76、選択ミス
あらゆる場面、あらゆる組織には、密偵の部隊が存在している。
当たり前の事だが、それは情報をコントロールするためだ。情報戦で負ければやられたい放題、逆に勝てば敵はまな板の上の鯉になる。特に、弱小が強豪に挑んで勝つ気ならば、きっと情報を必死になって集める事だろう。
だから、フィリップが所属する組織はソレに強く力を入れている。
習慣、行事、戦力など何から何まで、一切を長い年月をかけて調査し尽くした。
教会内部に異端は入れない。ほんの少し前にその常識を覆す存在が現れたが、既に彼女は死んでいるために数えない。
異端が入り込めば、確実に神に察知されて殺されるか、最悪はサルベ送りだ。少なくとも、その組織が教会内部潜入に成功した事例は、過去千年のどこを探してもない。
そんなハンデを背負いながらも、人を集め、統率して、教会を知ろうと努力し続けた。
狂気的に教会を調べ続けた。
浮かぶのは怨念の二文字。
無念を晴らさんとする、一個人の恨み。
敵を倒すため、慎重に慎重に事を運ぶ。
神を倒さねばならない。
あのような邪悪が人を統治など、決してあってはならない。どんな犠牲を払ったとしても、あの神威を除かなければならない。
そのための千年で、そのための人員。
繋がれた想いは子々孫々にすら渡り、ここまで曇る事なく続いてきた。
神を打倒するには戦力が要る。
そして、先ずは盾であり矛である、彼の尖兵たちを倒さねばならない。
神の使徒たる異端審問官たちの存在。
『武天』デドレイト・カーネバルトは動く要塞。その肉体は堅牢そのもの。両の拳は巨砲の如く、一度振るえば地を割る。
『大聖堂』リリーロクス・ガーレイは大災害。彼女が暴れた地は何も残らず、最悪国一つが一瞬で、たった一言で滅び去る。
『法王』ルシエラ・カルトリーラは大図書館。頭の中に保有する術の数、奥深さは千年かけても全てを知れない。一人で数万の魔術師、神官の役割を担える規格外。
『神騎士』シモンは、化け物だ。神に最も近い一個の生命体だ。
化け物揃いの異端審問官。
だが、最近二人入ったらしい。
一人は『超人』で、一人は『万能』。どんな手合かはまったく分からず、その情報は執拗に潰されている。
外見すら分からない新人たち。
新人だからと油断する者は居ない。異端審問官に選ばれた実力、情報をひた隠す狡猾さ、厄介さは警戒に値する。
二人の内どちらかか、はたまた両方かは分からない。何にせよ、神の使徒は殺す。どれだけ邪魔をしてきたとしても、計画は完遂する。
数年前にようやく完成した計画だ。
組織内でも、神を殺せると誰もが期待している。
負ければ何もかも終わりのオールイン。
千年の復讐に終止符を打つ時が来た。
※※※※※※※
ヒロベストで会う。
その予定と言葉を違えて、ケビンはフィリップと顔を合わせていた。
真剣な表情のままの彼らが言うのは、明らかな異常事態が起こったからだ。
組織の幹部であるケビンとフィリップの話し合い。それだけ事の緊急性が高いということ。
ケビンは硬い声色で、
「数が多すぎる」
「数が、ですか?」
何の数か? どういうことか?
結論から口にするには、過程が飛びすぎた。ケビンの思考にフィリップが追い付けていない。
だが、ケビンもそれで済ますつもりもなかった。
机に盤と駒を置く。
チェスに似たマス目を持つボード。フィリップも良く知る、昔からある知の競い合いに使われるゲームである。
動かす駒が自分たちの人員だと分からないほど、フィリップは鈍くはない。
「本来なら、解放したサルベの者たちをこうして北上させるつもりだった」
平駒、ポーンの役目を持つ駒を、ケビンの手前にある王駒へと集めている。
目的地はヒロベスト。王駒はフィリップたちのリーダーを指しているのだろう。そこにどれだけの人員を集められるか、というのがこれまでの動きだ。
万を超える囚人たちは大半が快く組織の協力に賛成している。そもそも、出た所で真っ当には生きられないという嘆きが多かった者たちだ。最期に協力して、神に一泡吹かせるという目的の元に集まった。
だから、逃げるものは少ない。
皆それなりの覚悟を持っている。覚悟を決めざるを得ない、酷い状況だった。
「だが、異端審問官が動くのは確実だ。しかも数が数。『信仰部隊』を使ってくるだろう。ヒロベストまで来れるのは、多くて六割だと思っていた」
「なら、多すぎる、というのは?」
「計画まであと三週間猶予がある。なのに、もう半分も集まった」
「……いい事なのでは?」
フィリップがそう考えるのも仕方がない。
もう半分も集まったのなら、計画に支障は出ない。しかも、あと三週間も時間がある。さらに人員は増え続け、自分たちの有利に働く。
憂慮する要素が見えなかった。
だが、フィリップとケビンでは、見えているモノが全く違う。
殺された数が少なすぎる。
異端審問官に遭遇すれば確実に死ぬが、恐らく戦闘に発展するほとんどの場合は『信仰部隊』だ。アレは確かに強力だが、サルベには腕自慢もそれなりの数が居る。
数人程度の班に別れて行動させているが、確実に一人は腕自慢が居るようになっている。
逃げた者たちは連絡出来ないので確認のしようがないが、街に留まって準備していた者たちは少なからず殺された。
