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127、屍王の迷宮(4)


 第六層の支配者、カースドール。

 この迷宮にのみ存在する、屍王によって意志をもって生み出された魔物だ。

   

 下半身には四本の脚。

 太く頑丈なその脚は、三メートルを超える巨体をしっかりと支える。人間のような二本の足とは安定性が異なり、さらには前後左右方向転換なしに、マックススピードで移動可能。

 上半身だが、場合に応じて様々な武器を、六本の腕で使いこなす。剣はもちろん、槌に斧、弓矢まで何でもだ。膂力は大型の魔物を真正面からひっくり返し、頑強さは金剛石をも上回る。

 さらに、その体の全ては毒と呪いによって構成されているというのも凄まじい。

 人形ではあるが、その材質は迷宮の壁や床と同じもの。長年瘴気という世界最悪の猛毒を浴び続けた、いわば毒の結晶。触れるだけで死に至る厄災そのもの。


 六番目に位置付けられたその強さは伊達ではない。

 英雄と目される人間でも、一対一ならかなり厳しい。安全に倒すなら、三人はそのくらいの人材が欲しいだろう。万夫不当の力を持つ人間が三人だ。魔物一体のためにソレとは、人間側の手が足りなくなる。

 表に出て来ないだけ、本当にありがたい。

 リリーロクス以外、南の戦線で相手を出来る人間は一人として居ない。

 


「…………」



 人形のため、ソレに肉はない。

 骨格はあれども、骨はない。

 だから、敵が現れ、コレを殲滅するプログラムが発動するまで動かない。

 生命体が部屋に入った瞬間、ソレは動き出す。

 目にも留まらぬ動きで接近し、持ち前の強固な体と武器と凶悪な毒をもって、対象を徹底的に殺してみせる。

 


「…………」



 彼、と呼んで良いか分からないが、彼はずっと敵を待ち続けている。

 己が稼働する日を、何も思わず待っている。

 彼が『前に壊れた』のは、四年ほど前だった。人形の彼には記憶などなく、あるのは迷宮に記された記録だけだ。たった一人の子どもに負けたという、過去の映像が残っている。


 しかし、それで彼が何かを思う事はない。

 生き物ではないから、感情もないのだ。

 あるのは、もしも同じ個体が現れたなら、当時の記録から研究して対処するという流れだけである。



「…………」



 彼は、人形だ。

 どんな相手も全て、無慈悲に、無造作に殺すだけ。

 明確な脅威度が存在するというだけのこと。

 例の相手が来たのなら、真っ先に、そして適切に殺すという準備がある。

 他にもそういう対策をしている手合は居るが、一番来る可能性が高いのが四年前の子どもだ。だから、対策は他よりも徹底的に行われている。

 

 だから、



「だから、これで終わりなんだよ」



 声、光、魔力反応、それから熱。

 明らかに部屋には無かった異常。

 彼に向けられた攻撃、つまりは宣戦布告。


 しかし、彼は動けない。

 そのようにプログラムされていない。

 入り込んだ敵を迎撃したいが、彼がそれを行うのは部屋に入った生物に対してだけだ。

 

 

「…………」


「やっぱり、設定に穴があったな。通じれば僥倖くらいだったが、屍王が雑すぎた。長生きし過ぎてる奴は、細かすぎるか、雑になりすぎる」



 とても実感がこもった声が聞こえた。

 とはいえ、知性も知能もないために彼にはその声を認識出来ず、ただの音としてしか認知し得ない。

 しかし、ちゃんと音として、それは迷宮に記録されることになった。

 彼を通して、彼の主へ向けて伝わる。

 


「良かった。コイツと屍王が単純で」



 初手の光線は、彼の脚の関節を完全に溶かしていた。

 融点は鉄などより遥かに高いはずだが、たった一度の、一条の線が、彼の頑丈な骨格を壊していた。

 彼には自動修復の機能はあるが、それが間に合わないほど攻撃が続けられる。

 逃げることも、防ぐことも叶わない。回復のための時間すらも稼げない。彼は、完全に嵌ってしまった。


 だが、この状況で誰かを責める事は出来ない。

 なぜなら、

 


