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79、滅びて死ぬ

 

「どういうことも何も、あのまま放っておけば私の剣が彼の首を飛ばしていたと思うんだけど?」


「耄碌してんのか、ジジイ? それなら事前に伝えるなり、『伝心』で作戦教えるなりしろ。あんなタイミングでいきなり入って来られたら誰でも新手を疑うわ」



 明らかな妨害だ。

 フィリップという異端を狩ろうとしていたのに、横からあんな事をされれば反応するに決まっている。一番良いのはクララの言葉の通りだ。

 チームワークなど元より皆無な異端審問官だが、人が戦っている所に急に割って入るのは危険だ。


 なら、一体何が目的か?

 考えるまでもない。

 邪魔をする、という明確な行動を起こしたのだ。



「やっぱり、異端審問官の役割を耄碌しすぎて忘れたか? 目の前に異端が居る。それを殺す。それだけの仕事だろう」



 クララはシモンを射殺さんばかりの鋭さで睨む。

 いや、射殺さなくても、下手をすればそのメイスを振り降ろして叩き殺すつもりだろう。

 クララなら、味方だろうがやる。

 異端を味方する者は異端だ。その相手が異端審問官の筆頭だとしても、クララのやる事は変わらない。

 どんな意図があったとしても、



「お前こそ、良いのか?」


「あ?」


「お前はもっと賢いはずだ」



 臨戦態勢に入っていたクララだが、シモンの言葉に毒気を抜かれる。

 何かを訴えようとしているのは分かる。

 意図があり、そこにはシモンなりの理があるのだろう。だが、この状況で考えられる余裕はない。

 シモンが目の前に居る。

 分身だろうが何だろうが、世界最強の生命体が目の前に居る。

 ただそれだけでクララの意識はそちらへ割かざるを得ない。他の何かへの注意などかなぐり捨てなければいけないほど、シモンという男は危険だった。


 怯えて震える猫のように慎重に、火を吹き暴れる龍のように苛烈に。

 クララは大きく身構える。

 シモンの指先にまで注意し、少しでも動けばいつでも襲いかかれるように。


 

「クララ。君の中身の強さは大したものだ。忍耐力、集中力は本当に人並み外れている」


「ジジイ、イカれたか?」


「でも、まだ青い。何でも一人でしようとする所など、特にな。お前は強いが、ちゃんと使えるものは使わなければ」


「……テメェ、まさか!」



 クララはシモンの言葉で悟る。

 シモンの意図の全てを理解した訳ではないが、その一部は分からされた。

 

 クララの感知能力はかなり高い。

 先の囚人探しの時もそうだが、魔術の痕跡なども、大抵は何となくで気付いてしまう。並の魔術師の隠蔽程度なら、特に気を張っていなくても勝手に分かる。

 元々あったものを、ルシエラによってさらに磨きをかけられたのだ。限界を超えて才覚を引き伸ばさせる教育方針は、通常なら精神を壊すほどの負荷を与えてきた。

 そうして得た優れた感覚を有しているからこそ、クララは魔術師としても、戦士としても、神官としても超一流なのだ。

 

 だから、分かる。

 街をグルリと取り囲むように、世界最高に胸クソ悪い()()が居ると分かる。

 異端審問官の下部組織であり、世界最高の軍隊である()()をシモンが使ったのだと分かる。

 


「シモン……!」


「おや、久しぶりだね? 君が私の名前を呼んでくれるのは」


「お前何をする気だ!?」



 いや、分かっている。

 シモンがクララのやりたい事を分からないはずがなく、クララも察されていると分かっている。

 クララとシモンの大きな違いは、経験だ。

 異端審問官としてより冷徹に、より多くを殺してきたのがシモン。

 クララが無意識的に存在する、ほんの小さなタガ。人間として必ずある、同族殺しへの抵抗感。自分の意志でオンオフ出来るクララと違って、シモンはそれが完全に壊れている。



「シモン!」


「君も異端審問官だろう? 何を躊躇う?」


「お前と一緒にするな!」



 シモンの判断は効果がある。

 だが、それだけだ。

 クララの考えよりも高い利益が見られるが、あまりにも負が多すぎる。あまりにも価値が無さすぎる。

 クララは外道だという自覚があるし、埒外の化け物に成ったという認識もある。

 だが、()()になった覚えはない。

 無関係な人間も殺し尽くす、正真正銘本物の人でなしの化け物にまで墜ちたつもりはない。



「甘いよ」


「クソが!」



 その部隊の命令権はシモンに一任されている。なら、シモンをすぐに殺せば動きを停止する。

 というのは、シモンも分かっている事だ。

 だから、クララの奇襲は予想通り。

 クララが一歩目を踏むよりも先にシモンの方から距離を詰め、メイスを振る間合いを潰した。それだけでなく、クララの心臓に剣を付き立てる。

 ゴボゴボと血が漏れ出るが、クララにはまったく問題がない。

 そのまま足を振り抜いて、シモンを吹き飛ばそうとするが、そこに彼の体は無かった。遥か後方、クララの足の届かない場所に引いていた。

 心臓の穴も瞬時に再生する。

 首をハネても効果がない彼女に、心臓の一突き程度など効くはずがない。

 

