48、敵と味方の中間の道化
カイルとリョウヘイが和解して数日。
二人は何だかんだ気が合ったようで、鍛錬場で共に汗を流し、模擬戦をするのはお約束。夜も色々と部屋で喋るようになっていた。よくどういう鍛錬法をしていたのか、お互いの世界の常識、培った知識や経験等々、話せばお互い案外面白いもので、熱中して話し込むことはよくあった。
アイリスともよく話をしていたし、関係性も良好ではあったが、やはり性別が違うのだ。男と女が雑談をするのと、男と男が雑談をするのとでは違う。
それに、カイルは同世代の同性の友人など持ったことはなかった。
だから少し舞い上がっているのは事実だ。しがらみはなくなり、親との絆を知った。それに貢献してくれたリョウヘイとアイリスには感謝している。
そこから彼らとは話しやすいと考えられるのは、カイルの性根が真っ直ぐな証拠だろう。
三人とも、お互いを信頼している。
パーティーを組むとなったとしても、この三人ならば関係悪化で勇者一行の機能不全に陥るということはないはずだ。
カイルは我が強いタイプの人間だが、リョウヘイもアイリスも共感性が高い方なので争いには発展しにくい。
それに、三人とも根が善人だ。
どこまで行っても、最悪の事態になることはないと言い切れる。
何も心配は要らなかった。
そんな仲の良い彼らだが今はというと、日課である鍛錬の最中である。
「足元が悪いな。正しい動きはしっかりした下半身から生まれるんだ。そこを意識して打ち込め」
「なるほど」
リョウヘイに丁寧に教えているのは、カイルだ。
模擬戦を続けながら、気になる所で止めて、改善を促す。粗暴な所もある彼だが、こと武に関しては細かく、神経質で完璧主義なのだ。
あまりにも彼が野性的なので勘違いしそうだが、彼の中には武に対しての理論がある。元『槍王』ガーノオリアが築き上げた、体術に関する全てだ。
指南役という意味ならこれ以上の人材はない。
だから、リベリオは浮いた駒になったというわけである。
『私の代わりに、リョウヘイ様を宜しくお願い致します。頼みましたよ、カイル殿』
教師役はリベリオと代わることになった。
確かに『勇者』の教育係も大切だが、リベリオは貴重な戦力であることに変わりはない。代わりが見つかったというのなら、戦場に戻されるのは当然だ。
重い期待を託されつつ、三人は再び彼を東の戦線へと見送った。
『それと、残りの一人の魔術師の方ですが、もうじきいらっしゃるとの事です。貴方達の活躍、東で楽しみにしています』
残り一人の勇者一行について少し言い残して。
だが、三人はそれに身構えるような事はしない。
リョウヘイとカイルは気にしていなかった。まだ見ぬ誰かに気を張るよりも、自分に出来る事を続けるくらいしかやろうと思い付けない。
そしてアイリスも同じだ。というより、楽しみにしているくらいだった。普通に仲間が増えるということは喜ばしいし、やはり同世代と和気あいあいするのは楽しい。
それに、残りの一人は勇者一行参加に対してあっさりと了承したと聞いていたのだ。
全員がカイルほど面倒くさい事にはならないだろうと高をくくっていた。
だから鍛錬を続ける。
それに、残りの一人が来たとしても、リョウヘイが一流程度にならなければ聖国から動けないのだ。これまでの生活を変える必要などない。
リョウヘイをカイルがしごくというのは、もう少し変わらないだろう。
「相手の動きを見ろ。予備動作から相手の動きを予測出来るようになって一人前だ」
「はあ……はあ……」
「ほらほら、休んでんじゃねぇ」
武器を手放し、拳闘を行う二人。
基礎から戦士を教育しなければならないのだ。体力を付け、上手な動かし方を覚える。
それが完璧になれば、剣を使う時の土台になるという。カイルは器用なことで、力の使い方をよく分かっている。拳闘らしく殴り合いの動きも出来るし、柔術や合気のような動きまで全て出来るのだ。
前者もそうだが、とても後者は大切だった。体の力の使い方を完璧にすれば、それをエネルギーを用いるのにも応用すれば、さらに繊細な術を使えるようになる。
「本当、効果あるんだから、面白い、よな!」
「当たり前だ。親父が百五十年かけて実証したんだぞ。俺でも通用したんだからお前にもイケる」
リョウヘイは上段に蹴り上げる。それを余裕でカイルは防ぐ。だが、そこで動きを止めては組み伏せられることは目に見えていた。
リョウヘイはそれから素早く地に足付けて、空いた両手で殴りかかった。二本の腕での攻防に移る。
掴みと打撃を織り交ぜて、有効打を先に入れた方が勝ちの戦いだ。
「…………!」
「〜♪」
