めようとした所で、すぐにシモンの元へと飛びついていくだろう。

 シモンにしか出来ない。

 あわよくば相打ちにならないか、という淡い希望は胸にしまって、クララは全てをシモンに任せる。

 本当なら全て自分でやってしまいたいのだが、この先にはクララにしか出来ない事もある。


 シモンを置いて、クララは走った。

 後ろからは『信仰部隊』たちがゾロゾロと続く。

 異様なのは、全員が静かすぎることだ。足音一つ立つことなく、教会の手先たちは下へ下へと進んでいった。

 地下に入った事で、隠蔽の効果が薄れてきている。そこに集まる魔力を考えれば、きっとヒロベストを滅ぼす事が出来るだろう。その影響は北の戦線にまで出るかもしれない。

 確実にここで止めなければならない。

 クララは柄にもなく、気をはやらせていた。


 走る。

 謎の焦りと緊張と共に。

 だが、その奇妙な感覚もそう長くは続かない。



「クララ」



 呼び止められる。

 真正面から。

 聞き慣れた知り合いの声で。



「…………」



 クララは自然と、足を止めた。

 それに伴って、後ろを続いていた『信仰部隊』たちも止まる。

 クララの目の前には一人の男が立っていた。



「フィリップさん、選択を間違えましたね」


「違うね。僕はこれ以上の正解はないと思っているよ。僕は君を解放したい」



 クララは手を前へ向けた。

 すると、白フードたちはゾロゾロとフィリップを無視して先へ進んで行く。フィリップも、クララ以外の事を一切無視して、ただ佇んでいた。

 両雄は静かに、けれども確実に力を高ぶらせている。かつてないほどの臨戦態勢に入っていた。

 少しでもおかしな動きを見せれば、目の前の敵の出鼻をくじけるように。

 その集中は深く深く研ぎ澄まされる。

 フィリップにもクララにも、死角はない。



「話をしよう」



 フィリップはそう告げた。

 クララは、静かにそれに応じた。

 

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