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69、違和感

ちょっと遅れた……


 昼下り。

 太陽が真上に登り、腹が空いてくる頃。

 クララとフィリップはあの後二人で昼食を取る事にし、共にレストランへ入る事にした。

 だが、特別高い店と言う訳でもない。

 庶民が普通に出入りする、なんの変哲もない普通の食事処である。

 そこに変な人間は一人も居ない。

 なんの変哲もないというのは、店構えから店員、客まで含めての全員が普通ということだ。


 だから、二人は浮いていた。

 フィリップは見るからに好青年である。見目は麗しく、誰もが二度見してしまう、言ってみればイケメンだ。その洒落た服を着こなす所まで含めて、かなり良い男だろう。そんな彼が目立つのはある種当然と言えるだろう。

 だが、クララは本当に酷い。

 綺麗な黒髪は美しく、人々の目を引く事だろう。派手な容姿ではないが、顔立ちは可愛らしい。

 けれども、服が致命的にダサかった。それはもう凄まじく、クララの歳の頃の少女がコレを着ろと言われれば全員が即座に拒否するほどだ。ブカブカで丈も合っていないし、先鋭的なファッションと言い張るにも似合っていない。

 その場に居合わせた全員が、『何だコイツ?』と怪しく思うくらいには酷かった。

 まさに怪しさ全開。

 しかも、連れが目を引くような美男である所が余計にそれを際立たせる。


 それに、クララは一度も途切れさせる事なくフィリップのことを穴が開くほど見つめているのだから、余計にだ。

 もしもクララが普通の少女であったなら、フィリップに魅了されて見つめるのは当然のことだろう。店の中の幾人かは、実際に見惚れている。

 だが、クララはそんな神経をしていない。怪しさ全開過ぎて店中の人間から警戒され、見られていても、まったく気にしないほど図太い。

 それに、見つめる理由も別の所にある。



「…………」


「クララ?」 



 昔を懐かしむ、という部分もある。

 七年ぶりに知人に会うというだけでなく、

 口うるさいシスターがいつも自分を叱って、細かいアレンが自分の核心を突くようなことをボソリと言って、意地が悪いカールとは知恵比べの遊びをして、そして何よりもアイリスが居た日々。

 それを何となく思い出す。

 クララとて、昔を思い返すことはある。

 フィリップの顔を見て、もっと平穏だった日々があったのだと思い出している。

 過去の出来事を追い求めているという訳ではないが、それでもだ。



「いえ、ただ懐かしいなと思っただけです」


「え、ああ、確かにね……」



 二人がそれに言葉を詰まらせるのも仕方ない。

 どこか一つ違えば、今こうして向かい合っていなかったかもしれないのだ。

 七年も経ったというのに、お互い顔をみ合わせれば当時を考えてしまうほどに、その時の影響は大きい。


 クララは手慰みをしながら、フィリップへ目を細めながら言う。



「アイリスの今を知っていますか? あの娘、『聖女』をしているんですよ」


「ああ、知っているとも」


「アレンは冒険者をしています。他の子たちは知りませんが、皆各々の道を歩いてる」



 クララはフィリップを見ている。

 一度たりとも視線は外さず、真っ直ぐに。

 フィリップは、クララが変な所で真面目なのだと知っている。こうやって、誰かと話をする時は相手の目を見てする所などがそうだ。

 七年前から、変わっているのか変わっていないのか分からない。

 昔と比べれば落ち着いたようには見えるが、ついさっき冒険者を一人使い物にならなくしようとしたのは見ていた。偶然騒ぎになっていたところを見に行ったら、クララがそこに居たからその時は驚いたものだ。

