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53、地獄ようこそ

リア友と遊びすぎて更新出来なかった……


 リョウヘイ視点



 今でもずっと覚えている。

 車に撥ねられて、死んだあの時の事だ。


 全身が削られるような苦痛、流れる血の熱さや、虚空に身を投げるような喪失感。命がだんだん零れていくかのような、身の毛もよだつおぞましさ。もう二度と味わいたくない、最低最悪の感覚だった。

 俺の存在を根底から攫っていくようなあの感覚を、俺は死という言葉でしか表現出来ない。


 死ぬということは、恐ろしい。

 誰にとっても平等に与えられるのに、普段は皆が忘れていることが信じられない。一度体験してしまえば、背後にまとわりつかれるように、忘れることが出来なくなる。

 ふとした瞬間、いつか死ぬことが確約される未来に震える。考える時間が増えると、俺は将来どうやって死ぬのかが気になる。何度も何度も、自分の死を見せつけられるような夢を見た。

 あのおぞましさは、今も俺の中で俺を蝕んでいるのだろう。

 それほど鮮烈で、それほど気持ちが悪い。


 だから、俺が今こうして生きていることがどれだけ素晴らしいことなのかが分かる。

 あの時。俺が死んで、そのまま魂がどこかへ飛ぼうとしたあの時。

 ナニカに呼ばれたのだ。こっちに来いと手を引かれて、目が覚めればそこは異世界だった。


 あの感覚は覚えている。

 俺の魂が、何かによって掬い上げられるような感覚だ。最低最悪のドブから、優しく、暖かに助けてくれたナニカをずっと覚えている。

 微睡むような心地よさから目が覚めて、知らない天井からの知らない景色。知らない人間が取り囲んで、俺が選ばれただの、人類を救ってくれだの言ってくる。

 巻き込まれたようにその場に居た俺にとって、頭の中がはてなマークでいっぱいで。その訳の分からなさから現実逃避しようともした。


 でも、やっぱり悟るわけだ。

 今俺がここに居るのは夢じゃなくて、力なんてない俺は首を縦に振るしかない。

 最後の最後、ギリギリまで俺は逃げようとした。だけど、そんなことは無駄な足掻きでしかなくて、俺がやるしかないって分かった。一人の女の子に、それを無理矢理に分からされた。

 とくればもう、やるしかない。

 道は一つしか用意されてなくて、端から俺はその道を歩む未来しかなくて、覚悟を決めさせられて。


 それで、『勇者』になった。


 俺自身、大したことはない人間だと自分でも思う。何度聞いても、俺に『勇者』なんて務まらない。分不相応な役目を押し付けられたと、俺を『勇者』にした人間たちを恨むこともあった。

 だが、人間大体のことは妥協すればなんとかなってしまうのだ。

 これまで苦しいことも本当に多かった。ただのいち男子高校生が、いきなり魔力を扱え、とかそれを体に馴染ませろ、とかそれで今から見せる術式を真似しろ、とか無茶苦茶なことを散々言われた。

 それでも、一度諦めて、やると決めれば最後までやり通すことは出来る。

 確かに、鍛錬は過酷なものだ。俺の育成に人類の存亡がかかっているのだから当然だが、苦しい分、確かな俺の力となった。

 俺が必死になっている以上に、俺の周りの人たちが必死になっていると分かっていたから、なんとか頑張れた。


 はじめは惰性だった。『勇者』なんて俺なんかには全然似合ってないけど、一度決めればやるしかないと思っていた。それから少し『勇者』に慣れて、浮かれたこともある。だが、この世界の人たちと関わってきて、その熱意に当てられて、『勇者』らしくあろうと思えた。

 この世界を救おうと思えた。


 

「いよいよだな」



 肩を組みながら、カイルが感慨深そうに言う。

 元の世界でも友人は居たが、殴り合いの果てに仲間になるという、一昔前の不良漫画のような展開は初めてだった。

 我が師匠であり、友人である彼は、本当に世話になったと思う。

 お互いを高め合える親友、なんてクサイ事を考えてしまうくらいには良い仲だ。

 本当によくしてくれた。これから戦いも、きっとお互いを助け合えて、支え合えるだろう。

 


「……チッ」



 後ろから舌打ちが聞こえたが、十中八九ラトルカからのものだ。

 彼女とは正直、信頼し合うにはちょっと難しいくらいのことをしたが、結局は多少なんとかなった。和解とは言わずとも、かなり軟化はしたのだ。

 ルシエラの婆様に、二人まとめてボコボコにされたから仲間意識が多少生まれたのだろうか。あの時のように、ニコニコと笑う道化のような態度はもう取らないが、心から拒絶しきるようなこともしない。

