19、七年
アレン視点
喧騒とした酒場だった。
もう何年もこうした場所に通っているが、やはり騒がしいという感想は変わらない。
冒険者という連中は、いつだってバカ騒ぎをしているイメージだ。
荒くれ者という評判はこういう所から来ているのだろう。
まあ、荒くれ者で間違ってはいない。
冒険者というものは職業柄、大概が戦闘能力を求められるのだ。
一応はなんでも屋みたいな扱いではあるが、一番求められる事は魔物の討伐である。だから、冒険者は強さがあれば敬われ、無ければ蔑まれる。
基本は舐められれば負けの世界だ。
だから、舐められないように、厳つい見た目や態度を保とうとするのだろう。
酒場で飲んだくれている者たちを見れば、やはりそういう男たちが多い。体や顔に傷があったり、大きな筋肉を見せびらかすような格好をしていたり。
俺みたいな、ヒョロい男は多少珍しいだろう。
ここは冒険者ギルド。
聖国の二つ隣の国、カガにある領の一つにある支部だ。
「…………」
俺が足を踏み入れると、バカ騒ぎをしていた冒険者たちが軒並み黙る。
視線は全て俺の方を向き、興味深く俺の事を見つめていた。
厳つい見た目の集団から凝視されるのは好きではない。というか、好きなやつなどいないだろう。
だがまあ、実力主義な連中からすれば、やはり俺みたいなのは気になるんだろう。
一応これでも、Aランクな訳だし。
「アイツがアレンか」「『なんでも屋』のアレン」「十二で冒険者に、それから三年でAまで上がった天才」「こんな田舎のギルドになんの用だ? 大国に行けばもっと美味い仕事があるだろ?」「この辺に強力な魔物なんて出たか?」「やっぱ強えな……隙がまったくねぇ……」「若いし、ヒョロいが、化け物だな」
Aランクといえば、世間一般で規格外に数えられる人材だ。
確か、世界に約十万居る冒険者の中で、一厘しか居ないのだとか。
人間にとって、とても貴重で強力な戦力である。
様々な特権を与えられ、場合によっては貴族も上回る。
それだけの特別扱いが許される強さを持っているのだ。
一応、俺もそれに数えられている。
本当に、想像もできない道を歩いて来たもんだ。
ただのガキでしかなかったのに、気が付けばこんな所にまで来れたんだから。
俺は冒険者たちの注目を無視して、突っ切った。
そして、向かう先は受付だ。
そこには一人、受付嬢がビクビクしながら俺を待っている。
……そんなに居心地悪そうにされれば、俺もとても調子が悪いのだが、そんなに怖いのだろうか?
うんまあ、それなりに立場を持つ俺と、他の冒険者は持っている権力が違うから、仕方がないか。
「すまない。俺宛てに、伝言か何か預かっていないか?」
「は、はい……! こ、こちらを、ど、どうぞ……!」
渡されたのは、一枚の手紙だ。
見慣れた丸っこい文字で、『アレンのバカへ』と書いてある。
……この受付嬢が怖がってた原因ってコレか?
この手紙を見せたら、俺がキレるとでも思われていたのか?
