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51、舞台は壊れる


 キメラの強さは、その武器の多さだ。

 多くの魔物は大抵、一つか二つ厄介な武器を持っているものだが、キメラについてはその限りではない。武器の数は込められた魔物の因子の数による。だから理論上で言えば、混ぜる魔物の数が多ければ多いほど、より能力は複雑になり、強くなるのがキメラという生物だ。


 そしてこのキメラ、案外幅の広い魔物であることはよく知られている。

 主には訓練用の魔物として知られているキメラだが、これを魔物との戦闘に活用することは出来ないだろうか?

 それを言い始めたのは誰かは分からない。けれども、もしもそう調整出来れば人と魔物の戦闘において、大きな戦力を得ることになるだろう。もしかすれば、戦線へキメラを投入することで人類の被害がマシになるかもしれない。さらに、キメラは幼児期などの未熟な期間が少ないため、戦力の継続的な追加が可能になる。

 まさに夢の兵士になり得る素質を持っている。

 人類の魔物の生体を研究する者たちは、その多くが夢の兵士を求めて長らく研究を重ねてきたのだ。 


 失敗しそうな話である。

 キメラの魔物ゆえの凶暴性、かかる費用や素材、敵味方の区別等、失敗し得る要素はいくらでもある。その失敗を一つずつ潰していき、成功に持っていくという途方も無い話をしなければならない。

 だが、結論を言えば、人類は為した。  

 人間は長い長い研究の末に、人間に従い、コストパフォーマンスが良好で、魔物しか食わないキメラを作ったのだ。

 これと決めた何かに対する執着の深さは本当に凄まじいものがある。成長し、積み上げて、不可能を可能へ変えるところが何よりも人間らしいが、それは良い。

 

 しかし、悲しいことに良い事ばかりではない。

 何かを克服すれば、新しい問題が起こってしまうというのが現実だった。

 なんと、夢の兵士であるキメラは弱いのだ。

 戦線に投入するには到底足りず、キメラは未だに夢の兵士として研究され続けている。

 

 キメラがなぜ弱いのか?


 話が大きくなるが、生物というものは、その形、武器に合わせて進化してきた。

 そして、キメラの武器は、通常の生物らしからぬ多くの武器を持つ事だと言った。本来ならばその種しか持ち得ない力をいくつも持ち合わせ、都合ごとに多くの武器たちを使い分ければ、それは強いはずだ。

 だが、生物の良い部分ばかりを一個体に込めてしまえば、どうしてもおかしな所が生まれてしまう。


 例えばだが、パワーが自慢の魔物と、スピードが自慢の魔物とを掛け合わせたとする。これを掛け合わせた時、生み出したいキメラはパワーとスピードの両面を持ち合わせたモノを想像するはずだ。

 しかし、難しいことにパワー自慢の魔物は、強いパワーを持つための肉体の仕組みがあるし、スピード自慢の魔物についても同様だ。そこの根底を筋肉に求めたとして、パワー自慢の筋肉の質とスピード自慢の筋肉の質は違う訳で、両立させるためにはただ良いところを持って来るだけではいけないのだ。


 強いキメラは、難易度が恐ろしくて高い。

 その緻密な調整は、絵の無いパズルのピースを合わせていくようなものだ。作るキメラが強いほど、パズルの大きさは指数関数的に大きくなっていく。

 あくまでも例え話でしかないが、ラトルカのキメラのようなAランク相当のキメラを作るとするなら、大国がすっぽり丸々入るほどのパズルになるはずだ。


 これは天才ラトルカ・ラヴルージと、天才ルーメン・ラヴルージによる偉業の一つと言えるだろう。



「GAAAA!!」



 獅子の首が伸びる。

 触手のような柔軟性を有したソレは、しなやかに獲物へ牙を届かせた。

 


