74、師に会う
昨日はサボってしまった。
すんません。
あっという間に二人は次の街に着いた。
クララは終始無言で、フィリップもクララに合わせて何も言わない。
時間はこれまでと変わらないはずなのに、二人の体感はほとんど一瞬だった。とにかく、考える事が多すぎて時間が足りなかったという話なのだろう。
お互い、考える事は相手の事だ。
朝の話し合いの事を忘れられずに、意図を図り続けた。明らかに何かを隠し、何かを企んでいたからだ。その裏を探ろうと、常に観察を続けた。
そして、二人共勘がいい。
本能的に深く考える過ぎるという愚を犯すことをしない。
だから、お互いの大切な部分が伝わらないまま時間が過ぎた。
「…………」
「…………」
二人が言うまでもなく、自由行動だ。
そして次の日にはまた別の街まで進んで、さらにもう一つ先に行けば目的地。二人が集まる必要はないし、話し合いをして、言葉を交わす事も同じくだ。
そもそも、二人はそれぞれが独力でヒロベストまで、己の足で行く力を持っている。実力だけ考えれば、北の国に行く程度の事で二人が集まった事自体がおかしい。
ごく自然に二人は別れる。
少なくとも、夜まではお互いを知りはしない。
何をしているかも、何をするかも。
お互いの正体も。
※※※※※※
クララは、人を探した。
神聖力に反応を示す、他とは違う人間たち。
いずれは一人残らず根絶やしにしなければならない、憐れな殲滅対象。
神の敵たる、異端である。
異端審問官として、異端は全て殺す。
彼らにあるルールはコレと『神に逆らわない』くらいしかない。
目に付いたら殺すのが楽だ。
殺せば取り敢えず目的は達成だし、やればやるだけ神の目的に近付くからだ。
きっとアレンを除く他の異端審問官なら、嬉々として殺戮を行うだろう。だが、クララはそんな感情は存在しない。だから、クララはいくつもの手を用意し、それを地道に試していく努力も行う。
その一環として、クララは街を出ていた。
全速力でこれまで通ってきた街を引き返している。
何故か?
ただの、なんの意味のない行動か?
違う。異端を根絶やしにするためである。
「…………」
これまでクララは、脱獄囚たちを殺してきた。
かなりの囚人たちが街には集まっていたし、その場で殺すのも間違ってはいない。クララは何一つとして囚人たちには求めることはないし、思い通りにならなくてもいい。しかし、ある程度はクララの方でコントロールしなければならない。
殺し方を変えようと閃いたのだ。
大体の囚人たちは北に、おそらくは情報通りヒロベストに集まっている。だが、もしかすればその街から動かないかもしれない。何らかの作戦に駆り出されているのは確かだが、北以外にも散らばろうとしていたのは記憶に新しい。
もしかすれば、作戦の参加自体は自由なのではないか?
神を打倒せんとする組織を作り上げ、その被害者たちを解放するためにサルべを襲ったのではないか?
これを考えれば、クララは他の街に異端たちを殺しに行くために走っていた。
コントロールするというのは、囚人たちに『この街に留まっていてはいけない』と思わせることだ。つまり、街に居る仲間たちを次々殺していくということだ。
やることは簡単。
あちこちのヒロベストへの中継点の街へ走り、そこで大体五人殺す。それが終われば別の街へ走り、また五人殺す。これを何度も何度も繰り返すというのが作戦だ。
本来なら、人の足で数日かける道のりだが、クララが全力で走れば隣街までそう時間はかからない。一日かければ、少なくとも街を十数は回れるはずだ。
命が惜しいと街に留まることを選択したのなら、次の日に同じ選択をした仲間が死んでいる。そうなれば、少なくともクララなら数が多くて安心出来る方、多くの同志が居り、異端審問官に暗殺される可能性が少ないヒロベストに流れようとする。
街を出て、警戒ラインが敷かれていなさそうな、人気がない森に逃げてもいいが、それは魔物の危険があるし、安全のために夜にたき火をすれば目立って見つかる。
どれを取っても死の危機が訪れる賭け。
だが、取り敢えずの一時を取るのなら合流を選択する。より多く集めて、より多くを殺すためだ。
「…………」
囚人たちの後を付けて、首謀者たちの事を探れないかを確かめもした。
だが、結局は何も分からない。
少し前も言及したが、首謀者が顔を見せるとは思えない。ただの戦力として招集した者たちに、自分たちの尻尾を掴ませるようなヒントを残すはずがない。
それに、仮にアタリが居たとしてもだ。追う時にも対象はそれなりに多い。囚人たちは、クララが観測した限りではニ百以上居たのだ。
そのほとんどが外れなら、追うのは効率的ではない。
クララは走った。
これまで辿って来た街道も、それ以外の道行きの街も含めて全てを回る。あらゆる街から街へと飛び回り、少しずつ異端を殺していく。
「馬鹿だねぇ、本当に……」
クララは手を緩めない。
森の中に逃げ込んだとしても、クララの感知から逃げることは出来ない。
道なき道を進んでいく中、クララの神聖力は確かにマーキングに反応する。
「……?」
一瞬で、痛みもない。
クララの殺人は、いっそ芸術的なまでに鮮やかだ。
対象の死角から音も無く近付き、一瞬で致命になる一撃を与える。
クララの挙動一つ一つが死に繋がる。
森で密かに身を寄せ合って隠れていた男たち五人の内、二人を同時に殺した。メイスの一薙ぎで首をはね、ゴロリと頭が体から外れる。
そして、頭が落ちるよりも前に動く。
後ろの三人に気付かれるよりもさらに早く、飛んで視界から消えた。消えてから、何もないはずの宙を蹴り、三人の丁度中央へと着地する。
それからはじめの二人と同じように首をとばした。
死体が五つ。生きているのは一人だけ。
クララは死体を燃やしながら呟く。
「ホント、何人目かね?」
森の中に逃げる者もちらほら居る。
数で言えばかなり少ないだろう。だが、纏まって行動している事が多いのと、街で見かけた異端をいくらか見逃していたために殺害数だけで言えば、まあ多い。
クララからすれば、森の中だけは面倒だ。
最後に一纏めにして殺すつもりなのに、そこから漏れると腹が立つ。後になってまた走らされる手間を考えれば、出来る限り伐ち漏らしは少なくしたい。
だが、一人だとどうしても苦しい。
対象が多すぎる。
もしも纏めてかかって来られたなら、影すら踏ませず全員殺す自信があるが、散らばっていれば難しい。その範囲も、いくつもの国をかけているのだ。
クララがいくら超人だとしても、出来る事と出来ない事がある。
「アレン……」
本当にアレンが恋しい。
アレンの分の仕事くらい出来るとタカをくくっていたのに、まさか万単位で異端認定とは。流石に数が多すぎて対応出来なかった。せめてもう一人居れば、と無い物ねだりを何度もしてしまう。
重要施設の管理くらいしっかりしろ、と心の中で神を罵るのはもう何回目だろうか?