いや、それはどうでもいい。
その場でさっさと内容を確認する。
「……はあ」
手紙の内容は予想通り。
どこで会って話をするのか、という短い内容。
溜息が出るのは、ここまで来た理由が手紙の差出人によって解決されていたからだ。
「ありがとう。助かった」
「ふぁっ!? え、はい、お疲れ様です!」
受付嬢の素っ頓狂な言葉につい反応しそうになったが、俺はそのままギルドをあとにした。
クララと共に孤児院を飛び出して七年が経過した。
とても、とても濃い月日だ。
本当にこんな事になるなんて、まったく想像していなかった。できるはずがなかった。
俺は一から十まで、アイツに引っ張られただけだ。
非凡でめちゃくちゃなクララにとって、平凡で細かい俺は足枷だったらしい。
俺はずっと、クララの七年を見続けていた。
一番はじめは、聖国までの道のりだ。
領主様から路銀をもらうつもりだったのに、あっという間にクララは俺の首根っこを引っ張って旅に出させられた。
常に全力疾走だ。
休む時間なんてほとんどくれない。
クララはただ、神聖術を使って回復させながら走れ、としか言わなかった。
朝も昼も夜も走って走って走って、三日目の朝に死を確信した。
思えば、神に死ぬ気で祈ったのはアレが初めてだ。
クララは言っていた。
『死ぬ気で助かろうとしないといけない』と。
力を寄越せ、いいから助けろ、殺すぞ、と不敬な事を芯から考える事ができた時、凄まじい力が与えられたのだ。
懐かしい話だ。
当時は本気でクララに殺されると思っていたが、これが強くなるための足掛かりになった。
感謝してもいいくらいだ。
「…………」
歩く
田舎とはいえ、町並みは悪くない。
ゆっくりとこうしてのんびり歩ける事に、感慨すら覚える。
時間に縛られずに歩く事の、なんと素晴らしいことか。
いや本当に、昔はクララのおかげで忙しかったのだ。
目が回るというか、目を回す暇すらないというか。
あの頃、何度もこういう所には来たが、その度に苦労をしまくった。
街に着くと、必ず宿に困るのだ。
とても当たり前のことだが、金を持ってこなかった俺たちが宿に泊まれるわけがない。
冒険者になって魔物でも狩れれば、と何度も考えた。
だが、冒険者になれるのは十二歳からで、どれだけ実力があったとしても十一未満はなれない。嘘は『看破』の魔術で絶対に見抜かれる。
途方に暮れ、店主をボコボコにしようか、というクララの提案を蹴り続ける毎日だった。
結局、仕事なんて見つからなくて、俺たちを誘拐しようとした悪人共を返り討ちにして生計を立てた。
クララはもちろん、俺もそこそこ鍛えてたから余裕だった。
ある程度金を得てからは、俺が管理して生活した。
「…………」
歩く
さっきまで人通りは多い場所だった。
だが、どんどん暗く、人が少ない路地へ入っていく。
それこそ、七年前まではあんなにビビってた危ないと確信できる場所みたいな所だ。
目に覇気の欠片もない負け犬か、逆にギラつかせた犯罪者まがいしか居ない。
本当に変わったものだ。
たった一日の出来事が、こういう場所を狂うほど恐れたクララを別の存在に、別の化け物に変えた。
もうアイツにとって、ここは何の脅威でもない。
勿論、俺にとってもだ。
歩いて、歩いて、歩いて。
迷路のような道を、あっちへこっちへ歩いていく。
別に迷っている訳ではない。
俺を呼び出した奴が、こういう道を歩かせているだけだ。
歩いていく。
だが、それも少し飽きてきた。
いくつかの角を曲がった所で、俺は足を止めた。
気がつけば、あっという間に囲まれた。
後ろに五人で、前に七人。
全員男で、一人ひとりが凶器を握っている。
可愛げがあった頃のクララなら、こんな状況になれば泡を吹いて気絶するんじゃないか、なんて呑気な事を考えた。
それで、そんな事を話せばきっと、分かりずらく頬を膨らませて機嫌が悪くなるだろう、と妄想してみる。