「……マジかよ」


「すげぇ……!」



 魔術を使えるリョウヘイは当然として、完全に畑違いであるはずのカイルも呆然としていた。目の前の圧倒的なセンスと、気が狂いそうな繊細さに、思わず魅入ってしまった。おぞましさすら感じる集中力が為せる絶技を、敬意に近い想いと共に。

 


「こんな……まさか……」



 専門は違うが、領域は多少同じくするアイリスは、さらに深い想いを抱いた。

 彼女は、自分の目を疑っていた。

 その凄まじい難業を、真正面から突破する。自分が十年修練を積んでも、コレと同じ事が出来るかどうか分からない。

 この環境で、この状況で、やれるはずがない。



「…………」


「よくやった、ラトルカ」



 基本、魔術は術者の手元で発動する。

 当たり前だが、術式を描くには近い方が良いからだ。カンバスをわざわざ遠くに置いて、箸で筆を持ちつつ絵を描く画家は居ないのと同じである。

 難しい、安定しない、時間がかかる。

 絵と違うのは、それを応用して役に立つという事だが、それらのデメリットを差し引けばまず『手元で発動する』というセオリーを外さない。


 それが出来るのは、超一流の魔術師だけだ。



「この迷宮にはもう半日以上居る。迷宮に流れる魔力の流れ方も覚えた。このくらい、普通」



 迷宮には、屍王の魔力が流れている。

 その凄まじいエネルギーの本流は、魔力の扱いを容易く乱す。魔力が霧散して、まったく魔術が使えないほどではないが、先程言ったその技術を使えるかと言われれば、間違いなく答えは否である。

 そんな環境の中で、()()()で魔術を発動させる。

 これは絶対に、確実に、普通ではない。

 


「終わったぞ」



 なんの感慨もなく、終わりを告げた。

 六番目の彼は、決して弱くなかった。

 けれども、アレンに事前に情報を知られたことと、ラトルカが尋常ではなかったことが良くなかった。

 悲しいことに、運と相手が悪かった。



「今日はここで寝るぞ。五時間休もう」



 初日は何の問題もなく終わった。

 魔物たちは決して弱くはなかったはずだ。

 しかし、勇者一行の足元にも及ばなかった。



 ※※※※※※※※



 寝ろ、と言われてすぐに寝れるだろうか?


 特殊な環境に身を置き、少し前まで戦い通し、命を張ってきた彼らだ。異様に目が覚めて、休もうとしても休めなくて当然である。

 感覚が尖ってきているのは、悪い事ではない。

 戦場なら、僅かな油断も死に通じる。目の前の出来事に集中する分には、問題はまったくない。

 けれども、こうした場面では違ってくる。


 休める時に休めなければ、ただ辛い。

 ゆっくり休めるなら、きっとそれは慣れた証だ。



「zzzzzz」


「…………」



 屍王の迷宮は、壁や床や、空気に至るまで全てが猛毒である。

 そこで寝るなど自殺行為でしかないが、それしか道がないのが厄介だ。

 屍王の迷宮で、『ズル』は出来ない。

 だから、結界を張って、そこで眠るしかない。

 まるでテントのように張る結界が、彼らにとっては命を繋ぐ生命線である。もしもそれが半端なら、無防備な彼らは瞬く間に息絶えるのだが、彼らはその不安を呑んで眠る。

 休みにくい、眠りにくいとは、そういう要素も含んでいる。


 だから、ちゃんと眠れる彼らは大したものだ。

 

 硬い結界の床に、申し訳程度の毛布を被りながら、そこでは三人が横たわっていた。

 カイル、リョウヘイに、ラトルカだ。

 休めと言われてすぐにその通りにした彼らは、素直というべきか、恐れ知らずというべきか、慣れているというべきか。

 だが、問題がないのは良い事だ。


 問題なのは、あと二人、いや一人だろう。



「…………」


「…………」



 眠れなかったのは、アイリスだ。

 目が覚めて、どうしても寝付けなかった。

 アレンはそれに付き合って、眠れるまでゆったりと待っていた。

 茶を沸かして、珍しく向き合っていた。

 そこは、二人の時間だった。

 


