200、不変
テスト疲れました……
これから投稿ペース直します……
「BOOOOOOOOO!!!」
確かに身体能力や再生能力、魔力量など、戦闘において必要なものは軒並み伸びた。
枷から解き放たれた彼の実力は、人であった頃とは比べ物にならない。純粋な暴力だけでいくつもの国を相手取り、そして相手をした者、国をまとめて滅ぼせる。
多勢に無勢なんて事は起こらない。
多勢に対して、圧倒的な個が、蟻の群れを潰すように蹴散らすだけだ。
どんな魔術も紙屑を投げられたも同然、どんな剣撃や刺突も鍼治療も同然、どんな打撃もマッサージも同然。
牛人に負けるなと言う方が無理だ。
戦線と違って、強い人間はほぼ出払っているのが現状の僻地では、一定以上の敵はどうにもならない。
それに、仮に戦線の人員が居たとしても、つまりは英雄が居たとしても、勝てるかどうかはかなり微妙だ。
最高峰の戦力が必要になる。
複数人の英雄と、数千の精強な猛者たちが。
戦線内部において、これ以上の災禍は五百年に渡ってなかった。
この五百年内で最悪の災害が起こるということだ。
訳もわからないままに、少なくとも今居る国は滅び去る。魔物ではなく、恐怖の象徴や破滅の権化として、語り継がれるかもしれない。
彼は、具現化した悪夢だ。
この世にあってはならない、人類の仇敵だ。
だが、悪夢が悪夢として成る前に、異端審問官がそこにやって来た。
数多の英雄も、数え切れないほどの猛者たちも、為す術もなく蹴散らされただろう、厄災を刈り取るために。
(全部、神の予知通り、か……)
こうなるのは必然だった。
コレは、異端審問官しか対処できない。
少し前に、クララは一匹魔物が戦線から逃げたという報告を聞いていた。
クララからすれば、そうだったかもしれない、程度の認識だが、その細い、曖昧なだけの糸が繋がって、強固な綱になるのを感じていた。
全ては神の意志の通りに。
全ては神の手の平の上。
逃げても、隠れても、外まで来たと思っても、手の平からは降りれない。
事実、牛人もこうして逃げられなかった。
世界のどこに逃げたとて、こうして神の使徒がやってきて、不都合を潰していく。
不幸なことに、牛人は生きていてはいけない存在として神に認知された。だから、神は正しく、そして適した絶望をコレに与えるのだ。
クララには、その能力がある。
神のことを誰よりも深く知っている。
だから、世界で唯一と言っていいほどに、神の望みを叶える事が出来る。
正しい絶望そのものになれる。
「不憫だね、君は」
クララは知っている。
神は生命を慈しむもので、命を守ろうと、その美しさを守るために最大限を出さなければならない。
護らねば、神の存在は成り立たない。
無償の愛を、人間では実現できないほどの規模で抱いていて、神は己の存在に賭けて、コレを否定できない。心臓や脳のように、生きるためには無くてはならないものだ。
正義の化身と呼んでも、いや、神こそが正義の化身でなくてはならない。
無くなれば、ある意味で神の死を意味する。
それだけ大切な要素であり、
同時に、神は、■でもある。
神は牛人を殺すためにクララを遣わした。
神の在り方がこうだから。
変えられない性質だから。
「ボクと戦わなくちゃならないなんて」
他の誰かだったなら、どれほど良かったか。
勝てるかもしれなくて、生き残れるかもしれなくて、例え負けたとしても、もしかしたら『これだけやって負けたなら仕方ない』と納得出来たかもしれない。
ただ戦うなら、希望はあった。
負けて死んだとしても、それは救いだったはずだ。
どちらの道からも外れてしまったから、その罰がやって来たのだ。
罰らしく、いたぶっている。
ここに居た事自体が間違っていたのだと教え込むように、執拗に、粘着質に。
心を折るための戦い方を、クララはしている。
「BOOOOOOOOO!!」
「おそい、よわい」
先程のような様子見ではない。
手の出し方を伺っているのではなく、わざと殺さない手を取っている。
牛人が脚を出すのなら、出す前に足を踏み付ける。手を出すのなら、あらかじめ肩を抑えている。魔術なら、術を見た後で対抗の術を適切に出している。
明確な実力差を見せつけるために。
