116、進歩
更新出来ない日は大抵課題で死んでる。
予想外
目の前の光景。
あり得ない、自分の目が裏切られた瞬間。想像していた最大限という壁をブチ壊した。壊せるはずのない、分厚い壁だったはずなのに。実現不可能な、天地がひっくり返るような、そんな奇跡に近いものだ。
仲間と呼ぶべき彼らの成長を目の当たりにしたその時、アレンは心からそれを思った。心から感心し、思わず感動もしてしまった。
これが、勇者一行か、と。
「おりゃああ!」
恐ろしく速かった。
アレンは、迫り来るリョウヘイの剣を躱す。
雄叫びと共に繰り出される攻撃。昨日よりも遥かに濃い濃度の瘴気で満ちた場所で、事前に把握していた動きと変わらない速さとパワーだ。
リョウヘイの実力は知っていた。その能力を鑑みても、ここまで急激な成長は出来ないはず。死にかけていたあの時を見れば、考えられない実力だ。
「かあああ!」
「!」
そして、カイルも同じくだ。
リョウヘイが表立って動く中、的確に隙を突いてアレンを狙ってくる。戦い方の上手さは元よりあったが、それも予想以上に的確だ。意識していない所を精確に突いてくる。
あくまで、自分は補助に徹しているのが嫌らしい。カイルの荒々しい気性とは反対に、深く攻め込まず、リョウヘイと連携して、手数で気を散らすような戦い方。二対一なら、一番やられてほしくないやり方。
アレンは密かに、勇者一行全員のデータは取っていた。リョウヘイ、カイルは勿論のこと、アイリスやラトルカについてもだ。幸い、全員異端審問官に関わってきたからとても簡単に情報を得られた。
だが、それと今のこれはかなり異なっている。
出来る事と出来ない事、これから出来そうな事出来そうにない事を考えてきた。
成長率があまりにも異常過ぎた。
「『ライトニング』」
「えっぐ」
だが今は、そんな余計な事をいちいち考える暇がない。
アレンにはまだ、余裕はない。
リョウヘイとカイルのコンビネーションはなかなかのものだった。アレンを追い詰めるには、十分すぎる脅威があったと言えるだろう。
さらには、そこにラトルカも加わる。
微妙な魔力の起こりと、連携しているリョウヘイとカイルの僅かな反応から咄嗟に躱せたが、アレンの心臓があった位置に閃光が通る。
もしも、そのまま正面から来るリョウヘイに対応しようとすれば、確実に致命傷を負う所だ。即死しなければアイリスに治してもらえると言えども、思い切りが良すぎる。
第五階梯魔術『ライトニング』
簡単に言えば、レーザーを放つ魔術だ。
この魔術の脅威は、速度は光速だということ。
魔術師が魔術を発動するタイミングを完璧に察知し、即座に回避しなければ避けられない。光を操る魔術は総じて扱いが難しいため使い手は多くないが、その凶悪性は広く知られている。
正直、躱せたアレンが異常すぎた。
本気で躱されると思っていなかったのか、ラトルカが目を見開く。
しかし、リョウヘイとカイルは止まらない。
躱された次も、その次もきちんと想定しており、止まる事なく走り抜けている。
「おおおお!」
「!」
正面から迫るリョウヘイの剣。
アレンの肩口に向けて振るわれる。アレンの鎖骨から、肋骨、心臓を切り捨てて、脇腹に抜けるだろう。訓練用の模造刀ではなく、それは『聖剣』だ。
光を放ちながらのソレは、ラトルカの『ライトニング』とは比較にならない殺傷性を秘めている。
さらに、後ろから来るカイルの槍。
リョウヘイのような本命のような攻撃ではなく、やはり補助として、足元に向けてだ。大きく薙ぎ払い、とにかく地から足を離そうとするため。
余計な事をさせず、動きを制限する。正面のリョウヘイの攻撃に対応し難くさせる行動だ。アレンにとって、一番面倒なものだったはずである。
だが、
「容赦、ないねぇ!」
「マジか!」
「!」
アレンは、完璧に回避した。
凄まじい速度で振るわれた槍に跳び乗り、カイルを足場にしたのだ。