 これからの戦いを協力しなければならないと分かっているからというだけかもしれないが、同じ方向を向いているはずだ。



「行きましょうか、リョウヘイ様」



 後ろから、柔らかな声がかけられた。

 彼女は『聖女』と呼ばれている少女であり、ここまで俺に覚悟を決めさせてきた、強い人間だ。

 これまで重要な局面で、彼女が居たから乗り越えられたところが大きい。彼女が居たから頑張れたし、彼女が居たからなんとかやってこれた。本当に、こんなに『聖女』という役職をまっとう出来る者は他に居ないだろう。

 もしも彼女が居なければ、戦いなんてやろうと思えなかった。

 してやられた、とも言えるかもしれない。彼女が俺をその気にさせるために、色々と企んでいたと言われても、騙されていたとしても、もう仕方がないことだと思う。



「…………」



 この四人で、戦いを挑む。

 これから長い時間を共に過ごし、お互いに命を預け合う間柄になるのだ。

 これまでのような訓練はない。ラトルカが用意して、本気で殺しにかかったように、本番という殺し合いに身を委ねる。



「フー……」



 俺は大きく、大きく息を吐いた。

 

 俺たち四人の目の前には、巨大な門が佇んでいる。様々な文様を刻んだ、強い魔力を感じさせる門だ。だが、それは扉のように部屋を区切るためのものではなく、向こう側など存在しない、ただ在るだけのものだった。

 昼行灯のような役立たずにしか思えないが、コレは戦線を維持するための立役者。大きさと荘厳さから、ただの役に立たない門だとは思えないが、見た目の通りで、ただの門ではない。

 もう一つの対になる門と空間を繋げる、太古の魔道具だ。


 ここを踏み出せば、もうそこは戦線。

 本番が俺を、俺たちを待っている。

 この世の地獄とも通称される、人間と魔物が世界で最も多く死ぬ場所だ。



「ビビってるな」



 緊張で動けない俺に、カイルが活気豊かに声をかける。

 俺を見て、すぐに気を回してくれるのが分かった。本当に出来た友人だ。



「ああ、震えが止まらない」



 俺は自分のことを包み隠さずカイルに伝えた。

 隠せる訳がないし、隠しても仕方がない。

 けれども、恐怖に身が竦むようなものではない。俺は自分の中にある恐怖に、きちんと対処している。

 だから、声をかけてきたカイルも、世話焼きのアイリスも、それ以上は発破をかけるような事は言ってこない。



「ちゃんと戦士してるぜ、お前」



 ただ、柄にもなく褒めるだけだった。

 

 戦士をしている。

 カイルのいう戦士とは、覚悟を決めて、ここぞという場所で踏ん張れる、強い人間の事だ。この言葉は、カイルにとっては最高の褒め言葉である。

 その小っ恥ずかしさに少し照れてしまった。そして、これ以上ないくらいの勇気を貰えた。



「そういうの、私の役目なのですが……」


「いいじゃねぇか。コイツには、そこまで必要なことでもなかったよ」



 言葉短く語るが、充分だ。

 カイルもアイリスも、お互いにお互いを悪く思うことなどない。そこには確かな信頼がある。



「…………」 



 信頼をしていない少女が一人居るが、それはそれだ。裏切ることはないし、今は無理ならもう少しだけ時間をかけて、真の意味で仲間になっていけばいい。 

 俺は殺されかけたし、カイルはそのことを未だにどうかと思っていたが、関係ない。

 彼女は悪い人間ではないと思えた。二ヶ月ほど時間を共にして、目標のためにただ一生懸命なだけの人だと気付いた。


 きっと、いつかは……



「じゃあ行こうか」


「ええ」「ああ」「…………」



 門が開いていく。

 こちらの魔力に呼応して、向こう側が門を開いたのだ。門の中身は光で溢れており、その光の先はまったく違う空気が広がっているのだと分かる。


 門へと足取りは重くはなかった。  

 自分で自分の顔は分からないけれども、緊張で強張っている訳ではなく、恐ろしさに歪めていることもないだろう。

 いつでも戦う事が出来る。

 覚悟を決めて、『勇者』として。


 俺たちは、戦いの始まりの一歩を、





『あー! 待て待て! ちょっと待て!』

 


 踏めなかった。


 後ろから、見知った老婆の声が響く。

 全員が一体何事か、と振り向くのも仕方がない。焦りなどまるで似合わない、超越者然としたあの人が、俺たちを呼び止めているのだ。


 見れば、師匠であるルシエラさんが滑空してこちらに来ていた。

 魔術を使って浮遊するのはそれなりに高位の魔術なのだが、この人相手に術で驚いていたら、きりがない。

 あと、声がした途端にラトルカが露骨に嫌そうな顔をしたのは突っ込まない方がいいのだろうか?

