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38、懺悔

前々話に後書き足しました。

宜しければどうぞご覧ください。


 アレン視点



 昼間からブラブラと街中を歩いていく。

 露店が広がり、活気が満ちたこの街は、俺にはとても居心地が良い場所だ。

 人間が往来しているのに、顔が死んでいないのは何と素晴らしい事だろうか。

 三年ほど前まで居た西の戦線は、人間の往来が激しかった。それと同時に、人間の死も多い場所だった。

 日に何十人と入れ替わり、消耗品のように死んでいく。人類を守るためと大義を掲げて、あっという間に命を落とす。

 

 この街にはそんな殺伐とした空気がない。

 もうここに居るだけで嬉しいくらいだ。

 地面に死体は落ちていないし、腐臭や汗や血の匂いが混じった異臭はしないし、怪我人のうめき声は聞こえない。

 

 しかも、飯が旨いのだ。

 戦線ではちゃんと食料は届けられるが、如何せん味が悪い。いつ魔物が集団で来るか分からないから、とんでもなく雑な料理しか振る舞われないのだ。

 味なんて重要ではない。栄養さえ取ることができれば用無しである。

 だが、ここの食事は素晴らしい。露店に売ってある果物は新鮮で、干されてないから甘味がとても大きい。串焼きにしても塩がふんだんに使われているし、生焼けでも焦げてもない。昔なら無理矢理口の中に押し込んで頑張って食べていたのに、今はぺろりと四つは入った。

 それにこの氷菓は冷たくて甘い。まずもって珍しい食材が存在しない世界だ。デザートなんて贅沢は許されない。

 

 本当に良い時間だ。

 腹いっぱいになるまで食べるなんて、かなり久しぶりな気がする。

 平和そうで本当に良い。異端審問官の仕事は心身ともに疲れることばかりなのだ。こういう休暇がないとやってられない。

 最近は戦線から離れてるからもう少しマシだが、それでもしんどい事には変わりない。

 こうしてただの街並みを見て感動するくらいだから、自分でも引くくらい疲れてるのかもしれない。



「…………」



 フラフラと歩きながら、周囲を見回す。

 子どもが公園で走り回り、母親たちが楽しげに話をしているのが見えた。

  

 ここは聖国だ。

 上流階級が住む地区ではないが、それでも生活に困窮する者は居ないし、中堅の国や小国にはない国民のための施設も多くある。

 市民が利用するこの広場もその一つ。広いし、綺麗だし、子供が遊ぶための共有の遊具もある。

 大人も溜まり場にしてるくらいだ。居心地の良さはかなり高い。

 親子連れで来るくらいだし。



 ………………



 それにしても、親子、か……


 そういえばこの七年、ろくに孤児院と連絡を取っていない。クララも俺も、何かと忙しくて手紙なんて書いてなかった。

 一応金は毎月送ってるけれども、別れた皆と話をしたいなんて思い付きもしなかった。

 シスターは今何をしてるのだろうか?

 あの性悪領主は別にいいにしろ、フィリップさんたちは元気にやってるのだろうか?



「手紙……」



 俺とクララは書いていないにしろ、アイリスは書いているはずだ。アイツはいつもマメで、家族想いだから。

 俺たちとは違って、善人なのだ。

 あの時出て行った俺たち三人は、本当に問題児だった。だが、問題児の中でもアイリスだけは違う。巻き込まれにいった俺たちと、巻き込まれたアイリスとでは立場がまるで異なる。

 そして結果は、一人は『聖女』で、二人は異端審問官。全員が教会で神の元、働いているのだから何の因果か分からない。

 奇しくもシスターの思惑通り、全員一応は聖職者をやっている。



「下手な劇よりも面白い現実だな……」



 色々、巡りすぎだろう。

 いったいどんな確率でこんな事が起こり得るというのか。


 そう思うとクララってやっぱり、大概おかしいのな。

 始まりはアイツだった。

 アイツが普通にしていたのなら、きっとこの状況にはなっていないのかもしれない。

 もうそういう星の下に生まれついてるとしか思えないくらいに、トラブルに巻き込まれる。

 あの性質がなければもしかしたら、もしかした未来があったかもしれないのに。

 良いよなあ、本当。

 何にも変な事なんて起きずに、あの街で、あの孤児院でずっとのほほんと暮らす日々を見てみたかったなあ。

 俺は平和をこよなく愛してる。そして、俺にとって一番平和と言えるのは、そういう光景だった。

 無駄な考えとは思うけれども、無駄がいけないなんて思わない。

 クララももっと無駄な事をうだうだ考えれば良いのになあ。



「あ」



 無駄なことを考え始めて、落ち着いた場所でさらに無駄なことを考え続けようとした。

 キョロキョロと辺りを見ていたら、ちょっと俺的には微妙なものが目に飛び込んでくる。

 

 カップルがベンチでイチャついている。

 弁当を広げて、食べさせ合ったり、手を握ったり。ちょうど俺が落ち着きたいと思ったところに。

 いや別にそれがどうということはない。

 ないけれども、一人で男がブラブラ歩いてるのと、一組の男女が腰を下ろして絡み合っているのとを比べてしまうのは、性というやつだろうか?