「…………!」



 リョウヘイの剣は硬い。少なくとも、合金も噛み砕けるキメラの噛み付きを弾く程度には。

 魔力による強化は物質にも応用可能だ。彼の力でそれを行えば、鉄屑でも金剛石より硬くなる。


 牙をなんとかやり過ごすが、同様に爪と蹄が弾丸のように飛んで来た。

 身をひねって躱すが、それだけだ。伸びた部分を攻撃する余裕などありはしない。



「うっ!」



 リョウヘイの額から汗が出続ける。運動するのなら普通に出るものだが、これはそんなレベルではない。

 顔色が悪いのは明らかで、体調不良を疑われる。

 それに、リョウヘイの動きが明らかに悪いのは見て取れた。

 はじめに疑うべきは……



「毒か!?」


「むおっ!」



 カイルの叫びに、ラトルカが驚く。

 その隙に詰め寄って、殴りかからんほどの剣幕で威圧を向ける。

 しかし、瞬きと共にラトルカの姿は掻き消えて、遥か後方に突然現れた。



「あぶな……君いま私のこと殺そうとした?」


「アレは明らかにおかしいだろ! 俺はアイツの動きはよく知ってる! 毒盛られたようにしか思えねぇくらい不自然だ!」



 カイルの訴えは仕方がない。

 リョウヘイの動きは精細さを少しずつ欠けていく。どんどん弱くなっていく彼の姿を見て、平然としていられるわけがなかった。

 このままでは、負ける。

 だが、その理由が毒なら納得いかない。



「いやいや、私がそんな卑怯なことするとでも思うのかい?」


「思うに決まってんだろ!」


「失礼だね。私は毒なんて仕込んでない」



 胡散臭い笑みをそのままに、ラトルカは幼子を諭すように言う。

 カイルはウザすぎて殺してやろうかと一瞬思ったが、ギリギリと歯ぎしりをするだけに留まった。槍があったのなら、首とは言わずとも肩程度なら穿っていたかもしれない。


 

「リョウヘイ君はね、怖がってるのさ」


「は?」


「だから、怖がってるんだよ。ね? アイリスちゃん?」



 自然と視線はアイリスへ向けられる。

 アイリスは呆れた目でラトルカを見るが、今の状況を説明するつもりはないらしい。リョウヘイの状況について、言うのならアイリスの口から言わせたいらしい。

 カイルも聞きたそうにしている。アイリスは仕方ない、とでも言いたげに語り出した。



「リョウヘイ様は、命を奪うことに抵抗があるのですよ」


「は?」



 何を馬鹿な


 カイルの顔にはそうデカデカと書いてあった。


 疑問ももっともだ。

 リョウヘイは戦いに対する忌避感がない。カイルとの戦いも、カイルは愛槍を使ったにも関わらず、一歩も怖気づくことなく戦い通した。

 それが、命を奪うことに抵抗? 怖い?

 カイルには意味が分からない。むしろ肝が座ってる、度胸のある人間であるはずだ。そうでなければ『勇者』なんぞやってはいないだろう。

 だが、



「貴方との戦いでは、そんな気はなかった。貴方は死なないと分かっていたし、貴方にも彼を殺す気はなかった」


「そんなことで……?」


「大事なことです。だからラトルカ様も、そこに目を付けてこういう試練にしたんでしょう」



 違和感のある言い方だ。まるで、ラトルカがあの戦いを見ていたかのような。そして、それをアイリスが容認していたかのような。

 アイリスの善性自体は疑うには及ばない。短い付き合いでも、胡散臭さと怪しさばかり目がいくラトルカとは違い、彼女はその逆の少女だ。

 疑うようなことはしてこなかったが、ほんの僅かに疑心が芽生えてくる。


 だが、それを気にする余裕はない。

 一番マズイのは、リョウヘイの事だ。

 


「死ぬよぉ? 思ったよりも粘ってるけどさ、あんなブレブレな奴が私のキメラを倒せるわけない」


「……今から、」


「私を殺そうとしても無駄さ。君の槍は私が持ってる。万全なら危なかったかもだけど、素手で勝てるかな?」



 そう言うラトルカの視線は、アイリスにも向けられている。カイルはアイリスの力は知らないが、それでも非戦闘員であることは分かっていた。素手で、しかも守りながら戦えば、負けるのは必至だ。

 舌打ちと共に、ラトルカを押さえつける事を諦める。幸い、ラトルカはまだキメラ以上の事をする気はないようだ。ラトルカの試練を見守るしかない。



「苦痛に歪め。天よ沈め。死に絶えろ」



 歌うようにラトルカは言う。

 怨の一文字によって作られたような言葉だったが、それをまったく匂わせないラトルカの口調は、いっそ不気味にも思えた。

 なんと楽しそうに破滅を願うのか。なんと未練のなさそうに滅亡を見るのか。


 これを、狂気以外でなんと表すのか?