そうすると、少し顔が緩んでしまった。
「……テメェ、状況分かってんのか?」
「何笑ってんだ、コラ!」
笑うのなんて、仕方がないじゃないか。
ギルドで酒を浴びるほど飲んで酔っ払っていた冒険者たちでさえ、噛み付く相手は間違えなかったのに。
「いいから、殺してから考えろ!」
「行け行け行け! 相手は一人だけだ!」
本当に、ただのチンピラだ。
何も恐ろしい事はないし、命に関わる事などない。
欠伸しながらでも対応できた。
「…………!」「うおっ!」「危ねえだろ!」「テメェが躱されるからこうなるんだ!」「いいから次行け! アイツ強えぞ!」
全方位から襲いかかるチンピラ共。
先ず上からナイフで斬りかかり、次に下から足を剣で狙い、最後に横から槌で潰しに来るだろう。
だが、所詮は雑魚の集まりだ。
動きは遅く、単調でとても分かりやすい。
俺を鍛えた連中のしごきに比べれば、止まって見えた。
上からの剣を振るチンピラの内、一人の手首を捕まえる。そのまま足を払い、体勢を崩してぶん投げた。投げられたチンピラが他の奴に勢いよく激突し、間合いが広くなる。
後ろからも剣で斬りかかってくる奴らが居るが、腕を掴んで軌道を逸し、その次に来ていた奴を斬らせる。
前に居た二人がモタついた事で、後ろの奴らもモタついた。
ナイフを持つ奴も、剣を持つ奴も叩き、殴り、昏倒させる。
槌を持った奴が慌てて振り回そうとしたが、避けるまでもない。狭い路地でリーチの長い武器を何も考えずき振り回せば、
「間抜け」
引っかかるに決まってる。
横の壁に当たり、進まない槌に驚くチンピラの顎を蹴りあげた。
仲間を投げられて下敷きになり、動けなかった奴らがようやく俺の所へやって来た。
残り九人、六人倒れた。
ここまで十秒かかっていない。
「…………」
明らかに及び腰になった。
予想以上に俺が強くて、恐れているのだろう。
ジリジリと寄れば、その分だけ向こうは後退していく。
脂汗を流して険しい顔で俺を睨んでいるが、俺はこのまま口笛を吹いてもいい。
とんだ茶番である。
「はあ……」
溜息が出てしまう。
本当に何がしたいのだろうか?
「う、うおおおお!」
緊張に耐えかねてか、恐怖を誤魔化すように叫ぶ。
こちらに向かってきたのは五人。
残り四人は回れ右して逃げていた。
「うっ!」「げっ……!」「うお!」
足を払う、それから顔を蹴り上げる。
宙に浮いた仲間に気を取られた両脇にいた二人の頭を掴み、叩きつける。
後ろの二人はそれを見て、逃げようとした。
だが、ついでだ。
右側の男は横っ腹に蹴りを叩き込み、ぎょっとした左側の男の喉に手刀を叩き込んだ。
終わりだ
倒れた奴らの武器を回収していく。
ずっと気になっていたんだ。
チンピラはチンピラでしかない。志はないし、金はない。せいぜい、犯罪組織の駒になって、そこそこの小遣いをもらう程度だ。
なのに、装備が良すぎる。
良質な素材と腕の良い職人が合わさって出来た一品だ。
こいつ等が持つには、高すぎる。
間違いなく、けしかけられたのだろう。
「おい、見てるんだろ? もう出てこいよ」
俺の呼び掛けに、突然一つの気配が現れる。
場所は、俺のすぐ後ろ。
これまで何も感じなかったのが嘘のように凶悪で、神聖な気配だった。まあ、コレを凶悪なんて思うのは、コイツの事を知っている奴だけだろうが。
けれども、神聖な、の部分は隠しようがない。
膨大であり、莫大であり、巨大な神聖力だ。
しかも、押し潰されると思ってしまうほど大きいのに、それを一切のムラ無く操作されている。
誰にでも、この力の主は化け物だと分かる。
振り返れば、俺より頭一つ低い女が居た。
何度見ても思うが、背が低いというよりも、幼いという印象が濃い。
低い身の丈よりも大きなメイスを携え、白くて長い手袋と、特注した紺が基調の聖職者用の制服が目を引く。
いつも変わらない仏頂面だが、どこか機嫌が悪そうだ。
