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81、会話

遅れやした。

すんません。


「だああああ! クソがあああ!」



 真夜中、クララの叫びが響く。

 これでもかと純度百パーセントの悔しさを詰め込んだ咆哮。どうにもならない現実へのストレスを発散させるにはとても原始的で、効果的で、幼稚な行動だ。

 高速で森を駆けながら、木々に声をぶつける。

 常に冷静を心掛け、あまりその心掛けを達成出来ていないクララだが、こうまであからさまなのは珍しい。

 何をここまで憤っているのか?

 まあ、それはクララの叫びを聞けば明らかだ。

 

 

「あんのジジイいいぃぃいい! ボクを顎で使いやがってええぇえええ!」



 フィリップが逃げたあの後、クララたちが居た街は滅んでしまった。

 理由としては、クララの目論見の延長。

 街に留まり続けてはマズイ、と異端たちに思わせるためだ。そのためにシモンは全てをお構いなしに殺した。老若男女関係なく、あの街に居た人間は生き残りゼロだ。クララが戻った時には既に焦土と化しており、ありふれた景色は全て死んだ後だった。

 この話はすぐに広がるだろう。

 一般人の間では異端が暴動を起こしたと広がるだろうが、異端の中ではそうはいかない。仲間たちが犯人ではないと気付くだろうし、それが異端審問官の仕業と見抜くだろう。

 そして、きっと彼らは大急ぎでヒロベストに向かうはずだ。異端を殺すために街ごと滅ぼすようなイカれた異端審問官から逃げるために。

 シモンはクララの案を採用したのだ。

 その上でより苛烈に、より残虐に改造した。

 それによって、クララの案にはなかった凄まじい効果と、まったく釣り合わない犠牲が生まれた。

 

 クララはシモンに否は言えない。

 その作戦を止めさせることも、シモンの命令を拒否する力もないのだ。

 だから、中央付近に戻り、逃げたであろう近くの囚人たちを殺すという命令にしっかり従っていた。シモンの方が強くて、優秀で、異端審問官として誰よりも正しく在るから。

 あの枯れ木のような老人にとって、遍く全てが異端を殺すための道具なのだろう。

 そこには関係ない民衆、おぞましき『信仰部隊』や他の異端審問官、クララやアレンも含まれる。

 



「うらあああああ!」



 だから、叫ばずにはいられない。

 この感情に堰をするなど出来ない。


 本来、夜の森は静かに過ごすものだ。

 眠るから黙る、という簡単な事ではなく、魔物が寄って来ないようにするため。常識で考えれば、そんな馬鹿な事をしてはいけないと誰でも分かる。

 しかも、クララの目的は異端を探しだ。森に隠れる異端が声に気付いて姿をくらます可能性は高すぎる。

 あらゆる面から見て、幼稚な愚行。

 だが、クララにとっては、ハンデにしても軽すぎるくらいだ。



「しぃねええぇえええ!」


「!」「なっ!」



 その声に反応した瞬間には、異端たちの首は落ちていた。

 子どもの癇癪のように大振りで適当な攻撃だが、柄で『切る』ほどには速く、技がある。

 皮、筋肉、骨が完璧に断たれて、二人の異端は死んだ。他にも三組ほど見つけたが、同じように殺している。かなり数が少ないが、討ち漏らしは考えなくても良い。

 今回は手駒が居るのだ。

 

 クララはゆっくりと振り返る。

 ここは深い森の中であり、人などまず見ない場所だ。しかも、生物の気配はしない。クララの五感でも周囲には自分以外に何も居ないと告げている。

 だが、気持ち悪さに肌が粟立つ。

 ありったけの嫌悪を込めた鋭い目で、ソレをギロリと睨んでいる。



「…………」



 白いフードを被った、人型が居た。

 服を着ているし、明らかに人間だというのに、つい人型と表現してしまうナニカを含んだ何かだ。

 シモンほどではないが、本当にそこに居るのか不安に思えるほど気配が希薄な何者か。シモンのそれは純然たる彼の技量によって薄まっているが、コレはそもそも生きている気配がしない。

 クララには許容出来ない気味の悪さだ。

 この『信仰部隊』は、本当に生理的に受け付ける事が出来ない。



「なんだ? 文句でもあるのか?」


「…………」



 彼らにものを語る機能はない。

 ただ淡々と、与えられた命令に従うだけだ。

 目の前にこうして佇んでいるのも、何か命令の更新がないかを待っているだけだろう。機械にしては思考が柔軟すぎるし、忠犬にしては存在が機械的すぎる。

 

 クララは必要以上に近付かない。

 近付けば気持ち悪すぎて、反射的にソレを壊してしまいそうだったから。

 可能な限り冷めた目で、冷めた声で、

 