 

「ねえ、『勇者』。君が死んでも、私はまったくもって困らない」



 ※※※※※※※

 


 辛く苦しい戦いだった。  

 胸が張り裂けそうなほど苦しく、頭を抱えたくなるほど辛い。

 カイルと戦った時には緊張こそあったが、ここまで、それこそ身を侵すほどではなかった。


 どうしてこんなにも辛く苦しいのか?


 リョウヘイには分からない。

 真剣の重さは、強化した肉体ならば紙切れよりも軽いはずなのに、ただの鉛のようにズッシリと重かった。

 体調は間違いなく最低最悪。正直言えば、戦うどころではない。

 だが、示せと言われて逃げる訳にもいかなかった。

 苦しみを呑んで戦うしかない。



(キッツイなぁ……!)



 そうでなくとも、キメラは強いのだ。

 何十という獣が連携して襲いかかってくるような、これまで体験したことのないような相手である。

 

 リョウヘイは顔を歪めてキメラを睨む。

 しかし、キメラは怯む様子などまったく見せない。

 近付く様子を見せないリョウヘイに、キメラは尾の蛇をこちらへ向ける。そして、顎がガバリと開くと、紫の液体をリョウヘイに噴射した。



「…………!」



 リョウヘイは大地を強く踏みしめる。

 魔力の宿ったその一歩は、地面に凄まじい魔力を込め、あっという間に壁を作り上げる。


 第二階梯魔術『アースウォール』


 土をそのまま操って強化しているために硬さはあまり強くないが、液体を防ぐ程度なら余裕だ。

 しかも、リョウヘイの魔力によるそれは、厚さ一メートルを超えている。毒で溶けたとして、リョウヘイに届くことは絶対にない。

 さらにそれでは終わらなかった。

 リョウヘイは毒を受けたと同時に、壁を前方へ爆散させる。土の塊は散弾のように撃ち出され、キメラを襲った。



「殺す」



 体を強張らせながら、己を鼓舞するように言う。

 ただの再確認の言葉のはずなのに、そこにまるで魔力がこもっているかのように、リョウヘイの動きを戒める。

 一歩目は軽やかに、二歩目は普段と同じ、三歩目はもう重かった。気概はあるはずなのに、どこかでセーブをかけてしまう事を、焦るリョウヘイは気付かない。



「…………!」



 体が重いリョウヘイだったが、危機を察知し、その場から飛び退く動きは速かった。

 この時だけは、体の調子は戻るのだ。防御に意識を割くときだけは、体は軽く、頭も回る。


 リョウヘイは、舞っている粉塵の微妙な変化から、キメラが攻撃を避けたことを瞬時に判断した。普通なら不可能な芸当だが、埒外の肉体強化による高い動体視力による技だ。

 ()()()したキメラの動きを察知出来るようになる、粉塵が立つ『アースウォール』を選んで正解だったと思わせる。


 そして、キメラの多彩さに素直に驚いた。



「コイツ強すぎだろ……」



 身体能力が高く、感覚が鋭く、爪や牙や角が名剣よりも硬くて切れ味が良いのは当たり前。体の一部は伸びる。関節を無視したようにニョロリと動ける。毒を持っている。魔術が使える。透明になれる。

 そして、最も厄介なのは、頭が良いことだ。


 このキメラはとにかく頭が良い。

 グルグルと唸り声をあげ、涎を垂らす様からは、理性も知性も感じられないように思えた。だが、完全にそれはポーズだけだ。多くある武器を、その場その場で使い分ける知性を有しているのは、戦っていれば分かる。