 まあ、この土壇場で呼び止めるくらいだから、きっと大切な用事なんだろう。


 ……これから死地に行く弟子が格好つけて、覚悟を決めて歩きだそうというのに、茶々を入れるなと思ったのは秘密だ。



「ええと、なんですか? 荷物の準備は終わってるし、忘れ物とかはないはずですけど……」


『いや、お主らの忘れ物ではない。ワシがうっかりしておった』



 笑い飛ばすように言う様に、反省は見られない。

 長生きしているのは分かるのだが、どうにもマイペースでいけない。



『何じゃ? なにか言いたそうな顔をしておるのう?』


「! いいえ! 何もありません!」


『それならよい』 



 あっぶな……!


 不満が漏れていたらしい。  

 ルシエラさんは、ラトルカのことを知っている。叛意を抱いていることなど今更なので何も言わないが、俺は従順な弟子なのだ。今この場で折檻を受けるかもしれなかった。

 場の空気なんて関係ない。これから送り出す弟子の首根っこをとっ捕まえて、ボコボコにするだろう。


 はじめからルシエラさんのことを知っていたために察したアイリスと、ルシエラさんの理不尽を何度も語ったカイルは黙ってくれている。

 ここでカイルが口を挟めば、ボコボコである。本当にココ一番で俺の意思を汲み取って、最高の動きをしてくれる男だ。

 これからも頼りにしているぞ、相棒。


 黙りこくる俺たちに満足してか、ルシエラさんは機嫌良さそうに言った。

 


『お主は「勇者」だ。だから、その位に相応しい剣があるんじゃよ』


「…………」


『受け取れ。お主の、お主だけの武器じゃ』



 光が溢れた。まるで生きているかのような、不思議で、それでいて優しくて暖かな光だ。まるで光そのものが生きているかのような、見方を変えれば不気味な光景だろう。

 だけど、その光の性質は、神聖だった。神様から溢れ出た光の欠片のような、そんな光だ。

 そしてそれは、なんとなくだが俺に馴染むような気がした。拒絶などまるでなく、スルリと中に入り込む。

 そして、



「……なんだ、これ?」



 俺の目の前に、剣が現れた。さっきの光が結晶になったような、どこか神々しい剣。

 だが、それは何故か俺のものだと認識出来た。

 俺だけの、俺の剣なのだ。



「おい、大丈夫か?」


「ルシエラ様。これは?」



 俺が剣に見惚れていると、カイルとアイリスが動いてくれていた。

 カイルは俺の肩を掴んで体を揺らす。

 アイリスはルシエラさんに剣の事を尋ねる。



『それは「聖剣」じゃ』


「聖、剣……」


『お主の武器じゃ。それだけ分かっておればええ』



 それ以上説明する気はないようだ。

 正直、説明しないといけない所だと思うんだが。ちょっとくらい面倒だと思ってもやってくれないか? 好き勝手出来るだけの実力があるから困る。

 そんなつい出てしまった無言の訴えを無視して、ルシエラさんは俺たちに向けて手をヒラヒラと振った。



『じゃ、せいぜい死ぬなよ。西の戦線は四つの中では一番楽じゃが、油断すれば一瞬で神の御元じゃ。東で待っとるぞい』



 姿が消える。

 どこまでもマイペースだ。



「…………」


「……行くか」



 カイルの言葉に、無言で頷く。

 全員でルシエラさんのことを忘れることにした。

 出鼻を挫かれた事実はない。この剣はほら、あれだ。神様が戦いに出る俺に武器をくれたんだ。だから、詳細は知らないし、知らなくても仕方がない。



「…………」



 そして、俺たちは光り輝く門の中へ……




 ※※※※※※※※※



 凄まじい匂いがする。

 人の血が発する、むせ返るような酷いもので、その場の凄惨さが良くわかる。

 恐ろしい怒号が聞こえて、おぞましい悲鳴が響いて、身が凍えるような怨声が轟いた。

 彼ら、勇者一行を無視して、戦線の戦況は少しずつ少しずつ悪化していく。 


 四人を迎え入れるのは、一人だけだ。

 


「ようこそ、諸君! よくぞここまで辿り着いたな、強き者たちよ!」



 彼は、大きかった。

 首や腕の太さは、まさしく丸太のようだ。身に纏う神官服を圧するはちきれんばかりの肉体は、鋼を思わせる。人間だというのに、その力強さは水牛や熊のような猛獣だ。

 誰が見ても、彼は強い。

 その威圧感は、万の魔物を束ねたよりもずっと恐ろしいものだった。



「我は異端審問官、デドレイト・カーネバルト! 他の者たちは少々忙しいが、私一人だけは歓迎しよう! よくぞ参った、勇者一行!」



 辺りから湧いて出る怒号や悲鳴、怨声をすべて捻じ伏せるような大声だ。

 そして、最後にデドレイトは言う。



「地獄へようこそ、期待のルーキー」 


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