跳ぶことは想定内。カイルは、跳ばせて体勢を崩させるのが目的だった。だが、アレンは刹那のタイミングで訪れる足場を見もせずに狙い澄まし、踏んづけた。
そして、踏ん張れる環境が整っていれば、リョウヘイの攻撃に対応出来てしまう。空手だったはずなのに、気が付けば質素な短剣が握られている。
リョウヘイの『聖剣』に耐えきれず、すぐに折れてしまうだろう。だが、一瞬保てばそれで十分だった。
「!」
気が付けば、リョウヘイは土を舐めていた。
接触した瞬間、下に力を流した。
逆の手で瞬時にリョウヘイの手首を押さえて、グイと引かれた。さらに、ある程度崩れたタイミングでアレンは足場を蹴って、飛び出していた。
そのまま肩を新たな踏み台にされ、元々重心が前のめりになっていたリョウヘイは、転んだという次第である。
完全に逃げられてしまった。
リョウヘイ、カイルの猛攻を完璧にいなした。
手を打って称えても良いだろう。
だが、まだだった。
「…………」
「え」
アレンは、小さく声を漏らした。
何度目か分からない予想外。ラトルカという人間の事は大方理解していた気でいたが、まだ足りなかったらしい。
「おい、待て!」
「俺たちもまだ……」
「こ、コイツ……!」
気が付けば、そこは炎で満ちていた。
数千という炎の槍が、アレンに狙いを定めて宙を舞っているのが分かる。
そして、その槍が全てまとめて落ちて来れば、リョウヘイとカイルも諸共だろう。これら一本一本の魔術としての位は高くはない。だが、ラトルカの魔術は、低位だから低威力という温いものではない。
これは手合わせ、鍛錬だ。
だが、使っている武器は本物だし、魔術が当たればダメージを受ける。
ゲームのような、非現実ではない。
「あー、コイツ容赦ねえー……」
アレンの呟きと共に、その辺り周辺はまとめて全部吹き飛んだ。
吹き飛ばされて困る人間は居なかったのが、せめてもの幸いである。
※※※※※※※
ヨハネ砦、食堂。
リョウヘイたちが鍛錬を終えて砦に戻った時点で太陽は既に地平線を割り、時間は夕食時といったところか。腹が空き、暗くなれば自然と集まる所に集まってくるものだ。
勇者一行と砦の魔術師たちは、共に腹ごしらえの最中である。
「へええ、そんな事が……」
「そうなんだよ! アイツ、滅茶苦茶やりやがるんだ! あとちょっとで消し炭だったぜ」
そこは、とても活気付いていた。
初日から笑い声が多くあった場所だが、ほんの少し、そこに光が灯っているように思える。カイルが面白おかしく、その日あった出来事を楽しそうに聞く魔術師たちを見れば、そういう感想を抱けるはずだ。
南の戦線は、瘴気で満ちている。
濃度が濃い場所ならば、全身が蝕まれる苦痛に侵され、薄い場所でも長く過ごせば精神をやられる。ここの魔術師たちは、いつ精神が侵されるか、怯える日々を過ごしていた。
だから、とても楽しみに餓えていた。
少しの弱り、隙から、あっという間に毒は染みる。せめて常に『楽』を感じなければ、やっていられない。そういう背景もあって、勇者一行の存在は彼らにとって、とてもありがたいものだった。
彼らは希望であり、楽しみなのだ。
「それ、どうやって避けたんですか? 逃げ場なしって感じですけど」
「確かに。カイルさんって、結界使えませんよね?」
「ああ、それな。リョウヘイたちは自前で結界張れたから良いが、俺は下に逃げるしかなかった」
カイルは、とても活発だ。
粗雑かもしれないが、気が良く、明るい。
これまであった事を明るく、面白そうに話してくれるだけで、それは薬になる。
「地面に潜ったんだ。アレは広くはあったが、深かった訳じゃねぇ。ニ十メートルも潜れば、炎は届かなかった」
平然とカイルは言うが、かなり常識外の一手だ。
瘴気は、南の戦線にある猛毒。それがどこから出されるか、元を言えば地下に居る屍王からだ。つまり土中とは、それだけ毒素が高い場所という事になる。