 

 いや、気にしてない。

 嫉妬なんてしてないし、羨ましくもない。


 ずっと鍛錬の日々だった俺は、誰かと付き合いをするなんて経験を積む暇がなかった。

 生きるか死ぬか、殺すか殺されるかの日々だ。

 人間的な幸せの大部分を切り捨ててこそ、俺もクララも異端審問官になれるだけの力を得た。だから勿論、色恋なんてありはしない。

 する気もなかったから、別に負けてはない。 

 俺はそんなに狭量じゃない。

 じゃない……



「はあ……」



 駄目だ、これは。

 カップルを見て落ち込むなんて、そんなバカなことをしているとまたクララに怒られる……

 別に気を抜いている訳ではないのだ。

 異端審問官は基本的にずっと一人で行動し、汚れ仕事をこなす。だから、何となく虚しくなる時間が生まれてしまうのだ。

 何で俺はこんな事をしてるのか、とか、他人が人並みの幸せを掴んでいるのに俺はどうなのか、とか。

 俺は悪くない。友人を作れる環境すら作ってくれない神様が悪いんだ。


 そもそも、



「次、どこに行こうか……?」



 腹は満たされて、日差しも良い。

 暖かくて穏やかな天候からか、眠気が湧いてきた。

 暇があればこそのこの感覚を楽しんでボーっとするのも良いが、せっかくの休みだから何かしたい。

 大体見れるような場所は回ったし、どうしようか?

 半目になりながら、大きく欠伸を……



「おい」



 声と同時に、怖気が走った。

 全速力で懐にしまったナイフを握り、声のした方向へ振るう。

 だが、完璧に空を切った。動きが速すぎる。

 しかし、俺は気配を捉えている。

 さらに後ろへ回り込んだ声の主を捉えようと、首をひねって振り返った。

 すると頭に衝撃が走る。何かでしばかれた。



「ってぇ……!」


「こういう時はすぐに距離を取れ。そういう風に教えられただろう?」



 頭をさすりながら声の主、クララの方を見る。

 コイツはいつも本当に唐突だ。会えば先ずはじめに手が出るのはいったいどういう了見なのか?

 コイツはコイツなりの理論を持って行動しているのは分かる。分かるが、それが他人とかけ離れすぎているから、ただのヤベー奴になっている。ここだけは七年前から本当に変わらない。

 俺をもて遊ぶのがそんなに楽しいのか?

 文句の一つでも……



「あ、え?」


「…………」


 

 振り向けば、クララが居た。

 

 ただ、普段着ている神官服ではない。

 いつもなら絶対に着ないだろう服だ。

 白くてフワフワしたレースであしらわれた、可愛らしいブラウス。それに合うような黒い、膝の少し上までの短めのスカート。スカートで隠せない脚をまるまる纏うニーソックス。

 年相応な少女らしい格好だった。


 あり得ない


 コイツはこういう格好が嫌いなはずだ。

 スカートなんて絶対に履かなかったし、履くにしてもこんな短いのは死んでもしないものだとばかり。

 まさか、明日にでも突然隕石でも降ってくるのではなかろうか?

 まさか、これも俺を騙してしばくための作戦の一つなのだろうか? 

 ここで固まったら修行が足りん、みたいな。


 あ、でも顔真っ赤にしてる。

 


「ジロジロ見んな」


「グッ……!」



 結局しばかれた。

 何なんだ、いったい?



「君は油断しすぎだよ。目先の予想外に囚われすぎて、動きを止めてる。魔物に騙し討ちにされるかもしれないじゃないか。ちゃんと教わったことには理屈があるんだ。頭がおかしくなるまで反復させられただろう? ちゃんと実行しなさい。回避が第一だ。反撃も大事だけど、攻撃の機会なんて生きていればいくらでも作れるんだからさ」



 なんか、普段より早口な気がする。

 思い切り恥じらってるな。

 それなら、なんでそんな格好してるんだ?

 それに、



「で、今度は何の用なんだ?」


「ああ! そうだよ、今日は君にお願いがあったんだ!」



 なんだ?

 どんな無理難題押し付ける気だ? 