「ねえ、アレン?」


「なんだ?」



 アイリスにとって予想外だったのは、七年によって培われた彼の力量の高さだった。

 はじめから、彼が強いことなど分かっていた。けれども、その強い、が、凄い、に変わったのは、目の前に神聖術で結界を張られた瞬間である。

 

 神聖術は、限られた人間にしか使えない。

 偉大なる神へ向けて、何よりも純粋な祈りを必死に行い続けることでようやく使える奇跡だ。武力、魔力といった能力ではなく、神から授かったもの。

 精神に適性がなければ、まったく使えない。


 しかし、



「まさか、本当に神聖術を……」


「ああ、それな」



 ほとんどの神官は、神聖術一辺倒で、他の技術はあまり長けて居ない。

 毎日祈り、神へ祈り続けるからこそ、神聖術は成長する。そこを疎かには出来ない。けれども、武芸と魔術と、さらには神聖術まで立てるとは、忙しいどころではない。

 しかも、武はリョウヘイやカイルと張り、魔術はまだ特に見てはいないが、造形はかなり深い。


 そして、神聖術だが……

 


「凄い腕……この結界、まさか『天網』? 結界術の中でもかなり高位の……」


「そうだけど、大した事ないさ。お前が張ったやつの方が丈夫だろ?」



 アレンは謙遜じみた、そしてわきまえた事実を言う。

 確かに、ソレはアイリスが用意するものよりも弱いだろう。本職のものより、というか『聖女』が作ったものより強いはずがない。

 しかし、アレンの術が弱いという訳ではない。

 


「いや、『天網』が使える神官なんて何人居ると思ってるの? 使えるだけで超一流でしょ?」


「かもな。でも、そんな気にすんな」



 気にしない方が無理な話だ。

 いわゆる本職が、長い修練の果てにようやく辿り着く領域のはず。

 しかし、あり得ない才能が、それを曲げた。

 


「アレンは、凄いね……」


「……かもなあ」



 のんびりと会話を続けていく。

 コップの中の紅茶の匂いはまだ濃い。湯気は心地よく二人を包み、気を鎮めさせる。

 これまで、久しぶり過ぎて多少気まずかったが、なんとなく素直になれそうだった。肩肘張らずに、家族が出来ていたように思えた。

 


