007 街の洗礼
屋敷の門を抜け、道を下っていくと、湿った風と共に、貧民街の入り口が見えてきた。
崩れかけの壁の向こうに、あばら家のような家屋が密集している。
店も混じっているのか、どこからか看板の鳴る音が耳に届く。
「……ここから先は、どこも怪物の巣窟です。どうか油断なさらぬよう」
エフリールは大きく頷き、足を踏み入れた。
街の中に人の姿はない。気配も感じられない。
代わりに、錆びた鉄のような異臭と、鼻を刺す腐臭とが入り混じって出迎える。
エフリールは顔をしかめながら、悪臭の元を辿って視線を巡らせる。
すると街路の先に、胴体のちぎれた無残な死体を発見した。
時間が経っているのか、肌はかさかさに乾き、血は黒ずんでいる。
垂れ流した臓物と血の海に、虫が集っていた。
息を呑んでいると、同じような死体があちこちに転がっていることに気が付く。
「街の人間ですね。どれも悪夢から生まれた異形の餌食になったのでしょう」
グレースの言葉を聞きながら、辺りを眺める。
赤子をかばって共倒れをした者、樽の中に身を隠そうとしてそのまま殺された者、怪物の力の凄まじさを物語るように、上半身が屋根に飛ばされへばりついている者。
凄惨な光景だった。怪物という名の避けようのない嵐によって、誰も彼もが引き裂かれ、物言わぬ骸と化している。
「……生きている人はいないの?」
「分かりません。どこかに隠れ潜んでいる者もいるかもしれませんが、あまり期待はしない方がいいでしょう。仮に生きていたとしても、近付かない方が賢明ですが」
「どうして?」
「この街にまともな人間などいないからです。ですので、出会ったとしても隙を見せぬ方がよろしいかと。先の人狼のように、いきなり姿を変える相手もいますから」
忠告を耳にしながら、エフリールは高台から目にした街の光景を思い返す。
規模はかなり広大だった。果たして人が全くいないということが有り得るのだろうか。
付近の死体のように殺されたか、それとも。
――彼らは自ら人間性を放棄し、獣であることを選択したのです。
あるいは皆、怪物へと成り果てたのか。
疑問は、泉のように湧いて出る。
だが答えなど分かるはずもない。
思考を切り上げ、街路を進んでいく。
再び、嫌な臭いが鼻をつく。
今度はむっとするような獣臭が漂った。
怪物が家屋の陰からいくつも姿を現す。
人狼の他、猪や馬の異形も混じっている。
猪は鼻息荒く両目をぎらつかせ、馬は近くの死体の腸をむさぼり、口元を血に濡らしている。
「おでましですね。……気分は問題ありませんか?」
怪物の姿を目にし、エフリールの鼓動が跳ね上がる。
だが二度目ということもあってか、最初ほどの衝撃はない。
意識もはっきり保っている。大丈夫、とグレースに向けて頷く。
「それは何よりです。では――努々油断なさらぬよう」
グレースが手品のように剪刀を出現させる。
エフリールも改めて自らの体から槍を生み出す。
「〈杭〉」
白い槍を握り締める。
こちらの動きに呼応するように、怪物たちが一斉に唸りを上げ、襲い掛かってくる。