その黒い髪は光を吸い込むようで、短いのが勿体ないと偶に思うくらい綺麗だ。
「で、なんでこんな事したんだ? 必要だったか? あんな格下を押し付けるなんて」
「……付いて来て」
疑問には答えてくれない。
自分勝手の極みみたいな所は多々あるが、相当機嫌が悪いらしい。
次には舌打ちが聞こえてきそうだった。
もし逆らえば、間違いなくキレる。
そんな恐ろしい事を俺はする事ができなかった。
※※※※※※※※
聖国に着いてからはもっと地獄だった。
聖国に着いてすぐ、思い切り拉致されたのだ。
もちろん、俺もクララも抵抗した。
経験上というか、そういうのには気を付けていたというのに、最終的には拉致された。
理由はとても簡単で、拉致してきた奴がとんでもなく強かったからだ。
その時の俺もクララも相当強かったと思う。
俺は戦闘訓練をそれなりに積んでいたし、クララのしごきもあって神聖術をかなり使えた。
クララもめちゃくちゃな神聖術を使えたが、時間が経つごとに、使えば使うごとに洗練されていった気がした。
さらには、クララの仮説を試していたのだ。
聞いた時は頭がおかしいのかと思ったが、聖国までの三ヶ月の道のりの中で、頭のおかしい理論は正解だと確信していた。
俺たちはその影響もあって、色眼鏡抜きに強かったのだ。
だが、戦った奴がそれ以上に強かった。
『君たちは素晴らしい』
拉致されて、訳の分からない空間に連れて来られた。
そこで初めて、神の声を聞いたのだ。
『はじめはそっちの君だけで良かったんだけど、君も良い。まさか影響されて似た思考を得られるなんて。人間の共感性というものかな?』
その時は、ただただ神聖さだけを感じた。
正直、言葉が入ってこなかった。
あまりにも格が違いすぎて、何もする気になれなかった。
覚えていたのは、神様が偉大だという確認と、その神様を睨むクララだ。
憎しみしか感じないような、異常な態度だったのだ。
なぜあんな態度を取ったのか、あの時は教えてくれなかった。
だが、ただただクララが凄いと思った。
『君らは、僕の元で働いてもらうよ』
これが鶴の一声だったか、呪いの言葉だったのか、それは未だに分からない。
悲しいくらいに、分からない。
クララに連れて来られたのは、汚いあばら家だった。
俺たちの出身の孤児院も、まあ貧しかったが、こんなに酷くはない。
隙間はあるし、風で軋むし、散々だ。
まあ人の住む場所とは思えないが、ここで夜を越える訳でもないし、別に困りはしない。
少し話をするだけなら、目を瞑れるか。
「君は油断しすぎだ」
クララは不機嫌そうに言う。
本当に何があったのやら、マジで怒ってるみたいだ。
もしかしてアレか?
肉体の正常な機能だから神聖術が効かない、とか言ってたけど、月一のアレが来て機嫌が悪いのか?
「……おい、何か変なこと考えてないか?」
「何でもない」
変な事は考えてない。
ただ純粋にクララの事を気遣っただけだ。
体調が悪いとかなら、後でなにか料理でも作ってあげようかとか考えていただけだ。
クララは訝しむような目で俺を見るが、すぐにまた機嫌の悪そうなジト目に戻る。
とにかく、今は話を聞こう。
「で、何だよ?」
「だから言った。油断しすぎだって。相手が雑魚だから何の警戒もしなかったよね? 駄目だよそんなんじゃ」
いや、雑魚なら警戒しなくていいだろう?
そう言おうとしたが、クララは頬杖をついて、思い切り溜息を吐いた。
呆れているのは分かるが、そんなにか?
「確かに君は強いよ? でも、人間にも魔物にも、君より強い奴は居る。もしもそいつ等が実力を偽っていた時、君は偽装を見抜けるかい?」
「いや、そんな……」
「想定が甘いんだよ」
まあ、確かに甘いかもしれない。
でもそんな事、本当にあるのか?
今の俺に勝てる奴なんて、本当に数えるくらいしか居ないはずだ。
それに、俺よりも強いなんて奴がどうしてそんなまどろっこしい事を?