 恐ろしい魔物を創り出したものだ。リョウヘイは、ラトルカの能力に畏敬を抱いてしまう。



「あああぁぁああ!!」


「GRRRRRR」



 リョウヘイがキメラに斬り掛かる。

 歩法には雑味でいっぱいで、胴体から腕にかけてもブレが窺えた。カイルから言わせれば二十点のお粗末な動きである。

 当然キメラに通じるはずもない。その体毛は、一本一本が針金のように硬いのだ。ただでさえ斬りにくいのに、全力の半分もない攻撃では何も通じない。

 キメラは受けてから、爪で輪切りにしようとした。

 

 だが、回避だけは完璧だ。魔術を用いて土の槍を撒きながら退く。 

 そこでキメラも魔術で対抗した。こちらと向こうを隔てる水の壁は、凄まじい速度で向かい来る土の槍を包み込んだ。さらにそれを凍らせ、リョウヘイが行ったように砕いて弾いた。



「ガアア!」



 防御を剣で行えば、それは恐ろしくてスムーズに振るわれる。

 大小無数の破片たちは、いとも簡単に粉に変わる。何十、何百という鋼の弾丸にも等しいほど硬く、速い氷を斬り捨ててみせた。

 キメラもリョウヘイの技と力は充分理解している。自分から仕掛ける時には牽制を忘れず、中距離からの攻撃を中心にして戦うのだ。

 


「GAAAA!」


「あああぁぁ!」



 一撃が重い。お互いがお互いに思うことだ。

 下手をすれば、完全に持っていかれる威力がある。警戒するのは当然で、リョウヘイの拙くて強い攻撃も、キメラの工夫された強い攻撃も通用しない。

 毒と魔術でリョウヘイの逃げのルートを限定し、キメラは爪で襲いかかる。リョウヘイはそれを剣で応戦するしかなく、真正面から受け止めた。



「GAAAA!」



 キメラには爪の他に、蛇と角と牙がある。受け止められた時点でさらに二撃、三撃と続く。  

 


「クソッ!」



 引いても今回は無駄だ。キメラの筋肉、骨は伸縮可能であり、引いても伸ばして対応する。

 触れ合えるほどの近距離で、爪は受け流し、牙は紙一重で避け、角は蹴りで起動を変えてやる。

 全ての近接攻撃を対処されても、キメラは焦らない。巨大なキメラの体は、突然液体に変わったようにグニャリと地面に沈み、リョウヘイの背後へ回った。



「!?」



 キメラは頭が良い。

 確実に殺せるタイミングを作り出して、最も適した能力で敵を苦しめる。

 伸びる肉体の応用だ。軟体生物の魔物の能力を使い、柔軟性を極限まで高める。べたりと原型を無くせるほど、どんな形にも成れるという力だ。


 さらに、後ろから爪をその首へ。

 無防備で、見えていないはずのリョウヘイに致命傷を加えるつもりで。

 だが、



「し……!」



 避ける。勘だけを信じて、後ろを振り向きもせずに体を下げる。

 そのまま、手を地に付けてから、自分の体を遠くへ投げ飛ばした。



「はあ……はあ……」



 危機一髪のギリギリだ。

 そして、残念なことに千日手が崩れてしまった。



「がはぁ!」



 おびただしい血が口から流れる。

 目が充血し、頭が割れるように痛い。


 その理由は彼の首に突き刺さった、キメラの体毛にあった。

 


「…………?」



 一部の体毛を針のように変える。蛇の毒を一部器官に乗せる。

 ここまで隠していた能力だ。

 リョウヘイが気を張り詰めていたのなら、間違いなくこの小細工は通じなかった。だが、キメラの一手によって焦り、冷静さと細かな所への注意を欠いたために、ついに当ってしまった。