「行け」


「…………」



 元より気配の薄い『信仰部隊』だ。

 目立つ白フードをしているが、それも闇夜に紛れて見えなくなった。

 五感ではもう探れない。

 第六感、なんとなくで居なくなったと判断してから、クララは大きく息を吐いた。



「あんのジジイ……」



 クララは『信仰部隊』が嫌いだ。

 使いたくないどころか、半径一キロ以内に近付かないでほしいと心から願っている。

 クララともう一人以外の異端審問官は全員使っているが、これまで自分には関係ないで押し通してきた。

 だが今回、シモンは使えと命令した。

 彼は昔はルシエラと共にクララ、アレンを指導した鬼教官だ。刻み込んだ、トラウマと称せる苦痛の記憶を出汁にして、クララとアレンに無理矢理指示を通させる。

 暴力に屈してドブ水を飲まされるようなものだ。



(いつか絶対に殺す)

 

 

 実力的にはまだ及ばないが、二百年以内には超えるつもりでいる。

 というか、シモンもクララも、同じ見立てだ。

 二人の間にある差は、圧倒的な技術。肉体のスペックと内包し、引き出せるエネルギーにそこまでの差はない。

 クララも、その特別な身体能力を抜きにしても、体術だけで大抵の敵には勝てる。だが、その程度ではシモンの足元にも及ばない。

 憎らしくて、殺したいほど嫌いだ。

 今すぐに殺す方法が無いわけではないが、その状況まで持っていくのが本当に難しい。

 

 クララはシモン殺害を想像するしかない。

 そして、想像の中でもシモンを殺すのは、クララにとって結構楽しい事だ。

 異端を探しながら妄想にふける。

 実現するにはアレンを誘うしかなく、そのアレンが乗り気ではなかったのが残念でしかたない。アレンさえその気なら、二人がかりでシモンを殺せるだろうに。

 そこで、どうやってアレンを口説き落とすかを、クララは何とか考出そうとして、



「…………?」



 また、感じた。

 外部から来る干渉。

 少し前に感じた、アレンによるものだ。

 

 これは、



「またか」



 またもや『伝心』の魔術。

 何かしらの連絡だろう。

 ちょうど彼の事を考えていた所に、向こうから声をかけてきた。偶々だが、なかなか良いタイミングだった。



『……クララ?』


「やあ、アレン。今からこっち来い。そんであのクソジジイ一緒に殺そう」


『するわけ無いだろ!』



 半分本気、半分そうなったらいいな、で言ったのだが、乗ってくれないらしい。

 というか、クソジジイを殺すで通じて察するあたり、少なからずクララと同じ事を思っているのでは、という疑問が湧いてくる。

 


「それで、今日はどうした? ちなみに、ボクは今あんまり機嫌が良くないから、しょうもない事だったら切る」


『あのジ、シモンさんに何されたんだよ?』



 アレンは呆れたように言う。

 クララと他の異端審問官との折り合いの悪さは元から分かっている。察しの良いアレンだが、どんな事でも火種になるから察しきれるはずもない。

 


「……あのジジイが『信仰部隊』使うって」


『お前、アイツ等のこと嫌いだよなあ』



 クララの拒絶に、アレンは苦笑い気味だ。

 心から嫌いな相手には関わりたくもないという、どこか子供じみた訴えにも聞こえた。

 だが、気持ちは分かる。

 ロクでもないものとは知っているし、まともな人生を送りたいなら関わる事もオススメ出来ない。

 