 あそこで割って入っていなければ何をしていたか分かったものではない。クララへの嫌な信頼が形を成した結果だった。


 そんな暴れん坊のクララだが、今は驚くほど静かだ。

 今のところは、まさしく『久しぶりに会った知り合いとしそうな会話』をしている。



「カール様はお元気ですか?」


「……さあ。最近は会ってない」


「じゃあ、フィリップさんはお元気でしたか?」


「僕はボチボチやってるよ。君の方こそ、昔と同じで元気そうじゃないか」


「言葉を濁してませんか? いいんですよ、暴走しまくりの気狂いだって言っても」



 フィリップは苦笑いを浮かべる。

 本人が言う通りに、その言葉でも間違っていないのが悲しい所だ。

 クララの言うことは冗談かそうでないか、判断が難しい。クララなら、冗談で言ったことも実現させられるのではないかと思わせる凄みがあるからだ。

 昔から、ずっとその凄みを恐れていた。

 昔から、人に頼る事を知らない子だと知っていた。


 それにやはり変わっていないかもしれない。

 こういう感じの、人があまり言わないようなことをポンと口に出して空気を変える所は昔のままだ。



「まさか、こんな所で会うとは思いませんでした」


「僕もそうさ」


「折角の再会なのに、嬉しそうじゃないですね?」



 意外な言葉にフィリップは目を丸くする。

 思わずクララの顔を凝視したが、クララは依然として無表情を崩さない。

 そこで、フィリップは初めて自分がクララの顔をまともに見たと気が付いた。

 さっきまで謎の気まずさから、ずっと目を合わせていられなかったし、合わせてもすぐに逸していた。

 フィリップも無意識で行っていた、ちょっとした逃げだ。どうしても、どうやっても思い出す過去から逃げながら、彼はクララと接していた。



「ボクも仕事をしてます。皆、大人になりました」



 クララは言える範囲で全てを話す。

 言いたいことを、感情を込めて。

 フィリップは、クララが何を言いたいのか何となく察していた。

 けれども、その言い分をどう返すかにどうしようもなく迷っていた。

 言葉を返すようなことをしてもいいのだろうか、とすら思っていた。彼はそれだけ、クララに対して弱い。



「時間が経ちました」


「ああ、そうだね」


「貴方が責任を感じる必要はありません。もう、昔のことです。忘れてもいいのでは?」


「…………」



 クララと関わった時間は、およそ半年。

 彼女が大暴れしてから孤児院が安定するまで、フィリップは足繁くクララとアイリスの元へ通い続けた。

 ひとえに、罪悪感ゆえである。

 もしも自分が余計なことをしなければ、彼女らの平穏は守られたのではないか、という。そんなあり得ない仮定に縋り続けたのが、彼だった。

 そこまでされれば、クララとて居心地が悪い。

 七年経ってもそれは変わらないとなると、本当になおさらな話だ。


 クララはソレを見て取れる。

 元より、なんとなくおかしいと思っていた。

 七年前の時点でも、少し想像すれば彼の心境は推し量ることは出来る。

 しかも、今はそういう技量をきちんと上げた後なのだ。

 異端審問において『喋らせる』技術は重要だが、同時に読み取る技術も同じくらいに重要である。『看破』の魔術で嘘かどうかは分かるが、どんな嘘かは分からない。それに、真実を話さない、という行為には反応しない。

 だから、クララは仕草、表情などから感情を読み取る術を叩き込まれている。

 上手く隠そうとしているフィリップだが、そういう感情はクララには透けて見えた。

 


「もういいですよ」


「……まいったな。君にそれを言われたら、僕が馬鹿みたいじゃないか」



 ただ、気にするなと言いたいのだ。

 クララが他人に気を遣うという、かなり珍しい光景である。

 彼女にとって、フィリップは気を遣うに値する人間だ。そうするだけの執着は持っている。フィリップは、彼女にそう思わせるほどのモノを返そうとしてきた。その姿勢を、クララは正当に評価している。その他大勢などより、余程価値ある人だと。

 そんな彼が悩んでいるのなら、助け舟を出すくらいには気に入っていた。

 フィリップも、そこは何となく伝わっている。 



「気兼ねなく、と?」


「ずっとそう言ってます。七年前から」


「そうか」



 フィリップはしみじみと言う。

 変わっていないと思っていたが、やはり変わっていた。どこかと具体的に言われれば困ってしまうが、それでもフィリップにはなんとなくクララが大人びているように感じた。

 子どもの要素と大人の要素が混じりあうような、どことなく歪で不安定な少女という評価だったが、時間が経って子どもの要素がなくなったのだろうか、と勝手に想像する。

 つまりは、まだ子どもだと思っていた者が、いつの間にか大人になっていたのだ。

 言われるまで気付きもしなかった。

 先程までは苦笑いで顔を引き攣らせるようにしていたが、自然と小さく頬が上がる。彼が自分で思うよりも、余程心に来るものがあったらしい。

 