ちょっと杞憂が過ぎるだろう。
「それに、雑魚の集団でも君を罠に嵌める気だったならどうする? どんな事が起きるかも分からないのに、君はそれでも敵を舐められるのかい?」
戦いという分野において、クララは完璧主義で神経質だ。
誰よりも戦いを恐れているとも言える。
だというのに、負傷を厭わず、様々な戦いを渡り歩いてき、誰よりも殺してきたのも、クララだ。
その異常さこそ、コイツの最大の武器。
七年前とはまるで違う、化け物。
「恐れこそ、力を強くする。ここまで強くなったから大丈夫、敵がこんなに弱いから大丈夫。そういう根拠のない自信が君を殺すんだ。知っているだろう? 助かりたいと願い、思うから人は力を得られるって」
俺もクララも、神の下僕に鍛えられた。
ただ使うだけだった力に深い理解と技術が生まれた。
体術、戦術、神聖術を、基礎から極意までみっちりと鍛えられた。
その結果として、今は俺たちも神の下僕だ。
昔とは違う価値観を持って生きている。
こういうのを、大人になった、とでも言うのかもしれない。
だが、クララはそれでも変わらない。
どれだけ技を教わっても、どんな志を諭されても、どんな力を与えられても、コイツの軸はまったくブレない。
クララという人間の上辺に、それらが積もっただけの事。
七年前から変わらない。
価値観を変える要素は数え切れないほどあったし、叩き込まれた。
だが、コイツが確信した事は、一度だって変わらない。
その奥底が変わったことは一切ない。
「お前は、頭が固すぎるな」
「? 君がしなかった想像をしたんだ。むしろ、頭が柔らかいと言ってほしい」
「そうじゃねぇよ」
一本筋が通っている、といえば聞こえが良いか。
そのままの付き合いでここまで来た俺も、大体おかしいし大概か……
コイツを見ていると、変なことばかり考えてしまう。
「はあ……説教はもういい。それで、仕事の方は?」
「……終わったよ。この国の貴族の一人と、魔族が関わってたみたいだ。神に少なくない悪感情があった」
ちょっとまだ何か言いたそうだったが、抑えてくれた。
正直、もういいんだ。
コイツが歪さを見せる度に、なんでこうなったんだ、なんて考えてしまう。
反発するかと思ったが、意外にも従ってくれた。
変な所で真面目だ。
仕事は仕事と分けているらしい。
「やろうとしたのは『魔王』の召喚。神の舞台を壊したいらしい。関わってた魔族は多分、『魔王』の直属の配下かもね」
「なら、そこそこだな」
クララは俺の言葉に反応する。
そこそこ、は違ったらしい。
油断するなという話の後で、今の発言は気に触ったようだ。
だが、話を止める気はないらしい。
「その異端はどうしたんだ?」
「聞くまでもないよ。殺した。今回の件はこれで解決だ」
なんの感慨もなく言うクララ。
確かに、いちいち気にする事でもない。
これまで散々殺してきたのだ。俺も、クララも、今更人を一人殺したくらいで動じない。
だが、問題はもっと広い視点から見える。
クララもきっと、分かっているだろう。
「最近、多いな」
「確かにね」
「神が『勇者』を召喚するのを決めてからか? 人間の領域で魔族が起こす事件が増えてる」
「以前の三倍くらいだ。確かに多い」
きっと、そういう事だろう。
他の三体の王者と違い、『魔王』は酷く『勇者』を恐れているらしい。
自分を殺し得る存在だからか、召喚の遅延、妨害のために大分力を割いていると見える。
「まだまだ忙しくなるな」
「うん。『勇者』とかいう余所者が来たとしても、それは変わらないだろうね。本当に、腹が立つ」
チリチリとした殺気が満ちていく。
膨大だが、これまで完璧にコントロールされていた神聖力が若干乱れた。
それだけで、このあばら家の壁にひびが入る。
目の前の俺からすれば、冷や汗ものだ。
しかも、いつもはあまり変わらない顔を大きく歪めている。
とても珍しいが、危険を前にそんな呑気は言っていられない。
魔族に対して憤っているように見えるだろうが、その実はまったく違っていると知っていた。
「まだ根に持ってるのか、アイリスが『聖女』に選ばれた事が?」
「…………」
「!」
ゴキッ! バキッ! ズドン!
俺の言葉と共に、クララの神聖力のコントロールが完璧に乱れる。
解放されたエネルギーは、大きなうねりと共に暴れたのだ。
凄まじすぎて、大型の魔物の体当たりかと思ってしまった。
瞬時に『結界術』を使ったために無傷で済んだが、無防備の状態なら吹き飛ばされていただろう。
相変わらずの化け物ぶりだ。
本当に、これでどうして戦いを恐れられるのか?