 シモンはクララの攻撃を上手く避けた。

 だが、次はこうはいかない。

 分身の強さの再現率は分からないが、感じる魔力や神聖力は比べるべくもない。本体と戦うなら出来ないが、エネルギー量のゴリ押しですり潰すことは出来る。

 右足を大きく下げ、屋根をギリギリと壊していく。そこにどれだけの力が溜められているのかは分からない。

 瞬きもしない内に力は爆発し、矢のようにシモンに向かって弾かれ、



「『止めなさい、クララ』」

 

「!」



 力が霧散する。

 これまで集めていた神聖力も、高めていた魔力も嘘のように小さくなった。

 異常事態だが、クララは取り乱さない。

 これは、シモンの言葉がトリガーになった攻撃。

 魔術は詠唱、言葉によってイメージを固め、強い魔術を発動する。だが、これは普通の魔術とは体系が異なっている、亜種の魔術だ。

 言葉そのものが魔術であり、武器。

 未知の技術によるもの。


 しかし、



「この程度の足止めで……!」


「そうだ。君ならすぐに弾いてしまう」



 魔力を用いた捌き。

 かけられた術式を解体し、影響を無効化する。

 クララなら、体内の魔術を理解した瞬間に解く事が可能だ。だが、シモンを前にその一瞬は大きすぎる。


 次の瞬間だ。

 ほんの一瞬の、瞬きの間。

 クララの首に一本の線が出来た。


 そして、そのままクララの頭をグイと手繰り寄せ、果実をもぎ取るように胴と首を完全に離した。

 


「ジジイ……!」


「やはり素晴らしいな」



 だが、クララは死んでいない。

 生首のままシモンを睨み、確かにその口から怨念のこもった言葉を吐いた。

 それだけでは終わらない。

 クララの別れたはずの肉体は、自身の頭を握っているのだ。無造作に、そして無機質に、クララは人間らしからぬ悍ましい動きを見せつけた。



「チッ!」


「いやあ、何度見てもおかしいね」



 シモンはクララの首を離す。

 力比べに持ち込まれれば勝てないと、瞬時に判断しての事だ。


 解放されたクララの左手は首を元の位置に戻して、右手のメイスを持ち替えてから振るう。

 だが、やはりシモンには届かない。

 紙一重で避けられ、一歩届かない。

 技という分野において、シモンは全てが突き抜けている。未来を予知しているのではないか、と思うほど、全ての対処が完璧以上。どんな攻撃、どんな防御、どんな魔術も関係なく、シモンの前では全てが同じ。

 あらゆる術理と、その攻略法を体現している。


 シモンはのんびりとクララを見た。

 主に、切り裂いた首。既に繋がり、致命傷になり得なかった必死の傷。

 一応切り傷は炎の魔術で焼き切りながら、不可逆の魔術を刻み込んだ。焼き潰れ、さらには魔術的に傷が治らないようにしたにも関わらず、クララの首は元通りだ。

 クララの剣幕は完全に無視する。

 興味深く観察しながら、冷静に、クララにとっては人を馬鹿にしたように言う。



「首を切り、離せば人は死ぬ。それは、私もルシエラも変わらない。だというのに、お前は何故死なない? 神聖術の扱い方が頭一つ抜けている」



 あらゆる術理を解するシモン。

 だが、クララの神聖術の使い方だけは真似する事が出来なかった。

 だから、その観察のために動いたのだが、そのために首を切られるクララからすれば本当にたまらない。

 ギリギリと歯ぎしりしながら、クララはありったけの怨念を込めて、



「そんな事はどうでもいい……。どういうつもりかって、聞いてるんだよ……!」


「ふぅむ、もういいか」



 チラと別の方向を見る。

 クララもそちらを釣られて向いたが、そこには何も、誰も無かった。

 そしてようやく思い出す。

 もう一人居たはずの彼が居ない、と。



「…………」


「逃げられたな」



 口をパクパクと開閉するクララと、さほど残念そうではないシモン。

 クララが驚いている通り、彼女には気付けなかった。確かにシモン相手に集中していた。そうしないといけない相手であったし、そこはクララの落ち度だ。

 だが、シモンは気付いていたはずだ。

 彼の感知能力はクララよりも遥かに優れている。

 その彼が、見逃したのだ。

 ほぼ間違いなく、意図的に。



「どういう事だ?」


「? 分かるだろう? 彼は餌だ。彼の痕跡を追えれば、どこかにある本拠地に辿り着ける」



 クララは不満そうな顔を浮かべる。

 殺そうとした獲物を横取りされた事が心から納得いかなそうだ。

 シモンは見透かしたように言う。



「君らしくない。何であれ、これは殺しだ。殺しに意味を求めないのが君の信条なのでは?」


「…………」


「おかしいね? なぜ君はそこまでして、彼を殺そうとするんだい? 何か思い入れ……嗚呼、顔見知りか?」

 


