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プロローグ



『………………あ』

 

 

 声にならない声があがった。

 音にはならず、空気も流れず、この声ももっと言うならば意識と呼んだ方が良いのかもしれない。

 

 不思議な感覚。

 宙に浮いているような、どこかに流されているような、そんな感覚だ。

 そして、その場が『白』で満たされた空間なのだと初めて気付く。



『何だろう、ここ……?』



 揺蕩う白の流れの中で、小さな『僕』は目を覚ました。

 眼球も、瞼もないはずなのに、確実に『僕』は目を覚ます。

 うたた寝からふと目が覚めたような気がするし、長く長く眠ってからようやく意識を表に出せたような気もする。

 

 ナニカに満たされ、何にもならない。

 完全な『白』の流れの中で、いったいどこに辿り着くのだろうか?

 何も分からないが、自分の想像もつかないような大いなる力が働いているのだと理解できた。

 それだけ濃い力を本能が知らしめる。


 そして、人間の手の付けられない凄まじい力だとは分かるのだが、自然とその力に恐怖は感じない。

 むしろ、居心地の良さが染みる。

 真冬の山の中で暖かな小屋を見つけたかのような安心と快楽。

 ぼんやりと覆い囲う布団のような『白』からは、抜け出したいとも思えない。


 ここには何もないが、何でもある気がする。


 自分以外の存在は見えないが、感じないだけであって確実にそこには何かがある。

 この『白』の中で、きっと自分以外の人間も()()はずだ。

 そうでないとおかしい。

 こんなにも心地よいのに、自分以外の人間がいないなどあり得ない、と思ってしまう。


 というよりは、きっとこれを求めていたのだ。

 この故郷へ帰ってきたかのような、強い懐かしさと歓喜はそうとしか表せそうにない。

 


『嗚呼、気持ちいい………』



 覚醒、疑問、興奮、そして平穏。

 情緒が少し安定しない。

 疑問までは当たり前の流れではあるものの、興奮の辺りでよく分からない。

 この異常事態に疑問は解決する前になくなってしまう。

 そして、その燃え上がるような興奮すらも、その心地良さの前には鎮火される。


 その事へ何も思わないわけではない。

 何故なら、この感情への納得もあるのだから。


 だってそうだろう?

 この取り囲む力はそれだけ偉大だ。

 それが心を操っていると言われても何ら違和感はない。

 

 そしてこの故郷を想うかのような感覚。

 これもまあ分かる。

 理由は簡単で、どういう事かと言うと『僕』は()()()のだから。

 きっとあの世と言うやつだろう。



『ん?死んだ?』



 いつ、死んだ?

 どうして死んだ?

 何でそんなこと思ったんだ?



『あ、死んだのか……』



 今更になって、思い出してしまう。

 ある日、ある時、ある瞬間に『僕』は終わってしまったのだ。

 こんな事をどうして忘れていたのか?

 いや、理由は分かる。


 この取り巻く力がそうした。

 その力は『白』の色の通り、全てを白で塗り潰す。

 魂という存在のあらゆるものを漂白していく。


 『僕』は分からないのだ。

 家族はどんなだ?友人はどんなだ?ペットは居たか?どうやって死んだ?そもそも死んだって何で分かった?自分の名前は何だったっけ?

  



『ヤバイな……』



 本当にヤバイ。

 マズいし、危ないし、あり得ない。


 どういう基準で、何が消えていくのか何も分からない。

 自分が削られていく感覚を、ヤバイという言葉だけでは表現できない。

 困惑や疑問、そして恐怖が入り乱れる。

 この状況でこれらを感じられないほどに削られている訳ではない。

 まだ感情はそこにある。

 だから、抱いて当然の感情も消えてはいない。


 

『まだ生きれる』



 生への強い執着。

 生き抜くという意志。

 まだ先があるのだという確信。

 死んでも、死なない。



 だから、抗う。


 

 力など関係ない。

 今抗うことができるのに、どうして端から諦めることができようか?

 やれるだけやってみて、そしてやり通す。

 そして今はやるしかない。


 何をするかは簡単。

 思い出せなくなる前に、思い出せるだけ思い出しておく。

 消えていくなら、消さないようにする。


 いつ終わるのか、そもそも終わりがあるのか分からないが、それしかやる事もないのだ。



 だから、負けない。

 生きたいのだ。

 死にたくないのだ。


 仮に何年、何十年経ったとしても、生き残る。



 死にたく、ない……


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