ニ十メートルも潜れば、地上の毒素の十倍では済まない。完璧な魔力のコントロールと、魔術の行使の能力が無ければ一瞬であの世行きである。
「スゴイ……偶に来る斥候の人たちも、私たちが魔術をかけて慣れさせるのに……」
「自力で発動出来たんですね! 本職の俺たちでも結構難しい魔術を!」
斥候たちは一年以上かけて瘴気に慣れる、とアレンは言ったが、それはここの魔術師たちの魔術ありきの事だ。
瘴気の性質を解析し、それに対する耐性を付ける。これが自分でかけられるなら、さらに瘴気を排出する魔術も掛け合わせるのだが、斥候は斥候だ。耐性を作り出すことだけに焦点を当て仕事をする。
カイルは何でもないように言ったが、これは驚かれるべき技だ。魔術師たちが称えるのも仕方ない。
だが、それが少し面白くない人間も居た。
「全力で潜ったのに、尻が焼けたって騒いでたよな。そんでラトルカは相変わらず涼しい顔してた」
カイルは気分良さそうにちびちびと酒を飲みなが、横からリョウヘイが口を出した。
調子に乗っていそうなカイルの足を引っ張りたかったらしい。
リョウヘイの言葉に、周りの魔術師たちは小さく笑う。抑えきれずに失笑している者は多く、カイルに生暖かい目を向ける者も居た。
せっかく隠した己の無様をバラされて、カイルは驚愕の表情を裏切り者に向ける。
「おいテメェ、何言ってんだ!」
「いやあ、だって、微妙に誤魔化そうとしてたから。ラトルカに詰め寄る所は面白かったし、そのラトルカに無視されてるのは最高だったよ」
クツクツと笑いながら、リョウヘイは言う。
その景色を鮮明に思い出し、その時と同じようにカイルの後ろで笑う。
リョウヘイのからかいに対して、『この野郎!』と良い笑顔と共に行動に移す。カイルは一瞬でリョウヘイの懐に潜り込み、両腕で捕まえてヘッドロックをかけた。その様を見て、魔術師たちはさらに面白そうにしている。
自然と、こうして戯れ合う姿はとても新鮮だ。
彼らはとても楽しそうにしている。そうある事が、この戦線ではどれほど難しいか。天衣無縫に楽である彼らの姿は、魔術師たちにとってはとても眩しく見える。
勇者一行は、若人たちの集まりだ。
そして、幸いな事に誰しもが人に優しい。
数週間という時間を共に過ごした魔術師たちに、彼らは友人のように語りかけてくれる。
それは、ロウソクからロウソクに日を灯すように、伝播していく。
「良いぞ良いぞ、やれー!」
「カイルさん、あんたリョウヘイ様に舐められてるぞー!」
「あっはっは! 滅茶苦茶されてらぁ!」
こうして、魔術師たちが勇者一行に絡むようになったのも、その一環なのだろう。
遠慮と言えば、二人称の後ろに付いた僅かながらの敬称だけだ。かなり上手く溶け込んでいる景色を見れば、彼らが上手く勇者一行をやっているのが分かる。
「か、カイル……放せ、よおぉお!」
「うわっと!」
リョウヘイは何とかカイルの拘束から抜ける。
すぐに二人は素手で構えながら向き合った。そして、自然と魔術師たちは彼らを円形に取り囲んでいく。
「酒でも賭けられそうだな」
「別に構いやしねぇだろ」
ファイティングポーズを取る二人には、強い闘志が漲っている。
リョウヘイの趣味ではないのだが、こうした方が盛り上がるのと、カイルのやりたいように合わせた結果だ。そして、その目論見は見事に達成している。
魔術師たちは、二人の様子を楽しそうに見物していた。場がより一層明るくなる。酒と肴がさらに進み、彼らの赤らんだ頬が熟れていった。
「やれー!」
「リョウヘイ様! あの粗忽小僧に目に物見せてやってください!」
「カイルさん! アンタ、そんなお坊ちゃんに負けても良いのかぁ?」
野次が飛び交い、騒がしくなる。
その場の二人を中心にして、熱も段々と籠もってきたようだ。
より喧しく、より熱く、より元気に。
南の戦線において、これは理想に近い形だ。誰も心を病む事の無い、魔術師たちが追い求めたものだ。