リョウヘイはエネルギーを抑え、カイルもそれに合わせている。同じ力で、同じ肉体で戦っているというのに、優劣は明らかだった。
リョウヘイの顔は苦しげに歪み、カイルは余裕そうに鼻歌を唄う。
攻防の入れ代わりは瞬きの間にも行われ、次第に二人の腕が動く速度も速くなっていった。
だが、カイルの余裕は崩れない。
「あ」
上がり続ける速度。
洗練されていく攻防。
どちらが先に音を上げるかは、はじめから見えていた。
リョウヘイはカイルの掴みを弾くことが出来ず、肘を捕まえられる。
明らかな失態だった。
力は互角で、体勢と体力はカイルに分がある。このままいけば確実に投げられるのは火を見るより明らかだ。
果敢に攻めればその隙を突かれる。留まって動かないように体を固めれば打撃を受ける。
手詰まりだ。
だから、攻めた。
「…………!」
体当たりのために動きを変える。
強引に寄ったために少し対処を鈍らせたカイルだったが、すぐに半身になって足を払った。
バタリとリョウヘイは転ぶはずで、その上から踏みつけをしようと足を浮かせるカイル。体勢を大きく崩したリョウヘイに出来ることは限られている。
だが、何も出来ないこともない。
リョウヘイは崩しながら、即座に手を地面に付けた。そして、カイルの居る方向へ腕で反動を付けながら蹴りを放った。
一本の槍のように真っ直ぐに伸びた体を、矢のように飛ばして攻撃する。
完全に虚を突いた。常識外の、まだ見せたことのない動きをした。
リョウヘイは決まったと確信する。
しかし、渾身の攻撃は空を切る。
「な!」
「惜しかったな」
真下からする声。
間違いなく、カイルの声だ。
リョウヘイは悟る。
自分が取るであろう攻撃を予測して、しゃがんで回避したのだ。
驚きで表情が染まるが、それもあっという間に苦痛に歪む。声がしたと同時に、腹に衝撃が走った。
吹き飛び、受け身を取ってすぐに距離を取るが、カイルは目の前まで迫っていた。
「悪くない」
「嫌味にしか聞こえない」
リョウヘイにとって三十六戦三十六敗目だ。
カイルの動きは少しずつ対応出来るようになっていったが、まだまだ遠い。
リョウヘイは確実に強くなっていくが、カイルの年季の差は崩すのが難しそうだ。
二人の戦いが終わった所で、丁度正午を報せる鐘が鳴り響いた。
鍛錬は終了となる。
「飯食いに行くぞ。今度は理屈でみっちり教えてやる」
「うへぇ……」
体術の鍛錬は終了だ。
リョウヘイは食事のあとに別室へと移動し、魔術の修行をつけられることになる。
だが、カイルは食事中でも教育を止めない。今度は体ではなく頭に叩き込むのだ。それが終われば、またここに戻って一人で槍を振る。
二人の鍛錬は一日中だ。止まることなく、ほとんどの時間を克己のために使い続ける。
「いいじゃねぇか。俺が鍛えてるおかげで強くなってる。ほんの四、五日なのに随分良くなった」
「ああ、お陰様でルシエラさんにも褒められたよ。良くなった分余計に厳しくなったけどね……」
リョウヘイの『勇者』としての才能は、急激な成長を可能にしている。本人の性質もあるが、『勇者』とはそういう存在なのだ。
鍛えれば剣も魔術も超一流になり得る素質はあるし、鍛えている人間が超一流なのだ。普通の人間のように緩やかに上っていくような成長はしない。
それに、カイルの鍛え方は上手かった。
才と理によって上り詰めた男だ。その理を他人に授ければ、人並み以上に引き上げられるだけの力はある。リョウヘイがその中で体と術の二つの面で強くなっているのは、それが現れた結果である。
二人はそれを知らないが、ルシエラはそのことをよく分かっていた。
ニヤニヤと笑い、とんでもない修行を課してくる婆を思い出して、リョウヘイは顔を青くした。
カイルはというと、その態度に興味深げだ。
「異端審問官のルシエラ、ね。どんだけ強えんだろうなあ……」
「止めとけって……関わるだけで神経が死ぬ」
「そんだけお前が言うなら、めちゃくちゃ強えって事じゃねぇか。会ってくれないから俺はどうしようもねぇが、異端審問官と関わるのは貴重な体験だぞ」
「……前から気になってたんだけど、異端審問官ってそんなに凄いのか?」
リョウヘイは疑問しか湧かない。
確かにルシエラは凄まじいことは知っているが、全員が全員アレではないだろうと思っていた。リョウヘイは世界の常識について知らない事はまだまだ多い。
カイルは一瞬目を見開いて驚いたが、言葉を少し探してから語り出した。
「異端審問官ってのは、英雄の中の英雄だ。親父は戦線で百五十年戦ったが、異端審問官はそれよりもずっと長く戦って、生き続けてる」
「……思ったよりも凄そうだ」
「実際凄い。親父から聞いた時には四人居たらしいが、全員化け物なんだと」
