表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/293

40、『聖女』アイリス

短め


 教会の総本山、聖国の中央部

 司教という教会でもかなり限られた地位を持つ者しかはいれない、最も神聖な場所。

 そこにある、閉じられたとある真っ白な部屋で()()は目覚めた。

 ベッドやタンス、テーブルにソファ、燭台に至るまですべて白で塗り上げられた空間だ。常人なら二日で頭がおかしくなりそうなほど、真っ白だった。


 おおよそ人が過ごすには何かが欠けた場所ではある。だが、()()はそこを、七年もの間自室として生活をしてきた。

 ()()は先ず朝に起きて、部屋で勉強を始める。家庭教師が昼まできっちりと、休む暇なくだ。

 昼からは鍛錬場で神聖術の訓練を繰り返す。世界最高の術士によって行われる、虐待などとうに過ぎた過酷な訓練は夜まで続き、白い部屋に戻ればすぐに眠る。

 気が狂いそうになる日々を、()()は送ってきた。

 

 七年前まで、彼女の髪は金色であったと知る人間はかなり少ない。今は白い部屋に染め上げられるように、絹のような白髪だ。

 七年前までは小さな子どもだった()()

 変わったのは髪だけではない。

 手足はスラリと伸び、身長は百六十センチを超えている。体も丸みを帯びており、胸は平均よりも大きい。()()を知る者なら、すくすく成長していることが分かるはずだ。

 それこそ、黒髪の異端審問官の少女なら、驚きと喜びで泣きまくるかもしれない。

 だが、その後に悲しむかもしれない。



「『聖女』様。おはよう御座います」



 ノックの音がして、それから少女が入って来た。

 メイド服を纏った少女には、()()に対する親しみはない。ただ、役目をまっとうするという意思しか感じられない。

 変わらない表情は薄情か、冷徹が相応しい。

 


「…………」



 だからか、()()は変わらないベッドの上で、変わらない表情で少女を迎えた。

 迎えたといっても、固まったように動かない。

 そこに居る少女に顔を向けただけで、行動の全てが終わってしまったようだった。

 白い部屋に閉じ込められて、精神までも白く染まってしまったのかもしれない。()()の過ごしてきた日々を考えれば、そうなってもおかしくはない。

 すなわち、廃人だ。

 何もしない、何も出来ない寝たきり。そこまででなくとも、感情という感情が削ぎ落とされてしまったのかもしれない。

 

 だが少女は、呆れたように溜息を吐いた。

 いつもの事だと分かっていたから。



「寝ぼけてないで起きてください」


「ひゃっ!」



 少女が布団を思い切り引き剥がした。

 剥き出しになった()()の体に朝の冷気が突き刺さり、高い声を漏らす。ショートして固まった機械が再び動き出したように、寝ぼけていた()()はようやく稼働したのだ。

 先程まで動かなかったのが嘘のようだ。

 ボーっとしたような顔には表情が宿る。寒さを堪えるために腕を組んでさすり、カチカチと歯を鳴らす。

 

 それを見て少女は、変わらずにとびきりの呆れを示す溜息を吐いた。



「さ、寒い……ねむい……」


「いい加減にしてください。毎日毎日、私が起こすまで絶対にベッドから出ようとしないのですから。今日くらいはちゃんとしてほしかったです」


「だ、だって、私朝弱いし……」


「言い訳しない」



 ピシャリと言い切る少女。

 ()()と共に七年を過ごした仲だ。あまり表情が豊かな方ではないが、そこには信頼がある。

 他人には冷たい表情にしか見えないが、()()にとってはまったく違って見えるのだ。

 そういう信頼の元で、戯れ始めるのもいつもの事である。



「うう、リタぁ、五分だけ、なんとか……」


「いけません。今日だけはダメです。お忘れですか? 今日は『勇者召喚』の日ですよ?」 



 あ、そうだと()()は納得する。


 人類の進退をかけた一大儀式、『勇者召喚』を行わなければならないのだ。

『勇者』とは、四体の王者を屠るための最強の戦士。そして()()は、その『勇者』と共に戦わなければならない『聖女』である。

 もちろんその儀式、『聖女』は強制参加だ。

 


「…………」


「リタ?」



 強制参加だ。

 人類の存亡がかかった戦いへ、絶対に参加しなければならない。

 生きるか死ぬかも分からない。

 十歳の時に突然連れて来られた()()は、七年もの間過酷な鍛錬を受けさせられた。

 それに、何も思わない訳ではないのだ。

 少女、リタは少しだけ、つまらない想像をしていた。



「リタ」


「……はい」


「大丈夫。私は、大丈夫」



 それを見抜いた()()は、リタを落ち着かせるように言った。

 そこには驚くほど、()()の強さが現れてた。

 


「さ、早く着替えよ。手伝ってくれるんでしょ?」


「…………」



 リタは、片膝を付き、深く頭を下げた。

 変わらない表情に、少しだけ色が付いていたように思える。それは、きっと敬愛だろう。

 強くて折れない彼女へ、贈る言葉を一つ添える。



「ご武運を……アイリス様……」


 

 彼女、アイリスは、その言葉をただ受け取った。

 そして『勇者』は呼ばれ、戦いは始まる。


 

面白ければブクマと評価お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