40、『聖女』アイリス
短め
教会の総本山、聖国の中央部
司教という教会でもかなり限られた地位を持つ者しかはいれない、最も神聖な場所。
そこにある、閉じられたとある真っ白な部屋で彼女は目覚めた。
ベッドやタンス、テーブルにソファ、燭台に至るまですべて白で塗り上げられた空間だ。常人なら二日で頭がおかしくなりそうなほど、真っ白だった。
おおよそ人が過ごすには何かが欠けた場所ではある。だが、彼女はそこを、七年もの間自室として生活をしてきた。
彼女は先ず朝に起きて、部屋で勉強を始める。家庭教師が昼まできっちりと、休む暇なくだ。
昼からは鍛錬場で神聖術の訓練を繰り返す。世界最高の術士によって行われる、虐待などとうに過ぎた過酷な訓練は夜まで続き、白い部屋に戻ればすぐに眠る。
気が狂いそうになる日々を、彼女は送ってきた。
七年前まで、彼女の髪は金色であったと知る人間はかなり少ない。今は白い部屋に染め上げられるように、絹のような白髪だ。
七年前までは小さな子どもだった彼女。
変わったのは髪だけではない。
手足はスラリと伸び、身長は百六十センチを超えている。体も丸みを帯びており、胸は平均よりも大きい。彼女を知る者なら、すくすく成長していることが分かるはずだ。
それこそ、黒髪の異端審問官の少女なら、驚きと喜びで泣きまくるかもしれない。
だが、その後に悲しむかもしれない。
「『聖女』様。おはよう御座います」
ノックの音がして、それから少女が入って来た。
メイド服を纏った少女には、彼女に対する親しみはない。ただ、役目をまっとうするという意思しか感じられない。
変わらない表情は薄情か、冷徹が相応しい。
「…………」
だからか、彼女は変わらないベッドの上で、変わらない表情で少女を迎えた。
迎えたといっても、固まったように動かない。
そこに居る少女に顔を向けただけで、行動の全てが終わってしまったようだった。
白い部屋に閉じ込められて、精神までも白く染まってしまったのかもしれない。彼女の過ごしてきた日々を考えれば、そうなってもおかしくはない。
すなわち、廃人だ。
何もしない、何も出来ない寝たきり。そこまででなくとも、感情という感情が削ぎ落とされてしまったのかもしれない。
だが少女は、呆れたように溜息を吐いた。
いつもの事だと分かっていたから。
「寝ぼけてないで起きてください」
「ひゃっ!」
少女が布団を思い切り引き剥がした。
剥き出しになった彼女の体に朝の冷気が突き刺さり、高い声を漏らす。ショートして固まった機械が再び動き出したように、寝ぼけていた彼女はようやく稼働したのだ。
先程まで動かなかったのが嘘のようだ。
ボーっとしたような顔には表情が宿る。寒さを堪えるために腕を組んでさすり、カチカチと歯を鳴らす。
それを見て少女は、変わらずにとびきりの呆れを示す溜息を吐いた。
「さ、寒い……ねむい……」
「いい加減にしてください。毎日毎日、私が起こすまで絶対にベッドから出ようとしないのですから。今日くらいはちゃんとしてほしかったです」
「だ、だって、私朝弱いし……」
「言い訳しない」
ピシャリと言い切る少女。
彼女と共に七年を過ごした仲だ。あまり表情が豊かな方ではないが、そこには信頼がある。
他人には冷たい表情にしか見えないが、彼女にとってはまったく違って見えるのだ。
そういう信頼の元で、戯れ始めるのもいつもの事である。
「うう、リタぁ、五分だけ、なんとか……」
「いけません。今日だけはダメです。お忘れですか? 今日は『勇者召喚』の日ですよ?」
あ、そうだと彼女は納得する。
人類の進退をかけた一大儀式、『勇者召喚』を行わなければならないのだ。
『勇者』とは、四体の王者を屠るための最強の戦士。そして彼女は、その『勇者』と共に戦わなければならない『聖女』である。
もちろんその儀式、『聖女』は強制参加だ。
「…………」
「リタ?」
強制参加だ。
人類の存亡がかかった戦いへ、絶対に参加しなければならない。
生きるか死ぬかも分からない。
十歳の時に突然連れて来られた彼女は、七年もの間過酷な鍛錬を受けさせられた。
それに、何も思わない訳ではないのだ。
少女、リタは少しだけ、つまらない想像をしていた。
「リタ」
「……はい」
「大丈夫。私は、大丈夫」
それを見抜いた彼女は、リタを落ち着かせるように言った。
そこには驚くほど、彼女の強さが現れてた。
「さ、早く着替えよ。手伝ってくれるんでしょ?」
「…………」
リタは、片膝を付き、深く頭を下げた。
変わらない表情に、少しだけ色が付いていたように思える。それは、きっと敬愛だろう。
強くて折れない彼女へ、贈る言葉を一つ添える。
「ご武運を……アイリス様……」
彼女、アイリスは、その言葉をただ受け取った。
そして『勇者』は呼ばれ、戦いは始まる。
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