 軽く身構える俺に、クララは目をそらしながら、平静を保とうとする控えめの声で言った。



「ちょっと一緒にご飯食べない? お腹空いた」



 さっき食ったばかりだったが、いちにもなく全力で頷いた。

 過食くらい、別にどうってことはない。



 ※※※※※※※



 俺たちが来たのは、聖国の中央部。先程まで居た庶民が暮らす普通の土地ではない、本物の貴族だけが来る地区だ。

 そこに建つ案外シンプルな見た目の白い建物は、貴族御用達の食事処である。

 個室に通された俺たちは各々注文を行い、お互いの料理を待った。

 

 正直、元からかなり腹に入っているために食うのがしんどい。

 けれども、クララの誘いを断るわけにはいかない。こんなことは滅多にしてくれないのだ。それに、断った所で強制的に連れて行かれるのが目に見えている。

 俺にはコイツの頼み事に対して、『はい』以外の選択肢は存在しない。

 まるで暴君のようだが、大体そんなものだ。


 その暴君の方を見ると、席についてからも未だに恥ずかしそうにしている。

 こんな可愛げのある姿を見るのは久しぶりな気がする。

 なんの心境の変化だろうか?

 


「ジロジロ見るなって言ってんだろ……」


「あ、ああ……」



 言葉は強いが、どこかしおらしい。

 何というか、頭を撫でてみたい。子どもの頃からずっと、どちらかと言うと男のような気質があったのだ。だが、それが今はまったく逆。

 アイリスが見たら泣いて喜ぶかもしれない。

 だが、俺からすればこの変わりようは正直怖いくらいだった。

 クララは変化をしない奴だ。

 根底にあるものは絶対に変わらない。

 アイリスへの想いがコイツの精神力の源であり、そのおかげで幾百幾千という苦難を乗り越えてきた。だから、殺しても殺しても、傷付いても苦しくても、すべてを許容する事ができる。

 それは何十年続けても変わらない。

 変わらないことで自分を強く保っている、酷く不器用な人種のはずだ。


 なんだというのか?

 何が起こったというのか?

 あるとするのなら、



「この前の任務、何かあったのか?」


「…………」



 当たりだった。

 何となく顔に照れや恥が残っていたのに、一瞬で全てが無くなった。

 普段から表情の変化に乏しい奴だが、今は完全に真顔で固まっている。

 分かりやすくて結構だ。



「……ウザい子どもに絡まれてね」



 子ども、ね……


 何かとコイツは押しに弱い。

 それこそウザいくらいにガンガン押されれば、コイツはきっとなびいてしまう。遠ざけても、さらに向こうが寄ってくるのなら、かなり弱るだろう。

 猫とかに擦り寄られるのと同じだ。

 獣は嫌いとか言って、特に猫とかは可愛げがないとか嫌がる素振りを見せても、いざ本物と関わることになればデレるみたいな。

 


「……その服も、どうせその子どもが選んだんだろ? お前に着させようと強引に頼み込んだとか?」



 クララは警戒心が強い奴だが、その警戒心をぶっちぎって来る奴にはチョロい。

 アイリスも言わずもがなで、俺に対しても何だかんだで相当甘いのだ。

 だから、コイツは余計に苦しむ。

 


「…………」


「どうした?」


「その子どもが、異端だった……」



 なるほど、そういう事か。


 気を許した相手が異端だった。だが、コイツは間違いなくその子どもを殺したのだろう。

 甘いとはいっても、クララは自分の役目を履き違えることはない。俺がもし異端に加担したとなれば、間違いなく俺を殺すはずだ。

 コイツは、嫌でも殺る。

 肉体的にも、精神的にも、コイツはとんでもなく強い。強すぎて、苦しい道を進むことを躊躇わない。



「辛いな……」


「別にどうでもいいよ。所詮、異端だった」


「それならその服はなんだ? 結構キテるんだろ? 弔いでもなんでも、お前がそんな女子らしい格好するくらいに」



 本当に格好の話で恥ずかしそうな顔をする。

 軽く俯いて赤くして、黙ってしまった。


 だが、そのまま否定をしない。

 かなり仲良くしていたらしく、珍しいくらいにヘコんでる。

 らしくない。

 確かトロンに居たらしいが、コイツの脚なら聖国に一日で辿り着くだろう。俺と同じく、任務が終わって二日目のはずだ。

 一日以上前のことを引きずるなんて、これまで数えるほどしかなかった。

 