「四人!?」
思ったよりもずっと少ない数に驚く。
聖騎士のように、万単位で居る訳ではないらしい。超少数精鋭で、長い長い時間を生き続けたとは知らなかった。
驚くリョウヘイを多少面白がりつつ、カイルはニヤリと笑って脅すように言う。
「親父は東の戦線に居たからな。ルシエラの婆さんの話は聞いてる。親父いわく、自分の百倍強いってよ」
「ヤバいな、それは……」
「アレが居るから、人間は五百年も戦線を維持させる事が出来たらしい。異端審問官っていうのは、間違いなく人類最強の戦力だ」
知らなかった、とリョウヘイは呟く。
凄い凄いとは思っていたが、そこまで凄い婆だとは知らなかった。
畏怖の感情が湧いて出た。
ただ恐ろしい婆さんだったのが、恐ろしくて凄い婆さんに変わる。
「怖……」
「手合わせしてみてぇな」
「ヤダよそんなの。味方なんだから」
そうだ、味方なのだ。
師であるルシエラとの力の差は、計り知れないとだけ分かっている。だから、敵ではなく味方で良かったと思っていたが、この話で本当に胸を撫で下ろす事になった。
「弱気だな。追い抜く、くらいの気概持てよ!」
「ええ……でも……」
「そうだよ。異端審問官が居ても事態は進展してないんだから。追い抜くじゃないと」
そのまま廊下を歩く。
リョウヘイは言われた言葉を間違いではないと思いつつも、それでも力の差への理解から言葉が出ない。
目標は高い方が良いのは分かるが、高すぎると到達出来る気がしなくてやる気が起きない。
「異端審問官の中でもルシエラの嫗は最古参らしいからねぇ」
「へぇ……知らなかったぜ」
「強い強いとは思っていたけども……」
少なくとも五百年以上を生きているのは分かるが、その異端審問官の中でも最古参とは。
下手をすれば四桁年生きているかもしれない。
ルシエラという人間が積み上げたモノが凄まじすぎて、彼女が人間としてどれだけ深く、強いのか、考えるのもバカらしくなる。
「ん?」
「どうした?」
「いや、なんか違和感が……」
不意に立ち止まったカイル。
リョウヘイはその不可解そうな表情を見て、どうしたのかと首を傾げる。
腹が減っているのだからさっさと食堂へ行きたいと思っているのだが、カイルを待つしかない。
それに、鍛錬場を出てから割と歩いたはずだが、誰ともすれ違っていないのだ。もしかすれば、混んでいるのかもしれない。鍛錬場から近い食事場所は一つしかないのだ。待つことになれば面倒だし、別の場所で食事をしてもいいがやはり面倒くさい。
どうでもいい思考をしつつ、リョウヘイはカイルをゆったりと待っていた。
「え、スゴ! 違和感!?」
「っ!!!」
「うわっ!」
カイルはリョウヘイの首根っこを掴んでその場から飛び退いた。
何をするんだ、とカイルに文句を言いそうになるリョウヘイだが、その焦った表情を見れば、何かとんでもない事が起こっているのだと察せられる。
とにかく周囲の状況を確認するために、頭を動かして視界を広げた。
すると、
「いやあ、私の魔術下でよく気付いたよ。感心感心。拍手を贈ります、パチパチ」
「テメェ、一体ナニモンだ?」
リョウヘイもカイルも、何の疑問もなかった。
ついさっきまで会話の中に混ざっていたというのに、その女について何も感じなかったのだ。
その目立つ藍色の髪と瞳も、人を小馬鹿にしたような口調も、その異質すぎる魔力も。何一つとして疑問に思うことなく、自然に受け入れていた。
こんなに怪しいのに、今も気を抜けば仲間だと勘違いしそうになるほどの無警戒が二人の胸の中に溢れている。
その不審すぎる女の脇腹に抱えられ、ぐったりと動かない彼女は、彼らの友人だというのに。
「アイリス……!」
「テメェ!」
助け出したいが、動けなかった。
敵の全容が知れない上に、アイリスを人質に取られているという状況だ。
焦りと緊張で二人が冷や汗を流し、空気が重くなる中で、女はそれを壊すような軽い声で言った。
「あー、ちょっと落ち着いて? 私は別に君らの敵って訳じゃないんだよ?」
「…………」「……チッ!」
「信じてないでしょ!? 失礼だなぁ、もう」
怪しさ満点で女は言う。
バカらしくて、鬱陶しいが、何も出来ないのだ。
二人はイラつきながら女を観察し、隙あらばアイリスの身柄を奪い取ろうと画策していた。
女は明るい声で、分かりやすい声で。
「私は『大賢者』ルーメン・ラヴルージの弟子、ラトルカ・ラヴルージ。君らの仲間だよ、よろしくね?」
よろしくする気のないシチュエーションを作り出しておいて、いけしゃあしゃあとラトルカは言った。
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