「本当に、楽しそうですね。お二人とも」
そんな理想を知る一人の魔術師が、目の前の光景を見てそう語る。
優しく見守るような視線だ。
それは、魔術師の全員が勇者一行たちに向ける感情だったのだろう。その心から漏れ出した言葉は、魔術師たち全員の代弁だった。
藪から棒だったが、その声が聞こえた者たちは、納得の表情を浮かべている。
「良い方々だな……」
「ええ、本当にありがたい」
リョウヘイたちの事は、何となく分かる。
彼らの心意気は真っ直ぐで、誰にも曲げられず、侵されていない。
そういう子どもらしい純真さこそ、彼らが彼ら足る所以なのだろう。彼らからは、一度たりとも泣き言も、恨み言と聞いたことがない。前に進み続けようという純真さと強さがある彼らを、羨ましくも思った。
「勇者一行……来るまでは、正直あまり期待していなかったよな?」
「そりゃあ、そうでしょう」
「ここは、最悪の戦線だからな」
思い出すのは、希望もなく笑い続けた無為な日々。
皆、勇者一行の事は聞いていたが、無駄な期待はしないようにと心がけた。
期待した分、裏切られた時は悲惨だからだ。
この南の戦線なら、なおさら。
「凄い事を何度も繰り返す人たちだ」
「本当に、期待しても良い」
自分たちには出来ない事が、出来てしまうかもしれない。
誰にも出来なかった事が、出来てしまうかもしれない。
「俺たちみたいな、負け犬とは違う」
「負け犬根性が染み付いてない奴ら、良いよなあ」
自分たちとは違うのだ。
諦めて、怯える事しか出来なかった人間とは。
魔術師たちは、自嘲しながら比べ合う。信頼するに足る彼らに対する感覚は、光り輝く宝石のようなものだ。
「それに、アレンも居る」
「ああ……あの人は、本当に凄かった……」
「きっと王者を、倒せる」
信頼出来る。
期待出来る。
特に、アレンがそうだ。
四年前にやってきた、少年らしからぬ異常な少年を、今でも彼らは覚えている。
「……負けないようにしましょう。背中を押す事は良い。でも、足を引っ張る事だけはやめましょう」
「そうだな……」
「今、寝込む訳にはいかないよな」
「俺たちは、俺たちの仕事をしよう」
魔術師の幾人かは、それを話した。
きっと、この馬鹿騒ぎが収まったなら、全員にこの事を話して回るだろう。
きっと、次の日はもう少し賑やかになるだろう。
彼らの活躍を知る度に、少しずつ少しずつ。
そして、
バキ! ドシャ!
肉が弾むような、骨がイカれるような、不快かつとても大きな音が響く。
食堂に集まっていた全員の意識が引っ張られる。
「おおーー!」
「ヤベェ!」
次いで、一際大きな歓声が響いた。
リョウヘイたちの方に集中していなかった魔術師たちも、何が起こったのかとそちらを見る。落ち着いた雰囲気が霧散して、熱狂の中に引きずり込まれた。
すると、そこにはクロスカウンターを決めて停止したリョウヘイとカイルが居た。
とても良いところだったらしい。
「へ、やるじゃ、ねぇか……」
「熱く、なりすぎ、た……」
バタンと倒れる二人。
さらに声を大きくする魔術師たち。
たむろしながらリョウヘイたちを遠目で見ていた者たちも、ぞろぞろと集まってくる。
そして、
「いったい何の騒ぎ!? 凄い音がしたけど!」
この場には居なかったアイリスが、ドアを蹴破るような勢いで飛び込んできた。
とても焦りの強い表情で入ってきた彼女だったが、目の前の光景に即座に納得する。そして、一瞬訪れた納得の静寂の後、憤怒で顔を歪めた。
全員、その瞬間にマズイ、と悟ったようだ。
けれども、逃げる事も出来ない。
その場で全員、仕方ないと諦めてしまった。
「コラーーー!」
この後、一時間ほどアイリスの説教が続く。
全員やり過ぎたと反省するしかなかった。
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