クララはかなりげんなりしていた。
やれる事なら、神の横っ面を引っ叩いてやりたいと空に向かって拳を数度振り抜いた。
「クソぉ、いくらでも湧いて出やがって……」
異端は数が多い。
それはもう恐ろしく、何百では足りない。
クララが異端審問を始めてから、異端を殺す数は一年の内で二千を割ったことはない。
クララは、ただ疑問だ。
どれだけ足掻いても、神には勝てないのに。
諦める事を知らない異端たちを、心の底から理解する事が出来ない。
精霊信仰もそうだ。
何でもかんでも、逃げればよかった。
実力差を感じた瞬間に逃げれば死なずにすんだ。情報のアドバンテージがあったのに、それを有効活用出来ていなかった。実力差はあったが、逃げに徹されれば少々厳しかったのが本音だ。
全身全霊、全てのエネルギーを一点に集中した攻撃を結界に当てられればマズかった。それに、もしもがあったのなら、その他大勢と男一人を天秤にかけて、確実にクララは迷っただろう。
異端審問官一人にここまでやられた。
そして、仮に退けてもその次が来るのでは?
そう思えば、逃げが一番だ。
クララなら絶対にそうするのに、他はそうしない。
囚人たちは気の毒で、逃げ道などないかもしれないが、彼らを唆した者は別だ。
悪手も悪手、愚の骨頂も良いところ。平穏に生きられたはずなのに、その権利を放棄した。
「何で勝てないって分からない?」
クララは、ぼやきながら走り始めた。
そのぼやきは、理解出来ない、忌々しいという感情を隠さない。
諦める事を知らない。
その厄介な感情は判断を鈍らせ、命を捨てさせる。強敵なら逃げればいいし、死にたくないと足掻けばいい。
理解出来ないものは恐ろしい。
理解出来ないものは嫌いだ。
「馬鹿ばっかだね、ホント」
利口に生きれば楽なのに。
全員馬鹿げた行動を正しい行いであるかのように振る舞う。クララからすれば間違いもいい所なのに、クララが触れてきた人間はそういう者が多い。
クララが間違っているかのようだ。
命を大切にするのがおかしな事であるかのようだ。
まあ、彼らの全てを踏み躙る異端審問官のクララが文句を言うことではないが。
だが、クララは嫌悪を隠さない。
イカれた人種を蔑み、大いに憎む。
異端審問官たちもそうだ。
その常識外の力をもって、神の舞台を綺麗に整える事を命じられた人形たち。コイツらさっさと死ねばいいのに、と思った回数は星の数だ。そして、自分もそれと同じなのが腹が立つと思ったことも、同じく星の数である。
どうにも馬が合わない。
ゴキブリ並みに生理的に受け付けない。
「ふふ……」
そう、ゴキブリだ。
クララからして、彼らは害虫と変わらない。
厄介な化け物は害虫よりも質が悪いのだが、
「異端審問官はゴキブリ……」
「ゴキブリは酷いなぁ」
即座にその場から飛び退く。
神聖力に集中して、他の警戒は確かに疎かになってはいた。だが、後ろから声をかけられるまで存在を気付かないほど緩んではいない。
それが出来るのは気配を消すのに長けた凄腕で、魔力の扱いが恐ろしく上手い怪物だけ。
クララの後ろを取れるのは、世界中を探してもそうはいない。
取れるのは同じ異端審問官のルシエラ、条件次第でアレンと、あとはもう一人だけだ。
「緩みすぎだよ。君の後ろを取るのは一体何度目か数えていないけど、こんなに簡単に取れたのは何年ぶりか……」
「…………」
しみじみと語る男は、老人だった。
誰にも警戒心を抱かせない、優しそうな表情だ。硬く、神々しい鎧が身を包んでいるというのに、それを含めてもなお分からないほどに薄い。街の中で見かけたとしても、彼が不審だと思う人間はおそらく皆無だろう。
真っ白に染まった髪と、クララと同じ真っ黒の瞳が対比になっている。
だが、彼を認識出来るクララからすれば、悪寒が止まらないほど恐ろしかった。
「久しぶりだね、クララ」
「ジジイ……」
異端審問官筆頭『神騎士』シモン。
クララに戦闘技術を叩き込んだ、師でもある。
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