「GRRRRR」


「…………」



 膝を付く。そして、キメラはゆっくりとリョウヘイに歩み寄る。

 キメラは未だに警戒を残していた。

 死にかけの獲物とはいえ、あっさりと油断するほど弱い魔物ではない。

 確実に殺すために、魔術と毒でゆっくりと削りながら、さらに弱った所を牙で引き裂くだろう。


 均衡は崩れた。

 もう元には戻らない。



「…………」


「GRRRRR」



 ヤバい マズイ 死ぬ


 頭が回らず、ただ恐ろしい。

 最後の最後まで、キメラを殺す覚悟が出来なかった結末がこれだった。

 少し前まで戦いを知らず、殺し合いなど遠い世界だった普通の青年には、いきなりの殺生は荷が勝ち過ぎた。

 竦みは呪いのようにリョウヘイの肉体に絡みつき、決して彼を離さない。

 そして、



「―――――――――」



 誰かの声が高らかに響く。



 ※※※※※※※※



「神よ」


「は?」



 ラトルカは察する。

 自らが創り出した結界と魔術が、まったく別の術によって阻害されたことに。


 どんな術かは瞬時に理解する。

 彼女の優秀さゆえに、誰がどうやって舞台を崩したのかは理解出来る。だから、呆けた声を出すよりも早く、本能的に即座に犯人の方へ顔を向けた。  

 アイリスという、今回は毒にも薬にもならないと判断した少女の方へ。



「神聖術? まさか『解毒』と『勇士の聖印』? 私の結界をすり抜けて、効果を届かせた?」


「ええ。そうです」



 悪びれもせずにアイリスは言う。

 涼しい顔をしているが、凄まじい技術だ。


 空間を断裂させているというのに、結界の隙間を見つけ出し、術者であるラトルカに気付かれないように穴を広げ、効果を届かせた。

 しかも、『回復術』の初級である『解毒』はともかくとして、『勇士の聖印』は精神操作系の高位魔術だ。効果対象の勇気を増大させ、恐れ知らずの勇士を作り出す術。一歩を踏み出せない者にとって、こんなに有用な魔術はない。


 それを察して、ラトルカは顔を引き攣らせた。

 ヒクヒクと頬は痙攣し、何が起こっているのか理解出来ないというように。

 なぜなら、アイリスのソレは明らかに、



「ルール違反だ」



 ラトルカはアイリスに詰め寄った。

 胡散臭い笑みを貼り付けたようであったのに、まったく違う人らしい顔を見せている。

 


「アレは明らかにルール違反だ! 私は敵を殺せる覚悟を問うてるんだぞ! 魔術で心を強くすれば、私の試練の意味がない!」


「はて? 本当にそうでしょうか?」


「はあ!?」



 まったく理解出来ない。

 ギリギリと悔しげに歯ぎしりし、上手くやっていた魔力の隠蔽にほんの少しの綻びが出た。

 普段なら、絶対にあり得ないミスだが、ラトルカ本人はそれに気付けない。



「あの結界、空間を隔てるだけじゃないですね?」


「! 気付いて……!」


「どういう事だ?」



 二人の会話にカイルが入った。

 術の類はまったく理解出来ない彼にとって、何が起きているかはさっぱりだ。説明を求めて口を挟んだのだが、ラトルカはアイリスを睨み続ける。

 仕方なしに、アイリスは静かに言った。



「あの結界には別の術が掛けられていました。私はその効果を打ち消すための魔術を使っただけです」


「別の魔術?」


「ええ。『勇士の聖印』とは逆の効果を持つ、『怯懦(きょうだ)の魔印』は、効果対象の恐怖心を強める効果があります」



 同じく精神操作系の高位魔術だ。

 敵の士気を下げるために使われるソレは、今回の件においては最高の効果を発揮する。

 例えばリョウヘイにかけたように、殺しに対して恐怖の感情があるのなら、戦いを放棄させることも当然可能だ。

 

 精神操作系の魔術の恐ろしさはそこにある。

 もしもかかってしまえば、どれだけ勇敢な人物であろうと関係ない。どれだけ重く、強い覚悟を決めた人間だろうと、それを捻じ曲げる事が出来る。

 意志が強い弱いの話ではない。精神病と同じく、かかれば本当にそれで終わりなのだ。人間性を全て押し潰して、魔術の効果を優先させる。

 はじめから破綻していた試練なのだ。



「お前、それって……」


「リョウヘイ様への嫌がらせにしても酷すぎますね。はじめから勝たせる気なんてなかった」


「…………」



 ラトルカはそのウザくて喧しい口を閉じる。

 閉じるしかない。

 忌々しそうに顔を歪めて、アイリスを睨む彼女には、もう余裕など一切ない。完全に化けの皮が剥がれ、初めてラトルカ自身の顔を他人に見せた。

 