わざわざ分かりやすく、授業でもするように。
クララは戦っている。
とても不真面目に、手心を加えて。
牛人の動き程度、クララが完全に見切るのに五分あってもお釣りが来る。
もうずっと前から、攻撃など当たるはずがないほどに慣れていたのだ。
肉体が硬すぎて、ダメージを通すのに相応の消耗が必要になってくる。だが、細胞の一欠片からでも再生できる。だが、そもそも攻撃が当たらない。
理不尽を固めて出来たような存在だ。
戦闘継続能力なら、ほぼ理想値に達していると言ってもいいかもしれない。
これ以上の理屈が出る能力は、ほぼないだろう。
疲れさせて、弱らせる。
この過程は最早、戦闘と呼べるものではない。
必要を感じないほど丁寧に、それでいて執拗に、痛めつけるためだけの行為を、断じて戦いと人は呼ばない
言い換えるのなら、儀式、だ。
クララが戦う理由の一つで、クララの本業とも言うべき活動である。
祈りを捧げて、神に願うこと。
クララの儀式は、祈りは、中途半端で終わらない。
儀式の生け贄に牛を一頭使う。
供物を捧げ、忠誠を誓う。
今そんな事をする必要があるのか、と思うかもしれないが、重要なことだ。
どんな場面でも、痛みはなくてはならない。
悪で在ることを忘れていない。悪のままでいることを覚えている。
神の使いだが、正義の味方ではないのだ。
クララは本質を履き違えない。
くだらない勘違いだけは絶対にしない。
だから、クララの方が強いのだ。
ブレない、折れない、心が負けない。
強い理由には事欠くことがない。
「……」
虐めても、何も面白くはない。
手間と時間ばかりがかかり、クララに得など微塵もありはしない。
だが、これが仕事なのだ。
嫌なことでも進んでしなければ、場から除かれ、不利益だけが残ってしまう。
これは義務だ。
だから、クララはとことん容赦がないのだ。
良心の呵責、遊び心はない。
奇跡を願っても、逆転はない。
もう、芽は摘まれてしまった。
「BOOOOOOO!!?」
メイスは確実に牛人の肉を抉る。
すぐさま身体機能で再生するのだが、削れる痛みがないはずがない。真っ当な生物という枠組みの中に居る彼には、そこからブッ千切れた彼の敵とは違う。
無理をすれば疲れる、ダメージは残る。
痛いと、反射的に怯むものだ。
生物に備わっている痛覚は、いわば危険信号だ。無視すれば、それだけ死に近付いていくから送られる。意思云々ではなく、設計段階での問題だ。
避ければ余波に殴られる。
掠ればその箇所は抉れる。
直撃すれば死ぬ。
その正しい認識が、痛みを深く自覚させる。
「なまじ強いから、こうして痛い目をみる。出しゃばるから、お前は死ぬんだ」
逃げれば、まだ芽があったかもしれない。
だが、戦うことを選んでしまった。
クララの中身を、義理を信じられなかった。
初めて手にした楽園を、完膚なきまでに踏み潰されるのだろうと信じて疑わなかった。
万に一つに遠く及ばない確率でも、牛人に成り果てる前の彼は、自らの手で守ろうとした。
心情的に、こうするしかなかったのだ。
袋小路の死地と分かっていながら、彼の心の弱さ故というべきか、想像のための時間が無かったというべきか、なるべくしてなったというべきか。
あらゆる死の中でも、最も残酷で、苦しい道に辿り着いてしまった。
「それは、君の罪だ。強い者には従えばいい。敵が強者なら、逃げればいい。敢えて、なんてモノは、全部悪手さ。だから君は、自分から、全部失うハメになった」
メイスは牛人を的確に、休まず攻撃する。
その度に、即死はせずに、だが、再生のためにエネルギーを用いなければならない傷が出来ていく。
頭を潰せば殺せるだろう。
だが、しない。
まだまだドラマは終わらせない。
終わってはならない。
クララは、待ち続けた。
終わらせないために、待っていた。
再生の隙をわざと作り出し、命を奪わないことで、儀式をいつまでも続けている。
戦闘において、悪手の場合が殆どの『待ち』だ。
合理性の欠片もないが、クララは『良し』と言われるまでは続ける。
こうして言葉を投げかけるのも、遊びの一環だった。
一部の隙もなく、だが、口を動かす余裕を見せながら。
「GォOOOOOOOO!!!」
苛立ちに駆られる。
恐怖で竦む。