余裕を持った計画を立てていた者たちも、すぐにその街から離れるしかなかったらしい。
ケビンには、それが尻尾に火がついて慌てるネズミにしか見えない。
「意図的に追い込まれている可能性がある」
「? どこにそんなメリットが?」
「分からん。だが、確実に狙い通りだ。この規模で集まるとは思わなかった」
戦慄する。
水面下で戦いは起こっていた。
動くのならもっと派手にするだろうと予想したことと、実際の動きが静か過ぎた事から生まれた誤差。
フィリップたちの策が組み立てられたように、教会も何かしらの手を打とうとしている。当たり前で、予想されていた事ではあるが、実際に認識すると恐怖が湧き上がった。
何をしてくるか分からない。
どれだけ犠牲になるか分からない。
そして、ケビンはおもむろに、懐から円形の魔道具を取り出した。
「殺された人数を見ればかなり広範囲だな」
「……それは?」
「囚人たちの首輪を繋ぐ鎖の元だよ。どこで死んだか、いつ死んだか分かる」
魔道具から地図が浮き出る。
大陸全土を映す世界地図のように見えるが、至るところに赤い点が付けられていた。地図の端にある数字と、これまでの話の流れから、その赤い点が何かは分かる。
その点は北に集中しており、さらに言えばヒロベストへの中継点の街がある場所だ。街外の森の中にもチラホラとはある。
だが、目を見張るべきはその範囲。
端から端まで百キロは下らない広さで、不自然な死が溢れている。
フィリップがこれまで通ってきた街にも、今いる街にもだった。
背筋が凍る。
こんなにも身近で仲間たちが殺されていたのかと思うと、絶句するより他なかった。
彼らと自分の異なる点は、体内にマーキングがあるか無いかの差だ。もしもあれば、今頃人知れず殺されていたかもしれない。
「これは……」
「一人で出来る規模じゃない。『信仰部隊』を動かしたと考えるのが妥当か……」
人の手を超えている。
異端審問官とて、人手がなければこうはいかない。ケビンには死亡時刻の確認もしているのだ。異なる街から街へ、死の間隔が一分以内、同時と表示される箇所もある。敵が複数人なのは確定。そして、異端を殺す組織は異端審問官とその下部組織である『信仰部隊』だ。
前者は圧倒的な個の力によるもの。そして後者は、異端を逃さないための装置の事だ。
討ち漏らしを抑えるための、ただそれだけのための兵士たちの事だ。
要するに異端審問官の補佐をする雑多。しかし、一人ひとりが弱いという訳ではなく、むしろ強い。凄腕の戦士程度なら一捻りなほどには強い。
教会側も、この規模の反逆者を見つけたのなら彼らを動員せざるを得ないだろう。
「……あの方から何か連絡は?」
「分かるだろう? あの方は術の構築に集中しきっている。三年かかったが、ようやく完成したんだ。ここで下手に干渉して切り札を壊す訳にはいかない」
自分たちで解決するしかない。
微かな不安が、二人の中にあった自信に陰りを付ける。元よりすんなりといくモノではないと知っていたが、これまでの順調さを考えればどうにも悪い考えが浮ぶ。
だが、いつまでも落ち込むばかりでは何も出来ない。ケビンは硬い面持ちで言う。
「大規模魔術の対策が必要か?」
「『大聖堂』が出ると?」
「いや、流石にヒロベストを滅ぼす気はないはずだ。派遣された異端審問官が誰かは知らないが、纏まった所を叩こうとするのは分かる。リリーロクスかルシエラでなければ、対策するに越したことはない」
指を机にトントンと指で叩きながら、深く思考に没入するケビン。
対策をとは言ったが、無駄に終わる可能性は高い。だがそれでも、気休め程度のことはしなければならない。
作戦には、人員が不可欠だ。
そして、人員の不安は疫病のように伝播し、然るべき処置をしなければ手遅れになる。解決策を仕込んでいると思わせることが大切だ。
「他にすることは?」
「なるべく、あの方に触れないこと。あとは、出来る限り多くの戦力を集めることだ」
異端審問官が戦力を集める事を助長させてこようが関係ない。
それを全て踏み潰すほど、数と戦力を集める。仮に狙い通りになったとしても、その中で最大限想定の真ん中から離れた動きをする。
そして、ケビンは机の上に広げていたゲームのボードを叩き潰した。
苛立ちや怒りからではなく、不安で潰れそうな弱い自分を引っ込ませるために。
「あらゆる手を打つ。この計画は、絶対に遂行させねばならない」
「分かってます」
「戦力はいくら居ても足りない」
フィリップはケビンの言いたいことはよく分かった。
何を求められているのか、自分が何をするべきなのかを履き違えない。
例え妹のように思っている彼女を巻き込んだとして、それでもやらなければならない。
守るものがある。
彼女なら、それは分かってくれる。
「クララ、君は協力してくれるよな?」
フィリップは勘が良い。
だから、可能性は限りなく低いけれどもあり得なくはない可能性を自然と思考から除外するほどだ。
ここが分岐点だったと、後悔しても遅い。
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