「……言ったはずだ。私には動機があると」


「思ったよりも根深いようですね」


「当たり前だ。何故、我が師の仇の仲間に仕えなければならない」



 冷たい瞳でアイリスを見る。

 カイルやリョウヘイなど、視界にすら入っていない。ただアイリスと、まだ見ぬ一人の異端審問官だけを見ていた。

 アイリスの言う通り、ずっとずっと根深い。



「確かに、ルーメン・ラヴルージは異端審問官に殺されました。ですが、コレはただの八つ当たりです。リョウヘイ様は、『勇者』は関係ないでしょう?」


「ふん。これから異端審問官たちと協力し、地獄を見るんだ。それなら、苦しむ前に殺した方がずっと慈悲深いさ」



 まごう事なく本音だった。むしろ、シンパシーに近いものすら感じている。

 家族と引き離され、人類を救う英雄として担ぎ上げられ、戦いに命をかける事を強要された。

 リョウヘイへの悪意はない。せめて、その苦痛に満ちた未来から離れさせるように。死に追いやることになったとしても、それが救いになることを信じた。



「何を勝手な……!」


「死ななければ、余計に苦しむ。お前の見たことがない戦線を、私は知っている」



 吠えるカイルに、ラトルカは冷酷に言う。

 恐ろしく冷めた目だった。怨みという黒く、ヘドロのように粘り強く炎すらも感じさせない。怨念の対象をアイリス越しに見てはいるが、それだけだ。

 必要以上の興味を、二人に向けていない。恐ろしいほどの無関心と、虚無感。二人は身が凍えるほどの寒気を感じた。



「私は誰も彼もを恨むほど愚かじゃない。私はただ、師を殺した異端審問官の意に沿わないことをしたいんだ。その結果として、『勇者』を遠回しに殺そうとしたことは否定しない。だがさっきも言った通り、これは慈悲さ。これから煉獄を素足で歩く可哀想な子を、道から外すためのね」



 八つ当たりではない。

 三人に対する怨みはない。

 やりたいことは、邪魔をすることだ。


 そして、その目的を叶えるための、最大限逆らえる最高のタイミングは、残念なことに()しかない。

 


「だから、邪魔しないでほしいなぁ」



 今度はニヤリと笑みを浮かべる。

 先程のような、道化のような胡散臭い笑いだ。

 声音も、気配も、感じる魔力も、素の状態の時とは考えられないほど乖離していた。本当に同じ人間なのか疑ってしまうほどだ。



「まあいいや。私は直接『勇者』に危害を加えられないけど、キメラの援護をする分には契約違反にならない」



 その瞬間、アイリスは結界でラトルカを閉じ込めた。話をしつつも準備していた『結界術』の一つ、『聖堂』だ。上位の神聖術で、他にも色々と準備を重ねていたのだが、アイリスには容易い。

 同時に、ラトルカの空間魔術にも干渉する。純粋な魔術の技の競い合いならアイリスが負けてしまうが、神聖力を用いて鍵穴をこじ開けるように干渉すれば、可能は可能だった。何もない所から、薄く紅色に光る槍が飛び出た所でアイリスは役目を終えた。