 クララは否定しない。

 否定したところで見抜かれるのは分かっている。

 無駄な努力も、無駄な足掻きも、クララはしない。不機嫌そうにシモンの事を睨むだけだ。

 シモンは反抗的なクララを笑う。

 見せかけだけの否定を叩き付けて、その心根は何よりも柔順なクララがおかしくて仕方がないかのように。



「なるほど。君の気持ちはよく分かるよ」


「…………」


「早いうちに殺した方が鈍らない」



 シモンはクララの全てを見通す。

 読心の魔術はあるが、そんなものは必要ない。

 これまで積み重ねた人生観と、クララと連れ添った時間さえあれば簡単に予想は出来た。

 クララの根底は歪んでいる。

 歪んはでいるが、実は決して邪悪ではない。

 


「君は異端審問官に向いてるよ。知り合いだろうが、殺す事自体に躊躇いはない。ないように、自分をコントロール出来る」


「…………」


「でも、殺す事に重きを置き過ぎてる」



 殺しは人生の一部だ。

 人間を殺した程度で一々反応しない。

 幾万という屍の上に冷徹な表情のまま佇む怪物は、クララに冷たく語りかける。

 クララの額から冷や汗が流れた。

 


「お前、『信仰部隊』を使って何する気だ?」


「察しは付いてるのに、わざわざ言葉に直すのかい? 君と同じ事をするのさ」



 同じ事。

 異端たちの仲間を殺し、彼ら彼女らの背中を突く。ここは危険だ、仲間たちが集まる所にまで逃げなければ、と思わせる事が出来れば万々歳。

 より多くを一箇所に集める。

 集めてから、敵が企てているだろう何かしらの作戦を全て捻じ伏せて、まとめて殺す。

 一人でやるには、バラバラに散った敵を殺し続けるのはとても効率が悪い。だから、一度の大仕事で全てを終わらせるつもりだった。

 しかし、



「関係ない人間を巻き込み過ぎだ! いくら異端審問官でもそれは、」


「問題ない。それに、君の我儘に付き合うほど神の意向は軽くはないんだよ?」



 恐ろしい。悍ましい。

 異端を殺すためなら何でもする、まさしく異端審問官の名を体現したかのような男だ。

 シモンは、クララの心の奥底を覗き込む。

 隠していることを丸裸にするから、クララはシモンの事が心から嫌いなのだ。



「君は『聖女』に入れ込み過ぎだ」


「――――――――――――」







「『聖女』の友である君が何をしても、彼女にはあまり影響はないと思うがね?」



 

 心臓を直で掴まれた気がした。


 クララは、

 クララは、

 クララは、

 クララは、



 何も言えなかった。



「そこで黙るのが、君の美徳だね」



 シモンはクララの肩に手を置いた。

 その時、クララはビクリと身を震わせる。

 何故かシモンの顔を見ることが出来ず、ただ足元の崩れかけの屋根を見るしかない。

 刻み込まれた恐怖は決して変わらない。

 クララは何より、死に対して敏感だった。



「私のやり方は間違ってない」



 次の瞬間、クララの視界が切り替わった。

 下は白い屋根だったというのに、今は茶色い土の上だ。しかも、辺りは家の代わりに緑の木々が生えていた。

 クララには分かる。

 一呼吸の間に行われたのは『転移』の魔術。

 あの複雑な術式を、クララに発動の瞬間を掴ませないほど速く行った。

 

 仮に全力で戦えばどうだったろうか?

 それは、間違いなく勝てる。

 いくらシモンでも、全力のクララを相手に分身では勝てない。クララがシモンに翻弄されていたようには見えたが、クララは全ての力を出し尽くした訳ではない。

 それをすれば、あの街全てが滅んだからだ。


 あとは、シモンが怖かった。

 恐ろしくて、一瞬体が固まった。

 すぐに動けたはずだが、その一瞬の隙に『転移』で飛ばされたのだ。



「……クソが」



 クララは悔しそうに吐き捨てる。

 心から悔しそうに、苦しそうに。



 

 この日、一つの街が教会によって滅んだ。

 表向きは異端の手によって。

 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] いや首だけで発声するのはおかしいやろとか、首つながってないのにどうやって体が動いてるんだとか化けもの過ぎる。
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