牛と人との相反する感情に振り回されながら、削れた体を少しずつ治しながら、膨大な筋肉で膨れ上がった四肢を振り回す、最強の凶器である角で刺し貫く。
咆哮すらも、圧と轟音で攻撃として成立していた。
まさしく嵐のように、クララが『待つ』時間の中で攻撃する。
上から斧のように腕が振り下ろされる。
下からギロチンの刃ように脚が飛んで来る。
常時叫びが聴覚を狂わせ、圧力がかかり続ける。
だが、クララは無傷で在り続ける。
全ての攻撃を、いっそ美しく、完全に躱し続けた。
大ぶりの薙ぎ払いは通じない、低い位置からの攻撃は飛んで回避する。上下から、逃げ場をなくしながら迫ることもあったが、細い細い僅かな隙間を潜り抜ける。牛人の叫びなど、そよ風のようなものなのだろう。
攻性に転じても、意味がなかった。
数値として、身体能力や総エネルギー量も大幅に増えたが、増えたところで焼け石に水だ。
その力に見合う、戦闘になるギリギリの力を引き出されるだけ。出せる実力が半端に上がったところで、余計に追い詰められていく。
「…………」
「!!?」
より、実力差が分かるように。
パフォーマンスもきっちり添える。
クララは、メイスを手放した。
攻撃の雨あられの中で、完全に無になった。
殺気や敵意すらもなくして、反撃や防御など視野にも入れていない構えだ。
いや、構えですらないのだろう。
洗練された、戦うための無ではなく、日常の中にもあるような適当な無だった。
「があAAAA!!!」
罠かもしれない。
何か、狙いがあるのかもしれない。
しかし、そんな思考をする理性が吹き飛んでいる。
それどころか、侮られた、という気配を感じ取り、怒りによって余計に攻撃に没頭する。
これまで示された実力差などまるで気にせず、暴れる姿はまさにバーサーカーだ。
だが、小さな小さな、削れきった理性はある。
人の側面が、大海の中の一滴程度には残っている。
恐ろしいからコレを除け、と、小さな声が狂気の中で喚いている。
激情に、恐怖に突き動かされながら、戦う。
より速く、より強く。
消えて見えるほどに速く、音よりも速く。
熱を帯びるほどに強く、赤く染まるほどに強く。
「があAAAAAAA!!」
物理法則の限界を超えて、巨大な隕石もかくやという速度で、エネルギーで、質量を叩きつける。
四方八方を消滅させるだけの威力がある。
込められたエネルギーがこれまでとは一線を画しており、最早兵器と呼んでもいい。戦争ならば、場の勝敗を決めかねない戦略級の超破壊。
防御など、意味をなさない。
回避を選択しない生物は居ない。
無駄だとしても、認識さえしたのなら、そこから離れる選択を無意識にでも選ぶ。
しかし、
「無駄」
クララは、一歩も動かなかった。
見据えた上で、受けようともしていない。
だが衝撃と轟音の直前、小さく呟かれたその一言が、酷く耳に残った。
普通の人なら聞き逃す声が。
気味が悪くなるほどに、明瞭に。
――――――――――――!!!!
発光、爆音、そして衝撃。
辺り一帯、一瞬光に包まれる。
その後、音波が弾ける。
インパクトによって、地が捲れた。
熱によって、一切合切燃え尽きた。
数トンの爆弾が一斉に爆発したかのような、尋常ではない極限の大爆撃。
エネルギーの大収縮と大解放。
残るのは、見るも無残な消し炭ばかり。
凄まじい数の命が燃え尽きて、ともすればその後に湖が出来るかもしれない大穴が空く。無視できないダメージが刻み込まれ、後の世代に語り継がれたかもしれない。
いや、人が見ていたなら、そうなった。
突如現れた謎の大穴、消え去った森、焼け焦げた大地を見て、何もないはずがない。
戦線の内側で起こった未曾有の大災害。
人の手に負えないナニカが、これを齎したのだと、景色を見れば一人残らず理解する。
虫の一匹とて、生き残ってはいまい。
生きていてはならない。
世の理から外れた怪物が、居ていいはずがない。
しかし、
「だから言った」
目の前に、偶々、偶然居たのだ。
理を打ち破った怪物が。
本来居ていいはずのない掟破りが、世界の例外が、不運にもそこに居てしまった。
圧倒的な破壊をモノともしない神官が。
クララの体には、汚れすらなかった。
ゾッとするほどに変わらない。