『お前の事だ。シモンさんに指揮を覚えろ、とか言われたんだろ?』


「……よく分かるね」


『お前は期待されてるからな』



 シモンの期待など願い下げだと言わんばかりに、クララは嫌がる。

 まあ当然のことで、嫌いな奴から評価を受けても嬉しくないだろう。

 アレンはわざわざ言葉にしたがる。

 察して、流すことも出来たろう。

 クララからすれば、この場面では正直言ってあまり嬉しい事ではない。



「アレンのそういう所嫌い」


『はっ、お前からしたら、「信仰部隊」を使う奴なんて嫌いの対象だろう? いまさらだね』



 不貞腐れたようにアレンは言う。

 だが、クララは不思議そうに、



「いや、なんでそうなんのさ?」


『?』


「ボクはアレンの事は好きだよ。嫌いなのは『信仰部隊』と他の奴らだ」



 通信の術式が一瞬乱れた。

 何故かクララが知る由もないが、らしくもないミスだった。アレンの魔術はクララよりも上手い。そしてそれは、一般で言う所の超上位の魔術師である事を指している。



『ま、まあ、良い。お前もアイツ等の事をあんまり嫌うな。道具は道具だ。人間、ナイフやらを嫌う道理はない』


「……アイツ等は気持ち悪いんだ」



 クララはクララの価値観がある。

 人とは違う歪んだものでも、嫌って遠ざけようとするのには理由なしにはあり得ない。

 クララはトーンを落とした声で、



「アレは生きてない。なのに、生きてる。気味が悪いなんてもんじゃない。アレは生に対する冒涜だ。ボクがアレを否定しなくなるのは死んだ後に無に帰る時だけだね」


『…………』



 理解など出来ようもない。

 話を合わすだけで一度常識をリセットしなければならない。だが、こういうこだわりだけは本当に凄まじい。適当に返せば、あっという間に機嫌を損ねる。

 アレンはクララと話がしたいのだ。

 だから、ちゃんとクララに理解を示す。



『でも、今回は使うんだろ?』

 

「……まあね」



 クララは特別扱いを許されている。

 彼女が『信仰部隊』を使いたくないと言えば、神はそれを二つ返事で許してしまう。そうされるだけの能力と、特殊性があるのだ。

 しかし、それは神の敵を殺すという大前提をきちんとこなすからこそだ。

 それにクララは、元より異端を一人残さず殺すつもりで動いている。心情的にも、同情こそすれど容赦など一欠片すらありはしない。

 殺す事に躊躇いはなく、むしろやる気はある。

 殺す者の命よりも、殺した理由の方が大切なだけだ。そして、その理由はクララの意志よりも尊重される。



「はあ……。やる気ねぇえええ……」


『だろうな』



 面倒臭そうだ。

 溜息を吐いている姿を、アレンは通話越しに見えた。アレンは見えないクララを優しく見つめる。

 それから、



『あとな、アイリスの事だ』


「…………」



 空気が変わる。

 一気に冷たくなるのを感じた。

 弛緩した雰囲気だったが、アレンはすぐに冷徹なクララを感じて気を引き締めた。



『今俺たちは南の戦線に居る。それでちょっとハプニングがあってな』


「……分かった。()()()



 アレンの行動は早かった。

 他者に直接繋がる魔術を発動する時、その術者と対象の間でパスが出来る。そのパスは基本、術者が対象に逆に影響を及ぼされないように、支配権は術者が握るものだ。

 だが、アレンはそれを明け渡した。

 よほどの実力差があるか、今のように意図してしか起きない現象だ。そして、意図的な方に関しては、無意識的に作り出している抵抗をゼロにしなければならない。

 どちらにせよ、かなりの実力者が関わらなければ起こらない。

 

 クララはそれを利用して、すぐに術を遠隔で起動する。

 南の戦線は毒と呪いの温床地。

 するべき事は分かっている。

 アレンはクララよりも魔術については上だが、クララはアレンよりも神聖術に長けている。


 対象が誰か、クララには分からない。

 しかし、その対象の毒と呪いを丁寧に、確実に取り除いていった。



『すげえな、北と南だぞ?』


「出来るよこの程度なら。でも、君が居ながらなんてザマだ。あと三時間遅れてたら死んでたよ?」



 アレンは申し訳無さそうにしている。

 術式のパスの影響で分かった。

 これ以上言う必要がないためにクララは苦言を呈さないが、本当に気を付けて欲しいのが本音だった。

 勇者一行の誰が死のうが知ったことではないが、アイリスの肉壁が減るのは問題だ。まだあと戦線は、南を除けば二つも残っている。流石に脱落は早すぎる。

 そして、クララは言及はしないが、これがアイリスならば論外も論外。

 クララが誰がやられたのか聞かないのは、もしもアイリスなら今からでも南の戦線を潰しに行くからだ。



「次はない」


『分かってるよ』



 アレンは何でも察してしまう。

 クララも同じく、意外に気が利く。



「……アレン」


『なんだ?』


「いや、やっぱりなんでもない」



 少しだけ、話をしてみたかった。

 あのフィリップが異端になったと聞いたら、どんな反応をするのだろうかと興味があった。

 誰かに話して、話してからクララの考えを吐露してみたくもあった。

 だが、止めた。

 しても意味のないことだったから。



「おやすみ」


『……ああ、おやすみ』



 お互いの気遣いが痛かった。

 どこか気まずいまま、通話は終わる。



「あ〜あ、フィリップさん、何してんのかな?」



 心から気になった。

 宿敵となった知人を思って、ただ夜に一人で言葉にならない何かを募らせた。

 

面白ければブクマ登録お願いします。

下の☆を埋めてくれると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 二人のやり取り面白いなww [気になる点] アレンとアイリス側の話も気になりますね。
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