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4、地図


 アレン視点


 

 俺は孤児だ。

 どっかの国の、その中の一つのどっかの領地の、下町の孤児院に居るただの子ども。

 赤ん坊の頃にはこの孤児院の前に捨てられていたらしいから、親の名前も顔も知らない。もしかしたら、他に兄弟が居るかもしれない。

 まあ、そこはどうでもいい事か。


 一応、家族は居る。

 俺を育ててくれた孤児院では、年上は兄姉、年下は弟妹、育て親のシスターカレンが母親と決まっている。

 同い年は自分が兄姉だ、と主張するらしいが、俺にとっては縁も興味もない話だった。

 兄でも姉でも妹でも弟でも、孤児院の仲間は家族。

 ずっとそう育てられたし、その通りだと思う。

 

 つまりは、俺は普通なのだ。

 孤児という境遇は、他と比べれば少ない状況かもしれないが、俺自身は普通の人間だ。

 育て親のシスターには感謝してる。

 年下の弟妹たちは、俺が守ってやろうと思ってる。

 孤児院を出て、もう自分の道を歩き出している年上の兄姉の事は尊敬している。

 普通の価値観、普通の教育。

 そうした俺はやはり、普通の人生を歩むのだろう。

 

 例えば、冒険者。

 魔物の駆除や、迷宮の攻略を行う仕事。

 常に危険と隣り合わせで、才能が無ければすぐに折れると言われているが、男として憧れがある。

 位の高い冒険者の活躍は、童話にもなるくらい凄いんだ。カッコいいお話に夢を見る人は多いらしい。

 兄や姉の中にも、そういう人はまま居る。


 例えば、騎士。

 国や領に仕える人間の事だ。

 守るべき場所や人のために誇り高く戦う姿が語られる事はとても多い。

 冒険者と同じくらい、カッコいいくらいだ。

 まあ、騎士は貴族だし、孤児の俺なんぞに成れる訳ないが。

 噂では実力さえあれば引き抜かれる事もある、とか聞いたが、それはよほどの例なんだろう。

 無理に挑戦して、当たって砕けるのも別にない話ではないはずだ。


 例えば、雑貨屋。

 例えば、商人。

 例えば、肉屋。

 例えば例えば例えば例えば……


 そういう平凡な想像ばかりしてきた。

 だって俺が普通だから。

 人並みに悩み、人並みに未来を憂う子どもだから。 

 俺が大半の人間と同じだから。


 しかし、しかしだ。

 俺とは違う人間を見た。



 同じ孤児院の兄弟。

 歳は俺と同じで、子どもの中では歳が一番上の、年長組。

 黒い髪に、変わらない表情を持つ、気の抜けたような女の子。

 同じく年長組のアイリスと比べれば小さいし、本当に妹にしか見えない、俺と同じただの孤児。



 だと思っていた。



 ある日の事だ。

 いつもと同じ時間を過ごして、いつも同じ日を過していた。

 皆が寝静まっていた夜の事だ。

 俺は、クララが体を起こして何処かに行くのを見た。

 はじめはトイレか何かかと思ったから、ついて行こうとしたんだ。

 夜中に目が覚めて、トイレに行きたかった。


 だが、クララが行こうとした場所は違った。

 ロウソクを盗み、火を付けて、ペンを握ってフラフラと。

 

 あんまり怪しかったから、声をかけた。

 すると、


 

『うぇっ?!』



 今でも、あの素っ頓狂な声は覚えている。

 アイリスかシスター以外とはまったく喋ろうとしなかった、愛想の悪い少女が、あんな間抜けに叫ぶとは思いもしなかったのだ。

 思えば、ここから彼女への心象が変わったのだろう。

 触れ難くて気難しい女から、少し抜けていて、中に怪物を飼っている妹へと。


 熱心に何かを書き込んでいた紙を覗き込んでみたが、当時の俺にはちょっと内容は分からなかった。

 分からなかったのに、大慌てで誤魔化そうとするクララを見れて、楽しかった。

 教えてくれなかったらシスターにチクる、と言えば、とんでもなく複雑な顔をしたから、余計に楽しかった。


 でも、紙の内容を聞かされて、そんな感情は吹き飛んだ。


 何よりもはじめに想ったのは、畏怖だ。

 危険に身を委ねる神経、破綻しているように思える手段、これまでバレなかったという手際。

 何もかもがおかしいと思ったし、そのおかしさを怖いと思ってしまった。

 本当に同じ人間なのか、と本気で恐れたほどだ。

 すべてが畏怖につながった。

 

 そしてその次に、敬意。

 自分と同い年なのに、自分とはまったく違うものが見えている特別さに憧れた。

 自分が普通でしかないと思っていたから、普通ではないことがこんなにカッコいいとは知らなかった。

 この時、ああ自分はこうなりたいんだ、と強く自覚した。


 最後に、覚悟だった。

 畏怖と敬意を覚えて、危うく忘れる所だ。

 尊敬の眼差しでクララを見ようとした所で、俺はクララを見下ろしていた。

 見下ろしていた。

 恐れ、敬うにはあまりにも小さかった。

 完全に年下にしか見えないくらいに、俺とクララとには差があったのだ。


 育て親のシスターは、弟や妹たちを守りなさい、と言っていた。

 何となく弟妹の事は愛していたと思うし、シスターの言葉も何となく理解はしていたけれど、やはり何となくという感じだった。

 やはり普通の男でしかない俺は、全部何となくだったのだと理解した。

 

 この時、ハマったのだ。

 クララは、守るべき存在だと。

 彼女は人と違う所があるが、妹なのだと。


 それからずっと、クララを見守っている。

 もし、クララがヘマをした時は守れるように。

 最低限、クララの失敗を俺が被る事になるように。

 どれだけ危険だと口で言っても、クララは聞かないのだ。


 きっと、いつか失敗する。

 それは別に危険だからじゃない、破綻しているからだ。

 目的と手段が入れ替わっているからだ。


 その時、クララを守れるのは俺だけだろう。

 彼女の秘密を知っている俺だけが、いち早く動くことができる。

 俺だけが、だ。

 他の誰にも、これは譲れない。


 だから、俺が……

 俺がやらないと……

 

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