気怠げな瞳は今も、確かに牛人を見つめている。
「…………!!」
牛人は、叫びを止めた。
理性が無くなったはずだが、ただ啞然とした。
渾身の一撃が直撃した瞬間を捉えていたからだ。
熱を帯びた赤い腕。
丸太よりも太い、それだけで数百キロを超える巨大な武器が、クララに直撃したのは見た。
肉が焼け、潰れ、腕は地面に落ちた。
そこから衝撃が走り抜けて、地面が刹那、波打つように揺れたのも認識できた。
だが、クララは変わらなかった。
腕がするりと、体をすり抜けたのだ。
まるで、そこに幻に触れたように。
「すり抜けたって思うくらいに速く治してみたけど、どうだった?」
知覚出来ないほど速く移動して、同じ速度で戻ってきた、と言われた方がマシだった。
その方があり得たし、攻略の糸口が見えた。
マズイ攻撃だと判断して、避けてほしかった。
口ぶりから、分かってしまう。
受けても、受けなくても、避けても、避けなくても、何も変わらないのだ。
足が止まりそうになる。
バーサーカーになったとしても、消えない恐怖を刻み込まれている。徹底的に、執拗なくらいに、心を折るために行動していた。
「言葉は、通じてるか知らないけど、一応言っとくよ。君のこと、別に恨んでるわけじゃないんだ」
「BOOOOOOOOO!!」
一歩、クララは進む。
その一歩を踏み切る前に、牛人は数十度に渡って攻撃した。
しかし、全てすり抜けた。
溶けても、切っても、消滅しても、その度に瞬時に再生していくのだ。
どんな攻撃も、無意味に終わる。
怪物が、自分よりもさらに恐ろしく、おぞましい怪物を知る経験。幾度となく刻み込まれた、絶対強者に対する逆らえない恐怖の色。
理性を無くす事で初めて克服できたトラウマが、彼の知らない、感じたことのない凄味で、さらに深く、鮮烈に、更新されていく。
「恨みはないけどさ、どうしてもダメな時もある。運が悪かったってやつ。見事に君はそれだよ。生まれた種族が悪かった。本当に残念だったね」
そんな事、思ってもいないだろうに。
だが、クララの小馬鹿にするような口調に、牛人は反応すら出来なくなっている。
震えが止まらなくなっている。
刃物を首筋に押し当てられたような、冷たい感覚が牛人の全身を支配していた。
攻撃は、通じない。
避けることすら、クララは止めた。
どんな攻撃だろうが、自分の歩みを阻むことはないと知っていたのだ。
分かりやすく力の差を見せつけるために、段階的により大きく能力を解放していく。
「ぎ、ぐ、」
「そうだよ、君は運が悪くて、みっともなくて、何の意味もない、くだらない命だったんだ」
脳が潰れても、心臓が焼けてもお構いなしだ。
掴もうとしたのだが、掴まれて潰れた細胞以外から、手を避けるように再生する。
結果として、すり抜けたように見えている。
わざわざ、そうやって視覚的に映えるように、再生の順を考えて実行していた。
「役立たずだねぇ。君は何がしたかったの? 何を為そうとしたの? 結局何もできずに、何をしているの?」
「ぎぃがああああ!」
声を遮るように、牛人はまた叫ぶ。
より人としての側面が現れている。
それは、恐怖の色がより濃く現れている、ということだった。
魔物としての側面が大きく削れて、その分だけ凶暴性は薄れる。つまりは、聞く耳が出来上がってしまっているのだ。
クララの辛辣な、しかし的を得ている毒を、浴びるのだ。
叫びの中に、多大な苦痛が含まれ始めている。
クララは、心の奥底に存在している自己批判を形にさせられ、そこから目を離すことを許されないという地獄を作り出したのだ。
己の醜さ、弱さをこれでもかと見せつけられて、痛まないはずがない。
「自害しなよ」
「う、あえええ……」
口を消してもすぐに治る。
霧か何かと戦っているのではないかと思えてくる。
ひょっとしたら、これは全て悪い夢で、この怪物に殺されたのなら、いつも通りの穏やかな日々が再び始まるのではないか、とも。
しかし、夢がこんなに冷たいはずがない。
ただの悪夢なら、夢はきっと覚めるはずという確かな希望がある。
だが、この現実という名の地獄には、都合の良い救いなど存在しないのだ。
仮にあったとしても、クララが潰す。