 どうしようかと腕を組む。

 何と声をかければいいのか。


 すると、扉からノックの音が響いた。



「お待たせしました」



 料理が運ばれてきた。

 俺からすれば、高そうか美味そうくらいの感想しか出ない。

 クララは少食だし、俺は先に食べていたから、作るための時間はかなり短めだったようだ。

 皿がテーブルに置かれていく。

 クララと俺で合わせて三皿だ。そそくさと店員は俺たちの空気と同じく静かに出て行った。


 俺たちは黙ったまま、少しずつ料理に手を付け始める。

 気まずい雰囲気が流れるが、ここで何も言わなければ埒が明かない。

 フォークを動かしながら話を進める。



「珍しいもんだ。殺した相手にそんなに入れ込むなんてな」


「…………」



 異端審問官として、資質という点では俺なんかクララの足元にも及ばない。

 クララ曰く、ロクでなし以外に異端審問官は務まらないらしい。異端なら誰だって殺せる、迷いの無さが必要なのだと。

 クララはその言葉通り、誰だって殺してきた。そこに一欠片だって迷いはないのだ。

 だが、迷いはなくとも苦しみはする。

 今回はその苦しみが、普段よりもきつかった。



「ちょっと安心したよ。俺は、お前が本物のロクでなしになるんじゃないかと思ってた。他の異端審問官みたいに、笑って異端を殺すような輩にな」


「…………」


「でも、今回でそうじゃないと分かった。お前にもまだ、悼む心はあるらしい」



 このまま、終わってくれないかとも思う。

 俺や他の連中みたいに、クララは苦しみを感じない訳じゃない。苦しいことがあったとしても、それを我慢出来るというだけの話だ。

 だから、誰かが見ていないといけない。

 コイツが壊れないように。



「でも、それじゃ駄目だって分かるだろう?」



 とはいえ、俺が出来ることは限られている。

 せいぜい発破をかけるくらいしか出来ない。

 コイツの決めたことを守らせ、止まりかけた足をそのまま止まらせないというのは、なかなかに難しい。

 


「お前はもっと凄い奴だ。こんな所で縮こまって、過去のことに執着するような弱い奴じゃない」


「…………」


「それとも、このまま可愛らしい女の子に戻るか? これまで奪ってきた命を全部忘れて、異端審問官を辞めるか? いいぜ? 一般人に戻って、力を全部無くしてしまえばいい。あの時みたいに、何も出来ない、弱い子どもに戻ればいい」



 クララは俺を真っ直ぐに見つめる。

 俺も見つめ返す。

 お互い、他には何もない。



「俺が、守ってやろうか?」


「…………」



 驚くくらいに、自然にその言葉が出た。

 もしかすれば俺は、



「調子乗んな」


「いだっ!」



 また頭をしばかれた。

 しかも今度はさっきよりも大分強い。一瞬頭が凹んだんじゃないかと思うくらいの馬鹿力だ。

 またもや頭をさすりながら、クララの方を見る。

 やはりクララは変わらずに俺を見つめるだけだ。

 だが、先ほどまで見えていた弱みは一切無くなっている。俺のよく知る、馬鹿みたいに強い、狂人のクララの目だった。



「はあ……君にそこまで言われるほど、悩んでいるつもりはないよ。ボクは、アイリスが死ぬまで異端審問官を辞めるつもりはないんだ」


「痛……マジで痛い……」


「確かにあの子は残念だったけど、そこまでだ。アイリスと比べるには、ボクにとっては軽すぎる」



 正直、そんな軽く言えるようには思えなかった。

 けれども、コイツが言うのならばそうなのだろう。実際、その子とアイリスの二択ならば間違いなくクララはアイリスを取る。

 だから、アイリスを選んだという選択を悩むようなことはしてはいけないのだ。クララはきっとそう決めていたはずだ。それでも、それでもほんの少しだけ、気の迷いを見せてしまった。

 なんとも自分に厳しいことだと思う。

 そこまでしなくても、悼むのならそうすればいいのに。



「気を遣わせたね。ありがとう」



 …………


 ここに頷くのは、俺の想いを曲げることになる。

 本当に少しだけだが、あの発破にも本音があった。頷くのならば、その本音を嘘ということで片付けなければならない。

 だが幸い、俺はクララよりも上手く立ち回れる。



「気にすんな」



 本当に少しだけ思ったのだ。

 クララが力を捨て去って、普通の、一人の女に成り下がって。

 それで俺が一人の男としてクララを守れれば、と。


 まあ、あり得ない仮定の話だ。

 力を捨てる方法などないし、もし出来てもクララにその意思は絶対に、天地がひっくり返っても絶対にない。

 それに、コイツは俺に守られるほど弱くもない。

 むしろ俺の方が二つの意味でずっと弱い。


 弱い俺が折れて、本音を呑み込む。

 これも仕方のないことだろう。

 全部、たった一人の女にも勝てない情けない俺が悪いのだから。


ブクマ、評価、感想を気軽にお願いします。

それと誰か女性服の書き方を教えて下さい。

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― 新着の感想 ―
[一言] TSの醍醐味って感じがしてとても好きです
[一言] アレンとクララの関係がすごい好きです
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