185、頼み
寝てました……
「クララのことを?」
知りたい、と思っていたのだ。
クララという怪物の存在を、その欠片だけでも聞いておきたいと思ったのだ。
夜の灯りに引き寄せられる虫のように、気が付けばソコへ向かわねばと考えるようになった。
危ないとわかっているのに、ともすれば命がとも予想出来ているのに。
何故かその意は止まらないのだ。
危険や理論を無視して、見てみたいと、感じてみたいと思うようになっていた。
さしずめ、甘い毒のように。
さしずめ、深い呪いのように。
駄目と分かってるというのに、何故か知りたいと思ってしまうのだ。
きっと、魅せられたのだろう。
その異質さに、ただの人は惹かれてしまうのだ。
昔、そうであった人間が一人居るのだから、恐らくは間違いではない。
怖いもの見たさ、と言えば分かりやすいか。
そこに居るという怖さが、収まる気がする。
聞こうと思ったなら、もうそうするしかなくなっていたのである。
「ああ、気になりますよね。昔から、不思議な子供でしたから。貴方たちも、興味が出たのでしょう?」
「ま、まあ……」
「…………」
静止し、静観するエリナの目が痛い。
刺すような視線がラウルに向けられて、どうにも落ち着けない。
ちょうどラウルの真後ろに位置取って、当然ラウルからも、カレンからは見えないが、殺気のこもった表情をしているのは雰囲気の剣呑さから分かる。
ラウルは恐怖で顔が引き攣りそうだった。
だが、今はただ平然と、ただ興味本位の若者でなければならなかったのだ。
誤魔化すために、冷静なように見せかける。
「エリナ。貴女も、聞きたいのですか?」
「……まあ、一応」
「貴女もまだ小さかったですしね。久しぶりにあの子に会えて、気になるでしょう?」
穏やかで、優しく語りかける。
クララのおかしな面など何も知らないかのように、カレンは我が子達たちに向けて。
認識に違いがあるかもしれない。
二者の間にある危機感の差は、驚くほど大きいのだろう。
沢山の記憶と、ここ三週間ばかりの記憶とでは、見えてくるものが違う。
信頼感と言うべきだろうか。
多くのものを見てきた彼女にとっては、クララを危険物として見るのがおかしいのかもしれない。
散々クララの異常性は見てきて、もうそれくらいでは心動かないのかもしれない。
「分かりにくいようで、分かりやすい子でした。無表情で、何を考えているのか分からないような見た目なのに、すぐ察せるんですよ、分かりやすいから」
「…………」
「かわいいものです」
神経を疑うほどだ。
怖さしか見えていないのだから、かわいいなど、口が裂けても言えないはずである。
触れれれば触れるほど、分からないが積み重なっていくだけで、余計に恐怖心を煽ったのだ。
クララがそうなるように振る舞っていたのだから、当然と言えば当然ではあるが。
「かわいい、すか……」
「そうですよ。ずっと昔から、あの子はかわいい私の娘ですよ」
親の視点と、他人との視点はまったく違う。
その眼鏡はとても厚くて、色付きだ。
話程度で理解を示す事は、とても難しい。
だが、その話も無ければ何も出来ないというのだから、どうにもならない。
知りたいという欲求は留まらない。
何かしら、保証が欲しい。何かしら、情報が欲しい。何かしら、安堵できる要素が欲しい。
その感情は、どこでも変わらない。
「まあ、他の子は大抵、あの子を敬遠しますし」
「それは……」
「エリナ。貴女も、クララは苦手でしたね」
話を急に振られたからか、一瞬エリナは顔をしかめた。
あまり触れてほしくなかったのだろう。
カレンからは顔を見え難いようにしているが、そこには微妙な表情が浮かんでいる。ラウルが背中越しに、『ああ、きっとこうだろうなぁ』と思うくらいに見透かせる。
クララに関わる事をあまり快く思ってはいない彼女が、それについて無闇に掻き回されたくはないはずだ。
「まったく、皆あの子を何だと思ってるんでしょうか?」
「え、いや、まあ……」