牛人には、どんな救いも届かない。不運を跳ね除ける力が、なかった。絶望の坩堝の中で、己の我を通せる資格が、なかったのだ。
だが、クララには、絶望を実現出来る力があった。
我を通しても許された。
咎める者など、どこにも居なかった。
「くだらない生だったんだ。終わり方くらい、格好つけさせてもいい。どうさ? 敵に弄ばれないために、自害した戦士。良いじゃない。その方がいいよ、今の情けなすぎる君なんかより、幾ばくか」
クララの罵倒を掻き消すように、鋭い異音と共に、牛人の口から熱が生じた。
凄まじい光が集まっていき、これからこの光が、熱が、弾けるのだと直感する。
怪光線、と呼ぶのだろう。
今までで最大規模、余波だけでどれだけの―被害が出るか検討もつかない。先の必殺よりも、より多くのエネルギーを、さらに圧縮している。
「――――――――――!!!!」
巨大な腕を支えに、胴を発射口に。
ミサイル発射直前。
発射口の反対側だとしても、少なからず反動の衝撃が発生するはずだ。
逃げ場は存在しない。
光線の範囲外でも、そこよりは幾分マシというだけ。
だが、範囲外にも逃げ場がない事は、おそらく何の意味がない。
クララは逃げないはずだ。
どれほどの破壊を見せつけたとしても、真正面から打ち勝つつもりなのだから。
もう一つの太陽がそこにあるかのような光。
少しずつ、モノが蒸発していく。
地面の一部はガラス化し、目に見えない範囲でも草木には火が灯る。
そして、
「はあ……」
音が消え去った。
あらゆるものが燃え尽きて、影になった。
およそ一分間、熱光線はクララを燃やし続けた。
ほんの僅かな、細胞の一つからでも、クララは全身を再生させられる。
なら、細胞の一つすらも燃やし尽くしてしまうしか、方法はないのだ。
牛人は絶望の中でも当たりの道を選んだ。
己の命を削ってでもエネルギーを捻り出したのも、唯一と言って良い正解だ。
「はあ、あ、は、ぜえ………」
クララとて、コレは耐えられない。
彼女の肉体の全てがあらゆる物質と同化し、その結果として世界最高の素材として変化している。
だが、今回のコレは耐える耐えないではない。
世界でも指折りの生物の、魂すら賭けた攻撃だ。仮に世界最強の生物だったとしても、直撃すればその場所は完全に炭化する。
全てに滅びを与える破滅の光。
「ぐ、げええ、はあ、」
血の味しかしなかった。
青い血が、地面にどちゃりと落ちた。
上が下で、右が左で。
倒れなかったのが奇跡でしかなかった。
己の肉体を守るためのエネルギーすらも裂いて攻撃した。
本来、己の肉体を傷つけることはない、己の攻撃で自傷したのだ。
ほとんど自爆に近い。
「こ、れ、で、」
数億度にも上る光を全身を浴びた。
間違いなく死んだ。
全て燃え尽きてススになり、影も残らなかった。
後も先も考えず、何もかもを絞りつくした。
これより先は存在しない。
熱は細胞を燃やし尽くしたはずだった。生きているはずが、
「ないと思った?」
「!?」
牛人は、頭を地面にピタリとついた。
上からかけられた衝撃が、彼をそうさせた。
「な、ん、で……?」
「焼けるまで、何秒くらいかかったかねえ」
クララは、変わらなかった。
不変のままでいた。
「ゼロにコンマがついてから、いったいどれだけゼロが続いてから、他の数字が出るんだろうな? まあ、知らないけど、ボクの再生のスピードの方が速かった」
この世の理不尽の象徴にしか思えない。
世界を知らないヴァウは、そう確信した。
「残念だったね。まあ、大変ではあったよ。再生させるのもそうだけど、君の熱を外に出さないことも、本当に」
ヴァウが、辺りが結界に覆われていると気づいたのも、この時だった。
あれほど異常な再生術と並行しながら展開していたとは思えない、あり得ない規模、あり得ない精密さの大結界だ。
ヴァウの熱光線は、遠く離れた街すら余波で燃やしただろう。
しかし、熱は結界の外に漏れ出た様子はない。
焦土になったのは、結界の中だけだった。
「さて、もういいか」
もう十分だ。
絶望は捧げられた。
「死ね」
メイスが落ちた。
頭蓋は一秒もしない内に割れる。
死ぬ、死ぬ、死ぬ。
…………
「助けます」
人間の鮮血が、真っ赤に散った。