「ごめんね。ちょっと苛ついた」
「……怒りすぎだろ。だから機嫌悪かったのか」
ずっと、これを気にしていたのだろう。
七年前まで共に育った、一緒に育った俺たちの血の繋がらない妹であるアイリス。
クララが溺愛している唯一の存在。
そして、今代の『聖女』だ。
「アイリスに危険が降りかかろうとしてる。そしてボクは、それを見ている事しかできない……!」
「……神がアイリスを死なせるかよ。アイツは『聖女』だ。戦いが終わるまでは、」
「王の一人目くらいまではそうかもね? でも、二人目からはそうはいかない。仲間が死んで、その遺志を継ぐなんて、ドラマチックでしょ?」
否定できない。
神は、人間の事を第一に考えているが、全ての問題を解決してくれる訳ではないのだ。
魔物の王者たちは、いわば試練。
試練を乗り越える人間を待っている神は、間接的な手助けしか行わない。
人の生き死にだって、試練の一環なんだろう。
そしてあの神は、そういう人間らしいドラマチックな展開が大好物だ。
だから、死にそうになったとしてもきっと助けない。見捨てて、悲しんで、最後にはそこから立ち直った周囲の人間を見てから、これこそが人間だと喜ぶ事だろう。
クララもそれが分かっている。
だからか、その件に対して何か言いたいようだった。
少し声の調子を落として言う。
「今日呼んだのは、ちょっと相談があったんだ」
「相談?」
「うん。ボクはしばらく、異端狩りを続けないといけない。そこで、一番暇な君がアイリスを見張っててほしい」
クララは必死な表情で言う。
焦りが満ちた声色だった。
「言い訳はある。『勇者』たちが誤って全滅しないように、君が上手く調整するって事にするんだ。パーティーに入ってもいい。Aランクだろ? 資格はあるし、理由もある」
確かに、筋は通っている。
できない事はない。
だが、問題は神がそれを許すか否かだ。
理屈が間違っていようと、いなかろうと、利があろうとなかろうと、神次第だ。
神が否定すれば、全てが終わる。
かなりかけになる事はかわらないだろう。
考えている俺を見て、クララは目を伏せた。
それから、弱い声色で言った。
「考えておいてほしい。じゃ、仕事があるから……」
振り返って、どこかへ行こうとした。
少しだけトボトボと歩いてから、『ああそうだ』と思い出したように言う。
「神からの提案で、ボクの仕事についての思念を受け取ったら殺すから」
はあ?
という頃にはもう居ない。
次の瞬間には、クララは消えていたのだ。
気の抜けた俺では察知できない速度とタイミングで、走っていった。
意味が分からない。
だが、クララの提案については考える余地がある。
アイリスも、家族だ。
むざむざ殺される所を放ってはおけない。
しかしいったい、どうやって神を説得すれば……
『ああ、彼女はもう行ったね?』
「!? か、神! いらっしゃったのですか!」
思わず気をつけをしていた。
だが、言葉を吐いてから思い至る。神は何処にで居るし、何処にも居ないのだ。
いらっしゃった、はおかしいか。
言葉遣いの間違いは不敬になり得る。
下手な事はできない。
「ええと、あの、本日は、」
『ああ、君らが今話していたことだけど、許可するよ。二体目の王からは、君が「勇者」たちに付いていい』
思わず拍子抜けしてしまった。
いきなりすぎる、とも、聞かれてたのか、とも思えた。
『ごめんね? 彼女気が立ってただろう? 実はちょっと前まで件の貴族の屋敷にメイドとして潜入させてたんだ。一週間も慣れない格好させられて、ちょっと短気だったんだよ』
え、と、あ、はい……
クララはスカートが嫌いだ。
というか、女らしい物がだいたい嫌いだ。
身に付けさせようとすれば、まず逃げようとするくらいだから相当だろう。
孤児院時代もスカートは履かなかったし、アイリスのように可愛らしい髪飾りを貰って喜ぶようなこともなかった。
クララが変わっているのは今更だが、普段からそれを自然と避けているために忘れかけていた。
ま、まあ、確かに気が立ってたな。
明らかに機嫌が悪かったのはそういうことだったのか。
『そうなんだよ。一週間も嫌な服を着させられるのは堪えたみたいだ。かわいいのに、勿体ないよね?』
…………
『あ、ちなみにあの子がメイド服を着て恥辱に悶てるところを念写してあるんだけど、見る?』
「拝見させていただきます!」