「じゃあ、そうするよ」



 フィリップは破顔しながらそう言った。

『遠慮するようなことはない』『あの時のことは何一つとして後悔していない』

 何度この言葉を聞いたか分からない。

 けれども、今遠回しに言われたコレは、七年前まで頑なだった彼の中にすんなりと入っていった。クララの大人びた言い方にフィリップが折れたのか、七年経ってフィリップが聞き入れる準備が出来るようになったのか、またはその両方なのか。

 分かりはしないが、彼はクララに負い目を感じるのを止めた。

 そして、これまで見せたこともないような不思議顔で、



「ねえ、クララ。その服はいったい何なんだい?」



 これが皮切りに、面倒くさい口論が始まった。



 ※※※※※※※※



「だから、なんでコレの良さが分かんないんですか?」


「だから、何度も言っているだろう。上下を何故同じ黒で合わせるんだ? しかも何故丈が合っていない? ブカブカじゃないか。ちゃんと体に合わせないとダメじゃないか」


「お前みたいなチビは身の丈に合わせた貧相な服でも着てろ、と? なんでそんな酷いこと言うんですか? ボクはちゃんと着こなせてます」


「なんでそうなるんだ。というか、それを着こなせるのは上背があと四十センチは要るだろ。いや、いや、そもそもソレ男用だな? 似合う訳ないじゃないか」 

 

「そうやって決め付ける。服に宿る可能性は無限なんです。それにボクが男物を着てはいけない法律も規則もないです。ボクが女物を着て似合うという保証もないです。だから、これで問題ありません」


「論点をすり替えるのは止めなよ。そもそも似合ってないんだって」



 服談義はかなり続いた。

 というより、センスが悪いクララになんとかそれを自覚させようとフィリップが奮闘しているのだ。

 出された料理が少しずつ消えていき、メインを食した後も、デザートが出てきてからも、食後の茶を飲み干してからも、ずっと論争は続いた。

 よくそこまで無駄な話し合いが出来ると感心してしまうほど、二人の語彙が尽きない。

 


「昔から思ってたけど、ちょっとくらいスカートとかを履こうと思わないのかい? らしい格好というか、少しは女性らしくというか」


「それこそ決め付けですね。ボクはボクらしいやり方しか知りません」


「それじゃ生き難いだろ。僕が言うのもなんだが、君みたいなのを煙たがる人間も居るだろ? しかも、それが貴族なら面倒だ。不敬を理由に殺される事も……」


「余裕ですね。あの時とは違います。ボクならその貴族を護衛ごと返り討ちです。万人でもイケますよ」


「いやそうじゃなく……」



 レストランから出た後も話は続く。

 服の話から派生して、強さや魔物や、魔術や神聖術まで幅広くだ。

 歩きながら二人は会話を続く。

 ほぼ絶え間なく、言葉が延々と吐き出された。

 

 フィリップは、元々人と話すのが好きだ。

 まあ、お喋りで火のない所から煙は立たせるような事はしない。人と関わることが好きというだけで、喋るのがその手段の一つというだけだ。

 クララとはよくゲームに興じる事もあった。

 ここまで彼女と話をするのは初めてだが、クララが止めない限り、フィリップもそれに付き合う。

 

 

「――――南の戦線は死霊の聖地ですが、死霊とは言ってもそこに魂はありません」


「いや、魂を呪縛で縛っているのでは? ゾンビやスケルトンの元になった人間の癖や行動を取ったという記録がある。それは魂の事なのでは?」


「術式の問題ですね。死んだ瞬間からそれはただの肉の塊です。そこに魔術で操るだけであって……」



 クララが喋るのは、はじめはただの成り行きだった。ダサいなどと言われて黙っていられるはずもなく、ムカついて言い負かしてやろうとしただけだ。

 けれども、フィリップとの会話は案外楽しかったらしく、気が付けば後に引けないほど喋り倒していた。

 クララが自分の興味のある内容話すと、フィリップが彼なりの視点できちんと返すからだ。

 興味のないものにはとことんだが、その逆もある。クララはこだわり出せばやり抜くほど一直線である。異端を病的なほどに皆殺しにするのも、こういう性格から来ているのかもしれない。 