「ていうか、何でも出来すぎじゃない? 武術は凄いし、神聖術は凄いし、お茶は美味しいし」


「何でも出来たら便利だろ? 勉強したんだ。それに、実は夢があるしな」


「夢?」



 二人、『聖女』アイリスと『なんでも屋』のアレンでは出来ない会話だ。  

 ただのアイリスと、ただのアレンという、立場も何もない二人。血の繋がらない家族として過した記憶が浮かぶ。懐かしむような、それでいて心地良いような。

 興奮して、目が覚めていたアイリスだが、今度は別の意味で眠れない。この安心感をずっと感じていたいと、思ってしまった。



「店をやりたいんだ。陽当りの良い所に店を構えて、のほほんと茶や、料理を作ったり」


「……今もできそう」



 店を経営するくらい、アレンに出来ないとは思えなかった。

 アイリスにとって、彼は武に長けたというよりは、頭が良い人間というイメージの方が濃い。

 子どもの頃は、いつも皆を冷静に引っ張って、まとめてくれていたから。


 だが、アレンは首を振る。

 その時の苦笑いが、アイリスの目に焼き付いた。

 アレンは少し弱さを感じさせつつ、言う。



「今はダメさ、時期が悪い。のほほんとするには、今はちょっと物騒すぎるさ」



 今この状況が、それを物語る。

 人類の生存圏の四方に、人類を脅かす化け物共が侵攻をしかけているなど、笑えるはずがない。

 しかも、彼は強い力を持っているのだ。

 自分が戦場に立たないせいで、代わりに多くの人間が死ぬなど、考えるだけで気分が悪い。



「確かに……」


「色々、義務に雁字搦めだよ。俺が枯れたスローライフを送るには、やるべき事が多いらしい」



 少し顔を俯かせて、アレンは言う。

 アイリスから表情が覗かれないようにそうしたが、アイリスはそれに気付かない。

 ただ、ほんの一瞬だけ、違和感を感じただけだ。

 アレンから感じた、殺気に近い剣呑さは、本当に一瞬すぎてアイリスには正しく分からなかった。



「そう、全部―――してからじゃねぇと」


「……? アレン?」



 何も聞こえなかった。

 口の中で終わるほど小さな声だ。

 超人の身体能力など持たないアイリスに、そんなもの、聞き取れるはずがない。



「いや、なんでも。ま、俺たちには余裕が必要なのさ。のほほんと暮らしても、文句なんて付けられない生き方が許される世界じゃねえと」


「? ああ、うん、そうだね……」


「皆、余裕がなくていけねぇや。特に、クララがその一番悪い例だな」



 隠すつもりのないぼやきに、アイリスは反応する。

 少し詰め寄るように上半身を乗り出して、アレンにどういう事か説明するように目で語った。

 それを、アレンはのんびりと眺める。

 リリーロクスが関わってきた時のような予想外ではなく、あらかじめ決めていた事を話すだけだ。

 茶を飲みながら、ゆったりと、



「アイツはな、いつでも余裕がない」


「余裕が、ない?」


「そうだよ。昔から、何食わぬ顔して色々抱え込む奴だった。今でもそれは変わらない」



 アレンは、無駄な事が好きだった。

 けれども、無駄な事が嫌いだった。


 いつでも無駄な事がしたかった。

 なんでもない、どうでもいい事に打ち込みたい。そういう事を、子どもの頃から思っていた。

 けれども、そんな事は許されない環境だ。

 必要にかられたことを、必死になって行う。

 今も昔もそれはあまり変わらない。


 だから、アレンはそんな苦しい時間の合間の、こうした無駄な事が出来る機会が好きだ。

 それが平和の証なのだから。



「クララは、余裕がない。アイツはいつでも余裕がない。必死過ぎて見てられない」


「…………」



 アレンはいつも、クララを見ていた。

 だから、クララの異常さにはじめに気付き、その本質を誰よりも理解していた。

 クララがその愛を向けるアイリスよりも、深くクララの事を知っていた。



「アイリス、お前が心配するような事はない。お前が想像するような心配は、アイツの身には絶対に起きない」


「クララは、今何をしてるの?」



 当然気になる事だ。

 一番知りたい事を誤魔化されている気がして、どうにもスッキリしない。

 だが、情報を握るアレンが隠すつもりなのだから、どうにもならない。



「別に心配ないさ。俺が言いたいのは、生き方っていうか、質の話だよ」


「たち?」


「不器用だから、生きにくいのさ。俺やお前なら、何かと上手くやってけるが、アイツには無理だ。あんな社会不適合者待ったなしの奴にはな」



 アイリスとアレンは微妙な顔になる。

 二人にとって、クララが社会不適合者というのには否はない。

 それから、なんとなくアレンの言いたい事が分かってしまう。



「これが終わったら、クララを迎えに行こう。俺も、クララが心配なんだよ」


「……うん」



 誠意と、合意。

 アレンから感じるのは、アイリスに対して嘘はないという誠意と、志は同じくしているという仲間意識。

 この約束は、守らなければならない。

 きっと、これは無事に帰ろうという誓いなのだ。



「さて、もう寝れるか?」


「……一回横になってみる」



 お喋りは終わりだった。

 紅茶は既に冷めて、湯気はない。

 グビリと中身を飲み干した時には、もう既に気の高ぶりはなくなっていた。

 アイリスはアレンの促しに応えて、取り敢えず横になって毛布を被る。目を瞑り、静かに待っていると、どんどん意識が遠のいていくのが分かった。

 五分もせずに、アイリスは眠る。


 アレンは、それを見届けた。



「黙っててくれて、ありがとな」



 アレンは、顔を背けた魔術師に一言残してから、アイリスに続いて横になる。

 すぐに、意識を残した人間は一人になった。



 ※※※※※※※



「…………」



 後味が悪い。




面白ければブクマ登録お願いします。

下の☆も埋めてくれると嬉しいです。

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