45、倒して
夜
誰も居なくなった鍛錬場の中で、リョウヘイは一人でこっそりと剣を振っていた。
はじめは腰が入っていないと言われた素人だったが、一日すれば少しマシになった。一週間すればマトモになった。二週間した頃には、一人で出来る鍛錬として意味のあるものになっていた。
一日やそこら素振りした程度で強くなる訳がない。だが、居ても立っても居られず、自然と足は鍛錬場へと向かっていた。
「…………」
振る 持ち上げる 振る
その繰り返しだ。
単調な作業だが、正しい姿勢、正しい力の使い方を維持しながらのそれには意味がある。剣の重さ、振り方の確認をし、使い方の理解を深めることと、単純な筋力トレーニングの目的が込められている。これを万でも、億でも続けるから、意味が出てくるのだ。先も述べたが、一晩した程度で強くなる、魔法のような効果は存在しない。
リョウヘイもそれを期待して素振りをしていない。
だが、ここでは気の高ぶりを落ち着かせるためだ。色々と心の整理をつけたいことが多すぎた。
「強かった……」
誰にも届かない呟きだ。
湧き出る悔しさが抑えきれずに漏れ出たそれは、彼の苦い心内と、自分をボコボコにした男への敬意の現れだ。自分の強さにも才能にも自惚れないリョウヘイは、とても正確に彼我の実力差を見抜いて、自分の中の感情と向き合っていた。
何度だってその光景を思い出す。何も出来なかった屈辱ともいえる時間だ。
昼間一方的に自分を叩きのめした、『槍王』を名乗る青年、カイル。その動きを記憶から引っ張り出す。
先ず、初撃はまったく見えなかった。存在そのものを感知出来ず、槍の柄で腹を殴られてからようやく気が付いた程度だ。この時点で、もう格付けは済んでいる。向こうが上で、こちらが下だ。逆立ちしてもひっくり返す事が出来ないくらいに、絶望的な差だ。
それから、リベリオとの攻防もそうだった。解説を頼まれても無理だと速攻で断るくらい、分かるけれども分からない立ち回りをされた。立ち位置から指先に至るまで、全てに何らかの目的と意味がある。
年季が違いすぎた。
人生のほとんどを武に費やしたからこその領域だ。教わった基礎を繰り返すしか出来ないリョウヘイとは大違いで、カイルは基礎がしっかり出来ている上で多くのものを積み上げている。
上位互換
歴戦の戦士
それと勝負をしなければならない。
『アレは、貴方様を測りたいのです』
そう告げられた時には、リョウヘイの心には納得が浮かんだ。あんなに強い人間がこんな弱い自分に付きたいなどと考えるのは都合が良すぎると自然に思えた。
当たり前な話で、『勇者』だからと何でもかんでも納得される訳がないのだ。カイルも、リョウヘイのような一般市民が『勇者』では不安なのだろうと得心している。
「…………」
弱味を見せてはいけない。
カイルは勇者一行として必要な人材だとアドルフから再三に言われていた。なら、ここで度量を見せて仲間にしなければ『勇者』失格だ。
またもや、覚悟を決めさせられている。
手も足も出なかった相手に一騎打ちを挑むという恐怖を押し込んで、戦わなければならない。叩き伏せられて、気を失いたくなるほど痛めつけられて、それでも立ち上がらないといけない。
気が高ぶるのも、体が震えるのも当然だ。
手の震えを織り込み済みで、素振りを続けた。その木剣で恐怖心を断ち切るように。
「精が出ますね」
「!」
集中していると、後ろから声がかかった。
一瞬警戒を表に出して剣を構えようとしたが、それも途中で止めてしまった。声の主が、リョウヘイの見知った少女であったからだ。
リョウヘイがゆっくり振り返れば、そこには想像通りの人物が佇んでいた。
「アイリス、なんで?」
教会の象徴の一つであり、『勇者』の対になる存在である『聖女』のアイリスだ。
相変わらずに優しげな微笑みに、優しげな声で接してくれる。リョウヘイもそれに頬を緩めつつ、彼女を迎え入れる。
「いやあ、リョウヘイ様が今日のことで色々思うところがあるのでは、と」
「色々見抜かれてたのか……なんか恥ずかしいな……」
なんでも知ってるかのようだ。
色々と思うところがあるのも、それで向かう先が鍛錬場であったことも、簡単に推理されていた。
自分の単純さに呆れて困ったように頬を掻いていると、アイリスからリョウヘイの方へ歩み寄り、近くに座った。椅子などない地面にだ。
どうしたのか、とリョウヘイは怪訝そうに首を傾げると、アイリスは言う。
「少し、話をしましょう」
「…………」
あの時と同じ状況だった。
覚悟を決めさせてくれた、あの時と。
リョウヘイは頷きもせずにアイリスの隣に座る。胡座をかいて、楽な姿勢で。まだ付き合いの時間で言えば短いが、二人はお互いが側にいてリラックスできるくらいの信頼はある。
二人に会話はなかったが、そこに前回のような緊張はない。どちらかといえば、弛緩している。
リョウヘイはのんびりとアイリスの言葉を待っていた。
「怖いですか? 戦うの」
そして案の定、彼女の言葉は核心を突く。
まるでリョウヘイの心の中を覗き見たかのように正確に、腑に落ちてしまうほど明瞭に、心の中の複雑なモヤモヤを言語化してくれる。
リョウヘイは頭が上がらない。
それと同時に、図星を突かれて居心地が悪い。
「そうだね。怖いかも……」
「でしょうね。カイル様は『槍王』の二つ名を正式に継いだ凄い方です。そんな人と戦うのは、やっぱり怖いでしょう」