 咄嗟のアイコンタクトだけでしかアイリスとは意思疎通をしなかったが、信頼を元にカイルは即座に飛び出していた。

 愛槍を手にした瞬間、魔力を肉体と槍に目一杯に注ぎ込み、凄まじい『力』を権限させる。

 カイルの体は槍と一体化したように伸びた。しなやかに、神速と呼べる速度で、美しく槍を真っ直ぐに振り抜く。

 その一撃は、『聖堂』とラトルカの体を容易く貫いた。


 肩を貫いてから、空中に固定化する。

 槍に込められた莫大な魔力は、貫いた相手の魔力操作を大幅に乱すのだ。

 こうなれば魔術師にとって、手足を縛られたにも等しい。

 しかし、



「ざぁんねぇん」  



 バカにしたような言葉をカイルに吐くと、ラトルカの体が溶けて消える。

 貫いた感触から理解した。

 何らかの魔術で創り出した、彼女そっくりの分身。ただの人形なのだろう。


 気配から見つけた時には、もう既にリョウヘイたちの舞台へ足を踏み入れようとしていた。



「さあ、キメラ! ソイツ殺すぞ!」



 ラトルカは杖を振る。

 キメラへ支援の魔術を使って、リョウヘイを殺すために。










「悪いな。俺はそこまで弱くない」


「は?」




 キメラはもう、息も絶え絶えだった。

 完全に状況は逆転していた。



「ぎ!」



 突如手足に激痛が走ったラトルカは、立っていられずに倒れ伏す。

 短い悲鳴をあげると、もう動けない。

 杖は奪い取られて、体は動かず、頼みのキメラももう既に瀕死だった。



「な、んで……?」


「アイリスの魔術の前と後で、俺の動きはまったく違う。それに対応されるより早く追い込んだだけだ」



 ロクに攻撃してこなかった獲物。しかも手負いで、もう逆転の芽はなかった。キメラは油断してはいなかったが、それでももう無理だろうとは思っていたのだ。

 ほんの少しの、針の穴ほどの小さな慢心。それがアイリスの魔術によって一気に変わった。

 前と後でまったく違う動きをする敵。逃げるばかりのその素早い動きに慣れていたというのに、それが攻撃を混ぜるようになったのだ。はじめから攻撃を受けていればもっと戦いようはあったが、大きすぎるギャップに対応しきれなかった。

 

 再生能力すらも超越するほど激しい負傷に、キメラはただ倒れ伏す。

 彼の主と同じくに。



「リョウヘイ様」


「おい、終わったのか?」



 アイリスとカイルが後ろから急いでやって来る。

 だが、その全てが終わった光景を見て、焦りと緊張をゆっくりと解いていった。

 リョウヘイも二人を見て、特に怪我を負っていない様子に安堵する。


 

「このクソ女のせいで、とんでもない事になったな」


「……確かに大変だった」


「どうする?」



 呆然としているラトルカを睨みながら、カイルはリョウヘイに尋ねた。

 それは暗に、もっと痛めつけた方がいいのではないか、と訴えだ。

 手足は折ったし、杖も没収した。だが、ラトルカは凄腕の魔術師だ。手足や杖がなかったとしても、油断していい相手ではない。殺す事も出来ない彼女への対処として一番良いのは、ロクに魔術も発動出来なくなるほどのダメージを与えることだろう。隙を見せれば、間違いなく厄介な事になる。


 だが、リョウヘイは首を横に振る。



「それより、やる事がある」


「あん?」


「アイリス。俺にかけてる魔術を解いてくれ」



 真っ直ぐにアイリスを見つめるリョウヘイの目には、強い覚悟が宿っていた。

 そして、すぐに察しが付く。

 心配そうにリョウヘイを見つめ返しながら、戸惑うような声音で問う。



「よろしいの、ですか?」


「ああ。いつかは、しないといけない事だったのは確かだ」



 アイリスは『勇士の聖印』を解いた。これでもう、リョウヘイは素の状態だ。湧き上がるような勇気もなければ、竦み上がるような恐怖もない。

 あるのは、純然たるリョウヘイの覚悟だけ。全てを決めたあの時のように、覚悟を決めざるを得ない状況に追い込まれた彼は、用意された道を歩む。

 

 その道は、真っ直ぐに続いていた。

 スルリと収めた剣を鞘から引き抜き、導かれるままに、死に絶えそうなキメラへと向かう。



「…………」



 リョウヘイはキメラの目を見た。

 それは、リョウヘイではなくラトルカを映している。主である彼女を、真に慮っている。リョウヘイへの怨みや怒りもなく、死を目前としながらも、恐怖や生存の欲求はない。

 映すのは、ラトルカだけだ。

 戦っている間はお互いだけを見ていたというのに、キメラは最期にラトルカを見た。



「――――――――」



 リョウヘイの剣はキメラの首をハネた。

 容赦も遠慮も、慈悲もなく。


 リョウヘイは自力で、ラトルカの試練を乗り越えたのである。


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