「私と、アレンと、アイリスくらいしか、近寄ろうとしませんでしたしね。まあ、あの子もあの子で、誤解される事を何とも思ってませんでしたから」
違う、と思わせていた。
関わらず、遠巻きにされるのなら、別にそれで構わない、むしろその方が良いと。
そうでなければ、いけないのだと。
別に怖いと思わせていたのは、わざとではなかった。だが、いつもどうでも良さそうな目で見ていたのは、彼らの精神衛生上良くなかったらしい。
あと、もしかすれば、『自分ってコイツら殺せたりする?』なんて考えもするのなら。
その微妙な殺気を感じたのかもしれない。
いつだって、可能性を何となく探っていた彼女の異質さを、気の弱い彼ら彼女らは察したのである。
ともすれば、単なる『お試し』で、孤児の一人が行方不明になっていた可能性もあった。
クララがやろうと思えば、大抵の事は出来てしまうのだから。
「あまり、心根が優しいとは言い難い人です。ですが、芯の通った人です」
捻じれ曲がった信念でも、貫き通せばただ一つの生き様である。
異常でも、異質でも、構わないと己を肯定出来るのなら、それは立派と良いように言い換えられるのだ。
良い面を見ようと思うなら、こうなる。
親の目からは、コレ以外にはない。
自分の子をわざわざ悪く言うなど、嫌なものだ。
その場の全員を、カレンは皆平等に、深く愛しているのだから。
「一度守ると決めたなら、どんな事をしてもそうする、強い意志を持つ子です。誰よりも、強いまま変わらない子」
強さの果てに何があるのか?
ただ、とにかく強ければいいのか?
どういう結果になるかは、予想がつく。
七年前からずっと、クララは傷を負うだろうとカレンは予想していた。
愛する我が子が、そうなると分かってた。
だが、止められるはずがないのだ。どんな手を使っても、どれだけ懇願しても、絶対にクララは止められないから。誰よりも、強さを理解しているから。
「優しくはないです。親しみもありません。でも、強い強い子です」
難儀な子供だと、前から感じていた。
だが、凝り固まった思考、いや、染み付いて離れない意志は、周りが言っても変えられない。
一度どうしようもない力にへし折られないと、きっとどうにもならないのだ。いや、クララはもしかすれば、それ以上に頑固なのかもしれないが。
「仲良くしてあげてください。少しは、今のここが良いと思ってほしいんです」
「それは、どういう……?」
カレンは、外側の窓の方へと視線を向ける。
どこか遠くを見つめるような、ここではないどこかへ目を向けている。
目に写ってはいないものを、見ている。
どうしても届かない、伸ばした手の奥の奥にあるものを、眺めているのだ。
「私では、少し難しい……あの子たちが居れば良かったのに、でも、居ないから……」
「?」
「……母さん」
悩みを抱えていたのだ。
愛おしい我が子に対して、その道行を誰よりも強く案じていた。
もっと幸福を、もっと安寧を。
なのに、クララはそんなものから酷く遠のいていて、見るに耐えなかった。
なんだか傷付いていて、恐ろしかった。
「お願いです。少し、様子を見てきてくれませんか? 少しだけ、少したけです」
「え」
「分かりました、カレン母さん」
理解できるから、エリナはあまり関わりたくはないクララの案件に、即座に頷いたのだ。ラウルが言うより、考えるより、早く応えた。
すぐに、真っ直ぐカレンに目を向けて。
何度も何度も、ラウルに対して距離を置けと口にしていた立場で、それを言ったのだ。
何もかも、しがらみを忘れて。
「様子を、見てきます」
「お、おい……いいのか……?」
「……やりましょう。アンタにとっても、都合が良いでしょ? 近付く理由が出来たじゃない」
母の小さな願いだ。
聞き入れないなど、そんな親不孝は出来ない。
「ちょっとだけ、待っててください。クララ姉さんと話でもしてきます」
「ありがとう、エリナ、ラウル……」
弱々しいカレンを、見捨てられない。
年老いて、弱った彼女を見捨てられない。
いつまで生きるか分からない母の頼みを断るなど、出来るはずもない。