「……『槍王』かあ。どんな人かは知らないけど、カイルの動きを見てるとそこまで大層な二つ名を付けられたのにも納得だよ……」
リョウヘイはつい、ボヤいてしまった。上を見ればきりが無いことを再確認してしまう。アレの師匠なら、きっと技量は同等かそれ以上なはずで、やはり足元に及ぶイメージすら湧いてこない。
まだ見ぬ『槍王』の姿を瞼の裏に思い浮かべる。
「彼の師、先代『槍王』ガーノオリア様は既に、東の戦線で亡くなっていますよ」
「あ、そうだったのか……」
「ええ。彼と、もう一人後で来る魔術師も、神の御元へ旅立った英霊たちの弟子です」
恐ろしいことだ。
今しがた自分よりも遥か格上の人物を想像していたのに、それがもう死んでいる、と。そして、それはきっと戦線で魔物に殺されたのだろう。この世界の厳しさは聞かされているが、聞かされる度に本当に凄惨なものだと確認させられる。
それと同時にカイルの心境を事を考えてみた。
「アドルフさんは、カイルが俺の事を試す気だって言ってたよ」
「そうですか……そうですよね……」
「そりゃあ、命を預ける相手の事くらい知りたいわな……」
アドルフからは色々とカイルについて多少だが聞かされていた。彼が三つの頃からガーノオリアに弟子入りし、その力を『勇者』と共に振るうために育てられたこと。『勇者』の存在を疑問視していること。だから、彼はその『勇者』を試したいということ。
そして、師であるガーノオリアの死については聞いていなかった。そこにどういう意図があるかは分からないし、考える余地もない。
だが、死んだ育て親の事を彼はどう思っているのかは考えても良いだろう。
「……親が死んだのですね」
親と死に別れた経験のない二人には、カイルの心情は正確に推測することは出来ないだろう。
悲しいのか、悔しいのか、怒っているのか、もう消化しきっているのか。
それはカイルに聞いてみないと分からないし、聞かれても説明することはないだろう。
「色々、理由を抱えてるんだなぁ……」
「何かしら、人間は抱えてますよ」
雑なまとめに、アイリスは苦笑いだ。
さらにリョウヘイは遠くを見つめながら言った。
「強い人ばっかりだよ、俺なんて必要ないくらいだ……」
英雄と呼ばれるレベルはいつも見てきた。リベリオしかり、カイルしかり、リョウヘイが百人集まっても蹴散らすほどの実力を持っている。
本当に自分が、『勇者』が必要なのか疑問だった。
「そんな事はありませんよ」
「そんな事はあるって……」
「……もう、仕方がありませんね」
弱気なリョウヘイにアイリスは優しく微笑む。出来の悪い弟へ向けるような柔らかな彼女を、リョウヘイはボーッと見つめるだけだ。
だが、優しい雰囲気とは裏腹に、彼女が語る事はとても冷たかった。
「『勇者』様」
「ど、どうした?」
「先代『槍王』ガーノオリアでも全然足りないんですよ」
笑っているが、とても残酷な事を言う。
悲しみのようなものも込められているように思えるが、それよりも内容が内容だけに入ってこない。
「ガーノオリアだけではありません。彼と同等か、それ以上の力を持つ英雄も、かつての戦線には沢山居ました。それでも足りなくて、全員死んだんです」
「お、おお……」
「『勇者』が必要なのは、現状の戦力では押し返すにはまるで足りないからです」
本当に悲しそうに言う。
実際に歴史を学んできたアイリスは、かつてどんな英雄が死んだのかは頭に入っている。三面六臂の活躍も、万夫不当の天才も、すべて魔物の波に呑み込まれていったことを知っている。そして、彼ら彼女らにも家族や友人が居たことも分かっている。
カイルはそんな教科書には載らない、被害者の一人なのだとアイリスは知っている。
「カイル様が何を思っているのかは知りません。ですが、『勇者』なら彼の苦悩ごと、彼を叩き壊してください」
「俺にはそんな力……」
「それをするのが『勇者』ですよ。出来る出来ないではなく、やりなさい」
リョウヘイでも、これは発破だと分かっていた。
カイルに負けていることが分かっていた彼が、少しでも気兼ねなく戦えるように、アイリスはやれば出来ると背中を押してくれた。
さらに言えば、彼女は見抜いているのだろう。見てもいないカイルとリョウヘイの戦いの詳細を、ほぼ完璧に理解している。
彼女の『勇者』を強調する言い分が証拠だ。
察しが良すぎて、実はその場でこっそり見ていたのではないかと思ってしまうほどである。
本当に頭が上がらない少女だ。
「それにカイル様は……いや、何でもありません」
「…………?」
出来ると信じられている。
いや、出来なければならない。
アイリスという少女は優しいだけかと思いきや、リョウヘイの予想よりもずっと厳しいようだ。
甘やかすだけではない彼女の前で、諦めさせてもらうのはとても難しいことらしい。それに、思い返せばやられっぱなしのままだった。このままで終わってしまうのは、それなりに悔しい。
「わかった、やるよ。勝てばいいんだろ?」
「はい。明日はちゃんと勝ってくださいね」
それで話は終わった。
部屋に戻るまで少し話して、それからの事は明日に持ち越す事にした。
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「やれるもんならやってみろ、クソ勇者……」
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