148、戦闘中
アイリスの神聖術が屍王を浄化する。
この世界の教典いわく、死体は生者の祈りによって、そこに留まる魂を神の元へと運ぶらしい。
葬式では神官が祈りを捧げる、というのはどこの世界でも変わらない。常識という規模にまで押し広げられた認識は、魔術という観念から見て大きな意味を持つ。
言葉にすればおかしな話だが、神聖術は死体に対して大きな効果を持つ。
死体に向けて神聖術を撃つ機会は大半の場所ではないだろうが、この南の戦線では別だ。出てくる化け物は、皆、死に対して強い関わりを持つ。その最たる例が、『屍の体で生きている』屍王だ。
だから、死の概念そのものであり、同時に死体でしかない屍王にとって神聖術は天敵。この世界にある一個の存在レベルで、相性が最悪というべきほどなのだ。
喰らえば当然、大きなダメージを受ける。
しかも、それが神聖術に最も愛された人間から受けるものだとすればなおさらだ。
一撃受ける度に、無視出来ない損傷が出来る。
ラトルカの魔術が屍王に突き刺さる。
魔術は神聖術とは別の存在だ。
神の力を用いる神聖術と、己の魔力を用いる魔術とでは、根本的に体型が異なる。神聖術は屍王の天敵なのだが、魔術に対してはそうではないと言っても良い。神聖術のように、何かに特化している訳ではない。
だが、魔術はより多くの要素に手を伸ばした。
神聖術のような特殊性も、魔術ならば似たようなものを作り出せもする。
屍王が苦手とする属性とは、ざっくりと言えば『正』に分類されるものだ。
具体的になにか、その定義とは何かと言われれば返答に困るが、例えば光などは分かりやすいのではないだろうか。
彼女の光の魔術は、光速で屍王に直撃する。
アイリスの神聖術ほどではないが、かなりのダメージは受ける。
光速というのが本当に厄介で、守るためには常に防御の体勢を取るしかない。屍王は、常に守るためにエネルギーを消費するか、攻撃を受けて再生するエネルギーを消費するか、という二択を迫られる。
なんにせよ、使われるだけで苦しい状況だ。
ラトルカの攻撃は、じわりじわりと屍王の呪いを削り続けた。
光の魔術は総じて難易度が高いのだが、そんな事は彼女にとってまったく関係なかった。
とても手軽に、屍王を追い詰めていた。
カイルの魔槍が屍王を燃やし尽くす。
彼の槍は、東の強力な魔物を材料にした逸品だ。
装備者に強い炎の力を与える魔槍。
槍に認められなければ、手にした者を焼き殺すという危険な槍だが、その力自体は凄まじい。
魔槍で付けた傷には炎が絡み付く。そして、強い魔力を有するその炎は、そう簡単には消えはしない。
まるで猛毒のように、敵に執念深く焼き付く。
消そうと思えばその炎以上の魔力をもって打ち消すしかないのが、真に厄介な所だ。
しかも、この地の呪いに耐えるために、カイルは魔術の修行を命懸けで行った。
魔力操作の技術が、以前の数段先に登ったカイル。
そんな彼がこの魔槍をより効率的に、より効果的に扱えるようになれているのかは、語るまでもない。
彼の槍術と魔槍の力が組み合わさり、屍王は文字通りに手を焼く事になった。
今は怪我で片手を使えないのだが、それでも屍王の攻撃を避け、または躱しながら攻撃を続けた。コンディションに関わらず、戦いを完璧に行ったのだ。
素晴らしい戦士であると、誰もが答えるだろう。
リョウヘイの『聖剣』が屍王を壊していく。
彼にとってソレは、取り敢えず渡された凄そうな剣、という認識でしかないだろう。
だが、『聖剣』とは教会が、神が『勇者』のためだけに作り上げた最強の兵器。使用者であるリョウヘイすら使いこなせない大量のエネルギーが、その中に眠っている。
まだその全貌を把握し、完璧に使用するには時間がかかるだろうが、別に今が弱いという訳ではない。むしろ、今の状態でもカイルの魔槍に負けず劣らずの性能がある。
『聖剣』を振るえば、エネルギーは純粋な光として還元され、刀身から爆発するように光が溢れる。
屍王の体を焼き、光で満たす。
ダメージで言うなら、アイリスの神聖術とほぼ同等というべきだろう。
違うのは、剣という武器であるために振るうだけでその脅威が発現することだ。この戦闘の中で最も屍王を傷付けたのは、確実にリョウヘイだった。
そして、アレンだが……
「上手くいったな」
アレンは一人、呟いた。
確実にダメージを与え続け、そして限界まで屍王を追い詰めてきたのだ。
楽に、勇者一行が死ぬことが絶対にないように。
この戦線では何かと予定が狂いそうになったのだが、最後は概ね彼の期待通りとなっていった。
アレンの想定通り、屍王は地に落ちた。
自ら優位性を切り捨てて、王者とは思えない手軽さで攻略可能になった。
その愚かさを、アレンは何とも思わない。
油断なく、確実に殺すようにする。
そうなるために仕組んだのだから、途中で想定外が起こらない事に安堵も覚えているかもしれない。だが、敬意も、感動も、そして同情もない。
ただ順当に、そうなるようにしただけだ。
「さあて、チェックだな、屍王」
既に戦いから四時間が経過した。
多くの呪いが祓われて、多くのエネルギーが浪費され続けた。
普通なら、四時間程度戦った所で屍王にはなんの影響もないだろう。けれども、ここはアレンが作り上げた、対屍王のためだけの空間である。
それに、戦っている相手もかなり手強い。
彼らは全員が死なない事を優先して、この場での戦闘が長引くように戦闘を繰り広げているのだ。
受けた損害はだんだんと無視出来ないように、ジリジリと追い詰めていく。
屍王は、この空間に踏み込んだ時点で対抗策を失っているようなもの。
屍王はあらゆる能力にデバフをかけられ、そして『人を滅ぼす』という目的に取り憑かれている。逃げるという選択肢も、対抗策を出すという選択肢もない。
屍王の能力は高いが、それはただ高いだけだ。
アレンからすれば、なんの脅威でもない。
「王者の一角は、これでまた消える」
物語はその通りに。
願われたように、望まれたように。
愛おしい彼女のために。
「さて、そろそろ文句でも言われるかな?」
味方は自分一人だけ。
何もかもを操りきって、全てを望むような未来に持っていこう。
落ち度も、ミスも、アレンには許されない。
アレンは常に正しくあらねばならない。
そうでなければ、自らの業に対して誇れない。それは、彼にとって赦されざる恥なのだ。全ての罪を呑み込める気概すらないと、烙印を押されるようなものだ。
アレンだけが、アレンの味方だ。
一人でなければならない。
その他の全ては、駒でなければならない。
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