 二人はそのまま、クララの泊まる宿の前でずっと討論を続けていた。



「――――髑髏蟲の毒と邪煌猫の糞を混ぜると出来る毒がこれまたとんでもないんですよ」


「アーミーバットの血を使えば……」


「でもそれだと……」



 夕暮れになり、日が沈みかけるまで続く。

 ずっとずっと続く。

 周囲の人間から指を刺されても、迷惑そうな目で宿屋の客に見られても、偶然寄ってきた子どもに何をしているのか聞かれても続けた。

 まあ、二人は頭が良い。

 けれども、頭が良いぶんオカシイ所もある。

 これまで自分の事を客観視出来ずに話し込んでいたことも、ようやく気が付く。

 


「…………」


「かなり話したな」



 そう、ずっと話していた。

 服の話から始まり、劇薬の作り方で終わるまで、およそ六時間。喋りっぱなしの無為な時間であった。 

 クララは周りが見えていなさすぎた。

 フィリップはクララに行動を任せ過ぎた。

 数瞬、気まずい空気が流れる。

 あまりにも集中し過ぎたことを自分で恥じる。

 それからほんの少し考え込むような態度を取って、クララはポンと手を打つ。

 


「……そういえば、何でココに居たんですか?」


「本当に今更だな」



 フィリップのツッコミは無視だ。

 どれだけ核心を突かれていたとしても、クララが非を認めて謝ることはしない。

 今更、なんてことは分かっている。

 六時間もの間、一度だってそこを考えた事がなかったという間抜けな部分はなかったことにした。



「この街に来るならやる事は限られてるんじゃない?」


「…………」



 この街は、中央から北部への道筋の一つだ。

 北部へ向かう時には寄るだろう街が、ここを含めて全部で八つある。ちなみに、クララは他の七つの街にも足を運んでいるのだが、勿論異端審問のためだ。

 フィリップがここに来たのも、まず間違いなく北部へ向かうためだろう。



「フィリップさんって騎士ですよね? 大丈夫なんですか? 国から離れて」


「ああ、色々あって辞めたんだ」



 クララは首を傾げる。

 フィリップの実力は七年前のものだが知っているし、その上で考えるに、辞めようと思って辞められるものではないだろう。

 不思議な事だ。

 何か大ポカをしてクビになった。しかも、そのポカは間違いなく国外追放クラスのものだ。

 七年の間に色々あったのだと呑み込もうとするが、小骨が喉に引っ掛ったように呑み込みきれない。

 


「?」


「それを言うなら君もだよ。働いてるって言ったけど、何をしてるんだい? どうして北部に?」



 クララはフィリップを不思議そうに見つつも、返答に逡巡することはなかった。

 問われて直ぐに答えを返す。



「神官をしてます。北部へも巡礼の最中です」


 

 勿論嘘である。

 宗教的な理由、世界中にある聖地の巡礼などはとても都合の良い方便なのだ。

 クララは異端審問官であると隠したい時は常にそう言うようにしている。


 だが、さらに不思議な事が起きた。



「…………」



 フィリップの様子が明らかにおかしい。

 七年前のクララを見れば、神官の職に就いたということは不思議でもないはずだ。

 あまりにも中身がアレ過ぎて意外、という意見はクララは一切受け付けない。

 まあ、そこを抜きにしてもおかしいのだが。


 怒り? 哀れみ? 悲しみ?



「フィリップさん?」


「! すまない」



 だが、不自然さは不自然さのままだ。

 怪しくはあるのだが、呼び止めて問い詰めようと思うほどおかしなものではない。

 クララは少し目を細めただけだ。

 

 

「明日七時、ココに来よう。どうせ道のりは同じなんだ。しばらくは一緒に居よう」


「え、ええ……」



 そう言うと、フィリップは踵を返す。

 クララの宿屋までの道のりとは真逆のようだ。フィリップに対して、別にここまで付いて来なくてもよかったのに、と当然の考えも浮かんだが、声に出す間もない。

 フィリップは既に背を向けて遠い。

 

 

「じゃあ、また明日。おやすみ」



 フィリップの不自然さを疑問に思いつつも、クララは何も言わなかった。

 知り合いゆえに言えなかった。

 

面白ければブクマお願いします。

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[一言] あ、もしかして最初のあれ君ですか?
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